タンゴ練習帳

アルゼンチンタンゴを演奏するベーシスト(希少価値!)の練習日記

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(さらに前回からの続きです)

前回で、いわゆるタンゴの終止形にもいくつかのパターンがあって、中でも最近「チャッ、チャッ(強)、チャ」のパターンがモダンタンゴでも多用されつつあるということを説明したが、その中でオラシオ・サルガンの用いた終止形と、モダンタンゴとの兼ね合いを少し紹介したい。

タンゴをタンゴたらしめている音型の最たるものがこの終止形であることはすでに述べたが、プグリエセ=ピアソラ流の「チャッ、チャー(強)、(休符)チャ」という終止形は、かなり強烈であるものの、あまりやりすぎると「またか」というような感じにもなってしまい、一時期モダンと言えば猫も杓子もこの終止形を使っていたものだが、最近あまりこの手の終止形を使っているバンドは少なくなった気がする。(ピアソラが有名になって、この形を使っているとピアソラの真似と思われるようになったからというのが一番大きいと思う)

そこで再び見直されてきたと思うのが、ピアソラと並んでモダンタンゴを牽引してきた(と僕は思っている)オラシオ・サルガン率いるキンテート・レアルのアクセントだ。サルガン楽団のアクセントは、本来はカルロス・ディサルリのようなトラディショナルなアクセントの応用だと思うのだが、それはディサルリ楽団の音もきっちり聴いている人間の感想であって、いきなりレアルの音を聴いた人にとっては、それが「ピアソラではない」タンゴの持つアクセントであると思ったとしても不思議はない。ちなみに、伝統的なタンゴを聞き込んでいる人の耳からすると、サルガンの音はかなり異質なものに感じる。僕も今でこそ普通に聴いているが、最初にサルガンの音に出会ったときは、ピアソラ以上の衝撃を覚えたほどだ。それくらい、サルガンのリズムは新しいし、トラディショナルなタンゴのリズムからはかけ離れている。ただ、その中には脈々と受け継がれてきたタンゴのエッセンスがやはりたっぷりと波打っていて、終止形1つ取っても、この人がディサルリの音楽を尊敬していたことがなんとなくうかがいしれる。ただ、そこはサルガンという人の強烈な個性で、「チャッ、チャーッ(強)、チャ」の終止形を、サルガン流に「チャッ、チャララッ、チャ」というような形にアレンジしているのだ。要するに、アクセントを置く2拍目の音を裏拍まで考えて表現したということである。このちょっとした、しかし印象的な終止形の変化によって、サルガンのタンゴは一気にモダンっぽさを帯びた。それを、今、多くのミュージシャンが採用しているのだと僕は思っている。

それはそれで、タンゴのモダン化における必要なプロセスかもしれないし、悪くはないと思うのだが、逆に言うと、今ほとんどのタンゴ演奏家が演奏するタンゴの終止形が、ピアソラかサルガンかのどちらかになってしまっている気がしなくもない。この長ったらしい文章の冒頭に、タンゴにおいてこの終止形がどれだけ大事かを語ったわけだが、いろんなアレンジやバリエーションが生まれてきているモダンタンゴの中で、終止形をきちんと考えてプレイしている楽団が意外と少ないんじゃないかと思ったわけだ。もしかしたら考えているのかもしれないが、どうも、ピアソラとサルガンのどちらかしかない感じで、それが妙に、モダンの楽団の演奏を聴いても、いまひとつ心に残らない理由の1つなんじゃないかと思わなくもない。

僕もサルガン好きなので、サルガンもしくはキンテート・レアル風の「チャッ、チャララッ、チャ」という終わり方は好きだ。でも、実際に僕らがタンゴを演奏する際に、それをやっているかといえば、サルガンアレンジの曲はもちろんやるが、それ以外の楽団の演奏では絶対にやらない。と言うのも、前述した楽団による終止形の違いがあって、それが楽曲のイメージに大きな影響を及ぼすことを知っているからだ。ダリエンソにはダリエンソの終わり方があり、ディサルリにはディサルリの終わり方が、プグリエセにはプグリエセの終わり方がある。そのほかの楽団のアレンジにしても、終止形のイメージはかなり明確に持ちながら演奏をしているつもりだ。

だが、意外にプロの楽団でも曲の終わり方がおざなりになっていることが多い気がする。あるいはみんなワンパターンになってしまっているか。ピアソラのコピーのような楽団はもちろんだが、そうでない楽団でもキンテートレアル風の終止形を頻発する例はよくある。それが悪いことではないのだが、レアル以前のディサルリを知っているかどうかで、同パターンの終止形でも違いは出るんじゃないか。ピアソラにしても、それ以前のプグリエセや、さらにはデカロのタンゴをしっかり理解しているかどうかで、随分変わってくるように思える。僕らは大した自慢じゃないが、デカロとプグリエセとピアソラの終止形の違いを音で表すことはだいたいできると思う。口三味線でも表現できる。所詮物真似じゃないかと言われるかもしれないが、意外と重要なエッセンスのような気がしている。クラシックのピアニストが、同じ曲をモーツァルト風、ベートーベン風、シューベルト風で弾き分けられるようなもんじゃないかと思ったりもするのだが(以前に、物まねで有名な清水ミチコさんがこの芸をやったときには正直びっくりした)。


まあ以上のようなこともあるのだが、結局僕が最終的に何を言いたかったというと、終止形の決め方というのは本当に大事と言うことなのだ。どの楽団がどうとかいうのではなくて、それくらい個性が表れる部分でもあるし、そこを決めるかどうかでその演奏の価値が大きく左右されるということである。最近、僕はこの終止形に密かにこだわっていて、以前なら、「チャッ、チャッ、チャ」をまあ走らないようにとどめたり、どこかにアクセントを置くということで弾いてきたのを、最初の「チャッ」とその後の「チャッ、チャ」を別物として考えるというような感じで、少しバリエーションを持たせて弾いている。

なので、この長ったらしい文章のタイトルも『最後の「チャッ、チャ」考』というわけで、一拍目の「チャッ」はどうせ強く弾くのだからということで省いている。大事なのは、残った最後の「チャッ、チャ」である、というのが、最近の僕の主張。この二音は、最初の音にアクセントをつけて弾くディサルリやプグリエセのような楽団もあるが、大体において、軽く置く感じで最近は弾くようにしている。そう考えると、実はタンゴにおける、終止形の考え方は意外とシンプルになる。最後の2音に限って考えれば、最初の音を強く弾くかどうか、この2パターンしかないと言ってもいい。書き言葉で表すなら、「チャッ、チャ」か「チャ、チャ」かのどっちかだ。ただし当然ながら、この2音は、いくらアクセントがなくても正確な落ち着いたリズムで弾かなくてはならない。でも基本的にはとても軽く。これをベースに考えて演奏すると、意外にトラディショナルなタンゴははまるのである。ピアソラは別だけど。

なお、このことは、ダンスのステップとも大きく関連している気がするのだが、その辺は僕はまだまだ勉強中なので大きなことは言えない。あくまでも仮説として考えているところだが、少しずつその辺が体感できてきたのは大きな成長かもしれないと思っている。

(了)


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