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〘 とはいえ、何が変わる訳でもない 〙 正月前に正日がこの世から追われたのも何かの縁というべきなのでしょうか。 もし、転生というものがあるならば、次は「犬」の生を受けることになるか、それとも、二度とこの世に戻れぬ様に、地獄で百刧ほども責め苦を受けることになるのか、いずれにせよ、ろくなことにはなりそうもありません。 尤も、共産主義者というものは、死んだら消滅するだけと信じているという、浅はかな人間の考えるレベルの認識しか持たない「唯物信者」で、人間の生物学的能力の枠を超えたものは理解できない輩ですから、地獄やら極楽というこの世での想像はともかく、人知を超えた因果応報の理がどう働くのか等とは想像もしていないでしょう。 ちなみに、拙も実は彼奴等がどうであろうと知ったことではありません。 赤色独裁者と反日民族には「死亡マンセー」と言ってやるだけの価値もありません。 巷では、野田が演説を中止して慌てふためいて帰ったとか、政府の危機管理能力が欠落しているとか、騒がしい様ですが、今更、そんなことは言うまでもなく、「売国」以外には何もできないことなど既に実地に証明されていた筈です。 むしろ、そちらの方が問題ではないかと思っています。 以前から危惧していましたが、民主党政権に「慣れて」しまうことは最も避けるべきことの筈です。 今回、この無能力売国奴集団のやり様に慣らされてしまうという、日本人の「のほほん」ぶりがいみじくも露呈された訳です。 まぁ、「朝鮮族」の北の群れが世代交代によって何をやらかし始めるのか、という危惧は、しかるべく判らぬでもありませんが、まず共産主義であるなしに関わらず、彼奴等が「朝鮮族」であるという原点から抜け出せない限り、今後も方向性は何も変わらないのです。 まず、「朝鮮族」の常として、自分が掴んだ利には浅ましいほどにしがみつきますから、次の若造がどうであれ、北の群れの権力を握っている老人どもは「現在の地位と利権」の保持に懸命になっています。 つまり、北の群れがどうなるかよりも、「自分の地位と利権」が守れるかどうかを優先する訳で、その意味では、多少の変動があったとしても、全体としては変化する筈が無いのです。 ただし、何分、次の群れの頭は若造ですから、無思慮無分別は付きもので、方向は変わらずとも強硬になることはあり得るでしょう。 しかしながら、例えば南の「朝鮮族」の群れと開戦でもするかと言えば、それは到底不可能なことで、戦争に必要な資金そのものが無い状態では何ができる筈もありません。 通常兵器で開戦して勝利することが困難であれば、嘘か誠か、保持しているという「核兵器」なるものを使うしかありませんが、もし仮に「核」を持っていたとしても、それを使えばその後が大変ですし、兵站に難を抱えつつの通常兵器での戦闘で、もし追い詰められた時、「核」を持っていなければそれはそのまま敗戦に繋がってしまいます。 要は、現在の処、「核兵器を保有している」というブラフで群れを維持している北の朝鮮族にとってその「ブラフ」の真実が明らかになってしまう様な事態は、絶対に避けざるを得ないということです。 尤も、もし「核」を持っていてそれを使うという狂気に走った場合、南の朝鮮族は日本人に続いて「核の被害を体験する第二の民族」になってしまう訳ですが、ある意味、それも自業自得です。 これも前に指摘した事がありますが、在日どもがその良い例です。 他人の国の中で余計な騒動を引き起こしている前に、まず自国に帰って「民族統一」への努力を優先するのが当たり前のことです。 それを怠って「日本がどうのこうの」と寝ぼけているから、ろくなことにならない。 もし、「核」が使用されることにでもなれば、少なくとも極東における「地域戦」は避けられず、支那と米国によって操られている朝鮮半島が「戦時」に突入すると同時に、日本にいる特亜籍の朝鮮人どもは母国での徴兵に応じざるを得なくなる訳です。 それもまた日本にとっては何よりのことではあるのですが、しかし、日本にも被害が及ぶとすれば何とも迷惑な話で、ここまで考えてみると、いずれにせよ「朝鮮族」はいない方が日本と世界の為になると断ぜざるを得ません。 「朝鮮族」はどこまでいっても「朝鮮族」でしかない、そんなことをいつまで自覚しないまま過ごしていくのでしょうか。 世界に対して、一人前の顔をしたければ、まず「自民族を統一」してからのことです。 そんなことも認識せずに、ねつ造と無頼と自意識過剰の自惚れで、世界中に迷惑をかけている「朝鮮族」は、仮に開戦になったとしても、米国・支那とその関係国以外、どこの国も真剣には関わろうとしないでしょう。 本来的な「民族の成長」の為にはその方が良いのではないかとも思いますが、先に記した様に、小競り合いが増えることはあっても開戦などという事態にはならない、というのがこれまでの経過でも示されている実態です。 その意味では、「朝鮮族」の北と南の群れには、これからも周辺各国に迷惑をかけ続けて、嫌われていくという未来しかありません。 もういい加減、どんなに愚民族であるにしても、そろそろ「真っ当な民族」としての方向性を模索し始めても良い筈なのですが、まずは決定的に「精神性の文化が欠落」している以上、その様な洞察は生まれてこないのでしょう。 何とも迷惑かつ哀れな民族ではあります。 繰り返しになりますが、たかが北の群れの頭が死んだからと言って「朝鮮族」が全面的開戦に至る様なことは絶対にあり得ません。 北の貧乏は述べたとおりですが、南にしても「開戦」になれば現在の虚構の繁栄はあっという間に崩れ去ってしまうのです。 敵対している様に見えて、実は各々の群れが、それぞれ支那・米国からの支援を引き出すという相互利用を図っている面もあり、それが無くなればどちらからも軽んじられて、北も南も一気に三等以下の群れに転落してしまいます。 むしろ、気をつけねばならないのは、北の若造が、例えば「政治犯の恩赦」などという手段に出てきた場合でしょう。 見かけだけであるのは当然ですが、上辺だけであってもその行為には影響力があります。 「人権」を表看板にしている米国の弱みをストレートに突くやり方です。 後は「核のブラフ」を保有したまま、米国からの支援も取り付けるという道筋が可能になる訳です。 さて、頭の悪いサヨク民主党政権と外務省は、今回のこの出来事を日本の国益に結びつけることができるでしょうか。 外務省などは、南の頭が野田に「戦地売春婦問題」を持ち出したことで「事前の根回しが何にもならなかった」等と言っている様で、そんなレベルの阿呆ばかりであれば、この機会を「拉致被害者奪還」に結びつける等とは考えも出来ないだろうと思います。 しかし、本来、外交とは、どんな出来事であろうとも、それを「千載一遇の機会」に仕立て上げるのが仕事であり、結果を出さねばならない筈のものです。 阿呆な売国サヨク政権とボケ官僚には到底期待できないことではありますが、「弔問外交」を装って米国の穀物援助に便乗し、世代交代を建前にして、援助と引き換えに「新たに発見された」という理由で拉致被害者を返還させることくらいは考えて欲しい、と思う処です。 |

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