私見暴論−Japon Renaissance

和魂覚醒の時は至れり。(FC2支所 「荒魂」)

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【西村眞悟氏】捧哀悼


眞悟の時事通信〗より

『 捧哀悼 』
平成23年 6月 7日


 三笠宮寛仁親王殿下が、六日、薨去されました。
 謹んで深く哀悼の誠を捧げたてまつります。 臣 眞悟

 私如き者が、いささか不敬ではありますが、ここに殿下との思い出を書かせていただきます。
 気さくに、国民に話しかけられる殿下であられた。
 殿下と二度、お話しさせていただくことができた。

 十年ほど前の園遊会の折、寛仁親王殿下が、佇立して礼をしている私の前を通られた。その時、殿下はこう言われた。
「お、西村さんじゃない、あなた何故、民主党におるの」
 驚いて顔を少し上げると、殿下が、ニコニコされながら私の方に向いておられる。
「は、はい、あのー、」
 しばらくの間があって、
「ははは、西村さんの書いているものは、みんな読んでるよ」
「は、・・・ありがとうございます」

(この時の政治状況)
 細川内閣が、自民・社会両党の連立により崩壊してから、細川内閣の与党であった政党が合体して新進党ができた。
 小沢一郎氏がその新進党を解党したので、私は、真の保守党を目指し、自由党結党に参加した。
 その自由党は少数政党であったが、私は国防部会を主催し、集団的自衛権行使は当然との前提で議論をすすめることができたし、自自連立で与党になってからは防衛政務次官に就任し、当時の日本ではタブーに触れるとびっくりされたが、世界では「なるほどなー」と思われる「核武装議論提起発言」を行った(平成十一年)。
 その後、小沢一郎氏は、自自連立を解消し、集団的自衛権を否定し、突然、民主党との合流を打ち出した。
 これは、「志を持つ者」にとっては裏切りであった。
 私は、激しい葛藤に襲われたが、御殿場の富士の裾野で一夜を明かし、民主党を保守化すればいいのだと思い決して民主党と合流した(平成十四年)。
 殿下の私へのご発言は、自由党の民主党への合流後の園遊会でのことであった。

 その後、一度、東京駅の新幹線のプラットホームで殿下と出くわした。殿下は、その時、大勢の同行の人に囲まれて車両の扉の前におられた。私は、深く会釈した。お話しする時間はなかった。その時、殿下のおられる回りだけが、現在ではない「明治の雰囲気」を湛えているように思えた。

 そして、昨年平成二十三年の冬、東日本大震災の前、人を介して、殿下が西村に会うと言われている旨伝えられた。
 驚き、赤坂御用地のご自宅に伺った。
 その時の殿下は、もはや御肉声ではなく、喉に筒を当てられて、それを振動させて声を出されて語られた。
 殿下は、健常者には想像できないこの不自由さにへこたれる風は微塵もなく、喉に当てた筒を振るわして語り続けられた。
 その内容は、太古からの歴史を背景にした日本と御皇室に対する熱い思いから発せられていた。

 お話の最後の頃に、世間や巷の話しになった。
 その時、「義理の兄貴がねー、」と言われ、麻生元総理から聞かれたおもしろい話をされたのが、私的な絆を大切にされ御家族に対する愛情がにじみ出て印象に残っている。

 喉に当てられた筒を振動させて長時間会話をするしんどさをお察しして、私は、新刊の「中国の恫喝に屈しない国」(WAC)をテーブルにお置きし退出させていただくことになった。
 お疲れのご様子でありながら、殿下は少しもそれを出さず、辞退させていただいているのに、玄関までこられた。
 
 お礼を申し上げ、ご自宅を出て私が乗った車が動き出すとき、殿下は、なお歩を進められて、ご自宅の玄関の扉の前に闘病の身を以てすっくと立たれていた。深く恐縮して殿下を拝した。
 すると、何故かそこが逆光で、殿下の姿が光の中に浮かんでいた。
 私は、威厳ある高貴な影がそこに立たれていることを感じた。

