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年内に3回目のことをUpしておこうかな・・・・(・∀・;) そんなわけでブラッドパッチ3回目の様子を書いていきます。 この頃になると我が家のHPは放置状態になっているので・・・・・(;´Д`)ノ オイ! 思い出しながら書いて行きますねぇ・・・・(;´д`)ゞ 3回目の治療は2006年9月12日です。 9月11日。 ブラッドパッチ前日。 旦那の夏休みが終わってしまう前にやってもらえと言うことで急遽病院に連絡。 突然にもかかわらず翌日の予約が無事取れました・・・(・∀・;) 9月12日 ブラッドパッチ当日。 12:30の予約に間に合うように病院へ。 いつもなら夕方なんですが、今回は急だったため、この時間しか予約が取れませんでした・・・。 3回目ということもあり、首にするのか、腰にするのか選ばせてもらいました。 腰だと歩くのが不自由になるので、痛みは強いですが、首から自己血を入れてもらうことにしました。 いつも通り右のひじ裏から抜かれる血液。 ぼんやりこれが入るんだなぁ〜っていつもながら思っていました。 最初の10ml.はそんなに辛くなかったんですが、20ml.になると次第に身体が重くなってきました。 ぐるぐる世界が回るような頭の重み。 しびれてくる両腕(特に右腕) 無意識に震えてしまう足。 それらを必死にこらえました。 看護士さんに何度も 「大丈夫?無理しなくて良いんだからね」 そういってもらいました。 最後の30ml.を入れているとき、震えは全身に来てしまい、看護士さんが頭を押さえてくれました。 それでも、全身の震えは大きくなり、うなり声まで出てしまいました。 あまりにも大きな震えに危険と判断がおり、結局23ml.で終了でした。 肩を落とす私に先生が言ってくれました。 「頑張ったね。大丈夫。これだけ入れば心配すること無いからね」 その言葉が救いだったです。 ベッドに転がるように横になり、暫くの間うつ伏せで点滴してました。 意識が朦朧としていた記憶があります。 何度か看護士さんに容態を聞かれましたが、うなずくのが精一杯だった気がします。 500ml.の点滴を終え、残りの500ml.に変えるときに体勢を仰向けにしてもらいました。 やっぱり首から肩、背中にかけて十字に痛むのは前回と同じでした。 点滴終了後やっと解放される右腕。 相変わらず疲れますねぇ・・・。 鎮痛剤と抗生物質をもらいその日は終了です。 前回と違い早い時間だったので、夕食までのんびり部屋で休んでいました。 やっぱりどの体勢でいても首周辺の痛みがあり、楽な姿勢を探してゴロゴロしてました・・・。 それでも夕食は外に食べに行きました。 ホテルの近くだったんですが、旦那は車を出してくれました。 その頃には何とか元気も出てきて、しっかり夕食を食べた記憶があります・・・(・∀・;) ホテルに戻り、すがるように鎮痛剤を飲みようやく少し痛みも楽に。。。 のんびりすごしながら1日目終了です。 9月13日 点滴をするため再び病院へ。 これで握力が回復することを願ってのブラッドパッチだったので、体調はあまり変わらず・・・ そんなところでした。 点滴終了後診察。 今回は安静期間は短く2週間ほどで様子を見てくださいとのことでした。 思ったよりも短い安静期間に内心ホッとしたのを憶えています。 娘の運動会も近かったし、やっぱり安静期間って、結構しんどいですからね・・・(;´д`)ゞ これで3回目のブラッドパッチは終了です。 後でわかったんですが、ブラッドパッチは回数を重ねると安静期間が短くなるんですね。 結局2週間で通院再開してますし・・・(・∀・;) ただこの時はものすごい右肩が張ってしまって痛かったのを憶えています。 これについてはいつものブロック注射で改善されたので、良かったんですか、結構しんどかったですね。 なぜ肩が張ってしまったのかは謎です。 でも、こういう反作用みたいなこともあるみたいですね。 それも次第に改善されていくみたいです。 この時のブラッドパッチは、本当に右手の握力が低迷していた時期で、それを解決するために行いました。 