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〖「今日のつっちー」〗より
『 日教組の大罪と二つの裁判 』 (2010年9月14日) 【裁判報告】 昨日は「対民主党裁判」、今日は「過激性教育裁判」 原告、被告をしているが、二つの裁判、実は「同根」 結局は、きれいごとを相手は言っているが、サヨク小児病相手の裁判だ。 民主裁判でも、「論文のどこがいけないのか、具体的に指摘して欲しい」と言う我が方の弁護士の要求に「答えるつもりはありません」???? 今日の過激性教育裁判でも、サヨク弁護士が盛んに「学習指導要領」を引用する。確か、「指導要領」は法的拘束力がないと主張していたのは教職員組合で、最高裁で「法的」なものと判断が出ても、「過渡的判決だ」と法理論を無視した論理を展開している。 その「無視」している法を盾に追及すると言う「自己矛盾」に気付かないところにこの「病気」の病理がある。 更に、裁判官が、「心理学や教育学を勉強したのですか」と古賀都議に質問した。じゃあ、あなたは、すべての学問に精通しているのか? 議員は、学問として、その分野を研究しなければ、追及は出来ないのか?三権分立における、立法府の役割とは何か?そう、この裁判官に聞いてやりたかった。 「現場を知らなければ」「専門性がなければ」追求出来ないとするのなら、立法府の議論など意味がなくなってしまう。 教師は、必ず、この議論に持ち込む。「あなたは教育現場を見たのか?」 一体、「てめえは何様だと思っていやがるんでえ」(自分は江戸っ子なので、これは相手を侮辱したことばではないことを念のため言っておく) 古賀都議は別にして、私は、勉強して来た。この事案は、三人でやったものだから、田代都議は医者の見地、私は教育学の見地から、「おかしい」と判断して、「過激性教育」を追及したまでだ。 古賀都議が勉強したかどうかなど関係がない。 「ペニスだ」「ワギナ」だなんて、じゃあ、裁判官の家では「日常語なのか」聞きたい。 ※写真は、古賀都議・小林元参議院議員・土屋都議 こうした事件、裁判所の根底には「共産主義」がある。 予告するが、今後、共産主義に対する「攻撃」を開始する。 これは「宣戦布告」だ。 どうするかって?作戦は秘密!! 開戦は10月15日。詳しくは、メールでお知らせをする。まずは、集会。午後2時から、「都議会二階の会議室」だ。 以下は、別のテーマです!! 【今は昔】日教組がこの国をこんな「だらけた」国にした 「今は昔」と言ってしまえばそれまでだが、日本と言う国が、アイデンティティーを喪ったのは何時の頃からか。 下記は、「愛と死を見つめて」「寒い冬」の映像だが、この当時の若者はすがすがしい。 以前にも、吉永小百合の「女学生」を例に、キチンとした制服姿、髪型は美しいと書いたがその通り。 戦後、わが国は経済的には発展したが、日本人が2600年に渡って築いてきた、日本人的美意識は確実に失った。 私は、伝統を全て継承しなければならないとは言ってはいない。更に、時代に合わせてそれは変化していく物だと言うことも、江戸の風物史を読めば容易に分かることだ。しかし、だからと言って、占領軍の策略であると言うことにも気付かず、美風を捨てることはない。「野蛮人」になることもない。 電車の中で化粧をし、食事をしている。歩きながら食事をしている者は、文明国家では「野蛮人」と言う。もし、この論に反論があるのなら、姓名、住所、連絡先を名乗って申し出て欲しい。公開でディベートをしようではないか。 私は、この「はしたない」行為は、「野蛮人」のすることであると言う主張は、「絶対に」曲げるつもりはない。 その国の将来は、その国の青年たちを見れば分かると言う。「愛と死をみつめて」は昭和39年の物語。テレビでも放映されたので、多くの人の記憶にあるが、その純愛に皆が涙した。 「寒い朝」は、石坂洋二郎の確か原作。映画は昭和37年だ。石坂洋二郎は学生時代、「女性の心理を知るには必読だ」と先輩に言われてほとんど読破した。 この、二つ作品での、吉永小百合の服装を見てもらいたい。 清楚で、女性らしい。 これが、確か「日本人」だったはずだ。もちろん、風俗は変わるから、そのままとはいかないまでも、キチンとした服装は大切だと思う。 生活指導と教務指導は、学校教育の柱だ。生活指導なしに、教務指導はないと断言出来る。ところが、今はどうだろう。 折角、制服があるのに、キチンと制服が着られていない。私服なら、私服のルールと言うものがあるだろう。言わせてもらえれば「いかれた」服装をしていて、「社会に出たらちゃんとします」なんて言い訳は聞き飽きている。 