私見暴論−Japon Renaissance

和魂覚醒の時は至れり。(FC2支所 「荒魂」)

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 昭和の日に際し、謹んで転載させて頂きます。
 どうぞご訪問ください。


子どもへ伝える大切なもの〗より

昭和の日 「天皇さまが泣いてござった」

 本日は「昭和の日」です。

 この佳き日に日本国民の一員として、「昭和の日」を慶祝できる事に感謝致します。

                                皇紀2671年4月29日

 本日は、昭和天皇のご生誕の日です。
 昭和天皇を偲びつつ、書かせて頂きます。
 (不勉強ながら不敬な表現があるかもしれませんが、ご容赦下さいませ)

 戦後、日本は何故奇跡の復興を可能にしたのか?
 それは昭和天皇の足掛け8年半、約3万3000キロに及ぶ全国への御巡幸により、国民が一つにまとまった事から始まりました。

 昭和天皇とマッカーサーとの感動秘話は有名なので、当ブログでは書かないことにします。

 御巡幸については調寛雅(しらべかんが)氏の「天皇さまが泣いてござった」を参照させて頂きました。

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佐賀県への御巡幸のお話

 佐賀県に因通寺というお寺があります。

 この寺には、戦争罹災児救護教養の、洗心寮が設置されていました。
 洗心寮には、44名の引き揚げ孤児と、戦災孤児がいました。

 この寺の住職:調寛雅(しらべかんが)氏と昭和天皇はあるご縁がありました。

 そのご縁もあって、九州行幸には「行くなら、調の寺に行きたい」との昭和天皇のご意向から、因通寺のご訪問が決定しました。
 
 この地域は、共産主義者がたくさんいる地域で、
 特に敗戦後ですので暴動が起きる可能性がかなりありました。

 因通寺のある町では、陛下の行幸を歓迎する人と反対する人で対立が起きました。

 歓迎するのにも命がけの雰囲気です、反対派から何をされるか分からない。

 お迎えするのは町長や知事などもである。

 ある町長は知事にこう言います。

 「知事さん、あなたも、おわかりだろうけど、このたび一天万乗の大君でいらっしゃる天皇陛下がここに来られるんですよ。

 私も息子を今度の戦争で亡くしましたけれど、おそらく息子は天皇陛下万歳といって死んだにちがいありません。

 その息子のことを思ってみても、天皇陛下がおいでになるとき、父親である私がどうしてじっとしていることが出来ましょう。

 せめて陛下がお出で頂くとき、気持ちよくして下さるよう、みんなでこうして掃除をしているんですよ。

 知事さん、心配しなさられでもいいですよ。至誠天に通ずですよ。」

 5月24日、いよいよ因通寺に昭和天皇の御料車が向かわれます。

 いろんな想いの群集から、「天皇陛下万歳、天皇陛下万歳」の声が自然と上がります。

 それは、地響きのようでした。

 陛下は、群集に帽子を振って応えられます。

 そして陛下は門前から洗心寮に入られます。

 子ども達は、それぞれの部屋でお待ちしていました。

 陛下はそれぞれの部屋を丁寧に足を止められます。

 「どこから」

 「満州から帰りました」

 「北朝鮮から帰りました」

 「ああ、そう」

 「おいくつ」

 「七つです」

 「五つです」

 「立派にね。元気にね」

 一人一人にお声をかけられます。

 ひと部屋、ひと部屋と。

 そして一番最後の部屋の「禅定の間」に進まれます。

 陛下は、その時突然、ある一点を見詰めて佇まれます。

 侍従長以下は「何事があったのか」と足を留めます。

 しばらくして、陛下は一人の女の子へお顔を近づけられます。

 「お父さん。お母さん」と、お尋ねになる。

 女の子は、二つの位牌を胸に抱きしめていたのである。

 女の子が「はい。これは父と母の位牌です」と、返事します。

 「どこで」

 「はい。父はソ満国境で名誉の戦死をしました。母は、引き揚げの途中で、病気で亡くなりました。」

 「お淋しい」

 「いいえ。淋しいことはありません。私は仏の子どもです。

 仏の子どもは亡くなったお父さんとも、お母さんとも、お浄土にまいったら、きっともう一度会うことが出来るのです。

 お父さんに会いたいと思うとき、お母さんに会いたいと思うとき、私は御仏さまの前に座ります。

 そして、そっとお父さんの名前を呼びます。そっと、お母さんの名前を呼びます。

 するとお父さんも、お母さんも、私のそばにやってきて、私をそっと抱いてくれるのです。私は淋しいことはありません。私は仏の子どもです。」

と答えました。

 陛下と女の子は、じっと見つめ合います。

 さらに陛下は部屋の中に入られ、右の手に持っていた、帽子を左に持ち替えられ、右手を女の子の頭において、撫でられたのです。