結果は・・・・ヽ(;´ω`)ノ 良くなったんだかは微妙です・・・・・(;´д`)ゞ でも、これ以上のブラッドパッチで握力が改善されないことは解りました。 そういう意味では結果がでたので良かったのかもしれませんね。 私は多分これでブラッドパッチは行わないかもしれません。 事故に関して影響した脳脊髄液減少症。 因果関係ははっきりしませんが、散々悩まされました。 ブラッドパッチという治療に出会い、3回行いました。 幸い、私の場合効果があり現在では日常生活でほとんど影響が無いほど改善しました。 ただ、無理は禁物なのは変わりませんね。 完全に治るまでは年単位で考えなければいけない病気。 それだけは肝に銘じておかなければいけません。 この病気は誰でもなる可能性がある病気。 交通事故だけではなく、転倒や出産などちょっとしたきっかけでおきる病気です。 決して他人事ではないと思います。 また回りに理解されにくい病気であることも現状です。 もし、あなたの周囲で脳脊髄液減少症の人がいたら少しでも理解を示してあげてください。 決して怠けているわけではない。 本当に辛いんです。 それを周囲の人が理解してくれるだけで、患者さんは心強いはずです。 さらに、この病気と理解されず苦しんでいる方もいらっしゃるはずです。 もし心当たりがある人がいれば、検査を受けることを勧めてあげて下さい。 医師による誤診がまだまだ多い今、1人でもこの病気から抜け出せることを祈ります。
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脳脊髄液減少症について
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だいぶ後手後手になってしまっているこの書庫・・・(;´д`)ゞ 既に3回目が無事終了しましたが、2回目の状態をまだUpしていませんでしたね・・・(-ω-;) 今回は2回目に受けたブラッドパッチのお話です。 どんな治療を受けたのか。 2回目は2006年5月26日に行っています。 改めて書くとごちゃごちゃになってしまうと思うので、我が家のHPより転載してみました。 (はしょってあるところもあります・・・(;´д`)ゞ 1日目 旦那に半休を取ってもらいお昼すぎから病院へ。 16:00〜の予約に何とか間に合いました。 さて、今回は2回目と言うことで、腰からではなく、首から(もちろん後ろ側)血液を入れることに。 そんな訳で、寝たままではできないと言うことで、椅子に座り大きなクッションを抱え込み、 先生が来るまでしばし待機。 血液は相変わらずとりにくいと言うことで、いつもの右ひじ内側で。 先生が来て、状況を確認してから、首への麻酔。 腰とは違い、やっぱり負担は大きかったです。 同時に抜かれる自分の血液を見ながら、これが入っていくんだと思ってました。 20ml.入れているときに、全身が重く感じ、血液が入ってくるのを感じました。 あまりの重さにめまいがしました。 うなり声に気付いた先生が、いったん休憩を取ってくれて、最後の10ml.を入れました。 そのときには、もう首から肩、背中にかけての痛み。 両手は軽くしびれ、動くのも困難に。 「よく頑張ったね」 先生の言葉にうなずくのがやっとでした。 椅子からベッドへ倒れこむように横になりました。 点滴の針が右腕に刺さっているので、右腕は看護士さんが支えてくれてました。 しばらく横向きで休んでいました。 でも、体制が疲れたので、看護士さんにお願いして上向きにさせてもらいました。 点滴の針が刺さっているので、動くにも一苦労・・・ 500ml.の点滴を1本終える頃には、身体もだいぶ楽になっていました。 落ちてくる点滴の液を眺めながらぼんやりしていました。 2本目の点滴が終わり、ようやく解放される右腕。 動かさないように注意してたせいか、ちょっと固まってました。 ゆっくり右手を動かし、ゆっくりと起き上がると、首から肩、背中にかけて痛みがありました。 以前の腰のときのような痛み。 これはどうしようもないと思い、少し座ったままぼんやりしてから注射室を後にしました。 前回と違い首だったため、腰が痛いということが無かったので、歩くのにはそんなに困らず、 予約していたホテルを出て、外で食事を済ませました。 