例外はどこにもあるが、挨拶、敬語は急に出来るものではない。 東京には20万人のエイズ患者が潜在していると言う。今、子宮頸癌のワクチンの安全性が問題になっているが、不純異性交遊と性病が実は、その大きな要因であることを忘れている。青少年に性病が蔓延しているから、「コンドーム教育をすべきだ」と言う、愚かな集団と同じ発想だ。そんな教育をしているから、大学生から結婚まで平均7名の異性と性行為をすると言う結果となる。平均だし、週刊誌の調だから、実際はもっと多い。 これが、道義国家日本のなれの果て。 野坂昭如が、雑誌「生活通販」で、以前、「日本人は一時代前の生活の戻るべきだ」と言う趣旨のエッセイを書いていた。彼とは思想は違うが、これは傾聴に値する。 「ついこの前」まで、日本人は礼節の国民だった。 電車で化粧をするような「たわけもの」。食事をする「野蛮人」はいなかった。 それが、数十年で、あっと言う間にこの情況だ。 それは、日教組だけの問題ではない。政治家の問題でもあり、家庭の問題でもある。万引きをして、「児童・生徒が否認する」傾向は、警察に聞くと「急増」している。親が来て、「証拠を見せてみろ」と言うそうだ。 「開き直れば、罪を逃れる」と言う発想を青少年の内に、植え付けてしまえばどうなるのか。親なら分かるはずだ。 昔の親は、ぶん殴った。当然だ。「暴力はいけない」などと、極めて「無責任な」発言が蔓延している。調子に乗った、児童・生徒は、「文句があるのなら、教育委員会に電話するぞ」と教師を脅す。 ちょっと叱ると「パワハラ」と言われる。では、完成された人間はいるのか。叱られて人間は育つものだ。甘やかされて、精神の脆弱な人間を育成して、何になる? 「嘘、言い訳」今の子供は、そんなことを「山ほど持ってくる」 大人が「そうした」のだ。 そんな体たらくだから、子供を餓死させ、自分の欲望を優先させると言う、犬畜生にも劣る「親」が生まれる。 都庁の役人からして同じだ。電話で「うん」 バカではないか。子供ではない。年収1000万を超える報酬をもらっている人間が、議員が電話して「うん」と答える「バカ」がいるか?民間なら理解出来ない。 部下を叱らない。その場限りの「逃げ」を打つ。 優秀な人間もいるが、そうでない人間も多い。 くたびれた背広を着て、それでも「サービス業か?」と思う。年収1000万でしょう? だから、都立の高校で、服装が乱れても、敬語が使えなくても、彼らには「他人事」なのだ。 日本人とは何かと考えたことがあるのか? 勤勉・清楚・至純・・・これがなくなったら、社会は乱れる。当然でしょう。 東南アジアの子供たちにも負けている。 民主党革命政府はおかしいのは当然だが、国民が「おかしい」と気付く必要がある。 「子供は国の宝」 宝だから「厳しく育てる」必要がある。 教育の「機会均等」とはそう言うことを言う。 挨拶も出来ず、掛け算も出来ず、敬語も使えない。服装は「いかれたあんちゃん」で、社会で通用する訳はない。将来は、「臨時雇用」の契約社員。格差は拡大する。 しかし、それは「自己責任」 社会の責任にされては困る。 以前に書いたが、勉強するかしないかは、個人の自由。 民主主義は、「結果責任」 勉強と努力をしなければ、それ相応の仕事しかない。当然だ。 いい加減に、適当に人生を送り、「生活保護」は、もう通用しない。何故か?原資がない。 本当に困った人には手を差し伸べるが、努力もしない人間に、額に汗した人間の「分け前」は与えられない。自由民主主義とはそう言うことだ。 サラリーマンが泣いている。 下記の映像を見て、前田明(プロレスラー)の言うように、「海外では売春婦」の服装をした女学生がいいのか、吉永小百合のような女学生がいいのか、判断して欲しい。 青少年には「すがすがしさ」が必要だ。 渡辺淳一の世界、石田純一の世界は、「その後」個人の趣味で愉しんで欲しい。 http://www.youtube.com/watch?v=hDPgmVnfPsc 愛と死を見つめて http://www.youtube.com/watch?v=ft7umCmspc8&feature=related 寒い冬 http://www.youtube.com/watch?v=62C0a0p0O9U 女学生 http://www.youtube.com/watch?v=tBygiKkkKSM&feature=related 明日は咲こう、花咲こう ※ いずれも、吉永小百合 ※ 思想は別だが、ひたむきに生きる映像には感服します。 |

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