ニホンオオカミを探す会の井戸端会議

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ニホンオオカミ

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18年振りの遭遇-2

浅井さんの目撃情報を得た私たちは、3日後の10/2(月)現場へと向かうのですが、その前に押さえて置きたい点を少々。
山根一眞さんの項で少し触れましたが、来春出版する著作の大きなテーマの一つが「オオカミは居た。そしてヤマイヌも。」です。(だと思います。)
幾度も申しますが、此れは私達が求めるテーマそのもので、そうした事を含めてオオカミ探しをしているのです。
 
冬虫夏草の世界的研究者として知られた清水大典氏は、ニホンオオカミの研究者としても先駈け的存在で、著作【ゆすらうめ】にこんな記述をしています。
 
【奥秩父の山岳地方に伝え残される狼に関する伝承を総合して見ると、昔この地方に棲んでいた狼には二つの型があったと考えられる。
一つは体毛が灰色に黒ずみ形の大型のもので、これは明治以前に秩父の山中から絶えてしまったようで、当時の人が単にオオカミと呼んでいたのはこの型のものを指していたようである。
他の一型は明治も中頃、甲州側の地方では明治末年頃迄棲息し、今なお村々に多くの狼の物語を残している。
前者より少し体の小さい体毛の灰褐色系の狼で、当時の村人から、ヤマイヌ、又時に狼と呼ばれていたものである。
この狼の二型説に関し最近明らかになった事であるが、明治十年頃、奥秩父の西南部甲州の中巨摩や北巨摩の山間地方を歩いた毛皮買いの商人が、当時山中で獲られた狼の生皮をその毛皮によって灰褐色のものを朝鮮ヤマイヌ、灰ネズミ色の系統を単にヤマイヌ、或いは狼と呼んで二つに分けて扱っていた事実である。
体形の大小、絶滅期の相違、毛色の二様等から併せ考えると、この狼二型説をただちに否定する事も出来ない問題である。
現在筆者の手許にある奥秩父産狼の二頭骨標本は何れも後者に属する体毛の灰褐色系のものである。】

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米沢市の自宅前で清水大典先生

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清水先生の著書
 
また民俗学者で埼玉県文化財保護審議委員だった小林茂氏は、2002年に行った二ホンオオカミフォーラムでこんな発言をしています。
 
【昭和10年からしばらくの間秩父に、毛皮商人が入って来ている。
秩父のオオカミだと言う物を買ったりした話が残っており、私も同様の毛皮商人と言うか漢方の素材を集める人達がかなり入っていたのを知っている。
大滝村大血川の猟師のお宅に世話になった時、シカの陰茎と睾丸とが干してあるのを戴いた事が有る。
これはそういう業者が来た時に売る、と言う事だったが、一緒に毛皮も集めていたと言う。
その時、毛皮の業者が買い集めてから、二種類に、これはシベリアオオカミ、こっちはいわゆるオオカミだと仕分けていたと言う話を聞いたことがある。
先程も少し触れましたが、(私の師)直良信夫先生も、頭骨から見て大きなオオカミも、やや小振りのオオカミもいたと云っていた。
二種類と言うかそういう系統があったのではないかとの話を直良先生はいつもされていて、私も、その毛皮商人が二つに分別して買い上げていたと言うことはかなり面白い話と思う。
これを最近思い出した。】
 
秩父出身とは云え、片や植物学者、片や民俗学者の二人が同じことを云っている事実を皆さんがどう考えるか・・・。
両氏とも、ニホンオオカミ研究史に於いて忘れてならない人物で、清水大典氏の米沢の自宅に伺った事も有りますし、幾度も手紙のやり取りをしています。
そんな縁も手伝って、清水氏所有のオオカミの上顎吻端部が、三峰博物館に寄贈されたのです。

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清水先生が発見した頭骨吻端部

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小林茂氏の著書
 
浅井さんの目撃は今回で2度目になりますが、18年前の個体に比べると可成り大きく感じて、若しかしたら今回は“オオカミ”で18年前は”ヤマイヌ“だったのかも知れないと云っています。
実際、私に届いている多くの目撃情報も、タイプ標本と共通の特徴を多く持つヤマイヌ的秩父野犬と、祖母野犬的なオオカミの2つに別れるのです。
 
102日、現地に集ったメンバーは横山家3名とイヌ2匹、吉村家親子、そして私、の大部隊となりました。
イヌ2匹を先頭に山道を辿ったのですが、現場までの道筋は野生動物の匂いが一杯で中々先に進みませんでした。
ただ残念な事に、匂いの主が何物なのかイヌ達は語ってくれません。
車から遭遇現場までの1時間の道のりは、右手が切り断った崖、左手は切れ落ちた渓流で、オオカミが何処から現れ何処に去ったのか、皆目見当が付きませんでした。
現場でイヌ達が興奮する中、私達は動物の痕跡を探すのに一生懸命でしたが、結局何も見つけられずカメラを1台設置しました。

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遭遇現場で作業中のイヌたち

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現場下の渓流

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設置されたカメラ
 
状況から察するに、オオカミは来た道を戻るしか方法は無く、何処から山道に辿り着いたのか、断崖と渓流の切れ目を探しながら来た道を歩きます。
途中に1つだけある小さな沢がそのポイントだと考え、沢を辿ろうと足を踏み入れますと、沢に沿った廃道が有りました。
何十年前の作業道で、途中は崩壊、崩壊の連続、横山奥さんとイヌ2匹は沢の分岐で待つ事にし、奥へと向かいましたが、未来の研究者たる子供たちに何かがあっても困りますので、程よい処で引き返し後日の宿題としたのです。

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朽ちた山道

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踏み跡さえ削られた山道

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こんな山道にカメラを設置した

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崖上の道を下る私たち

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崖下で待つ横山夫人とイヌたち
 
その日は持参した5台のカメラ全てを設置し、所謂「下手な鉄砲撃ち、数撃てば当たる」的な感じになったのですが、沢を詰めその先行ける処まで行って、あわよくば「オオカミの道」なる物を見つけたいと考えた私は、翌週の9日(月)カメラ5台とザイル等を含めた重いザックを背負って、一人山道を辿りました。
最初尾根筋を昇って・・・と思ったのですが「年寄りの冷や水」のことわざ通り、一寸した岩場を越せなくて、途中で引き返さざるを得なくなりました。
詰まる処沢筋の廃道を辿る事になったのですが、この道も微妙なバランスを要す箇所が多く、引き返す口実を探しながら上流を目指しました。
道が沢と合流する場所に着いたのですが、そこで道が途絶え左手上方から獣道が下りていたので、そこを這い上がりますと、何と、集落跡に出たのです。
猫の額ほどの耕地に10世帯分くらいの石垣が積まれていましたが、生活の糧を何に求めていたのか判らない様な奥地で暮らす人々には、「オオカミが神になる」と知らされた次第です
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一番不安を感じた箇所

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ご覧の様な集落跡

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