ただ、首が回らない、下げられない、そんな痛みがあったので、動き方がおかしかったかもしれません・・・ 食事を済ませ、部屋に戻ってから、処方されていた抗生剤と鎮痛剤を飲むと、しばらくして 痛みも和らいできましたが、やっぱり横になっていた方が楽でした。 お布団に横になり、のんびりすごしました。 1日目終了です。 2日目 状況を聞かれながら、点滴開始。 でも、なかなか血管に入らず、看護士さん交代で3回目にしてようやく入りました・・・ 頭の重ったるい痛みから、開放されました。 それだけでもずいぶん楽になった旨を伝えました。 首から肩、背中にかけての痛みは相変わらずでしたが、それはしばらくすれば落ち着くから・・・ とのことでした。 500ml.の点滴を再び2本。 終わったのは、ギリギリ1時前でした。 先生の問診を済ませ、状況が悪くなったら、電話すると言うことで、帰宅となりました。 家に帰ると疲れが出たのか、ぐっすり休んだような記憶があります。 そんな訳で、2度目のブラッドパッチ無事終了です。 HP記載がだいぶ時間が経ってからだったので、簡単にというか記憶が抜けている部分があるというか・・・ 簡単な文章になってますね・・・(・∀・;) 腰のときとは違い、首の方が費用が高かったのを憶えています。 合計で3万5千円ぐらいだったでしょうか・・・・・?(うろ覚え・・・(;´д`)ゞ 腰と首の違いはやっぱり痛む場所の違いでしょうかね・・・。 (当然ですが・・・・) 腰の痛みと違い、歩く事が出来たのはずいぶん楽だなぁ・・・ そう感じたのを憶えています。 夕食もお散歩がてら近くのお店に歩いていってますし・・・・ (安静は・・・・・?って言われそうですね(-ω-;) 2回目の時は慎重にと言う事でRIの検査を進められ、検査をしてもらえる病院にいったんですが、 これがあっけないばかりに拒否されました・・・・・_| ̄|○ 詳しくはこちらの過去記事から・・・ あっけなく拒否・2006年5月18日より 脳脊髄液減少症の特有の症状がまだ出てきたのは4月の終わりあたりだったでしょうかねぇ・・・? 5月中ごろには起きているのさえ苦痛になっていましたから・・・(-ω-;) そういう意味ではあっさりとブラッドパッチが受けられたのかもしれませんね。 簡単ですが、2回目のブラッドパッチはこんな感じでした。
3回目も近々アップ・・・・・・すると思います・・・・・・はい、多分・・・・・・・(;´Д`) |
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昨日、フジテレビ「とくだね」で、脳脊髄液減少症について取り上げていた。 脳脊髄液減少症は、さまざまな原因で患ってしまうことがあるらしい。 交通事故もあるし、学校の体育の授業中、ボールが頭に当たったとか、 格闘技の投げで、そうなる場合もある。 脳とは、脊髄液によって、プカプカ浮いている状態にある、という。衝撃によって、髄膜というものが 破れ、髄液がもれることにより、脳が下へさがってしまう。 症状は、頭痛、めまい、視力障害、記憶障害などがおきてくる。吐き気などもとまらない。 その人は地獄の思いをさせられている。 永い間、減少症というものを認知できなかった。 そのため心の病いと診断され、精神科にまわされたりした。 また周りの無理解な人から、「悪霊のせいだ」とか、「さぼれていいよね」などと 二重の苦しみを受ける。 絶望においこまれ、自殺まで考えるようになってしまう。 自殺したほうが体も楽だし、みんなにも迷惑かけない。不眠で頭もおかしくなってしまう。 治療としては、ブラットパッチがある。自分の血液で髄液がもれた穴をふさぐ治療。しかし、 保険適用外であり、病院も限られている。 厚生労働省は、今でも病気、疾病として認めていないため、保険が適用されない。 患者さんはいう。ほしいものは健康な体。ほかはなにも要らない。 元気な人は、減少症に苦しむ人を侮蔑する発言をし、さらに健康のありがたさも気づけない。 表面的にしかみるんじゃなくて、もっと病気で苦しんでいる人の あらわせない辛さをわかろうとすることが大事となってくる。 厚生省は保険適用をなぜさせないんだろうか。
