今日は、僕が昨年までお世話になっていた立教大学のラテンアメリカ研究所(ラテ研)主催の講演会で、往年の名タンゴ歌手、阿保郁夫さんが公演をするというので、久々に立教まで行ってきた。阿保郁夫さんは、日本のタンゴファンなら知らない人はいないと思うが、先日お亡くなりになった藤沢嵐子さんや、早川晋平とオルケスタ・ティピカ東京などとともに、今から50年ほども前に、タンゴの本場アルゼンチンにわたり、そこで大絶賛された伝説の歌手である。その歌声は、このYouTubeの映像を見てもらうだけでもわかるだろう。独特なソフトな美声、感情を細かに伝えるビブラートやときどき裏返るセクシーさ。聞き取りやすいスペイン語、そしてこのルックスと物怖じしないこのパフォーマンス。こんな日本人が50年も前にいたんだという驚きを、今でも新鮮に感じることができる。
僕も学生時代から阿保さんの名前はもちろん知っていたが、実際にお目にかかることはなかった。イメージ的には、この若い時代の映像と、40代くらいの比較的恰幅のよかった頃の写真のイメージしかなかったのだが、今日初めてお目にかかった阿保さんは、見た目にもかなり弱っており、かつての面影はなかった。聞けば、10年ほど前に脳梗塞を患い、それからはもうほとんど歌えなくなっている(どころか、後遺症で言葉もあまり自由に話せず、足腰も弱っている)という状況だという。僕も父が脳梗塞を患っているので、その大変さは身に染みてわかる。そんな大変な状態でありながら、今回の講演会を引き受けていただいたということに、まずは本当に感謝したい。
(写真撮影、録音NGだったので、記録はありません。記憶を頼りに書いてますので、細かい部分は間違っている可能性があります。ご了承ください)
講演会は、阿保さんがお持ちいただいた、阿保さんの半生を語る貴重な音源17曲を流しながら、その合間に阿保さんが語るという形式で進められた。1曲目は、阿保さんにとって思い出のレコーディングとなる「La Ultima Copa」の話から。タンゴを習い始めのころ、その頃の先生であったフランシア先生からは、ひたすら「Nostalgias」という曲しか歌わせてもらえなかったという阿保さんだが、先生からは「この曲が歌えるようになれば、どんなタンゴでも歌えるようになる」と言われ、とにかくこの曲をひたすら練習したという。そして、その後、10曲のタンゴを、フェルナンド・テルという先生とともにトリオでレコーディングすることになったらしいが、そのとき、この「La Ultima Copa」は予定に入っていなかったという。でも、そのレコーディング時に、テルさんの助言によって急遽この曲を録音することに。その演奏録音を初めに聞いたのだが、確かに素晴らしい歌声と演奏だった。やがて、そのテルさんがアルゼンチンに帰国する際に阿保さんに残した言葉は、「君がどんなにタンゴを愛しているか、あの録音で確認できた。これからもいっしょにタンゴをやっていこう」(すみません、細かい部分は違ってます)というものだった。阿保さんがタンゴ歌手を目指したのはこのときで、その言葉がとても胸に響いたのだろう。ご自身もこの言葉を読み上げながら、感極まってしまっていたが、こちらもすでに感極まってしまった。
LA ULTIMA COPA - IKUO ABO - JAPONES
その後、オルケスタ・ティピカ東京にイーボ的な形で入団したわけだが、アルゼンチンへの演奏ツアーに、先輩の専属歌手2名を差し置いて、バンマスの早川晋平さんに抜擢されたときも、「どうしてレパートリーも少ない私なんですか?」と直談判したというほど、信じられなかったという。ただ、早川さんの信念は固く、おそらくすでに阿保さんの実力を見抜いていたのだろう。そのまま藤沢嵐子さんらとともにアルゼンチンにわたった阿保さんだが、現地に着いた翌日に、坂本九の「上を向いて歩こう」をタンゴにした「SUKIYAKI」という曲の譜面を渡され、1週間でものにしろと言われたという。当時スペイン語もそれほどでなかった阿保さんだが、必死でその曲を覚え、アルゼンチンでの公演では素晴らしい歌を披露した(もちろんその曲も流された)。伝わっている通り、このときのオルケスタ・ティピカ東京のアルゼンチン公演は大成功に終わり、彼の地に、地球の反対側・日本から来たタンゴのすばらしさを伝える第一歩となったわけだが、その裏には、こういうエピソードもあったのだ。これが1964年の話。
その後、坂本政一とラ・グラン・オルケスタ・ポルテニアと再度アルゼンチンにわたり、公演を行ったわけだが、そのときの映像がおそらくこのYouTubeのものだろう。この頃には、この映像に見られるように、完璧なスペイン語でタンゴを歌うIkuo Aboという歌手の名は現地でもとどろいていたようだが、実は、阿保さん、きちんとスペイン語を習いに行くお金もなく、ほぼすべて独学で学んだものだという。それでも、最初に出会った先生方からは、「タンゴを歌うのなら、現地アルゼンチンの人の心にきちんと響くものでなくてはいけない。そのためには、日本語ではダメだ。もちろん音楽がキレイだからといって、音楽に乗せて歌ってもいけない。現地の言葉、つまりスペイン語で、音楽とは別に、きちんと意味を込めて、心で歌うんだ」と言われたのをずっと守り続け、どうしたら、そういう気持ちを込めて歌えるんだろうということをいつも考えながら歌ってきたという。
また、それと同時に、歌というものには正しい歌い方というのはない。ただ、スペイン語に聞こえるような発音の方法というのはある。それを、今でもカルチャーセンターで阿保さんは教えているという。もう自分は歌えなくなってしまったが、詩の朗読などを通して、スペイン語の発音を教えるということを、今はライフワークとして行っているということだった。そして、タンゴの歌い方にこれといった正しい歌い方はないが、きちんとした言葉で伝えようとする心は必ず届く。仮に100人いたとして、そのうちの2-3人には必ず届く。そういう気持ちでこれまでずっと歌ってきたと語った。このあたりの話には、僕も本当に感じ入る部分があって、何か、心の中でひそかに思っていたことが、阿保さんの言葉によって、ああ、これでよかったんだという気持ちにさせられた。
言葉で書くのは本当に難しいが、そういう話を、阿保さんは、それほど自由のきかなくなった口を最大限に使いながら、ときには感極まって言葉を詰まらせながら、本当に熱く語ってくれた。その熱さは、本当にこちらの心にグッと来た。伝えたいことがたくさんある。阿保さんはそう言っているようにも見えた。でも、ちゃんとその気持ちは届いています。少なくとも、僕は本当に今日のお話には感じ入ることが多くて、その熱さ、タンゴに対する思い、表現に対する真摯な態度、音楽とは決して上手下手だけじゃない。伝わるものがあるかどうかは結局心だ、という真理。すべてしっかと受け止めました。
本当に今は阿保さんに対して改めて敬意を表すると同時に、この阿保さんの気持ちやこれまでの偉業をきちんと受け継がなくてはいけないという気持ちになっている。大げさかもしれないけど、本当にそう思った。単なる講演会ではない、その辺のライブよりもよっぽど感じ入る部分の大きい体験をさせていただいた。本当にありがとうございます。