 それから東日本の巨大地震があり、殿下の御動静も伝えられていたが、お体のことが気になりながらも、うち過ぎ、
 昨日六日の薨去の報に接したのだった。

 三笠宮寛仁親王殿下の、
 祖国と御皇室への思いを親しくお聞きした臣眞悟、
 祖国と御皇室の為に、与えられ残された命であります。
 全力を尽くします。



『 国家の危機としての統合力の喪失 』
平成23年 6月 6日


 我が国が大東亜戦争に敗北した原因は、あれほどの大戦争に突入しながら、陸海軍の統合運用体制を欠落させていたからである。つまり、軍の最高司令官とそれを補佐する統合幕僚本部が我が国に無かった。
 我が国は、最高司令官がいないまま、陸軍と海軍がばらばらに戦い、陸海空軍を見事に統合運用してきた敵に各個撃破されて軍事的敗北をした。従って、この軍事的敗北の原因は、統合運用体制の欠落である。

 本稿は、この観点から現在の政治現象を斬りたい。
 まず、歴史の教訓を確認する。
 我が国は、明治三十六年十二月の「戦時大本営条例」の改訂によって、戦時においても陸海軍の統帥は対等である旨決定された。それまでは、平時は陸海軍の統帥は対等で各々独立して演習を実施しているが、戦時になれば、海軍の統帥は陸軍の統帥の下に位置づけられる。つまり、戦時には海軍は陸軍参謀総長の指揮下に入ることになっていた。
 しかし日露開戦(明治三十七年二月)が迫る明治三十六年暮れ、海軍大臣山本権兵衛は、戦時においても陸海軍の統帥の対等を主張し、緊急の課題である陸海軍の対露共同作戦の立案すら拒んだ。
 この日露戦を人質に取った海軍大臣の要求に対し、陸軍の児玉源太郎は、陸海軍の内紛によって闘わずしてロシアに敗北することを回避する為に、海軍大臣の要求を呑み、「戦時大本営条例」を改訂して、戦時においても陸海軍の統帥を対等とした。そして、日露戦争に突入していった。
 この日露戦争においては、山県有朋や伊藤博文という維新第一世代はまだ健在で、児玉や山本が実務を握って総力を結集して闘うことができた。また、戦闘目的も陸海軍各々単純で明確だった。即ち、陸軍は朝鮮半島と満州からロシア軍を駆逐することであり、海軍はロシアの旅順艦隊とバルチック艦隊を撃破することに尽きた。従って、陸海軍の統帥が各々独立していること(ばらばらであること)の弊害は露呈しなかった。

 しかし、この陸海軍の統帥が戦時も対等である弊害は、日露戦争の四十年後に露呈して、我が国家を崩壊させたのだ。
 つまり、当時の我が国を軍国主義国家と子どもに教えるのが戦後教育であるが、これは間違いである。軍国主義とは軍の最高指揮官が国政の最高権力を握り、国家の総力を結集して戦争を遂行することができる国家のことであるが、当時の我が国は、内閣総理大臣は、陸軍や海軍が今何をしているのか知ることができず、陸海軍もばらばらに戦っていて、到底国家の総力を結集できる体制には無かったのだ。
 当時、軍国主義国家の定義に最も適合した国家は、国家の総力を結集して我が国に向かってきたF・ルーズベルト大統領の率いるアメリカだった。
 
 F・ルーズベルトは、アメリカ合衆国憲法に基づき、国政の最高権力者にして軍の最高指揮官(COMMANDAR IN CHIEF)として「総力戦」を指揮したのである。
 片や、我が総理大臣である東条英機氏は、どういう立場だったのか。まず、海軍のことは全く知り得なかった。
 そもそも、昭和十六年十一月二十六日、東条首相は、アメリカがハルノートを我が国に突きつけてきたことは知ったが、同じ日に、山本五十六が連合艦隊をハワイに向けて「出撃」させていることを知らなかったし、その後も、ミッドウェーで空母四隻が壊滅していることも、南太平洋やサイパンやレイテ沖や台湾沖で海軍が勝っているのか負けているのかも知り得なかった。陸軍にしても、参謀総長を兼務してからは知りうる立場にいたであろうが、総理大臣としては何も知らなかった。
 では、彼はその間、総理大臣として何ができたのであろうか。美談かどうかはともかく、彼は戦時中の早朝、馬に乗って民家のゴミ箱を見てまわっていた。また憲兵を動かして要注意人物を監視させていた。戦争中の総理大臣が、こういう「ちまちましたこと」しかできない国が、軍国主義であるはずがないではないか。

