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会陽のマンホールを作る(7)森家孝明さん
マンホールのデザインを堂千恵蔵さんにお願いしたのが1月15日でした。
千恵蔵山の知り合いの高校生に頼むとのことでした、なかなか連絡が来ないので・・・・催促してもアレだなーーと
は思ったのですがさすがに4月になって、「進捗状挙はどうですかー」と覗いたら
「ああー、アレっ、忙しいからダメだって」
オイオイ、だったら電話の一本もしてよー っていうことですね ゲージツ家ってこんなんでしょうかね。
めげずに次のアクションに・・・・
実はデザインをお願いした後にこんな物を見つけていたのです。西大寺マラソンのポスターなんですが
この中にある
西くんです。 ご当地キャラクターが居るのならこれにすればと思っていたのです。 断られて正直なところ・・・・少し・・・少しですよ 良かった と思ったりして。
人間万事 塞翁が馬 です
岡山県勝央町のマンホールです。金太郎さんのデザインなんですが。
金太郎さんなんだと思う人の中に、どうして金太郎なの と思う人が何人か居てまたその中にどうして勝央町が金太郎なのかと調べる人がいて調べると・・・・・・・ 金太郎は天暦10年5月に誕生し、天延4年3月21日足柄峠を通りかかった源頼光の家来になり坂田金時と改名・・・・・・・・寛永8年12月15日九州の賊を成敗するために筑紫に向かう途中、作州路美作(現勝央町)で熱病のため死去・・・
勝央町は金太郎さんにゆかりの地である
というようなことがこのマンホール蓋に興味を持って自分から調べれば分かるわけです。
こんなマンホール蓋が作りたかったのです。
西くんのキャラクターを作った人を知っていたので、事情を話してお願いしました。
西大寺井戸端会議の事務局であり 岡山旧車会 の主宰者でもある森家孝明さんです。
出来るのは早いです。森家さんありがとう。
西くんが会陽の宝木を持って、バックは西大寺の本堂です。
どうして犀(サイ)なのかというと
西大寺の地名になったのは金陵山西大寺
この西大寺が建立されたのは777年、安隆上人がサイの角を戴き鎮めた所に建立された為 犀を戴いた寺〝犀戴寺〟(さいだいじ)とされたが後に後鳥羽上皇の請願文により西大寺という文字に改称されたとされる。
それを知ってもらいたくてこのデザインになりました。
多少の手直しはすると思いますが、これで進めます。 まずは大森後藤治さんにおねがいして会陽奉賛会の承認をもらいます。
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2018年06月17日
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