 陛下は「仏の子どもはお幸せね。これからも立派に育っておくれよ」と申され大粒の涙をハラハラと流されました。

 すると、女の子は「お父さん」と呼ぶのです。

 多くの人たちは、言葉無く佇みます。
 
 新聞記者までが、言葉を無くし一緒に涙を流したのです。

 孤児院から出られるとき、子ども達が陛下の袖を持ち、「またきてね、お父さん」と言います。

 陛下は、流れる涙を隠そうともせず、「うん、うん」とうなずかれ、お別れになられます。

 そして後に、一首の歌が届けられました。

「みほとけの教へまもりてすくすくと生い育つべき子らに幸あれ」

 調住職はこの昭和天皇陛下のお言葉をみなに響き聞かせようと、この御製を寺の梵鐘に鋳込ませました。今でも因通寺に行くとこの梵鐘の響きが当たり一帯に響き渡るそうです。

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 洗心寮を出られたあと、長い坂の下でたくさんの人々が陛下を出迎えます。

 陛下は遺族などと一人一人お話になり、進まれます。

 その中に若い青年と思われる数十人が一団となり陛下をお待ちしていました。

 シベリア抑留の時に徹底的に洗脳され、共産主義国家樹立の為に共産党に入党した者達でありました。

 すごい形相でむしろ旗を立てて待ち構えていたのです。

 恐れていた事が起こる気配です。

 周りの者が陛下をお守りしなければと駆けつける前に陛下は、その者達とお話になられます。

 陛下はその者達に深々と頭を下げられます。

 「長い間、遠い外国でいろいろ苦労して深く苦しんで大変であっただろうと思うとき私の胸は痛むだけではなくこのような戦争があったことに対し、深く苦しみを共にするものであります。」

 「皆さんは、外国においていろいろと築き上げたものを全部失ってしまったことであるが、日本という国がある限り、再び戦争のない平和な国として、新しい方向に進むことを、希望しています。皆さんと共に手を携えて、新しい道を築き上げたいと思います。」

 非常に長いお言葉を述べられます。

 陛下の、表情は自愛に溢れるものでした。

 陛下は、彼らの企みをご存知ない。

 陛下の前に、一人の引き揚げ者が、にじり寄ります。

「天皇陛下さま、ありがとうございました。今頂いたお言葉で、私の胸の中は、晴れました。

 引き揚げてきたときは、着の身着のままでした。外地で、相当の財をなし、相当の生活をしておったのに、戦争に負けて帰ってみれば、まるで丸裸。最低の生活に落ち込んだのです。

 ああ、戦争さえなかったら、こんなことにはならなかったと、思ったことも何度かありました。そして、天皇陛下さまを、恨みました。

 しかし、苦しんでいるのは、私だけではなかったのです。

 天皇陛下さまも、苦しんでいらっしゃることが、今、わかりました。

 今日から、決して、世の中を呪いません。人を恨みません。

 天皇陛下さまと一緒に、私も頑張ります。」

と言います。

 その時、むしろ旗を持ってすごい形相の男が不意に地面に手をつき泣き伏しました。

 「こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。俺が間違っておった。俺が誤っておった。」

と号泣するのです。

 その男の懐には短剣が忍ばせていたのです。

 泣きじゃくる男に、他の者達も号泣します。

 じっと、皆を見詰めて動こうとされない陛下。

 陛下の、まなざしは深い慈愛に溢れ、お優しい目で見つめられます。

 三谷侍従長が、ようやく陛下のおそばに来て促され、ようやく陛下は歩を進められたのです。

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 陛下が涙を流された時、人々は知りました。

 陛下も苦しまれ、悲しまれ、お一人ですべてお抱え込んでいらっしゃる事を。

 陛下は、危険を顧みず全国を御巡幸され続けます。

 そのお姿に、国民は「一丸となって、共に頑張ろう」と思うのでした。

 戦後のめざましい復興のエネルギーはここから生まれたのです。

 晩年、昭和天皇は病床で「もう、駄目か」と言われます。

 医師たちは、ご自分の命の事かと思いましたが、実は「沖縄訪問はもうだめか」と問われたのである。

 最後の最後まで、国民を御思いになられる陛下でした。

 その昭和天皇の御心は、平成5年に今上陛下によって果たされます。

 今上陛下は、歴代天皇初の沖縄ご訪問をなさいました。

 その時、原稿なしで遺族を前に5分間にわたって、御心のこもったお言葉で語りかけられました。

 そのお言葉に、険しい表情であった遺族も

 「長い間ご苦労様でした、というお言葉をもらったので満足しています。
お言葉には戦没者へのいたわりが感じられました。
陛下のお言葉でまた一生懸命やろうという気持ちが湧いてきました。」