 このことを書き始めると慨嘆すべきことが次から次と浮かんでくるのでここで止めて、ただこの状況下で、我が国の最優秀のエリートを集めていた陸海軍の統帥部の官僚組織はどうなっていたのか点検したい。
 はっきり言って、各々の狭い領域に閉じこもって現場の状況を無視した作戦を立案し続けた。
 戦艦大和の沖縄への出撃を例に挙げる。
 アメリカ軍が沖縄島に兵員五十万人を超える大艦隊を差し向けたのは昭和二十年三月で、陸上兵力十六万八千人を嘉手納に上陸させてきたのは四月一日である。
 戦艦大和の出撃目的は、この沖縄に押し寄せた敵艦船群に大和を突入させて大打撃を与えることであった。では何故、敵が上陸を始めた四月一日に出撃させず、敵が無事に上陸し終わって戦艦大和攻撃に全略を挙げることができる四月七日に大和を出撃させたのか。
 当時の日本で最優秀と言われる海軍軍令部の面々は、戦艦大和の出撃によって、如何にして最大の戦果を挙げるのか、如何にして沖縄の地上で敵を迎撃している陸軍の第三十二軍と協働するのかも、全く考えていなかったのだ。
 そして、最も不利な時期に大和を出撃させている。
 これでは、何の為に戦争をしているのか理解していない者が作戦を立案していたと言っても過言ではない。

 以上で歴史を述べるのを止め、これから現在の政治現象を述べる。
 まず、東条英機の時代と同じように、政治の統合力が失われている。
 総理大臣の野田君は、この一年、何をしてきたのか。
 「消費税増税への道」に没頭してきた。
 この姿は、既に書いたがダチョウそのものだ。
 ダチョウは、小さな頭を穴に入れれば、大きな尻を出していても安全だと思い込むらしい。
 同様に、野田という総理大臣は、我が国を取り巻く内外の厳しい状況の中で、消費税という穴蔵に小さな頭を突っ込んできただけだ。
 そして、この消費税という穴の中にいる連中はというと、かつての現実に合致しない作戦を立案した海軍軍令部の連中と同じ優秀な官僚で、ただ消費税を上げることだけが国家目標であるかのように錯覚してバカな総理を使って熱中している。

 現在の野田という総理大臣がとっている政治姿勢、即ち、何かに変質的にこだわっているところを見せて評価を得ようとする傾向は、小泉首相の「郵政民営化は構造改革」だという間違った絶叫が効を奏した頃から始まっている。
 そして、これは、鳩山の荒唐無稽な「二酸化炭素削減目標」さらに菅のこの夏に破綻する「脱原発」から今の野田君の「消費税増税」に流れてきている。
 小泉総理の目は偏執的だった。野田君の目は空洞だ。空洞とは空っぽということだ。

 総理大臣は、まず内政において、如何にして経済をデフレから立ち直らせるかを示し、これを実現した上での消費税増税という手順を示さねばならない。
 同時に外交・国防に関して、如何にして我が国家の独立自尊の体制を構築し維持するかを示さなければならない。これを示さない、消費税も福祉も、幾ら一体的改革を議論しても砂上の議論であり無意味である。即ち、独立自尊体制なき国家こそ砂上なのだ。

 要するに、国家を崩壊させた統合運用不能という国家体制の欠落は、昭和に入ってから顕著になり、ついに昭和二十年八月を迎えたのであるが、再び、平成の現在の野田内閣にいたって顕著となり国力の崩壊を招きかねない事態となっている。
 この病状は、総理になってはならない人物(鳩山、菅、野田)が総理を続けているという民主党という徒党の病的体質と個人の資質によりもたらされていることは確かであるが、東条英機が背負っていた同じ国家体制の欠落によっても生み出されている。

 東条英機は、総理大臣であっても最高指揮官(COMMANDER IN CHIEF)ではなかった。同様に、戦後の特にその申し子である憲法九条に忠実な民主党の総理は、国家を護る最高指揮官の自覚もない。
 これが、昭和と平成の現在の同じ国家的危機を生み出す制度的な欠落の正体である。

 


『 マスコミの裏を読む 』
2012年 4月28日


 去る22日、日本会議福岡県南支部の総会に招かれ、「今こそ教育改革」と題して講演をさせて頂きました。昨年から決まっていた日程、題名でしたが、時節柄政局がらみ、外交関係まで話をさせてもらいました。

