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沙也可(さやか)將軍
豊臣秀吉の朝鮮出兵の時に現れた、謎の日本人将軍
本名は、原田信種説、岡本越後説、雑賀孫市説、左衛門説がありますが、
朝鮮に帰化して、金忠善(キムチュンソン=김충선)になっています。
1592年に豊臣秀吉が朝鮮出兵にでます。
その時、日本の将軍の一人が3000人の軍勢を連れてきますが、
途中で豊臣に反逆、朝鮮に帰化して、朝鮮軍の将軍になります。
その人が沙也可将軍です。
その当時、日本は鉄砲
石ころを武器に民衆が戦ったところもあります。
その朝鮮に、鉄砲を与え、鉄砲
朝鮮軍を勝利に導いて、英雄になりました。
沙也可は、元々、戦国時代の日本では、名門の家系でしたが、
豊臣秀吉の手によって没落させられた家系のようです。
豊臣に恨みを持って、反逆したと言われています。
最後は加藤清正の部下として、出兵しました。
大邱(대구)市 達城(달성)郡 嘉昌(가창)面には、沙也可将軍村があります
金忠善将軍について・・・
金海(キメ=김해)金氏の一派、友鹿(ウロク=우록)金氏が
沙也可(さやか=사야가)=金忠善(キムチュンソン=김충선)の子孫です。
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ブログをつうじて、初めて知ることが、たくさんありましす、
沙也可将軍の事も興味深い話でした、韓国に帰化されたことは、当時としては、凄い決断だったことですね。
2012/9/8(土) 午後 11:31 [ kei ]
keiさん、これ、韓国でも日本でもあんまり知られていませんね。。。
私も、最近知った内容です。。
2012/9/10(月) 午前 8:34
司馬遼太郎の「韓のくに紀行」に書かれてます。
でも沙也可って名前どうなんでしょうね?
2012/9/13(木) 午後 4:33
kyuさん、そうなんですか〜?
一説によると、雑賀の「ぞう」という発音が、韓国人には聞き取りにくい音なので、「雑賀」を「さやが」と書いたとも言われてますが。。。
それが本当だとしたら、この人は雑賀孫市ということになりますが。。。。
2012/9/13(木) 午後 6:03
ってことは、その金氏は元は日本人ですか?
こういう日本人に助けられた話は話絶対にしないのですが それにしても秀吉の狂気の沙汰にほとほと嫌気がさしてなのか、正義感が強すぎたのか、没落させられたのを恨んでなのかほかの理由があるのかはご本人しかわからないでしょうが、
韓国側でもっと評価されてもよいですよね^^:
2012/11/12(月) 午後 8:16 [ egaodewaiwai ]
egaodewaiwaiさん、この人物、謎が多いんです。。。
どこまで本当なのか作り話なのかはわからないけど。(私は少なくとも本当にいたと思いますけど)
「友鹿金氏」は別名「日本金氏」とも言われて、子孫は現在7千万人ほどいるようです。
もっと調べて、書いていきますね。
2012/11/12(月) 午後 8:30
極論から言って何者かわからない存在自体が怪しいお得意の虚像だと思います。
裏ずけが何もない!言葉もわからない3000人の兵が全て朝鮮側に付く事もあり得ない。
2019/7/8(月) 午後 2:59 [ abg***** ]