私見暴論−Japon Renaissance

和魂覚醒の時は至れり。(FC2支所 「荒魂」)

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眞悟の時事通信〗より

『 我が国の伝統から増税論を斬る 』
平成23年 3月13日


 三月十一日の東日本大震災から一年の追悼式に当たり、天皇皇后両陛下が、ご臨席になった。
 皇后陛下の、黒い喪服のお姿を初めて拝した。
 ところで、両陛下が登壇されるとき、出席者全員が起立してお迎えすることは当然のことである。
 しかし、当日は、事前に、「着席のままでいてくれ」とのアナウンスが会場に流れ、両陛下が来られても誰も起たなかったようだ。誰が、この指示を流したのか!
 ここに、民主党内閣の反日の本質が顕れている。

 さて、三十歳代の若き友人が、先年、天皇陛下と同じ手術をしたが、彼はこう言っていた。「自分の経験からみても、天皇陛下の手術からご公務復帰までの期間は、驚異的な短さだ」と。
 そして、私たちは、十一日の式典へのご出席とそれにあわせたご退院等のご判断は、天皇陛下が東日本大震災から一年の式典に必ず出席しなければならない、という天皇陛下ご自身の御意思、即ち、おおみごころ、によるものだったのだと話し合い納得した。

 次に本稿では、我が国に現れた租税に関する為政者の態度に関して、代表的なものを指摘したい。
(一)、まず、仁徳天皇は、高津の高殿に登られ、民の竈から煙が上っていないのを眺められ、租税の徴収を停止された。
 「煙未だ浮かばず、天皇愁う」である。
そして、三年後、再び高殿に登られ、竈から煙が上がるのを眺められ喜ばれた。
 「煙已に起こる 天皇喜ぶ」である。
しかし、その時、天皇のお家は雨や風が入る陋屋となっており、天皇の衣は破れて弊衣となっていた。
 そして、豊かになったと喜ばれる天皇に后が尋ねられた。何故、陋屋に住み破れた衣を着ておられるのに豊かなのですか、と。
 天皇は答えた。自分の陋屋と弊衣が、民を富ましめたのだ。子が豊かになって父が貧しいはずがないではないか。従って、私は豊かになったのだ、と。
 「陋屋弊衣、赤子を富ましむ。子富み父貧し、この理なし。」
 「八洲縷々たり百万の煙。皇統を簇擁して長く天に接す。」 (以上、頼山陽、「日本樂府」より)

(二)、西郷隆盛は、
 「租税を薄くし民を裕にするは、即ち国力を養成する也」と述べた(南洲遺訓)。これ、そのものズバリ、本質を突くである。

(三)、山田方谷は、
「藩の逼迫した財政を立て直すには、まず教育を盛んにし武備をととのえて武を盛んにせよ」と説き、「財政の外に立って財政の再建を考えよ」と主張した。このとき、財源がないという財政家からの抵抗に対して、「では、財政の専門家がことごとく財政再建に失敗してきた理由を述べよ」と反論した。
 そして、山田方谷は、増税によらず見事に備中松山藩の財政を立て直した。

(四)、ケインズは、
「公共投資の投入と、公定歩合の引き下げと、減税、を駆使して政府が経済に介入して不況から脱却せよ」と説いた。ここに増税は入っていない。

 以上の、(一)から(四)までの発想の共通点は、
まず、「民を裕にする」」ということである。
 「民を裕にすれば、国も裕になる」という順序で事態に対処することを仁徳天皇が実践された。
 つまり、まず、減税か税の免除から入ってゆく。
 すると、民は裕になった。この時、父(政府)は弊衣陋屋に住むことになるが、これは一時的であり、民が裕なれば即ち父も裕になる。
 その発想は、「国が裕になれば、民も裕になる」というのではなく、その逆だ。あず「民を裕にする」ことから着手する。
 この発想が、(一)から(四)までの共通点だと私は判断している。