 沢山の方が出席され、熱心に耳を傾けられ、又的を得た質問、意見を頂きました。主催者の皆様に心から感謝申し上げます。

 集まられた皆様は日本を愛し現状を憂える同志ばかりでした。私は出席者の背後にいらっしゃる多くの方々にまで届いて欲しい、出席者が帰られて、回りの人達に私の話を少しでも広げて欲しいという願いを込めて話しました。というのは、例えば尖閣諸島の件でも国民の大多数は石原知事に賛成ですが、大手マスコミの論調は産経新聞を除いて殆どが反対ないし消極的です。
 
 その間の解離の大きさに改めて日本のマスコミの問題点が浮き彫りになりました。要するに、対中国となると日本のマスコミは極端に弱腰あるいは中国寄りになるということです。これは日本のマスコミが中国に支局を出すに当たって、中国に不利になるような報道はしないという協定を結ばされているということがあるからでしょう。しかし、現実にはそれを越えて、中国のマスコミだと考えれば納得できることが多いように思います。 いつもは、つい誘導されてしまいがちですが、さすがに領土問題という、よく分かる問題だけに、マスコミの偏向ぶりが国民の目にはっきり見えたのではないかと思います。

 合わせて、参院で問責を受けた二大臣に対するマスコミの論調も自民党政権に対するそれとは違うなということに国民が気付いて来たように思います。これを契機に、新聞に書いてある、テレビが言ったと、鵜呑みにする国民が少しでも減る事を願うものです。

 私達がお話しするのは精々数百人、テレビは一度に数百万人です。影響を及ぼせる範囲が違う。本当の話、本当の事実が伝わるように我々もいろいろ努力しなければなりません。

 先日も浜岡原発の地元の首長選挙で、原発再稼働慎重派が勝ったという記事が出ていました。それでは負けたのは原発再開賛成派かと思いがちですが、実は負けたのは原発反対派でした。それを書かないのは原発反対へ読者を誘導する意図的なものを感じます。

 TPPについても大手マスコミが揃って賛成を言うのも、その理由を含めて首をかしげざるを得ないし、消費税増税の論調も同じ。ついでに原発についてもおかしいですね。太陽光発電の電力会社購入価格が42円というのはあまりにも高すぎます。必ず電力料金のアップにつながり、企業や消費者の負担になります。

 沖縄県では沖縄タイムスと琉球新報という二大紙がほとんどを占めていますが、極めて偏向しています。沖縄県民の考えや心情とあまりにくい違っていることに驚かされることがあります。でも、沖縄の人はそれを知って冷静に読んでいます。

 報道を真に受けるのでなく、その裏、隠された意図まで見抜く眼力がマスマス必要になって来たように思います。


眞悟の時事通信〗より

『 小沢裁判と小沢現象 』
平成23年 4月28日


 四月の十日を過ぎた頃であった。月刊誌WILLの編集長から、四月二十六日に判決が出る小沢一郎さんについて書いてくれ、原稿の最終締め切りは十六日、との依頼を受けた。
 その趣旨を聞いて承知し、何時も通り、日常の予定をこなしながら、筆を執る前の想を練る段階、もしくはボーッと考える妄想に近い段階に入った。
 やはり彼小沢氏を、彼が泳ぐ現実のちんぴらの世界(永田町)ではなく日本の再興という過去現在から未来への本来のプロセスのなかに位置づけることが必要だ。
 そう決めて、十三日から十四日にかけて原稿を書き、十五日に最終校正を終え、十六日に関空から台湾に出発した。

 そして、二十五日の夜の九時過ぎに関空に帰着し、翌二十六日には予想通りの「無罪」の第一報を聞きかがら新幹線で東京へ行き、チャンネル桜の「どうする憲法」に出演して最終の新幹線で帰宅し、二十七日は朝から奈良の三輪、桜井そして多武峰の地帯を仲間と巡る。
 要するに、小沢判決の「中身」や「政局の動き」についての詳しい報道に目を通すことなく今朝(二十八日)を迎えている。
 つまり、私が小沢氏を位置づけたプロセスのなかでは、そんなものにいちいちのめり込む必要はないというWILL掲載文通りの生活を送っているという次第だ。
 ただ、二十六日の新聞に掲載され手元に届いたWILL誌の私の一文の表題は、「小沢一郎は日本の疫病神だ」となっていた。そこで、この表題について言っておく。
「まことに適切な表題である」と。
 