 「なぜか泣けて言葉にならなかった。沖縄のことを愛しているのだろうという気持ちがこみ上げてきた」

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 こうして昭和天皇が昭和21年2月から始められた御巡幸は、45年もの月日を経て一区切りがついたのです。


〘 支那共産党が何を言おうと 〙

 一切信用できないことは、尖閣のみならず沖ノ鳥島に対する態度を見れば明白です。

 この二つの離島の現状を知るならば、支那にどんな意図があるか、如何に「のほほん人」でもそれと察知できない筈はありません。

 それを必死に妨害しているのがサヨクマスゴミであることは今更言うのもバカバカしいのですが、しかし、その一方には、未だに「新聞」「テレビ」は社会の公器であるから中立だなどと信じ込んでいる阿呆がいるのも事実です。

 それは必ずしも爺・婆だけではなく、日本のガン世代である団塊サヨク世代だけでもなく、自分のことを高等教育を受けたインテリだと自認している輩もまたその阿呆である場合が多いのです。

 一点のみ指摘しますと、要するに「中立」とは相対する意見の妥協点を見出すことと勘違いしている阿呆どもです。

 いくら大学を出ていても阿呆が阿呆であることは東大やら早稲田やらの出身サヨクが如何に多いかをみれば一目瞭然である訳で、そういう単に大学を出ただけの自称インテリは、意見の対立としてしか日本の状況を把握できないレベルの智慧しか持ってはいません。

 これでは若者にバカにされるのも自業自得なのですが、彼奴等は何が原因なのかが全く判っていません。

 以前からパラダイムの構築について何度か記してきました。

 別の言い方をすれば、それには「洞察」という思考メカニズムも関連しており、断片的で無関係に見える多くの情報から本質的な事実を発想するという能力が必要である訳です。

 無論、「洞察」には高次のそれから低次のものまでありますから、一概に「洞察力欠如」とまでは言いませんが、現在の日本の状況に対して「具体的な危機感」を「その原因を特定」して持てない様ではお話にならないのは当然のことです。

 霞が関の官僚の様に、いくら仕事ができて、頭が良いと思われていても、それが反って害にさえなることもある訳で、これを以て拙は「智慧の無い輩」と定義しています。

 ちなみに「智慧」は「知恵」とは異なる概念で、もともと「知恵」にしても「知識」とは全く異なった概念でしたが、今では知識の量の多寡と混同さえされている状況ですから、「智慧」ともなれば何のことやら判らぬ人も多いでしょう。

 「智慧」論議が主題ではありませんので、これはここまでにしておくこととして、実は所謂「洞察力」はその一部でもあるのです。

 それを欠いた場合、いくら情報があっても統合して止揚出来ませんので、目の前の具体的な認識の範囲でしか結論を出すことができません。

 戦略的な意味での結論ならば兎も角、現実認識に欠陥がある結論では、それは害にしかならない訳です。

 さて、団塊サヨク世代は当然のこととして、その精神的畸形を受け継いだその後の「のほほん人」どもには、沖ノ鳥島と尖閣の問題は「自分には関係のないこと」にしか受け取れないでしょう。

 何故なら、それは「目の前の具体的認識の範疇」を超えている情報であるからです。

 実はこれは「戦後教育の欠陥・害毒」の最も重大な一点で、知識偏重とその昔に言われていたその問題点である訳です。

 いくら知識があってもそれを有用に役立てる事が出来ない。

 「本当の意味での解決」という「結論」を導き出すことが出来ないのです。

 そういう輩については、以前「獅子身中の虫」になるであろうと記しましたが、それが現実化しつつあるのではないかと忸怩たる思いでおります。

 そもそも、わざわざ、自国の問題について、情報を整理し、与えてやらねばならない「大人」とは一体どんな存在であるのか。

 確かに一方では「目覚めたる若人」も増えつつあり、しかし、「国家という歴史的存在の時間軸に沿った本当の変遷」を「体験」に基づいて伝えていける「中高年以上の大人」が極めて少数でしかないことの異常さを、現実のこととして体感出来ていない輩の何と多いことか。

