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きよこが大好きな元世界チャンピオンライダー、ケニー・ロバーツ様が、京都に来られるということで…。
日曜日、連休最後の日に京都へ相棒の12Rと一緒に行ってきました!
途中の桂川PAでご当地バーガーをゲットし、お昼御飯☆
舞妓はんバーガー…。
お漬物がピクルスの代わりに入っていて、お肉のパテがお豆腐のパテに代わっているのが特徴です。
ちょっとマヨネーズ&オーロラソース(かな?)の量が多く、食べにくいのが難点でございました…。
お漬物も一応インパクト出るように、塊(笑)で入っているんですが。
細かく刻んで、お醤油ベースとかのソース、でも良かったのでは…(¬_¬;)?
具が外に飛び出しそうで食べるのに苦労しちゃったよ…(汗)。
京都にすんなり到着したはいいものの。
ケニー様に会えるイベントは夕方からの予定…。
ってことで。
時間を有効利用して、京都観光…。
いや、正直になりましょう。
「新選組観光」してきましたぁ〜(*`▽´*)ウヒョヒョ!!
そう、行ってきたのは「壬生寺」でございます〜
新選組の屯所が置かれていた場所としても有名ですが、「壬生狂言」という伝統芸能でも非常に有名なお寺ですねぇ〜☆
さて。
その壬生寺。
建物は改築されたり補修されたりして、きっと当時とはすこし面変わりしていると思いますが、この境内で土方さん達がウロウロ歩いていたのか、と思うと感慨深い☆
もしかしたら、ここできよこと同じようにお参りしたかもしれない…(笑)。
そう思うだけでもウキウキしちゃいますねぇ
京都・奈良という古都が近くにあるって。
まぁ、大阪も結構歴史のある街なんですけど!
こうして歴史の息吹に直接触れる機会が多く持てる、というのがいいところ☆
歴史の舞台に、自分が立つことが出来るんですものね
さて、新選組っていうのは昔からそれは人気のある集団です。
ドラマになったり、まぁ、色々題材としても取り上げられるケースが多いですしね。
で、きよこやブロ友佳織さんが(笑)、どっぷり嵌ったゲーム人気が火をつけたのか。
この頃は、若い女性がまた増えたんだそうで…(笑)。
ここ、水かけ地蔵さんが有名なんですけど…。
しかし、若い観光客のお目当て、といえばやはり新選組〜
阿弥陀堂の奥に、壬生塚という史跡がございまして。
そこに近藤さんの胸像だとか、芹沢さんのお墓だとか、隊士たちのお墓なんぞが並んでいるわけでございまする…☆
因みに、昔は無料でしたが。
今は壬生塚を見る為には100円必要となっております〜(笑)!
他にも、しっかり観光客にお金を落としてもらうための、新選組グッズが並んでおりました…(笑)。
商魂たくましいなぁ……i||l|i(;゚∀゚;)||i|li;。
さりげなく、コアな隊士のキーホルダーがあるし(爆)!
お手頃価格でお土産最適だしぃ〜♪♬♪
売店のおばちゃんの話だと、若い女性が特に良く買って帰るんだとか…(笑)。
絶対に、「薄桜鬼」のゲーム&アニメの影響だな、これは…(;゚;ж;゚; )ブッ!!
だって、ねぇ?