 この度の裁判は、自宅に四億円の現金を置いているおっさんが、「天下国家のことだけを四六時中考えている」ので、この金がどう処理されているのか知らんという筋書きだ。
 
 他方、例えば、制限速度が時速四十キロの道路を,
時速六十五キロで走っていて「ねずみ取り」に引っかかった国民がいたとする。こういう経験がある国民は、全国で何百万人いるだろう。
 そこで、このねずみ取りに引っかかった国民が、
「僕は、天下国家のことだけを考えているので、この道路が、時速四十キロの道路だとは知りませんでした」
 と取り締まりの警官に言ったとする。
(別に「天下国家のこと」を言う必要はない。「彼女のことだけ」でも「借金のことだけ」でもよい。要するに知らなかったという言い訳になりそうなことなら何でもよい)
 このような場合、どうなるか、どうなったか考えられたい。
  「そんな言い訳が通用するか!」
 (警官によっては、この一喝にアホ、馬鹿を付け加える)
 この一言で済むのではないか。済まされたのではないか。
 
(実は、小沢裁判とはこのレベルの裁判で、このレベルの言い訳が、諸兄姉の経験つまり国民の経験とは逆で、効果を発揮したまことに情けないというか馬鹿らしい裁判なのだ)
 よって、さあ、これからは、試しに言ってみよう!
 今日も全国津々浦々の何処かの道路で、「ねずみ取り」に引っかかっている諸兄姉。
「僕は(私は)、天下国家のことだけを考えているので制限速度のことなど知らなかった」と。

 WKLL誌掲載の私の一文は、小沢判決の十日前に書いたが、判決後にも、表題を含め何の訂正すべき箇所はない。
 もう小沢という政治現象につき合うのは止めよう。
 こういう中国共産党が喜ぶ政治現象が、我が国の政治だと思っていたら祖国が滅ぼされるぞ。
 
 救国のため、
 国家戦略を同じくする真の保守の結集を目指そう。
 平沼赳夫を代表とし、石原慎太郎を顧問とする
 「たちあがれ日本」
 はこのために結成された。
 尖閣を護ることは日本を護ることだ。
 
 従って、尖閣を俺のものだと奪いに来るものは日本の敵だ。
 その敵は、中国共産党だ。
 来るべき政界の再編は、この具体的な危機から生み出された救国の国家戦略を核として為されなければならない。
 即ち、国体の自覚と国防体制の充実だ。



『 台湾の山の民を巡る 』
平成23年 4月26日


 昭和二十年八月、関東軍が武装解除したあとのソビエト兵にあらゆる陵辱をうけるがままであった満州における百余万の民間人同胞の、祖国帰還に道を開いた影の功労者、
 帝国陸軍特務機関、門脇朝秀さん(数え百歳)
のお伴をして、十日間の台湾東海岸の山の民を巡る旅を終え、先ほど大阪堺に帰還した(十六日〜二十五日)。

 この旅の途中で、盛んに日本のマスコミから石原慎太郎さんがワシントンで公表した尖閣諸島の東京都による買収に関する取材を受けたが、
「民主党政府の反日・売国・親中的脆弱性と中共の強権的侵略姿勢という双方の正確な状況認識を前提にした絶妙にしてあっぱれな発表である」と一貫して回答した。
 しかも接した台湾人は皆、尖閣は日本のものだと思っている。「尖閣は中国のものだと思っている台湾人は一人もいないよ」と台湾の人たちは私に言った。
 私は台湾人に、「尖閣諸島周辺の漁場は日本人の漁場だ。そして、その日本人のなかに台湾人も含まれる。日台は力を合わせて中国の侵略に対抗しよう」と言った。

 さて、台湾東海岸の山の民とは、先の大戦で高砂義勇兵として帝国陸海軍の軍人軍属として戦った人々のことだ。
 彼等は、南太平洋の島々の密林そしてニューギニアの密林で、忠勇義烈、剽悍にして勇猛に闘った。
 アメリカ軍が台湾を回避して上陸せず沖縄に上陸してきたのは台湾の団結と南北に繋がる富士山より高い三千メートルを超える山々に勇猛な高砂族がいたことによる。

