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【「源氏物語」を読む】
「源氏物語」である。
世界に誇るわが国最古の長編小説、400字詰め原稿用紙にして約2400枚、登場人物約500名、詠まれる歌は800首弱、今を遡ること1000年以上前に綴られた王朝物語である。
なぜ五十の半ばにして、今更のごとく「源氏物語」にトライしようと考えたか、そこには以下のようなわけがある。
① とにかく長編好きのおっさんなんで長編小説が読みたい
② じじいになって随分と考え方が保守的になった
③ 日本人の素養として「源氏物語」を読んでおくことが肝要ではないか、万が一異国の方々から「源氏物語」について質問を受けたときに、ここぞとばかりにしたり顔で薀蓄(うんちく)を垂れたい
④ 敬愛する谷崎潤一郎や三島由紀夫といった文豪は古典に造詣が深かった、そして
⑤ 今上陛下の生前退位の御意向
と、われながら浅はかだよな。
本稿は古典オンチの私が「源氏物語」を読もうと無謀な試みをした、ある意味とんちんかんな備忘録である。
【なぜ谷崎源氏なのか】
よほど教養のある方や専門家を除いては「源氏物語」を原文で読み、その物語を味わい理解することはおそらく不可能であろう。そこで現代語訳の登場となるのである。
「源氏物語」の現代語訳は与謝野晶子や寂聴先生、円地文子や田辺聖子、最近では橋本治などあまたあるが、私としてはやはり谷崎潤一郎にこだわった。理由は簡単である。谷崎潤一郎が大好きなんです。
わが国屈指の美文の書き手であり、かつあわや変態一歩手前の独特の女性観を持つ谷崎潤一郎が、文字を研ぎ澄まし、いかに「源氏物語」を綴るのか、これは一介の谷崎潤一郎ファンとしては外せないはず、そう思うのはまさに必然。
ところがである。
本作「潤一郎訳 源氏物語」は原文の携える典雅な雰囲気やいわゆる「もののあはれ」を損なうことなく翻訳したものであるために、かなり難読である。口述筆記ということもあり、話し言葉で綴られているせいか主語や主格が伴わないことも多く、使用される敬語でそれを推し量る作業も必要となってくる。
ちなみに私は高校時代、大の「古文」嫌いであった。「古文」の授業中は大好きな彼女を夢想して爆眠していることが殆どだったし、大学受験のときも「古文・漢文」の類は超が付くほどの苦手科目であった。例えば英語を勉強するのは、「海外旅行で不自由しない」、「ワールドワイドなビジネスマンになる」、「金髪女性を口説く」等、色々なシーンで役に立つのだろうことは幼稚な頭でもなんとなく想像はできたし、場合によっては邪(よこしま)なモチベーションもわくのだが、なぜ今はもう話すことも書くこともない「古文」をこんなにも苦労して修行しなければならないのか、その意義がわからなかった。今でもその考えはさほど変わらないと言っていい。
しかし、そんな私でもなんとか本作「潤一郎訳 源氏物語」を読了できたのは、ナオミちゃんにかしずき、なよやかな足に踏まれて歓喜する谷崎潤一郎の、まさに匠の技のおかげであると言っても過言ではなかろう。読ませます。さすがだわさ。
【源氏物語のものすごく大雑把な概要】
全54帖(章)、光源氏とその子孫や関係者が繰り広げる約70年に渡る一大絵巻である。光源氏は当時の帝と側室との間にできた子供で、その側室が大した身分でなかったことから臣籍降下して、「源氏」という姓を名乗り活躍するわけだが、①とにかく美しい、②歌を詠ませれば超一流、③楽器もお得意、④蹴鞠もお得意、⑤おまけにいい匂いがする、と今で言えば超が付くイケメンで文武両道ハイスペ、家柄も申し分なしといったところなのであろうか、とにかくtop of the world級の男なわけである。