この頃は、近藤さん、土方さん、沖田さんの3人組人気に負けず(笑)、斎藤さんも人気が高いんだそうな…。
斎藤さん…。
先日もお話した左利き疑惑の人ですが(笑)。
左の突きが得意だったという説があるだけで、実際にどうだったのかは詳しく残っていないという、これまた謎めいたお人…。
維新後も生きて長生きされているのに、何故か生涯を通じて色々謎が残ってるんだよね、この人…。
なので、フィクションの世界ではいじりやすいのか、良いキャラクターとして描かれておりまして(笑)。
女性に人気が出た、というのも何となく納得しちゃいます…☆
でも、普通の歴史ファンは、斎藤 一さんに初っ端から食いつかないでしょ…(汗)。
新選組をあまりご存じない方の為に、かな〜り省略して(笑)解説いたしましょう…。
ペリーが黒船を率いて日本にやってきて、開国をせまってから10年…。
幕府は開国しましたが、当時の天皇は開国について許可をしておりませんでした。
どちらかというと、天皇さんは外国を嫌っていたので、反対派、と言っても良かったでしょうかね…。
そんなこともあって、日本各地ではふがいない幕府の対応に対する不満を持った人々や、外国に対する脅威に対抗しようという勢力が活発化しておりました。
外国の脅威を追い払おう、という考え方を「攘夷」といいます。
まぁ、差別用語ですけどね…(汗)。
尊王攘夷派、というのは当時の天皇に賛成して外国の脅威を国外に追いやりたいという国粋主義的な考えの人たち。
そういう人は、天皇さんの考えに賛同して京都へ集まってきた訳で…。
京都の治安は非常に悪くなっておりました。
簡単に言うと、外国に媚びへつらっている幕府の人間も、まとめて処分しちゃえ、という感じで、思想の違う両者の間でテロ行為が横行していたのですね〜。
そんな状態の京都を、いくらなんでも幕府側も放ってはおけません。
で、京都を守護する役割を近江に依頼したわけですが、すげなくお断りされてしまいまして、その任を受けたのが「会津藩主」の松平容保さん。
時を同じくして、将軍の家茂さんが上洛する予定がありまして、その警護に当たる人間を募集することになります。
京都の治安が非常に悪化していることもあって、腕の立つ人間ならば雇い入れる、という特例の措置が取られたわけですね〜。
それに参加した人の中に、水戸の浪士グループを率いる「芹沢 鴨」さんと、埼玉の剣術道場「試衛館」を率いる「近藤 勇」さんなど、後の新選組主力メンバーになる人たちが含まれていたわけです。
その数、総勢234人☆
まぁ、実際その集団の音頭をとっていたのは「清河 八郎」という急進的尊王攘夷運動家さんでした。
彼を中心として、身分に関係なく腕の立つ人間が集められて江戸の小石川から京都へ向けて、234人の浪士隊が出発したのです☆
清河さんには、上洛を利用して攘夷思想の持ち主を京都に集め、更に倒幕運動に燃えようという隠された意図があったのですけどね…。
で、彼らが送り込まれたのが、この壬生の地なのでした☆
当時の壬生は田舎というか、壬生菜の畑ばかりが広がるのんびりしたところで、将軍様が逗留されている二条城までは建物もなかったらしく、すぐに駆けつけることのできる場所だったそうです。
しかも1kmほど離れた所には、島原という歓楽街もある、と…(笑)。
身分は武士でも、職業は農家、という郷士の家が沢山あったこともあって、沢山の浪士たちを宿泊させる場所が提供できた、ということも利点だったようです。
さて。京都へ到着した隊士たちですが。
清河さんは到着してすぐに、隊士たちを集めて、今こそ尊王攘夷の為に立ちあがろう、と熱弁をふるって彼らを扇動します。
幕府に雇われてお金もらって来たくせに、朝廷に上奏文を提出して、朝廷側についちゃったのだな…。
まぁ、支度金は予想以上の数に膨れ上がった浪士たちの所為で、かなり目減りしたらしいですけど…。
清河さんという人は、非常に弁の立つお人だったようです。
ほとんどの人間がそれに与する中、少人数ながらも「元々は幕府の要請によって招集された人間が、それに背くのは如何なものか?」と疑問を発したのが、芹沢鴨さんや近藤さん一派だったわけで…。
結果的に浪士組は2つに分裂してしまいます。
折角雇い入れた浪士たちが、幕府側ではなく朝廷側に寝返ったこともあって、幕府側は即刻、危険思想の持ち主で腕の立つ人間の集団と化した彼らを、京都から追い出そうとします。
そりゃ、新たな火種を入れる必要ないもんね…(汗)。
折角京都に到着したのに、芹沢さんや近藤さん一派を残して、ほとんどの浪士たちが江戸に戻ってしまうんです。
ですが、折角青雲の志を持って上洛した水戸の浪士たち&試衛館のグループはですねぇ…。このままおめおめと故郷へは帰れません☆
そこで。
京都守護職にあった松平さんにお願いして、そのまま京都の警護に当たることができるように、とお願いに行くのです。
人手の足りなかったことも手伝ってか、それが許されてとうとう「新選組」が発足したのですねぇ☆
正規雇用とはやや違う感じでしたが(笑)、守護職預かり、となって一応就職活動に成功した、って感じかな?