 これを、現在流の言葉で言えば、国民の「可処分所得」を増やすことが財政再建と不況対策の第一の着手点だということである。これが我が国の伝統的発想だと言えよう。

 では、財政再建のもう一つの発想は何か。
 それは、金が足りなくなれば国民から徴収するというものだ。
 つまり、国民の可処分所得を奪って税に転化することだ。
 これは、凡庸な権力者、凡庸な独裁者が、必ず飛びつく発想である。政府に金が不足すれば、国民から税で調達できる、と安易に飛びつく。
 すると何が起こるか。
 それは、国民の可処分所得の減少であり消費の低迷であり生産力の減少であり工場の閉鎖、失業者の増大であり、深刻な不況の襲来である。さらに、政治に対する不信から治安悪化に至る。

 そこで、野田内閣の、「社会保障・福祉と税の一体改革」とは何か。

 その前に、そもそも東日本の被災地の瓦礫も処理できず、
中国の「公船」が尖閣の領海に侵入していても厳重抗議もせず、北朝鮮に拉致された日本人の救出に無関心な内閣、つまり国民の生活と命と領土を守ることに無関心で決断なき内閣が、「社会保障・福祉」の改革とは恐れ入るのだ。
 この瓦礫処理、領土保全、国民の救出という福祉の具体的中心的課題に無関心な者に、福祉、福祉と言わせたくない。
 
 その上で、この「一体改革」で野田内閣は何をしているのかと言えば、言わずと知れた「増税」だけだ。
 これはつまり、「社会保障・福祉」をダシに使って、政府に金が足りないから増税すると言っているにすぎない。
 時あたかも、深刻なデフレ下で国民の可処分所得を増税で奪えばどうなるのか。日本経済は破綻するではないか。
 この野田内閣の発想は、凡庸な独裁者の発想である。

 評論家の三宅正久さんが、TVの「そこまで言って委員会」で、国民の嫌がることを敢えて実施しようとしているから偉い」と野田君を持ち上げるが、「国民が嫌がることを実施して偉い」のは、「正しいことを実施する」時であって、「間違っていること」を実施するのは、単なる「アホ」、「無能」、「害虫」、「人非人」ではないか。
 
 三宅さんが言うように、そもそも野田君が、「国民の嫌がることを実施する偉さ」をもっているのなら、東日本の瓦礫は既に綺麗さっぱり処理されているはずだ。
 再び、言う。被災地の瓦礫処理一つできない者に、福祉だの増税だの、言う資格はない。
 
 野田の言う増税は愚策中の愚策、凡庸な独裁者のすることだ。
 そう思って、彼の顔をよく見ていただきたい。
 北朝鮮の三代目の兄ちゃんの顔と似ている。




『 河内国民文化研究会で話したこと 』
平成23年 3月12日


 三月十日は、陸軍記念日。
 百七年前の明治三十八年三月十日、日露戦争における世界最大の陸戦、日本軍二十五万とロシア軍三十一万が激突した奉天大会戦の終結を、大山巌満州軍総司令官が宣言した。
 
 この会戦は、三月一日に始まり三月十日午後三時頃、
将校斥候にでた八騎が「奉天城に敵影なし」と司令部に報告し、同五時頃、大阪第三十七聯隊第二大隊(現、信太山に駐屯する)が、奉天城内に突入して城門に、日の丸を高々と掲揚したときまで続いた。
 少数の日本軍にとって、十日間の不眠不休の大会戦だった。
 奉天に向かって前進を続けた日本軍の戦死者、一万六千余人。彼等は、皆、二十歳代の青年男子だ。そして凍りつく黄塵の満州の荒野に累々と横たわっていた。
 会戦集結直後、彼等の戦死状況を巡察した将校によって、「彼等は、命令や督戦によるのではなく、自ら死地に赴いています」と報告されている。
 彼等が、現在の日本を確保した。彼等がいなかったら、日本はロシアの方針通り、「殲滅」されていた。

 そして、百七年後の翌三月十一日、東日本を巨大地震そして巨大津波が襲い、死者行方不明者一万九千九人の犠牲者をだした。
 その中には、職に殉じ、また隣人を助けるために、自ら死地に赴いた人、自ら死地に留まった人が、あまた含まれている。
 この方たちは、日本の再興の証しである。
 奉天の将兵を思い、東日本の人々を思う。
 このようにして、三月十日と翌三月十一日を過ごした。

