goroemonの世迷言

日本丸よ、どこへ行く。井の中の蛙、天空を語る。僭越なこと限りなく・・

言葉が足りない

今朝の朝日新聞の 古田徹也さんのインタビューを共感をもって読んだ

不祥事のたびに繰り返される 「遺憾に思う」 「不徳の致すところ」 という言葉
けっして 謝罪の意味はないのだが それで謝ったつもりなのか
御挨拶がそれで終わってしまう場合が多い
ん? それでどうすんねん? と 消化不良な思いを抱くのは私だけではなかろう

「政治家とメディア間で 言葉のラリーがない」  つまり記者が突っ込まない
政治家の言いたい放題に任せている
失言を追求するでもなく 質問する知識もないのか それで終わり
なんのための取材なのか  なんのための報道なのか
なんの信念をもって ジャーナリストしているのか
ジャーナリズムの矜持は あるか?

紋切り型のアナウンサーが多くなった
とくにNHKの夜七時のニュース  これはひどい
民放のアナウンサーのほうが よっぽど丁寧な日本語を扱う
オリンピックの開会式を中継しても 「すごい すごい」としか言えぬから
無理もないのか   

かくして 言葉が ますます軽くなっていく
そうして政治家も メディアも 信用できなくなっていく


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松浦武四郎

・・・(松浦武四郎は) 文化の多様性を受け入れ
アイヌの人々と共に生きる
持続可能な社会を目指した人といえるでしょう

私たち記念館には 子どもたちに伝えていることが三つあります
さまざまな価値観を受け入れる 広い心を持つこと
自分で確かめ 真実を見抜く目を持つこと
困難があっても 先を切り開く力を持つこと

どれもが 大人にも通じることだと思います

                 山本 命 さん
                松浦武四郎記念館 主任学芸員
                  10/02    毎日新聞

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バックキャスト

スウェーデンの未来予測レポートでしばしば使われる「バックキャスト」は
日本では耳慣れない言葉だが 「将来のあるべき姿を想定し、
それに基づいて、いま、何をしたらいいのかを判断する」 といった意味だ
環境問題の解決に当たっては、この方法が有効である
バックキャストの方法で、近い将来の
主な環境問題を解決した持続可能な社会を描いてみると
人間の経済活動のあり方を、 自然法則に逆らう度合いの少ない方向に
変えていかなければならないことが見えてくる
このような、環境をこれ以上破壊しない、 さらに
できれば人間が安心して暮らせる環境を
創造するような技術開発と 投資のあり方を
「持続可能な開発」 と呼んでいる 

             スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」
               小澤 徳太郎    朝日選書

   10年以上前のレポートだけれど、日本は相変わらず20世紀のまま
   経済成長こそすべて路線を 脱することができないでいないか?

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オフィーリア

希林さんがオフィーリアになって 仰天したのは二年前の正月
新聞広告の全面を飾る名画のパロディのはずだった

美しい花々が咲き乱れる野の小川に
ぽっかり浮かんだ哀れな乙女は ほかならぬ希林さんで
思えば あれも終活だったのだろう
悠木千帆さんのころから名演技を演じてきた希林さんだが
私の脳裏に焼き付いた 彼女の 第一の名場面となった

死ぬまで 女優を貫いた
しかし 人間くさく 優しさを失わぬ人だった

御冥福をお祈りいたします





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選挙

小学校や中学校の生徒会の選挙のほうが
もっと模範的な 民主的な選挙ができるだろうね
石破イジメに党を挙げて突っ走るような この翼賛選挙はどうだろう
どうして個人個人の自由意思では投票できないように画策するのか
それが どうして自由を党名に掲げる政党として赦されるのか

それは 個人 個人が未熟であるからだ
党やら 派閥やらの集団に所属していなければ不安になるほど
一人の人格として 成長していないからだ
だから 自民党は 「個人」 という単語を嫌う

小学校でも実践できている「道徳」を 自民党のおじさんたちにも学びなおしてほしいものだ
道徳を学ぶべきは 貴方がたでしょうね



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ブッダの言葉

お金も、恋人も、子どもも
この世には「自分のもの」と言えるようなものは
何一つありません
お金をどれだけ貯めこんでも 死ぬ時はすべて置いていくことになります
あなたの肉体でさえ 天からの借り物 「自分のもの」とはいえません
ましてや恋人や子どもを 自分の所有物のように扱ってはいけません
彼らには彼らの意思があり 立場があり 考え方があります
夫だから 妻だからといって 相手を束縛することも
自分の思いどおりに動かすこともできません
恋人や 子どもに対しては 自主性を尊重してあげたいものです
「子どもなら 恋人なら こうしてくれて当然」などと
相手の意思や時間を奪わないことです

逆に 自分が相手のためにできることはないかと考えることで
おもしろいことが起こり始めます

人は 「自分のもの」と信じ込んでいたものを失ったときに
大きなショックを受けます
「自分のもの」という思い込み 執着こそが 苦しみを生むのです
所有欲や執着心から解放されれば ぐっと穏やかな心でいられます
無駄な焼きもちや 嫉妬もなくなります

                           植西 聡  王様文庫
                     

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ノブレス オブリジェ

秋山仁先生が新聞のコラムで
保身に走るエリートたちに比べれば 尾畠春夫さんの
なんと気高いことかと論述されていて
久々に 高潔なるものについて目にし 懐かしい思いがした
今の日本で高貴な方々といえば 皇室にしかお見受けしないのが淋しい
かつては 紳士淑女の身につけるべき徳であったろうに
しばらくのあいだ 私自身にも死語であったことに気付く
反省!

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つい 場の空気に流され 自前の宇宙論をもたず
辺境の狡知だけを達者に駆使する日本人の国民性格を
私は他国に比べて例外的に劣悪なものだとは思っていません
どこの国でも 国民はそれぞれ固有の仕方で病んでいる
まったく健全で 標準的な国民などというものはどこにも存在しない
誰もが それぞれの国民に固有の民族誌的偏見の虜囚となっている
自国民を共扼している思考や感情の型から完全に自由な人間などいません

私たちに世界標準の制定力がないのは
私たちが発信するメッセージに意味や有用性が不足しているからではありません
「保証人」を 外部の上位者につい求めてしまうからです
外部に 「正しさ」を包括的に保障する誰かがいるというのは
「弟子」の発想であり 「辺境人」の発想です
そして それはもう私たちの血肉となっている
どうすることもできない 私はそう思っています
千五百年前からそうなんですから

私は こうなったらとことん辺境でいこうではないか
という御提案をしたいのです

                        新潮新書

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