 戦争で生き残った高砂義勇兵の人々は、日本敗戦後、ひっそりと郷里の山に帰って生きてきた。
 その間、台湾には蒋介石の中国国民党軍が進駐し、三十八年間という世界史上最長の戒厳令をひいていた。
 その戒厳令は、日本時代と日本的なものを根絶やしにするためのもので、日本を語る者を抹殺する「白色テロ」の期間であった。従って彼等はひっそりと生きてきたのだ。
 その中で、一人、門脇朝秀さんは彼等と接触を保ってきた。さすがに元特務機関だ。そして、この度の旅となった。
 
 生き残りひっそりと生きてきた高砂義勇兵の方々は、皆八十歳代後半になっていた。
 彼等は皆、日本名を名乗り日本語で語った。
 そして、門脇さんと手を握り肩を抱き合って泣いた。
 それを見守る我々も泣いた。
 その後、彼等は日本の軍歌を歌った。
「海 ゆかば 水く かばね 
     山 ゆかば 草むす かばね・・・」と。

 彼等元兵士達が、門脇さんに会って、堰を切ったように「日本に還る」姿を見て私は、皇后陛下の次の平成十年の御歌を思った。それは、イギリスを訪問されたとき、日本軍の元捕虜であったイギリス兵達が尻を向けて両陛下を迎えるという非礼を見て、皇后陛下が読まれたもので、イギリス軍の捕虜となり命を奪われ、また虐待を受けながら、敗戦国故に語ることなく生きている元日本兵のことを思われた歌である。
「語らざる 悲しみもてる 人あらむ 
          母国は 青き 梅實ころ」
 
 今までの私は、「語らざる悲しみもてる人」は地理的に日本にだけいると思っていた。
 しかし、三十八年の戒厳令を経て真の「語らざる悲しみもてる人」は台湾の山にいる。
 このことを、元高砂義勇兵に会って分かった。
 日本人は、このことを忘れてはならない。高砂義勇兵のことを忘れて日本に未来はない。

 詳しくは追々語りたいと思うが、これが最後だと度々言われる百歳の門脇朝秀さんに導かれた台湾東海岸沿いの山の旅は、今までのどの旅よりも感慨深い旅となった。
 何故なら、この度の旅は、
 日本を発見する旅であり
 日本を確認する旅であり
 日本を愛し誇りに思う旅であったからである。

『今年は本当にやっかいな年になる。世界全体が鳴動するね』
(2012.1.21 産経)

東京と日本、世界をめぐる情勢

 −−今年、優先的に取り組みたい施策は

 「そんなものはとりたててないね(笑)。ただ、今年は本当にやっかいな年になる。世界全体が鳴動するね。まず、昨年の南アフリカ・ダーバンのCOP会議のざまはなんですか。時間を延長して決めたのは、重病人を手当てしないで見送ろうという話。CO2を多量に排出しているアメリカやシナのゴネ得。4年後に新しいルール作って、それを5年先に実行しようというが、それまでの9年間はどうなるの」

 「いま、北極海の氷だけではなく、全体の氷が溶けて海の量が増えている。それだけ蒸発するから、豪雨にも豪雪にもなる。これらは異常気象ではなく、正常気象なんです」

 「それから、かつて世界を支配してきたキリスト教圏の白人が巻き返され、イスラム教の反撃にあっている。これは歴史の大きなうねり。少なくとも、キリスト教白人のイスラムに対する収奪は終わった」

 「こういう大きな歴史のうねりと温暖化、それからEUの経済的な失敗という3つの大きな問題が出てくる。そういう大きな歴史背景のなかで日本はどうするか、東京はどうするか。東京の問題なんて、世界全体のうねりからすれば小さな問題。しかし、日本は生き延びなければならないし、日本のダイナモ・東京も相当がんばらないとね」

 −−知事は先日、毛沢東の「矛盾論」をひいて、「主要矛盾」と「従属矛盾」について職員に語りかけた。いま、日本が抱える「主要矛盾」とは

 「戦後の日本をよくしたのも、悪くしたのも官僚。官僚が自らの特質を継続性と一貫性などと言っている限り絶対に日本はよくならないし、政治家もそれに迎合している限り、政治は合理化されない。どんどんムダがかさみ、負担が国民に回っていく」

 「昔は、軍が官僚に対する非常に強いテーゼとしてあった。役人は軍に反発し、合理化して論理的に戦うため自ら研鑽し、軍に対する強力なアンチテーゼになった。だが今の官僚は自分がテーゼになってしまった。つまり役人が軍になってしまった。政治家はそれに迎合している。そういう体制を作ったのは結局、自民党。だから僕は自民党を辞めた。それにやはり議員の数が多い。参議院なんていらない。一院で十分です」

