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90年代前半の、日本映画界の特撮技術は、頭打ち状態であったと言っても過言ではない。すでに80年代から、才能の枯渇は明白であった。『スターウォーズのXファイターは、シャープに飛んでいくのに、「宇宙からのメッセージの飛行機」は、フラフラ風に揺られて飛んでいる』と揶揄された時代である。 『ファイブマン』から、特撮監督に佛田宏が加わり、新しい試みが幾らか為された。『ファイブマン』におけるスカイアルファとゾーン戦闘機とのドッグファイトは、細かいカット割とシャープな演出(逆光でファイブレッドのマスクが黒くなる、など)で、非常にスタイリッシュな映像になっていた。つづく『ジェットマン』に於ける、ジェットホークの鉄骨くぐりは、ミニチュアとビデオ合成を交互に挿入した大胆な演出で、話題となった。ロボの合体シーンも、バンダイに喧嘩を売っているような素っ気なさだが、スピード感があり、現在の感覚から見ても十分カッコいい。 また、特に大きな発展を遂げたと思われるのが、オプチック(光学)合成の技術だ。『宇宙刑事』の頃は、合成費用がかかりすぎるために、レーザーブレードの刀身を電球で代用するという苦心が見られたが、80年代終わりごろには、すでに、常套の技術に消化できていた感がある。ほとんど全ての光学合成が、バンク(録りためた使い回し)フィルムに寄らない、新撮によってなされていた。また、演出にも広がりを見せ、スモーク状のものやシャワー状、動物の形をしたものまで、ヴァラエティも増していった。特に、93年の『五星戦隊ダイレンジャー』は、名乗りからロボ戦まで、光学合成のオンパレードで、非常に華々しい感じだ。ただ、その分、有り難味は少なくなったかも。 ・・・もっとも、それらのシーンは、いずれも、既存の技術で作成され、相変わらず、『着ぐるみ』『ミニチュア』『ピアノ線』が主流であったのだ。まるで、次世代特撮の主流となり得る、CGの導入を頑なに否定するようにさえ映った。技術がなかったのだろうか?いや、そんなコトは無い。『特救指令ソルブレイン』に於ける、ソルドーザーの変型シークエンスはフルCGで表現された。現在の視点から見ても、非常に質の高いCG映像である。91年の時点でこれが出来たんだから、もっと、大きく導入されてもおかしくはないのだが・・・。やはり、スタッフのCG嫌い? そして、その証左となりうるのが、TV特撮ではないが、95年に公開された『人造人間ハカイダー』での1シーンだ。劇場用完全新作にもかかわらず、その特撮はお粗末だ。とくに、最終決戦のクレイアニメーションには脱力してしまう。初めてヴィデオで見た時、『普通に着ぐるみバトルをビデオ合成したらええやん!』と画面にツッコミを入れてしまったほどだ。以下は、筆者の勘ぐりなのだが、『完全新作だから、それなりの特撮技術も入れよう』→『でも、CGは魂がこもっていない(?)』→『質感を出せる、クレイアニメーションにしよう!』という判断があったのではないだろうか。またしても乱暴なコトを言うが、クレイアニメーションは、単体で使う分には、『スノーマン』みたいなほのぼの作を作りえると思うが、シリアスなヒーローものに導入すると、絶対に間抜けになる。同時期の『平成ゴジラ』シリーズも、頑なにCGを放棄し、着ぐるみと光学合成とミニチュアでがんばっていた。どうやら、わすか10数年前まで、日本特撮界のCGアレルギーは、結構重症だったのだ(後註1)。ちなみに、前年94年に公開された『仮面ライダーJ』にも、CG映像は微塵も存在しない。 註1・・・一方、ファンの方も、ハリウッド作品なみの豪華特撮を期待する反面、旧来の『ミニチュア』『ピアノ線』特撮に強い愛着を抱いていたフシが大いにある。何度も引き合いに出した『ウルトラマンティガ』の第一回に対する感想(『宇宙船』のお便りコーナー)に、『CG、合成を使いすぎ!怪獣の爆発は、発泡スチロールでやれ!』という意見批判が載っていた。筆者も、当時はおおむね賛同していた。 やはり、日本特撮が劇的に変化を遂げるのは、96年の『ガメラ 大怪獣空中決戦』まで待たなければならない。そんな、特撮ファンの間ではありふれた文言で締めくくらざるを得ない、という結論になってしまった。 (画像)