 それらは「過去の否定」を鵜呑みにすることで、「バーチャル」な「善意の平和国家」という幻想を肯定している輩です。

 敢えて記しますが、それは「狂気」と断言してもよい「歪んだ現実認識」です。

 正直な処、経験上、同年代の前後のそれらの「中高年以上の輩」を「狂気」から目覚めさせることの困難はよく知る処であり、うんざりする処でもあるのですが、かといって放りだす訳にもいきません。

 彼奴等の為ではなく、これからの日本人の為であるからです。

 その意味では「尖閣諸島と沖ノ鳥島問題」は、彼奴等にも判るレベルの具体性を持った情報ですから、有用に活用することができるでしょう。

 さて、私ごとながら、怪我の後遺症による行動制限も、温かくなって漸くかなり良くなってきましたので、ネットの他の「アナログ」活動を再開しようと思っております。

 現在準備をしている処ですが、「歪んだ現実認識」に病んでいる輩に対しては、その「歪み」に合わせて情報を与えていく必要があります。

 例を挙げれば、「新聞」が事実に基づいていると思い込んでいるのであれば、支那や朝鮮の新聞の日本語版の抜粋を組み合わせて「歪んだ現実認識」との相違を提示するチラシを配布する、また、産経などでしか記事にされていない事実をコピー・抜粋したチラシを配布する等の手段をとれば良い訳です。

 これは、一人が十枚配布しても、一万人がそれをやれば十万部という大新聞に匹敵する規模の情報提示になります。

 しかも、ニュースソースを明記した抜粋だけの、もしくは紙面をコピーしただけのチラシであれば、どんな法律にも引っかかり様がありません。

 置き忘れというやり方でも十分に注目を引けるやり方でもあります。

 もし、何かをしたいと思われている方がいらっしゃれば、連携等の必要はありません。

 不定期でも何でも、ご自分で五枚でも十枚でもプリントされ、置き易い場所に少しずつ「忘れ物」をして頂くだけで結構です。

 マスゴミがダメなら、無数の記者・発行人による無名の大新聞を発行すれば良いのです。

 在特会等への誹謗中傷攻撃がまた激しくなってきている様ですが、こちらの大新聞へは攻撃しようにもその手段もありません。
 
 無名の大新聞発行の一部を担って頂ける方がいらっしゃれば、何より喜ばしく、僭越ながら心から感謝申し上げたく思う次第です。


 


沖ノ鳥島「支持せず」 中国外務省が反論
(2012.4.29 産経)
 中国外務省の劉為民報道局参事官は29日までに、沖ノ鳥島が日本の大陸棚の基点として国連から認められたことに対し、「国際的に主流の見方は日本の主張を支持していない」と反論する談話を出し、同島が「岩にすぎない」との中国の立場をあらためて主張した。

 劉参事官は、国連の大陸棚限界委員会が結果を公表していないとして、「日本側の見解が何を根拠にしているのか分からない」とした上で「中国の立場は一貫している」と強調、沖ノ鳥島は排他的経済水域(EEZ)や大陸棚設定の基点にはならないとの見方を示した。(共同)

沖ノ鳥島は「島」 大陸棚拡大認定 国連委が勧告
(2012.4.28 産経)
 200カイリを超えて海底資源の権益を主張できる大陸棚の拡大について、政府は27日、国連の大陸棚限界委員会が日本の国土面積の約8割に相当する計31万平方キロの拡大を認める勧告を採択したと発表した。日本が同委員会の勧告を受けるのは初めて。

 政府は、日本近海の海底にメタンハイドレートやレアメタルなどの海底資源の存在が確認されたことから、平成20年11月に7海域(計約74万平方キロ)で大陸棚の延伸を申請していた。

 延伸が認められたのは、沖ノ鳥島を起点とした「四国海盆海域」のほか「小笠原海台海域」「南硫黄島海域」「沖大東海嶺南方海域」の4海域。南鳥島や八丈島周辺の海域は陸続きになっていないと判断され、認められなかった。

 沖ノ鳥島をめぐっては、中国と韓国が「岩であり大陸棚は設定できない」と反発している。同委員会は、同島の北側に続く「四国海盆海域」の延伸を認めたことで、事実上、同島を「島」と認めた形だが、一方で同島の南に広がる「九州パラオ海嶺南部海域」の勧告は先送りとした。

 政府は認められなかった海域を再申請するか、勧告を受け入れるか判断する。

 ■大陸棚 沿岸から200カイリ(約370キロ)の排他的経済水域(EEZ)内の海底を指すが、国連海洋法条約で、海底の地殻が陸地と同じ地質であることが証明できれば350カイリ(約650キロ)まで延伸が認められる。この海域では海底資源の開発を行うことができる。

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