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なんじゃ、このタイトルは?
と思われた人、それ、正解です…(笑)。
変なタイトルになってるなぁ…(¬_¬;)!
今日は先発予告した通り、日曜日の京都超プチツーリングで訪れました京都は壬生でのお話パート2なのでございます☆
新選組が好きなきよこですが…。
かなり年季が入っておりまして(笑)。
小学校低学年の時点で、もう既に土方さんや新選組を愛していたという古株なのでございます…❤
しかし、京都には親戚があるとはいえ、四条大宮からすぐ、という立地の壬生寺に行くチャンスが中々なかったのです。
だって、うちの家族が京都に行く時って、大抵車でしょ?
壬生寺の周辺は1車線(しかも一方通行)の生活道路しかないですし、駐車場も今みたいなコインパーキングなんて気の利いたものが出現しておりませんでしたので、小さい頃から行きたいと思った場所でも、意外に行けていないのが現実です。
京都って、観光地ですが車での観光には適してないんだよね…(汗)。
ですが。良く考えれば!
バイクの機動力&省スペース性をもってすれば、行けないこともないのでは…?
と、今回ようやく念願の壬生寺に行くことができました♪♬♪
何度も何度も、地図でその場所を確認してきた過去がありますので(笑)、今回は全然地図なんぞ必要ないという、用意周到さ(?)!
さて、壬生寺をしっかり堪能しまして、その次に向かったのが…。
壬生浪士隊が駐留していた郷士の武家屋敷!
「八木邸」でございます!!!
壬生寺のちょっと先、四条通の方に進んだところに八木邸がございます。
今現在のご当主さんは15代目!
和菓子屋さんを営んでおられるのです☆
この八木邸は、公開されておりますので中を見学することができます♪♬♪
ほら、ちゃんと「新選組遺跡」って表示されているでしょ(笑)?
昨日の記事でも色々ご説明しましたが、この八木邸。
小石川から到着した浪士隊が、分散して宿舎にしていた地元の郷士の邸宅なのですね〜。
しかも、これは本当にただの偶然なのですが。
その後、分裂してほとんどが江戸に帰ってしまう浪士隊の中、京都に残り、新選組として活動したメンバーが、何故かこの八木邸に宿泊していた、というのも面白いところです☆
まさに、新選組発祥の地、といっても良いでしょう☆
八木邸に入るには、1000円の入場料が必要になりますが…。
この「鶴屋」さんの誇る和菓子とお抹茶もいただける、というオマケがついてきますし、なにより内部で邸内の案内をしてもらうことができるという、ガイド付き!
なので、あまり高いお買い物にはなりません…(笑)。
中に入りますと…。
当時の建物がほぼそのまま大事に保存されておりまして、往年の雰囲気を味わうことができるんですねぇ〜♪♬♪
因みに、建物内部は撮影禁止の為、ここからは説明だけになります!
中に入りますと、二間続いて畳敷きの部屋になっておりまして。
襖は取り払われておりますので、一つの広い和室という感じになっております。
昨日記事でご紹介したように、浪士隊が江戸から京都に到着してすぐに、尊王攘夷派と幕府側についたグループとの間で分裂が発生しまして、偶然にもこの八木邸に宿舎を構えていた浪士隊メンバーだけが京都に残りました。
それが後に新選組となるグループなのですが…。
会津公お預かりの身となった彼らではありますが、正式に幕臣となったわけではなく…。実際のお給料も今で言うなら15万円くらいの手取りだったとか。
それで、命懸けて働け、というのですから、志なくてはやっていけません。
しかし、武士は食わねど高楊枝、という訳にもいかず、資金繰りには非常に苦慮していたようです。
そんなこともあって、金策が目下最大の案件となった彼らでしたが、その時に横暴を繰り返したことが仇となって、グループのまとめ役を務めていた「芹沢 鴨」さんは上層部から処分される運命となってしまいます。
やりすぎてしまっては、出る杭が打たれてしまうのも当然でしょう…。
ツケでお買い物しても代金を支払わず、それどころか刀を振り回して債権回収に来た人を脅したり。
債権回収にお妾さんを寄越せば、女好きの芹沢さんがレイプしてしまったり、とあこぎな真似を繰り返していたのですから、仕方ないといえば仕方ないのかも…。
元々近藤勇を筆頭とする試衛館(近藤さんがやっていた剣術道場)メンバーは、腕こそ立つものの身分は一般庶民にしかすぎません。
その点身分は武士である芹沢さん達が、八木邸の奥座敷に住まうことになっても、近藤さん達は玄関近くの下屋敷に居を構えるようになっていた、とか色々差別をうけてはいたようですね…。
また実際に、剣術の腕前にしても、芹沢さんは非常に強い人だったようで、彼らの力をもってしてもそれを簡単に抑え込めるようなものではなかった、という現実的な要素もあります。
局中法度、と呼ばれている隊則ですが、それを制定したがために、仲間内での私闘をすることも出来なかった、試衛館の面々…。
かなりストレスがたまっていたことでしょう…。
そんなある日、とうとう会津公から「処罰」の命令が!!!