『特救指令ソルブレイン』のサントラCD。今年になって、ようやくリイシューされた!『レスキューポリス』は、メタルヒーローの中では比較的人気と知名度があるにもかかわらず、映像/音楽ソフトの復刻は不十分だ。今後に期待したい。 |
特撮ヒーローと玩具
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9月12日17時2分配信 夕刊フジ 「ウルトラマン」で知られる円谷プロダクションが経営難から身売りすることが12日分かった。同プロの大株主・円谷エンタープライズが10月中旬に第三者割当増資を行い、CMなど映像制作大手のティー・ワイ・オー(TYO)が8000万円で引き受ける。これにより、円谷プロはTYO傘下となる。 TYOが12日発表したリリースによると、最近の円谷プロは、映画製作費負担の増加、長年の同族経営による経営基盤の弱体化などで経営が悪化、“カラータイマー点滅”状態にあった。TYOは円谷グループへの経営参画で、経営再建を目指す。 具体的には、現在、円谷プロ株の約45%を所有する円谷エンタの増資と同時に、円谷一夫会長兼社長が所有する円谷プロ株約22%を円谷エンタに譲渡。TYOは円谷プロ株68%を所有する円谷エンタ株式の80%を所有する。これに伴い、円谷プロでは円谷会長兼社長を除いた役員が退任し、TYOの吉田博昭社長らが新役員となる予定。 円谷プロは、今年6月の株主総会で大幅なリストラを主張した大山茂樹前社長を、円谷会長が解任した。10月からは生誕40周年のウルトラセブンが「ウルトラセブンX」(TBS系)として復活するが、同社救済には間に合わなかった。 ・・・以上のニュースは、yahoo!のヘッドラインからパクッてきたものだ! なんというニュースだ!あの円谷が、身売り・・・?? しかし、ウェブ上で色々調べあさってみると、特撮ファンの反応は意外とクール。むしろ、『今までよくもっていた方』という意見すら散見できた。 言うまでも無く、円谷プロは、東映、東宝と並ぶ、特撮TV映画の雄だ。『ウルトラ』シリーズを見たことが無い日本人男子は存在しないとすら言えるだろう。単体キャラクターでは、ピカチュウ(ポケットモンスター)やアンパンマンと並ぶ有名度を誇っている。 だが、裏を返せば、円谷は、ウルトラシリーズだけ・・・という実態であったのだ。東宝や東映のように、特撮ヒーローものがちょっと失敗しても、他の映画やドラマ、アニメでフォローできる体質ではなかった。まあ、大手映画会社と、いち制作会社では、アドヴァンテージの大小は明白。やっぱり、同族経営ってウマくいかないのかねえ。平成三部作の頃は、『復活した!未来は明るい!』と感じたのだが・・・。 ま、別に、プロダクション自体がなくなるわけではないので、『ウルトラが見られなくなる!』という心配は杞憂だ。むしろ、コレを機に、より安定した経営と、より革新的な作品の誕生が求められるのは確かだ。偉大な先達の残した遺産を食い潰すだけでなく、それらを凌ぎ、過去のものにするような、快作を期待する! さすれば、『マン』『セブン』は、晴れて、『過去の偉大な遺産』に昇華し、今までにも増して、賞賛を集めることが出来るでしょう! (写真)
メトロン星人も、どことなく、うつろに見える・・・。こじつけ? |
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今回から数回に分けて、90年代前半の、TV特撮について言及してみたいと思います。 1990年から、‘94年までを、90年代前半と規定する。 TV特撮の制作本数は、15作品。これは、1989年にスタートし、90年初頭に終了した『高速戦隊ターボレンジャー』『機動刑事ジバン』、そして、関東ローカルのみで放送された、オリジナル・ヴィデオ由来の『ウルトラマンパワード』『ウルトラマングレート』の4作をのぞき、1994年にスタートし、95年初頭に終了した『忍者戦隊カクレンジャー』『ブルースワット』の2作を含んだ数字である。 シリーズ別内訳は、『戦隊シリーズ』が5作品、『メタルヒーローシリーズ』が5作品、『不思議コメディシリーズ』4作品と、東映作品が圧倒的だ。残る1つは、突然変異的に出現した、円谷プロの『電光超人グリッドマン』。『グレート』と『パワード』が、純然たる新作ではなかった(ヴィデオ制作したものを、関東ローカルで放映したもの。