私見暴論−Japon Renaissance

和魂覚醒の時は至れり。(FC2支所 「荒魂」)

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〘 のほほんの戯言か、サヨクの妄言か〙

 偶々、某所でバカバカしい文章を見つけました。
 
 例の丹羽発言に関することですが、一読する限り、擁護の為であることだけが目立つ下卑た内容で、本来ならば一瞥の価値もない文章です。

 しかし、その中にちと引っかかることが載っていましたので、そのことについて判別しておきたいと思います。

 この男の文章に欠落しているのは、国際関係に於ける対外的な行為は、それが民間の経済活動であろうとも、その基礎には「国家」というものがあって成り立っているということです。

 無論、この文章がシナプロパガンダ以外の何ものでもないことは一目瞭然ですから、当然、それは「国交に水を差す」等と誤魔化されてはいますが、読む人が読めば「阿呆」の一言で片づけられることでしかありません。

 ただ、この阿呆は、シナ現地に於いて駐在員・特派員が丹羽を支持していると妄言しています。

 つまり、現場の人間は石原発言を容認していない、と言いたくてしょうがない訳です。

 それは恰も、ついこの前、拙のブログで「三十カ国以上に行ったことのある人から聞いたが、必ず一人は憲法九条は素晴らしいと言う、と聞いた」等、コメントしてきた輩のそれの如く、余りにも見え透いた子供騙しです。

 まさか「のほほん人」にしても、もうそれに騙される様な阿呆は少なくなったのではないか、と思いつつも、こんな下らぬ手口を未だに用いているということは、まだ騙される者がいるということでもあろうか、と思うのです。

 一点、巧妙なのは、現地の者が、と言われると、拙にしても「金銭亡者の経済愚民」であればあり得るやもしれぬ、と思わされてしまう処です。

 特に、丹羽そのものがそうなのですから、後の一兵卒がどうかと言われれば、可能性としては無視できないかもしれません。

 そもそも、日本がこのテイタラクに陥った原因の一つは、正にその「経済優先」という方針で「守銭奴感覚」を容認してきた誤りにあるのであって、その結果として「経済人」なる「単なる商人ずれ」が国家を軽視するに至るとなれば、これは「金銭亡国」以外の何ものでもないでしょう。

 経済活動の最も素朴な目的は「繁栄」にある訳ですが、何の為に繁栄が必要なのか、といえば、「国民」ひいては「その生活共同体である国家」の為であるのは変化しようのない原理原則です。

 この原理原則たる「国家・国民の為」という一点を忘失すれば、それは「我利我欲」でしかなくなるのですから、丹羽辺りが下卑た守銭奴であるのは当然のことであり、むしろ、その様な人間であるから業界でトップの一人になれたということなのでしょう。

 これに比して思い出されるのは、三菱創業者である岩崎弥太郎です。

 政商であったことの是非はともかく、その認識には「国家の為」「日本人の為」というものがありました。

 この対比に於いて最も目立つのは、日本が置かれている状況です。

 様々な要素がありますが、大岩崎の頃と今とで最も異なっているのは、まずサヨク、並びにサヨク的思考パターンを持つ「のほほん人」という社会的畸形児が異常繁殖していることです。

 無論、当時とは比べ物にならない程に日本は繁栄している訳で、それでもまだ「社会改革」が必要だと信じ込んでいたり、自分達が社会のイニシアチブを獲らねばならないと信じ込んでいたり、更には単なる権力亡者でしかなくなっているのは、「人間の欲には限りが無い」ことの証明でしかありませんが、それだけで済む問題ではない訳です。

 サヨクが最も嫌うものの一つに「国家国民の為」という言葉があります。 

 であるが故に「人権」やら「個人の尊厳」とかを持ち出し、それに騙されている輩の多いことには嘆息するしかないのですが、そういう「のほほん人」達を見れば、そもそもの根源に於いて「国家の解体」「世界政府の樹立」などという夢想に狂っているサヨクが「個人」なるものを大切に考える等と、どうして思えるのか、不思議でなりません。

 まぁ、「のほほん」の実態は、「自分が報われたい」「自分がヒーローでありたい」「自分が好きなようにやりたい」という「我利我欲」から脱却できないという処ではありますから、そこを、サヨクはうまく利用している。

 別の見方をすれば、その我利我欲の反対が、実は日本の伝統的な美徳ではありました。

 自分が報われるよりも、全体の幸福の実現を喜びとする。
 自分がヒーローとなるよりも、全体での最良の結果を追求する。
 自分が好きなことをやるよりも、全体にとって喜ばしいことをやる。

 最近、醜悪であったのは、あのボランティアというやつです。

 自分の欲が優先されるから、元来である「奉仕活動」になっていない。
 何よりも「奉仕活動によって自分が報われている」という慎みを忘失してしまっている。
 であるから、自己満足を追求する手段になってしまっている。

 本来であれば、名も告げず、全て持ち出しで、何事かを成し遂げれば黙って消え去り、誰の記憶にも、自分の記憶にさえもそれは残らないのが「奉仕活動」です。

 それがサヨクの色彩を帯びれば、一転して、他者の悲劇を以て自己満足の手段としてしまう「ボランティア」に変質してしまう訳です。

 この精神構造の堕落を以て、かの地の現地員とかいう「経済人・その他」を照らしてみれば、そこに「日本という全体」への意識がどれほどあるのか、寒々しいばかりです。

 古来より、商人が、あの士農工商というランク付けの最下位に置かれたのも、この故であろうかと思わざるを得ません。

 それとりもなおさず、サヨク・サヨク的思考者という社会的畸形児のおぞましい精神内面を浮き上がらせるものです。

 何となれば、サヨクは商人よりも社会の役に立たない者どもであるからです。

 それは「民主党」なる愚昧集団の破滅的行動がよくあらわしている処です。

 破壊は出来ても、建設は出来ない。

 何故なら、そもそもの思想の根本にそれが存在していない。

 であるが故に、これまでの歴史に於いて、国民を幸福に反映させた社会主義国が存在し得なかった訳です。

 極論すれば、例えば「美徳」が現実化すれば「人権」などという妄想は必要ない様に、本来のものがしっかりとしていれば、サヨク等と言う社会的畸形児、歴史の産業廃棄物は、社会の片隅で妄想のマスターベーションをしているしかない筈なのです。

 それがどうしてこんな日本になってしまっているのか。

 その原因の一例は、サヨクの駄文がもし本当であるならば、かの現地員なる者の言動に如実に表れていると思うのです。



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