俳句

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ビートルズ

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ビートルズが初来日して、今年で50年ということで、

テレビなどで、なつかしい映像を見ているうち、

中断していた、去年のイギリス旅行が、リバプールで中断しているので、

写真だけでもアップしておこうと思いたった。

ビートルズが、初めてステージにたったという、

クラブ CAVERNの内部です。

細い階段をくるくる下りて行った。

壁には、古いポスターや、今日のステージの手書きのプログラム、

BBキングのサイン入りのギターなどが飾ってあった。

午前だったが、ステージでは、若い男性が、ギターを抱えて歌っていた。

のりのりで、スウィングしているバーのおねえさん、

そうそう、cavern ale という地ビール、飲んでみたかったな〜〜など

なつかしく思い出す。

ギターの写真の中に、若き日のプレスリーもにっこり笑っています。

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ビートルズが初デビューを飾った、クラブCAVARNのある

マシュー・ストリートは、ビートルズ一色。

ファンなら、わくわくする場所であろう。

私は、少しアヤシイ彼らの音楽が分からなかった。  


村上春樹の「ノルウェーの森」が、

ビートルズの「NORWEGIAN WOOD」からインスピレーションを得て

書かれたというのも知らなかった。 
  
彼の最近の随筆集を、本やで立ち読みしていて分かった。
 
「ノルウェーの森」が正しい訳であるかどうかは分からないけれど、

森であろうと、家具であろうと、決めつける必要はないし、

曲は今でもますます好きであるとも。


家に子供の残していった「ビートルズ前歌詩集」があったので  

読んでみたけれど、意味がよく分からないので、ネットで調べてみたら、

「NORWEGIAN WOOD」を正しく訳すと「ノルウェー産の材木」ということ。

森なら「woods]であり、「wood]と[woods]では、歌詞の解釈が大いに違って、

置き去りにされた「僕」が「暖炉に火を入れる」か「家を燃やしちゃう」etc

と、諸訳入り乱れて、面白かった。

ユーチューブで聞いた、ビートルズの曲は、郷愁を誘われた。

自分が年を取り、若気の至りを許せるようになったせいかもしれない。



「ノルウェーの森」は、途中で挫折した。

ビートルズと村上春樹が分からないというのは、

とても「損をしている」という感じで残念である。


ついでに「NORWEGIAN WOOD」の歌詞をのせておきます

ハワーズの町並

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パリッシュ教会を出てから、町を散歩した。

教会は丘の上にあり、町は急な坂道に沿ってひらけていた。

下の方まで行くと、帰りがなかなか大変そうだった。

周りの谷から風が吹きあがって、冬はさぞや寒いことであろう、と思われた。

エミリー・ブロンテは、肺炎で亡くなったそうである。


写真1:教会横の、パブリック・フットパスの案内板も、苔むしている

   「嵐が丘」の舞台とされる、屋敷跡を訪ねるコースもあるらしい

写真2:教会脇の細い道をぬけて

写真3:目抜き通りへ

右手の BLACK BULL(黒牛)というパブは、

    ブロンテ6人兄弟中、ただ一人いた男の子が、よく通っていたという
 
   
写真4:急な坂道の両脇には、カフェやレストラン、土産屋など

写真5:もう少し坂道を下りたところ

写真6・7・8 ハワーズの、エキゾチックな花

写真9:車窓風景

    ヒースが咲くのは秋

    6月はエニシダやシャクヤクが咲いていた

ハワーズ

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旅、5日目。

去りがたい湖水地方を離れて、今日はハワースとリバプールへ。

ハワースは、かのブロンテ姉妹の故里である。

「嵐が丘」の寒風吹きすさぶ荒野とは、どんなところか・・と

うねりながら続く、のどかな牧草地を見ているうちに、

小高い丘の上の町に着いた。

散策時間は、たったの一時間。

ブロンテ一家が過ごした牧師館が、そのまま博物館として残っていたが、

スキップした。これが今でも悔やまれる。

彼女たちの肉筆の文字、見たかったな〜〜〜。

姉妹の父が、41年間牧師をつとめた、パリッシュ教会は、青く苔むしていた。

隣の墓地の碑文を読むと、ブロンテ一家は、末娘のアン以外は、

教会の地下納体堂に埋葬されている。

一家で、一番長生きしたのが、父親のパトリック(1777〜1861)で、

牧師であるとはいえ、さぞ寂しくつらかったことであろう。



写真1:ブロンテ博物館(旧牧師館)

    左のうら若い金髪の女性、エミリーじゃないでしょうね。

    まさか、ジーンズははいていないでしょう。

    「嵐が丘」は出版当初は、亡霊や幽霊が出てくるので、

    キリスト教的でないとして、批判を浴びたという

写真2:セメタリーの碑文

写真3:その拡大

写真4: パリッシュ教会

写真5:ブロンテチャペル

写真6: チャペル脇の床にある記念プレート

     この下が、地下納体堂になっているのかしら?

     エミリーは30歳で、

     「ジェーン・エア」の作者シャーロッテは37歳で亡くなっている
   
     「嵐が丘」の出版は1847年で、亡くなるたった一年前











    

L&H鉄道

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ボウネスからレイクサイドまでのクルーズの次に、

蒸気機関車に乗った。

乗り場は港と直結していて、レトロな汽車が待っていた。

内装には木が多く使われていて、なつかしさを誘われた。

私は、蒸気機関車が現役だった世代である。

トンネルの度に、窓を閉めないと、

石炭屑が目に入ったりして、やっかいだった。

ディーゼル車になった時は、うれしかったものだった。


久しぶりに石炭の匂いを嗅ぐと、

家を離れるのがさびしくて、石炭が目に入った振りをして、

泣いたことなど、なつかしく思い出した。



写真 1・2・3 レイクサイド駅

         機関車と客車の連結作業を見学する

         イギリスでは、保存鉄道に、ボランティアの人が沢山いるらしい

         けれど、この人は?

         ぴかぴかの princess号、おしゃれ

写真4〜8 ハーヴァースウェイト駅

      折り返しの汽車を跨線橋の上から見送る

      

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