関西では未放映)ので、90年代前半、円谷の新作TV特撮は、『グリッドマン』ひとつだけであった。 制作本数自体も少ないのだが、その大半がシリーズもので、新味に欠けるのは確かだ。 「個々の作品について」 90年に放送された『美少女仮面ポワトリン』は、そのシュールな世界観と、奇抜ながらキュートなコスチュームが受け、非マニア層にも人気を博した。ちなみに、『セーラームーン』に先駆けること一年、自らを『美少女』と呼んで憚らない、エネルギッシュなヒロインである(笑)ただ、『ポワトリン』のブームは、残念ながら長続きせず、3作後の、『有言実行三姉妹シュシュトリアン』で、シリーズは終了してしまった。特に最終2作、『うたう!大竜宮城!』と『シュシュトリアン』では、ネタ切れが明らかで、シュールでも不思議でも何でもなくなっていた。 戦隊シリーズでは、『マンネリの極み』と評されることが多い、『地球戦隊ファイブマン』(後註1)の後を受けた、『鳥人戦隊ジェットマン』が、高年齢層に大ウケした。突然変異的なヒットだったので、ファン層の劇的な増加には繋がらなかったのだが、『ヒーローものに興味を持ってくれる層』の種は播けたはずだ。一方、次回作の『恐竜戦隊ジュウレンジャー』は、遅れてきたファミコンRPG風ファンタジーで、現在の視点から見ると、『ファンタジー戦隊』はいささか褒めすぎの感がある。ただし、戦隊制作の枠を広げたコトについては、評価を低くすべきではない。つづく『ダイレンジャー』『カクレンジャー』は、ドラマ部分に重きを置き、毎回の展開もヴァラエティに富んでいた。 註1・・・当時、筆者の同級生が、『5人ヒーローでファイブマンって、そのままやんけ!』と、至極真っ当なツッコミを入れていた。 メタルヒーローは、非常に厳しい状況であった。予算の削減から、ついに、敵怪人すら登場しなくなった。それが、近未来刑事ドラマ風の『レスキューポリス』企画につながり、それまでより高年層のファンを獲得したのは皮肉だ(後註2)。『レスキューポリス』の後を受けた『特捜ロボジャンパーソン』と『ブルースワット』については、如何せん話題に上ることが少なすぎる。『ブルースワット』は、派手に自爆(『突撃!爺ちゃん魂』/笑)しただけに、中盤からの路線変更がネタにされる場合があるが、『ジャンパーソン』の評価・研究はほとんど進んでいない。高畑淳子の怪演技とか・・・。 註2・・・ハードでシリアスなドラマが頻発した事で、本来、特撮ヒーローを『卒業』しているはずの、小学校高学年の男児にも受け入れられた。実際、筆者は当時小学校5〜6年であったが、周りの男子はほとんど見ていた。一番人気は、正木本部長(笑) 『電光超人グリッドマン』は、手元に資料がほとんど無いので、判断はつけかねる。ただ、同時期の東映ヒーローが、『ファンタジー風』ないしは、『刑事もの』を行っていたのに対し、コンピュータを介した未来的なヒーローを想像していたのは興味深い。 (画像)
視聴率・玩具売り上げとも成功を収め、戦隊シリーズ中興の祖と目されることが多い、『恐竜戦隊ジュウレンジャー』のソング・コレクションCD。ジュウレンジャーの歌入りは、正副主題歌、および、「大獣神のうた」の3つが圧倒的インパクトを持っているため、それら以外はいまいちマイナーな印象だが、「奇跡の竜撃剣」など、切れの良いロック曲も揃っている。 |
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副題がガオレンジャーですいません。ネバギバでいきます。 90年代TV特撮は、70年代終盤、60年代半ばなどとと同様、『過渡期』のイメージが強い。それは、ほとんどの作品が、シリーズものの一環であることに起因すると思う。 それは、新しいシリーズものを生み出していない、というコトになる。60年代には、『ウルトラ』、70年代には、『ライダー』、そして80年代には、『スーパー戦隊』『メタルヒーロー』という、新規シリーズものを打ち出してきたTV特撮だが、90年代はには、それらに比類し、凌ぎうるような新シリーズ、新ヒーローを生み出すことが出来なかった。 理由はいろいろと考えられる。バブル崩壊による制作費の削減、少年少女層のヒーローもの離れ(※後註1)、スタッフの高齢化に伴う弊害、など。一作品ごとのヒットの多少はあれど、マニア層から見た90年代前半のTV特撮は、かなりネガティヴな流れの中にあったと言わざるを得ない(※後註2)。 