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誰でも胸の中に 自分自身の花を咲かせようとする夢があります 一生に一回はその花を咲かせなければなりません それが私たちがこの世に生まれて来た理由です 一人ひとりの胸の中にある一輪の花を咲かせてほしい その香りがまわりに広がる時 それが世の中に向かうあなたの愛です 夢を探して夢を実現しようとする皆さんには天地気運の愛があります 真心は現在に生きているのです 今私はどこにいるのか 過去の後悔の中にいるのか 未来の心配の中にいるのか 現在の中に生きていないとその人は過ぎ去った過去 の人であり実体のない未来の人です その人は生きているのに死んでいるのと同じです 真心がある時 自分を見つけることは 顔を洗いながら鼻をさわるようなことです 自分を見つけた人は生きている人です 真心があるとき目覚めていることができるし現在が見えます 現在に生きている証拠が真心です 真心は現在に何かをしてあげることです 一回決心したことが永遠に変わらないことを 真心といいます 昨日何かをしてあげたとしても 今日してあげないのならそれは 真心ではないのです 真心は習慣 であり習慣 の中でもとてもいい習慣 です 真心がいつも胸の中に留まっている時 その人には幸運と福 がついています 不幸を習慣で持っている人は 真心の代わりに 不平と弁明と被害意識を持って生きています 平和で幸せな人の特徴は 真心です 真心という習慣 で世の中を見ると 出会う全ての事が真の自分を反映する 鏡のようになって 全て が感謝で全て が大事だということを自然に分かるようになります
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ILCHI 希望の手紙
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人生でぶつかる問題に立ち向かう最高の方法は 雑念が生じない身体を作ることです。 運動をしたら気持ちが良くなります。 体は飛ぶように軽くて、気分は爽快で、 エネルギーはいっぱい満たされます。 私の体の状態が良い時にはどんな問題も もうこれ以上問題として感じられないです。 うまく行かない時には無条件歩いてみてください。 歩いてみると不必要な考えは抜け出て 誰かにその答えを求めなくても 自らその答えがわかるようになります。 新鮮なエネルギーが体の隅々まで流れ始めると 意識は明瞭になって思考は単純になります。 それで何が重要なのかがわかるようになって 行動も前向きになります。 よく歩く習慣一つが 皆さんの運命を変えることができます。 資料提供:ダンヨガ岡山スタジオ 086-234-8356
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もし仮にこの私の体と無限の宇宙空間を比べたとしたら、ほんの小さな塵ほどの存在でしかありません。私の胸はその空間全体を感じ、包み込んでいます。呼吸を繰り返すたびに私は宇宙空間とひとつになります。 ちょうど、体の外側に宇宙があるのと同じように、体の内側にも宇宙が存在しています。ふたつの宇宙は互いにつながっているため、私たちは内側と外側からふたつの宇宙をしっかりと包み込んでいるのです。 生きとし生けるもののすべては、大いなる宇宙から命の恩恵を受け、その中で生活を営んでします。外側の大いなる宇宙が病むとき、私たちの内なる小宇宙もまた同じように痛みを受けるでしょう。 私の心が暗ければ、宇宙も暗くなります 私の心が明るければ、宇宙もまた明るくなります 呼吸をするとき、私たちは宇宙とともに愛を分かち合っています。創造主はどこかともし尋ねる人がいるなら、私はこう答えましょう。それは、この内なる宇宙に存在していると。 宇宙は私とひとつです。 そして私のうちに在る天の心と同じ分だけ、大きく膨らみます。 私は天そのものです。 そして宇宙そのものなのです。 Dahn World NEWS LETTER 『 HEALING SOCIETY』 より
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魂は学びではなく、 経験を望んでいます 私の悟りは呼吸に始まり 呼吸こそがすべての悟りでした 考えを巡らすのはもう終わりにしましょう 実はとても簡単なことなのです 眠りについているとき あなたは呼吸そのものになっているでしょう 大切なのは、呼吸として存在しているその自分を意識することです 赤ん坊はもとより呼吸そのものとして存在しています 幼ければ幼いほど、呼吸そのものに限りなく近い存在なのです 母の子宮に包まれているときには私たちは何も見ることができず 自分の力で呼吸することもありません 聞こえるのは、ただ母親の心臓の鼓動だけ ――そのとき私たちは呼吸とひとつでした 過去には誰しも経験したことを 私たちは忘れ去ってしまったのです 呼吸とひとつになること、それが瞑想の最高の在り方です さあ、ここで呼吸そのものになりましょう Dahn World NEWS LETTER 『 HEALING SOCIETY』 より
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夢を持たぬことは、魂の死と同じことです。たとえばほんのささやかで自己陶酔の夢であろうとも 胸に夢を抱くとき、目の前の人生が輝き出すでしょう。もしも魂のともしびが途絶えてしまうならば、 あなたは生きる屍のように空しい人生を歩むことになるでしょう。 人生が寂しく恐ろしいものに感じるとすれば、そのともしびが消え失せたしるしに他なりません。 人は、この恐怖と孤独を他の何かで気晴らししたり、別のものに夢中になることで紛らわそうとしますほんのつかの間でも、「真の私」の存在を忘れようとして何かを求め続け、 それこそがようやく見つけ出した真の「平和の感覚」であると思い込んでしまうのです。 ―「真の私」という存在がいかに重荷であるか、それをよく現している事実です。 「真の私」自身のことをよく知らずして「真の私」の顔を見つめ続けたとしても平和を見出すことは できません。だからこそ私たちは「私」を忘れる方法を絶え間なく求め続けるのです。 月日が巡り、死がそっとあなたの目の前に忍び寄るとき、人はその人生の中で手に入れたさまざまな ものに思いを巡らすことでしょう。集め続けてきた多くの財産や地位は、最終的に人が「真の私」を 忘れようとして浪費した時間の反映なのです。 これこそ人生のパラドックスです。 人は誰しも最期の瞬間まで、自分が誰であるのか、そしてどこへ行くのかを知ることはできません。 ―この人生はほんとうに「真の私」の人生なのだろうか? ―私は誰なのだろうか ―ここに私が存在する理由とは? 人生がさまよいの旅でなく探求の旅路となるとき、この問いの答えを知ることができるでしょう。 Dahn World NEWS LETTER 『 HEALING SOCIETY』 より
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