「Remembranza」(追憶)
1934年
Music: Mario Melfi
Lyric: Mario Battistella
タンゴ歌謡の名曲である。作曲者、作詞者ともに、それほど有名な人ではないと思うが、とにかくそのメロディの美しさと詩の奥深さに心うたれる、スケールの大きな曲である。
YouTubeの映像は、ダリエンソ楽団と、歌手アルベルト・エチャグエによるもの。ダリエンソ楽団については、このブログでも散々書いている気がするが、僕のもっとも敬愛する楽団の1つで、とにかくリズムに重きを置いたものすごい「ロックな」楽団である。そのダリエンソ楽団と、ダリエンソ楽団お抱えと言ってもいい名歌手・エチャグエの共演が映像で残っているというのは、本当にありがたい。YouTubeさまさまである。
映像を見てもらうとわかるが、エチャグエが気持ちよく歌っているその「すぐ」傍らに迫り来るマエストロ・ダリエンソの鬼気迫る迫力と、それに若干驚いたようなエチャグエの表情もすごく印象的なのだが、そもそもこの「Remembranza」という曲の持つパワーについて語りたい。
「Remembranza」は、歌謡タンゴとしてよく知られた曲で、有名度ではきっと「Nostalgias」や「El Dia Que Me Quieras」に並ぶほどではないかと思うが、「Nostalgias」や「El Dia Que Me Quieras」の持つ、メロウな感じというか、バラードっぽい感じがないのが、この曲の特徴だろう。曲としては非常にダイナミックで、特にこのダリエンソ楽団の演奏は派手な感じがする。でも、メロディ自体は非常に美しい。こんな美しい歌曲を、現代の誰かがカバーしてくれてもよさそうなもんだが、まあ古き良きタンゴの雰囲気そのままに、朗々と歌い上げる「涙節」という感じか。そういう意味では、ちょっとだけ、エディット・ピアフの歌う「愛の賛歌」に似ていなくもない。
そんなわけで、とにかくタンゴの歌曲としては有名な曲であるが、なぜか最近あまり歌われることが少ない気のする曲でもある。僕の持っている音源でも、「Remembranzaといえばダリエンソ楽団」という感じで、そこそこモダンな楽団や歌手が歌っているのをあまり聞いたことがない(歌手がソロで歌うのは別として)。でも、聞いていただいてわかるとおり、間違いなく「名曲」である。わかりやすいメロディラインと、その曲に乗せられた絶妙なる歌詞(サビの部分で「Volvela a Florecer」(再び花咲くはず)なんて来る部分は、スペイン語をさしてわからない身にもグッと来るものがある)は、タンゴの王道を地で行く魅力に満ちあふれている。
せっかくなので、サビの歌詞だけ引用しよう。
Ah que triste es recordar
ああ、思い出すことはなんて悲しいの!
despues de tanto amar,
あんなに愛し合ったそのときから
esa dicha que paso...
過ぎ去った過去のこと…。
Flor de una ilusion
花、幻影の花
nuestra pasion se marchito.
私たちの愛は終わったというのに。
Ah olvida mi desden,
ああ、忘れようとしていた思い出が
retorna dulce bien,
甘く戻ってくる
a nuestro amor
私たちの愛に。
y volvera a florecer
そして、再び花咲くでしょう
nuestro querer
私たちの愛が
como aquella flor.
あの花のように。
ヨーロッパの詩にある程度慣れ親しんでいると、それがおそらくそのまま受け継がれたアルゼンチンで生まれたタンゴの詩がとても理解しやすい。そして、それがタンゴという甘美で切なく、どこか破滅的な音楽を伴った場合に、詩以上の世界を軽々と手に入れることができる。
Remenmbranzaの歌詞はまさにその世界だ。甘く、切なく、どこかやるせない。そこには、かなわぬ思いと知っていながら、なおも叫ばないわけにはいかない自分がいる。「Remembranza」(追憶)とは、そんな思い出の断片を歌った歌である。単なる「記憶(Recuerdo)」でもなく、「情熱(Pasion)」でもない。Pasionがあった過去を持ちながら、Recuerdoにもなりきれない、いわば生乾きの傷のような切ない恋慕。その気持ちを、この歌は実に巧妙に歌い上げている。
僕のイメージでは、エチャグエという歌手は、もう少しひょうきんな軽い感じの歌手なのだが、Remembranzaを歌い上げる彼の表情は、そんな思いを感じさせない。もちろんラテン系のアルヘンティーノという部分を差し引いたにしても、この映像が伝えるエチェグエ、そしてマエストロ・ダリエンソの「思い」というものが、僕にはガンガン響いてくるのだ。
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