Leopoldo Federico - El abrojito
そういえば、死んじゃったんだよなあ。Leopordo Federico。バンドネオンの名手。
正直、僕もそんなに彼のことをよく知らない。もちろんプレーヤーとしての腕は一級品だ。でも、比べるのもどうかとも思うが、タンゴの世界には、トロイロ、マフィア、ラサリなどの大変にすぐれたバンドネオン奏者がいたし、彼らと比べるとフェデリコのバンドネオンはいったいどういう特徴があるのだろうと思わなくもなかった。今でも正直よくはわかっていない。フェデリコのプレーヤーとしての才能は認めつつも、アレンジャーやバンドリーダーとしての評価はあまり認めていない人もいる。おおざっぱに言えば、あまり個性がなくて、面白みに欠ける、といったところなのだろう。
今日、帰宅時にたまたまiPhoneから流れてきたタンゴ、バンドネオンとギターの二重奏だった。妙に上手いなと思ってプレーヤー名を見たら、フェデリコとロベルト・グレラのデュオだった。これまでフェデリコのタンゴはオルケスタで聴くことが多かったが、実はこういうデュオとか小編成のほうが彼の持っているいいところが出やすいのかもしれない。このYouTube音源もそういうトリオの演奏だ。まだ数年前の演奏。現役バリバリである。この路線でフェデリコがやっていくのであれば、もっと彼のタンゴを聴きたかった、そう思わせるに十分な映像だ。やはり、彼のバンドネオンは、ソリストとしての自由さの中でのほうが光るのだろう。
そういう意味では、フェデリコのバンドネオンは、アニバル・トロイロに通じるものがある。前述のグレラといえば、トロイロとの競演で知られているギター奏者だ。トロイロもグレラ兄弟との四重奏団でよく演奏し、そのタンゴは僕も大好きなところなのだが、フェデリコのバンドネオンも、こういうコンフントでよりよく開花している感じがある。元々技術的には、最高峰と言われただけの腕の持ち主だが、トロイロ的な「歌心」というものに、晩年はむしろこだわっていたんじゃないだろうか。そんな気がしてならない。
タンゴにおいて重要な楽器は何か? おそらく多くの人がバンドネオンと答えるだろうが、実はそうではない。一番重要なのは「歌」である。誤解を恐れずに言うなら、タンゴは「歌曲」である。歌が人の心を揺さぶり、その歌を楽器で演奏して、人が踊る。これがタンゴだ。タンゴはほぼどんな曲にも歌詞がある。歌を入れるかどうかは別として、オルケスタのメンバーも、その歌を主旋律として歌い上げる。根底に歌があればこそ、タンゴはオペラ的な感傷をまとう音楽になったのかもしれない。いずれにしても、タンゴは歌であり、タンゴを演奏する人間は歌を意識しなくてはならない。これは、僕が20年ほどのタンゴ接触歴で学んできたことでもある。
その歌心をバンドネオンで歌い上げる名手と言われていたのが、「ピチューコ」あるいは「ゴルド(太っちょ)」の相性で知られるアニバル・トロイロだ。彼はもちろんバンドネオンの名手だったが、大編成のオルケスタも指揮しつつ、ブエノスアイレスの市井のタンゲリアでコンフント(小編成)による演奏もかかさなかったという。だから、ポルテ−ニョ(ブエノスアイレスっ子)達は、そんなトロイロを熱狂的に支持した。「彼のタンゴには歌心がある」と。そんなトロイロは、誰からも一目置かれる大スターだったが、彼の愛弟子といえる人物は残念ながら存在しない。トロイロ楽団からは、ピアソラやフリアン・プラサらの大物バンドネオニスタが排出されてはいるものの、トロイロスタイルというようなスタイルを踏襲した人物の話は聞かない。しかし、直接の関係こそないとはいえ、実はこのフェデリコこそ、トロイロの魂をしっかり受け継いだバンドネオニスタだったのではないかという気がしてならない。その理由が、このビデオにしっかり刻み込まれている。バリエーションの早弾きのすごさで世に名を知らしめたフェデリコだったが、その実、そういった技巧を使わない、まさに「歌心」の面で、トロイロの魂を継いでいたのではないかと思う次第だ。
ちなみに、この映像の「El Abrojjto」という曲は、フリオ・デカロが作ったタンゴの名曲である。デカロは言うまでもなく、今につながるタンゴをタンゴたらしめた張本人というか、とにかく素晴らしきコンポーザーでありプロデューサーでありプレーヤーであった人だが(今だったら、クインシー・ジョーンズとかプリンスみたいな人だ)、そのデカロの名曲「「El Abrojjto」を持ってくるあたりも、何か心憎い。トロイロだけでなく、デカロの盟友であるペドロ・マフィアのコラソンを受け継ぐというような、彼の思いも受け取れなくはない。ちなみに、僕はデカロ大好きで、もちろんペドロ・マフィアも大好きです。
ちなみに、アストロリコの門奈さんが、アストロリコというバンド名を付けるにあたって、ご自身の尊敬する3人のバンドネオニスタの名前を取ったと言っている。それは、アストル・ピアソラ、アニバル・トロイロ、そしてレオポルド・フェデリコだ。ピアソラとトロイロは割とわかりやすいが、フェデリコに関しては、バンドネオニスタでない僕らには、それと同格に扱うべきかどうかという判断がしかねていたものだが(まだ存命のときの話)、こうして、フェデリコが亡くなった今、その門奈さんの思いもだいぶ理解できるようになってきた気がする。もしフェデリコに対して、何らかのもやっとした思いをお持ちであれば、ぜひこのようなコンフントの演奏を見ていただければと思う。そこに、かつてのトロイロやマフィアの姿を感じられるのではないだろうか。
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