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会陽のマンホールを作る(4) 大森後藤治さん
岡山市東区西大寺に創業明治35年の自転車屋さんがあります。 大森自転車商会 です。
店主は大森後藤治(オオモリゴトウジ)さん、店主は代々後藤治の名を襲名して現代は5代目後藤治になります。
襲名前は大森ひろし君でした、私より二歳若いです。今でも母親からは「ひろしー」と呼ばれています。
ひろし君の叔父さん大森三郎さんに依ると 「昔商売の神様みたいな人がいて、その人の名が藤治といった、商売をするなら藤治を見習って藤治の後に続け、と後藤治の名が出来た」そうです。
ひろし君は商売を継ぐときにこれくらいインパクトのある名前は無いから是非襲名したいと、家庭裁判所に申し立てて改名しました。
この建物、道路側はこんな感じですが
横から見るとこうなっています、表は洋風、実は和風で 看板建築 と呼ばれています
実はこの建物、岡山市民なら誰もが知っている みよしの の前身 米問屋「藤屋」だったのです。
道路を挟んでこちらも店舗
塀の先までが大森さん家、昔はこちらで灯油ランプ、ガラス食器の商いをしていたそうです。
旧家の大店です、その頃は番頭と丁稚、お手伝いが居たそうです。
大森さん家には会陽の宝木(しんぎ)明治時代の物と大正の物と二本が飾ってありました。
会陽では裸が宝木の争奪戦をしますが獲っても自分の物になりません、獲った者は福男となり宝木は祝い主のところ行きます。
祝い主になるには今は300万円必要ですから、普通の家ではまず無理ですね。
この界隈は五福通りと呼ばれ看板建築の建物が沢山残り、昭和初期の面影を残しているので映画「三丁目の夕陽」「カンゾー先生」「魔女の宅急便」のロケ地に使われました。
中学生の時サイクリングに目覚めた私はその頃から大森さんのところにお世話になっています。高校に入ってインターハイ、国体に行ける様になったのもそのときにサイクリングを始めたからです。
大森さんところには サイクルクラブ大森というチームがあってロードバイクの愛好者が土日祝祭日の8:00に集まって走行会を行ってます。メンバーは10代から70代まで、ど素人から国体級まで居ます。
50代の頃はよく参加してたんですが、最近参加するのは飲み会の時だけ (^_^;) (これは皆勤参加です)
で、今までは・・・まくら・・・でこれからが本題
去年の忘年会。話のタネにと呉市のマンホー寄贈案内の資料を持って行き、「会陽は重要無形民俗文化財に指定されたし、デザインマンホールがあっても良い。五福通りのマンホールでも良いし、作って岡山市に寄贈しようと思ってるけど、どういうアプローチをしたら良いかな?」
とビール片手に後藤治さんに話したら
「それは面白い!」 「今、私が観光協会の会長してるので区役所に話を通しときます。」
なんと、後藤治さんが観光協会会長職にあるとは・・・・・
私が区役所に行くのと、観光協会会長が地域振興課に話をするのでは雲泥以上の差!
順風満帆の船出と言うか、もう後戻り出来ません。
・・・つづく・・・・
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2018年03月10日
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