ということで、試衛館メンバーはお酒が大好きな芹沢さんを宴会に誘い出してべろんべろんに酔っ払わせ、宿舎に戻って寝ているところを情婦ともども始末してしまうのです。
八木邸内部に入ってその説明を聞くと、位置取りなどが非常に分かりやすく、襲撃現場、殺害現場をその目でみることでどのように彼らが動いたのかも、理解しやすかったですねぇ〜♪♬♪
玄関を入ってそのまま直進すると、中庭に出るんですが。
上がってすぐの二間続きの部屋こそが、芹沢さん達が寝ていたお部屋。
先程お写真でご紹介した和菓子屋さんの建物、あちらの方が昔土方さん達試衛館のメンバーが宿泊していた棟なんだとか。
つまり、中庭を通って、暑い最中の9月18日(旧暦だからまだ暑い)、試衛館メンバーがここで、芹沢さん一派を殺害したわけですね…。
因みに、お庭は撮影許可貰いましたよ(笑)!
芹沢さんが寝ていた場所がお庭に面した上座の位置で、そこからすぐ縁側、お庭となっております。
つまり、きよこが撮影している縁側は舞台のまさに現場なのです!!!
畳や天井などは勿論張り替えたりして、当時とは変わっておりますが、欄間だとか梁だとかは当時のままだと聞くと、いやがおうにも盛り上がるテンション☆
芹沢さんが寝ていたお部屋のお隣には、八木家の奥様とお子さんが寝ておられたそうなのです。
芹沢さんは襲われた時、一太刀二太刀受けてもなお、応戦してそのお隣の部屋に逃げ込んだそうで…。
ただ、縁側に面した場所に、ご当主の文机が配置されていたのですが、そちらに躓いて転倒、そこでとどめを刺されて絶命したそうな…。
その奥の間に面した縁側の柱には、刀傷が数か所残っておりまして…。
低い位置の刀傷こそ、人の手によって摩耗してしまっておりますが。
振り上げて上段からの一太刀を浴びせた際についたのであろう、刀傷はかなり鮮明に残っていましたよ♪♬♪
刀傷のある柱の前から撮影したお庭の様子。
井戸が残っています…。
暗闇の中の出来事ではありましたが、寝起きを共に、つまり生活を共にしていた奥様はその仕草や立ち居振る舞いから、後に襲撃した人たちの推測をしております。
書物などの資料によると、色々諸説があるようですが。
奥様のお話だと、襲撃した人は5人。
土方 歳三さん、沖田 総司さん、原田 左之助さん、山南 敬助さん、斎藤 一さんだということで…。
多分、ってことなので、諸説色々ありますけどね〜。
永倉 甚八さんが残した顛末記では違う人になってるし…?
原田さんは、槍の名手として有名ですが、この時は刀を佩びていたそうな…。
試衛館メンバーが宿舎にしていた棟(和菓子屋さん)が、お庭からは見えます。
係員のおじさんのお話を聞いたりして、その空気を満喫した後は…。
その「鶴屋さん」の和菓子が待っています〜♪♬♪
鶴屋さんの名物、といえば。
壬生菜を混ぜ込んだお餅であんこを包んだ「屯所餅」が有名です!
ただ、日持ちしないので(賞味期限は4日間…)、贈答用には微妙ですが…。
美味しいんですよ☆
八木邸を後にしまして、はす向かいにある「前川邸」に向かいます。
ここは内部を公開していないので、外側と、お土産屋さんになっているところだけしか見ることが出来ません。
見取り図こそ置かれておりますが…。
実際に観られないのが、ちょっと悲しいですねぇ…。
この前川邸で、山南さんが切腹したんだけど……。
今では、お土産物が売っております。
ちょっとだけ、模造刀の「和泉守 兼定」が欲しくなりました…(笑)。
バイクなので諦めたけど…。
土方さんの刀だもんね〜
まぁ、近藤さんの虎轍とか沖田さんの菊一文字説は胡散臭いけど…。
因みに、佳織さんの大好きな沖田さんとか斎藤さんの模造刀も売ってます!
斎藤さんの「池田鬼神丸 国重」もあったよ♪♬♪
色々グッズは売っているんだけど、バイクだと限界が……o(TヘTo)!
こんな感じで、壬生寺の周辺を満喫し、愛しのケニー様に会うため、RSタイチへと旅立ったきよこですが。
いつか、新選組のゆかりの地を訪ねるツーリング、したいですねぇ〜❤
歳さんを愛するきよこが、今。
一番行きたい場所…。
それは。
函館奉行所…(笑)。
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2011年09月28日
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