芹沢 鴨、という人は元々身分が武士ですし。
文武両道に長けたお人でもありました。
スケールの大きい人だったようですね☆
それに引き換え、近藤さんは人望に篤いとはいえ、身分は庶民なわけで…。
知らず3台巨頭体制となった壬生浪士組中心役となって、筆頭局長を務めることになったのが芹沢さんなのでした。
ですが、お給金も大体今で言うなら15万円くらい、という薄給だったので資金繰りに苦慮していたようで。
あちこちに恐喝まがいの借金をしたり、人のお妾さんを寝とったり、まぁ、色々大きなことをしてしまった芹沢さん一派…。
当初、京都の人たちは壬生浪士組を略して「壬生浪」と呼んでいたのですが、あまりの狼藉ぶりに「壬生狼」と蔑称で呼ぶほどの悪さだったそうで…。
会津藩からも目障りに思われて、暗殺処分されることになってしまうのです…(汗)。
それから以後は、試衛館メンバーが中心になって皆さんご存じの「新選組」が組織されていくわけです。
新選組って、活動していて亡くなった隊士って50人ほどいるんですが。
戦闘などで亡くなられた人って20人くらいなんですよね…。
30人ほどは「局中法度」と通称呼ばれている(実際はそう言われてなかったという説もアリ)、隊則に違反して処罰&切腹させられちゃった人なのだ…(汗)。
壬生塚には、そんなこんなで亡くなった隊士たちのお墓や慰霊碑が建立されているのでした☆
しかし、お年寄りから若いのまで。
客足(?)が絶えないんですねぇ…。
流石人気あるだけのことはある…!
こちらには、新選組の絵馬が売っていまして。
お願い事を書いたりして、吊るすこともできるんですよ☆
浅葱色に染め抜いた羽織がイメージされていますが。
浅葱色って切腹の時に着る袴の色なの…(-"-)!
いつでも死線に立つ気持ちで臨め、ってことなんでしょうか…(汗)。
これは実際に使用されていたと思われている時期って、かなり短かったらしいです。
そりゃ、目立ってしまったら意味ないもんね…(汗)。
実際は黒づくめの怪しい身なり(笑)だったとか言う話もありますよ…。
しかし、絵馬が笑えました!!!
なんで、沖田さんとか土方さんは呼び捨てで、斎藤さんだけ「さん」がついてるんだ?
皆、色々お願いに来ているのね〜…。
勿論、新選組隊士たちの冥福を祈る絵馬も多くありました(笑)!
絵馬の横には、近藤局長のお姿が…☆
因みに、うちの親戚のお姉ちゃんは通っていた高校が近かったので、毎日近藤局長の胸像に挨拶していたのでした。
当時はタダだったもんね…。
その脇には、暗殺された芹沢 鴨さんのお墓も…。
お酒に目がなかったらしい、芹沢さんのお墓には、常にお酒が絶えることなくお供えされているらしいです…。
壬生寺にはこういう遺跡が残っているんですが、根強い新選組ファンの人々の熱意で非常に綺麗に整備されているのが印象的♪♬♪
今回は時間がなくて、壬生寺周辺にある「八木邸」と「前川邸」だけ観光して帰ってきたんですが、今度は池田屋騒動の跡地とかも行ってみたいなぁ…。
まぁ、あの辺繁華街なんで、バイクで行くのも微妙だけど……。
ってことで。
明日は(えっ、まだ続くの?!)八木邸と前川邸のお話を〜(笑)。
だって、きよこは新選組好きなんだもん!
きよこのブログだし〜。
新選組の話が濃くなっても、そりゃ、仕方ないでしょ(爆)!
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