 −−昨年は出馬表明直後に震災があり、4期目が始まった。振り返ると

 「感無量って言えばいいのか(笑)。だいたい、僕は120%辞めるつもりだった。都政との因縁というのは皮肉なものだと思っています」

 「12年間、国がやらないことをやって路線を引いてきた。肝心なことはカネです。カネって嫌らしい響きだけど、財政なんです。財務諸表がない国なんて世界中にない。どうして、財務諸表も出てこない単式簿記で済ますのかね」

 −−東京都の財政も厳しい。削減しなければならないところは

 「公共事業、インフラ事業は簡単に削れない。東京でも古くなってきたところもあり、経済を刺激するために、インフラ整備はインパクトがある」

 −−今後の知事としての発信は

 「もういろいろなことを発信した。僕がやった一番大事なことは、会計制度を変えたこと。いい加減な単式簿記で運営している大国が世界でほかにあるかね。財務諸表のないような会社に誰が投資しますか。海外ファンドが東京の行く先に関心を持っているのは、会計制度を変えたからだ」

 −−外資を含めたファンド活用のアイデアは

 「例えば宮城県の気仙沼港の復興。水揚げが多い優秀な港なんだから、県が取り持ち、外国と合弁会社でも作って投資させて、ファンドが担保するとか、いろいろなシステムがあるはずです」

破壊的な教育改革

 −−中曽根康弘元首相にも指摘された破壊的な教育改革で、「教育再生・東京円卓会議」を始めたが

 「教育ってのは破壊的に変えなければダメ。僕が国会議員だったり、党首だったら提唱します。国会でなんでこういう議論が出てこないのかね」

 「これは、国が動かないとダメ。東京が言っても強制力を持たない。この間、橋下君(徹・大阪市長)と話したが、彼は苦い経験を持っていた。文部科学省は地方自治体の首長に教育基本指針を決める権限はないとしていて、ひっくり返そうと思っても、自治体は何もできない、と。国会が動かないとしようがないが、与野党にそんな意欲を持っている政治家はいない。都の円卓会議での意見も、まとめて、国会や文科省にぶつけるしかない」

 −−大阪の教育基本条例を参考にするか

 「まだ分かりません。橋下君に参考に見せてくれとは言いました。参考にするときはしますし、ダメなものはダメ。かなり乱暴なところもあるらしいから。ただ、教員の勤務評定はする必要がある。誰が評価するか難しい問題はあるが」

 「東京で言うと、教育委員はしっかりしたメンバー。しかし教育長がもっとしゃきっとしないと。教育長の任命権は持っているから、次の人事は考えます。何も役人が天下りでいく必要はない。しっかりした人間を外部から連れてくればいい」

 −−戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏らと共鳴できるところは

 「戸塚君は、少なくとも小中学校のレベルでは教育は体罰だと言い切るが、これでは世の中は躊躇する。しかし、体罰は一種の刷り込み。刷り込みは肉体的に苦痛を伴うかもしれないが、それをやらない限り、本当の教育やしつけできない。軟弱な地盤に高層ビルを建てるようなものです」

 −−学校でも体罰、刷り込みのようなものは必要か

 「もちろん。たとえば、悪いことをした生徒を立たせるのが体罰ですか。懲罰かもしれないけれど、体罰ではないでしょう。殴る蹴るというのは、別の問題かもしれないけれど」

 −−東日本大震災後、日本人のものの考え方が変わったとも言われるが

 「全然そんな印象はない。極限状態を経験すれば、本来の日本人が持ってる美徳のDNAは出てくる。ただ、東北で行われている絆の確認がわれわれにとっては非常にフレッシュに見えるが、実はごく当たり前のこと。それを拡大解釈して日本人の本質を論じるのは間違い。日本人は総体的にはまだまだ他力本願で、甘えの構造になってしまった」

 「昨年末、外国人に靖国神社に放火されたが、あまりみんな怒らない。僕は本当に痛憤する。これだけなめられた国は世界にないのではないか」

 −−知事の言う「我欲」に変化はあったか

 「全然ない。我欲を抑制する『我慢』を体得しなければ。体罰がない教育を受けたから、いまのような日本人になった」

(続く)

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