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「事故・治療・その他…ひとりごと?」 |
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Yahoo!Newsより。 教師に理解されない子供たちもいるんですね。 交通事故に次、転倒やスポーツによって脳脊髄液減少症になるケースも多いのが現状です。 教師や学校が理解してあげてこそ、子供たちも安心して治療が受けられるのではないでしょうか・・・? <髄液漏れ>子供の症例次々明らかに 「苦しさ分かって」 激しい頭痛などを伴う「脳脊髄(せきずい)液減少症」のため、勉強やスポーツができない小中高校生の存在が次々と明らかになっている。症状のひどさや将来への不安、教師らに理解されない絶望感……。「自殺を考えた」と話す子どももおり、事態は深刻だ。ある母親は先月、厚生労働省と文部科学省の担当者に面談し、髄液漏れの子どもたちへの支援を訴えたが、国の対策はまだ本格化していない。【渡辺暖】 静岡県の中学2年の女子生徒(14)は昨年夏、車の後部座席にいて追突事故に遭った。吐き気などだけでなく、やがて記憶力に著しい障害が出た。家族や友人のことが分からなくなり、特に漢字は全く読めなくなった。 3カ月後に高次脳機能障害、さらに2カ月後に髄液漏れと診断された。漏出を止める手術を2回受け表情に生気が戻ってきたものの、事故前にはほど遠い。母親(38)は「直後に診察した医師は『検査しても異常はない。若いからすぐ治る』と言った。もっと早く髄液漏れの治療を受けていたら……」と悔やむ。 大分県の通信制高校2年の女子生徒(16)は、中学2年の時、授業中に同級生がけったバレーボールを側頭部に受けた。激しい頭痛や耳鳴り、不眠などが続き、欠席日数は中2で31日、中3で66日に上った。登校しても保健室にいることが多く、「心の病」とされて1カ月以上入院した。「悪霊のせいだ」と周囲に言われたこともあったという。髄液漏れと診断されたのは卒業式のころだ。 生徒は「苦しさを周囲に分かってもらえず、何度も自殺を考えた」と言う。地元自治体は「ボール事故と発症の因果関係はない」と主張、生徒側と法廷で対立している。 事故が原因でなく、突然発症することもある。兵庫県の高校3年の男子生徒(18)は中1の4月、首に激痛が走った。以来、ふらついてまともに歩けず、会話する気力もなくなり、3年間苦しんだ。「やる気がないなら出ていけ」と怒る教師もいた。母親(44)といくつもの医療機関を回り、「自分は親に迷惑をかけるだけの存在だ」と考えていたという。 髄液漏れの治療を受け、今はジョギングするほど回復した。中学の同級生と会うと、普通に歩く姿に驚かれるという。 ◇転倒や出産など日常生活の中で頻繁に起こる可能性 学校現場にも広がる髄液漏れ。この症状に詳しい国際医療福祉大付属熱海病院の篠永正道医師と山王病院の美馬達夫医師によると、両医師だけでも18歳以下の子ども約30人の治療にあたった経験を持つという。 従来、髄液の漏出は珍しい病気と考えられていた。しかし、数年前から「スポーツ時の患者は非常に多い」と指摘されるようになった。篠永医師らは「親や教師が髄液漏れを知らないため、長期間、別の病気と誤解されていた子どもが少なくない」と話す。子どもの患者の実態は明らかになっていない。 こうした実態について、文部科学省スポーツ・青少年局の担当官は「髄液漏れが学校生活に支障をきたすものだと聞いており、重大な関心を持っている」と話している。 だが、現状は、関係する学会が研究の必要性を認め始めた段階にすぎない。国は今後、治療経験が豊富な医師や関係学会と連携し、診断基準の確立や症例情報の共有化などを急ぐ必要がある。【渡辺暖】 (毎日新聞) - 8月8日8時45分更新 記事の中に掲載されている国際医療福祉大付属熱海病院の脳外科外来は、 以前、私もリンクさせてもらいました。 大人でさえ辛い症状なのに、勉強もしなければならない子供たちにとって脳脊髄液減少症は大きな 負担になっていることでしょう・・・。 周囲の理解が広がる事を願うばかりです。
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