 その三月十日は、八尾の三宅博さんが主催する河内国民文化研究会で、話しをする機会が与えられた。
 その話しに関して、概略述べたい。

 まず第一に、押さえねばならないことは、数学者の岡潔先生が、言われたこと。即ち、
「日本人は情の人である」ということである。
 情とは知や理と異なる「なさけ」や「思ひ」である。
 虫の音を聞いて「もののあわれ」を感じ、
 山鳥のほろほろと鳴く声を聞いて、
 「父かとぞ思う 母かとぞ思う」(西行)
 これが日本人である。
(西洋人は、これらは車のクラクションと同じ雑音に聞こえるらしい)
 

 他方、この情以外の、知や理を主体にすれば、政治はどうなるか。それは、現在の我が国政治が、その答えを出している。
 即ち、思慮の足りない知や理によって、
グローバリゼイション、インターナショナリズム、民営化、
TPP、分権、分権、改革、改革、と絶え間なくかけ声が続く。
 そして、その実は、利害得失による離合集散になる。
 その結果、日本がなくなってゆく。

 これを既に、三島由起夫が指摘している。
「無機質で、からっぽで、ニュートラルで、抜け目のない」輩だと。そして、三島は、このような者達の国では、日本でなくなると言った。
 つまり、三島は、既に、民主党政権の連中のことを指摘していたのだ。

 そこで、今与党の民主党のなかで、消費税の引き上げ反対のボスがいて、毎日子分を集めて飲食を繰り返しているが、この動きを如何に位置づけるのか。
 つまり、日本人の情に基づくものなのか、利害得失に基づくものなのか。
 答え、利害得失に基づくものである。
 
 つまり、彼の「営業」である。
 
 そして、之が、今まで政界再編と言われている政界の動きの次元だった。
 従って、今まで彼が関与した、自民党分裂と細川内閣誕生、新進党結成と解党、自由党結成、自由党と自民党の連立、自由党と民主党の合体・・・には、理念の筋がない。
 何か理念があったのか。
 理念を期待した同志を裏切り続けた離合集散ではなかったのか。その通り、利害得失による離合集散であった。
 とはいえ、国民は、この平成五年以来の離合集散が政界再編だと思はさせられているので、また、マスコミはそう思いたいので、いや、そう思わなければ記事が売れないので、このボスによって何かが起こるのではないかとの変化の期待を彼に投げかけ、それを受けて彼は裁判を乗り切ろうとしている。

 しかし、はっきり言っておく。
 これは「営業」の次元なのだ。
 そして、もはや日本には、この同じ次元で、彼の営業を繰りかえさせることはできない。
 何故なら、既にそのような悠長な時間は我が国に残されていないからだ。

 真の政界の再編は、情の次元において為されねばならない。
 つまり、分かりやすく言えば、彼のように、国旗国歌を憎み日本は悪い国だと公言する日教組や自治労と組んで政権にありつこうと考える政界の再編と称する「営業」など断じて繰り返させてはならない。

 三月十日の一万六千人、三月十一日の一万九千九人の犠牲のもとに、内外から押し寄せる国難を乗り越えようとする、まさに、今、
真の政界の再編は、
万世一系百二十五代の天皇を戴く日本への愛を以て為されねばならない。

 さて、最後に指摘しておきたい。
 東日本被災地の瓦礫処理は、何故進まないのか。
 
 はっきり言っておく。
 この瓦礫処理不能は、民主党政権の成果である、と。
 
 彼等は、実は、反核、反原発、反放射能、そして、
 自分だけの自由、利益を追求する、「無機質で、からっぽで、ニュートラルで、抜け目のない」者達の徒党なのだ。
 反原発、反放射能(放射能は恐ろしい、従って反核、反原発)によって支持者を集めた民主党には、瓦礫も処理できない。
 
 瓦礫一つ処理できずに、何が、「福祉と税の一体改革」だ。
 単に、金が足りないから税を多く取り立てるという、北朝鮮の三代目のブタでも思いつくからくりではないか。
 そう言えば、この三代目と野田は似ている。
 いつまでも、日本国民を、馬鹿にするなよ。


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