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夢を持たぬことは、魂の死と同じことです。たとえばほんのささやかで自己陶酔の夢であろうとも 胸に夢を抱くとき、目の前の人生が輝き出すでしょう。もしも魂のともしびが途絶えてしまうならば、 あなたは生きる屍のように空しい人生を歩むことになるでしょう。 人生が寂しく恐ろしいものに感じるとすれば、そのともしびが消え失せたしるしに他なりません。 人は、この恐怖と孤独を他の何かで気晴らししたり、別のものに夢中になることで紛らわそうとしますほんのつかの間でも、「真の私」の存在を忘れようとして何かを求め続け、 それこそがようやく見つけ出した真の「平和の感覚」であると思い込んでしまうのです。 ―「真の私」という存在がいかに重荷であるか、それをよく現している事実です。 「真の私」自身のことをよく知らずして「真の私」の顔を見つめ続けたとしても平和を見出すことは できません。だからこそ私たちは「私」を忘れる方法を絶え間なく求め続けるのです。 月日が巡り、死がそっとあなたの目の前に忍び寄るとき、人はその人生の中で手に入れたさまざまな ものに思いを巡らすことでしょう。集め続けてきた多くの財産や地位は、最終的に人が「真の私」を 忘れようとして浪費した時間の反映なのです。 これこそ人生のパラドックスです。 人は誰しも最期の瞬間まで、自分が誰であるのか、そしてどこへ行くのかを知ることはできません。 ―この人生はほんとうに「真の私」の人生なのだろうか? ―私は誰なのだろうか ―ここに私が存在する理由とは? 人生がさまよいの旅でなく探求の旅路となるとき、この問いの答えを知ることができるでしょう。 Dahn World NEWS LETTER 『 HEALING SOCIETY』 より
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こんばんは 自分のバースビジョンを知りたくて・・・いろいろやっていますが。???ですね。
2007/7/15(日) 午後 8:00
バースビジョンというのは、なぜ生まれてきたかということですか? 皆それぞれに使命を持って生まれてくると言いますもんね。私も知りたいです。魂の声を聞いて、さまよいの旅から探求の旅になった時にその答えがわかるのでしょうね。
2007/7/19(木) 午前 0:48