註1・・・少なくとも80年代前半ごろまでは、特撮ヒーローの対象年齢は、小学生も含んでいたが、80年代も終わりになると、未就学児童に限られるようになった。つまり、『小学生になったら、戦隊ものは卒業!』という空気が支配的となったのだ。70年代には、小学館の学習雑誌(『小学●年生』)のトップ記事が、『ウルトラマンタロウ』や『仮面ライダーX』でったのとは雲泥の差である。 註2・・・90年代半ばに、数少ないポップな特撮研究(?)本としてリリースされた『怪獣VOW』シリーズでは、特撮(TV、映画の両方)業界に対する辛らつな批判が多く記されている。お笑い書籍である『VOW』でさえ、あれほど強い批判を行っていたのだから・・・。 しかし、90年代も後半に差し掛かると、ようやく、次世代を担う若い才能が伸びてきた。また、停滞していた特撮技術も、ようやく進歩を見せ始めた。伝統的なミニチュア特撮はまだまだ健在であったが、徐々にCGの使用が増え、スケール感が増していった。 そして、そのような下地のものと、新世紀に突入するや、『イケメン・ヒーロー』ブームが起きた。また、インターネットの普及により、特撮情報が容易に、しかも幅広く手に入るようになった。今では、アニメ・ファンですら、『仮面ライダー剣』のパロディ漫画を楽しむ時代となった。『特撮は子ども向け、アニメは大人向け』と言い切られ、アニメ・ファンから不当に低く見られていた90年代からは、想像もできない時代となった!! そういう意味でも、90年代は、過渡期と呼んでも差し支えは無いと思う。 (写真)
『平成ウルトラ三部作』の先陣を切った『ウルトラマンティガ』。放映第一回の批判は大きかったが、現在では、傑作との評価を確固たる物にしている。 |
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筆者は、90年代半ばに、本格的に特撮ヒーローのファンになった。16歳、高校2年生の頃だ。 しかし、興味を持った作品は、80年代前半の戦隊・宇宙刑事などで、同時代の作品には、あまりポジティヴに付き合うことが出来なかった。 実際、90年代のTV特撮ファンは、活況を呈するアニメ界・アニメ・ファンに比べて、かなりキワモノ扱いされていた筆者の通っていた高校でも、アニメ・ファンやゲーム・ファンは、それこそ山のように存在していたが、マニアを自負するほどの特撮ファンは、筆者しかいなかった。 とくに、悲観的だったのが、情報量の圧倒的少なさ。ご存知のように、アニメ大国・日本、毎月、たくさんのアニメ専門誌が発売され、多くのファンに読まれている。一方、特撮専門誌は、最近こそ、『ニュータイプ・ライヴ!』や『東映ヒーローMAX』など、大人・マニア向け雑誌が定着した感があるが、90年代半ばごろまでは、『宇宙船』『Bクラブ』の二誌が定番であった。『宇宙船』は季刊誌でアップ・トゥ・デートの情報をフォローし切れなかったし、『Bクラブ』にいたっては、アニメ雑誌に宗旨替えしてしまった。軟弱もの! まさか、高校生が、『たのしい幼稚園』や『テレビマガジン』を買うわけにも行かず、まさに、情報に飢えた日々を過ごしていたのである。 また、当時の特撮ファンは、筆者同様、80年代以前の作品を由とし(※後註)、同時代の新しい作品を軽視する傾向があった。常日頃から、『昔は良かった』という論調が支配的だったのである。『ウルトラマンティガ』の初回放送などは、かなり強い口調で酷評されていたのを覚えている。現在では、『平成ウルトラ三部作のトップを切った快作』として高い評価を確定している『ティガ』でさえ、この体だったのだから・・・。 (※註)・・・『ライダー』『ウルトラ』世代は、70年代前半以前、『戦隊』『宇宙刑事』世代は、80年代前半以前の作品に範を求めていた。 そんな、ややもすると評価の乱高下しやすい90年代TV特撮を、多少は客観的に研究してみようかな、という企画。 現在の評価・批評と、放映当時の評価を出来るだけミックスして調べていきたいと思います。 ま、あくまで、筆者の個人的な与太話になりますが・・・。 *画像*
90年代前半を代表するTV特撮ヒーロー、ジェットマン。個人的に雨宮慶太のセンスは好きになれないが、この作品は好き。現在の視点から見直してみると、コトの他王道ヒーローっぽいしね。 |





