私たちが「悟り」という言葉をきくとき、それはただ美しく神聖なものであり、平和さ、そして 明るさに満ちたものであるという印象だけを持ちます。 しかしそれは悟りというのもののほんの一側面でしかありません。 悟った人には誰でも、苦しい痛みはつきものです。 太陽が昇り、沈むのと同じように、悟りの状態とそうでない状態が生じます。誰であれ、 試練に直面すれば恐れを感じます。たとえ悟った人であっても、その試練を受け入れるのが辛いことに 変わりはなく、悟りが、病や悲しみ、怒りを遠ざけるわけではありません。 覚者もまた、利己心、悲しみ、怒りを覚えます。 しかし、彼らの悲しみや怒りは「私」自身に向けられるものではありません。 覚者が偉大なのは、悟りを開いたからではなく、たとえ人間の持つさまざまな痛みを引き受けなければ ならないとしても、その悟りを世界に伝えようと駆り立てる大きな愛があるからです。 覚者はいつも心に悲しみを抱いています。 悟りとは、苦痛に満ちた心です。 人類を愛する人は悲しみを感じずにはいられません。 なぜなら、他人のすべての痛みを自分のことのように激しく感じるからです。 苦痛や葛藤がさることを願うのはやめましょう。 心の痛みを恐れることはやめましょう。 大きな悟りが起こるときこそ、大きな選択をするときであり、 大きな選択をするときこそ、大きな痛みと葛藤を引き受けるときです。 そのような苦痛こそが、憐れみの心であり、明るく輝く大きな愛そのものなのです。 Dahn World NEWS LETTER 『 HEALING SOCIETY』 より
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2008年01月28日
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