当然女性関係も甚だあっぱれなわけで、今で言う未成年不純異性交遊などなんのその、殆ど幼児略取ともとられかねない荒業をこなすかと思えば、一方で熟女にも手を出し「もののあはれ」を感じる粋な男。相手は美女であろうが醜女であろうがとにかくマメ。極めつけは義母と関係を持って子供まで産ませたり、次代の帝の側室と関係を持ち、それがバレて都を追われたかと思うと、追われた地でもちゃっかりいいひと見つけてしっぽりと、まあ何でもありなわけである。「源氏物語」のこれが前半といったところだろうか。
とにかく破茶滅茶な女性関係を築き、種をまき散らしたにもかかわらず、あまり子宝には恵まれていないのが実に印象深い。前述の義母に産ませた男児(後の帝)、ライバルでもある要職につく友人の妹との間にできた男児、都を追われた地(明石:美味いタコで有名)で知り合った女性に産ませた女児と意外に少ない。こうした直系の子供たちが光源氏の血筋を引いて王朝での地位を固めて繰り広げる人間模様が「源氏物語」の中盤になる。ちなみに光源氏のあまたいる側室の一人が、彼女に一方的に恋い焦がれた男に手籠めにされた結果、男児を産むことになる。源氏自身も義母との許されざる関係から子供を産ませたことと思いをだぶらせて「もののあはれ」を感じるのである。ある意味、「もののあはれ」で済んでしまうところが、現代では到底考えられないのっぴきならぬシチュエーションで、実に平安朝である。
琵琶を奏でながら突入する光源氏の孫の図
そして終盤。
男冥利に尽きる人生を全うした光源氏は出家した後に亡くなる。わが国史上最強のイケメンがお隠れになる詳細は綴られていないところが小市民的にはちょっと拍子抜けではあるが、それこそ無粋というもの、じっと我慢して読者は「もののあはれ」や「諸行無常」を感じなければならないのである。
しかし一大絵巻はこれでは終わらない。光源氏直系の女児が成長、其時の帝との間に産んだ男児と、手籠めにされた光源氏の側室が産んだ男児が繰り広げる恋の鞘当て大合戦を綴ったのが、有名な「宇治十帖」である。一方は光源氏の孫なわけだが、これが爺さんの血を引いたこともあり、お盛ん大好きなお方なのである。
「宇治十帖」はちょっとしたドンデン返しがあったりと、前半、中盤とは趣が異なり一気に畳み掛ける疾走感が実にええ感じなのである。
以上が「源氏物語」のものすごく大雑把なあら筋である。
【谷崎源氏のあてにならない読み方ガイド】
さて、本稿も終盤である。ここで難読「潤一郎訳 源氏物語」を読破するためのコツというか私なりの浅知恵を披露したい。
まず、原文の趣を崩さずに現代語訳を試みていることが本作を難読たらしてめいることは事実である。形式的には主語・主格が省かれている場面が多々あるが、これは前後の文脈と敬語の使い方で「誰が何をした、言った」かを判断せざるを得ない。それでも、往々にして話の内容がわからなくなった場合は、「青空文庫」の与謝野晶子訳をチラ見しながら、筋を追うこととした。
主人公の心理情緒面の描写も詳しくは翻訳されていない。そこはむしろ谷崎潤一郎の文筆家としての面目躍如である。「全部をあからさまにせず、文意を味わう」ことが日本語の美点の一つとしていることから、ほのかな残り香をクンクンするように雰囲気を味わうように心がけた。簡単に言えば妄想である。
系図や相関図は自分で描こうとしてはいけない。これは素人には正直、無理。ただし、系図や相関図がないと読みこなせないこともまた真実。そこで私は「3分で読む源氏物語」genji.choice8989.info/の系図・相関図を各帖ごとに参照し、理解を深めた。また、各帖を読んだあとに自らの読み込みが正しかったか否かを確認するためにもこのサイトを活用した。
読み進んでいってわかったことだが、当時は高貴な身分の女性と男性とが直に顔を合わすことは、余程の深い関係にならなければ、ありえないという驚愕の事実である。目当ての女性がいても、まず下女を通して話をするとか、簾越しに話をするとか、簾を上げて部屋に入っても几帳越しに話をするとか、几帳を乗り越えて突進しても扇子で女性が顔を隠しているとか、どんだけ面倒臭い手続なのか、それも「もののあはれ」として読者は味わう覚悟を強いられるのである。
上述したことに関連するが、スマホやLINEがない当時の男女のコミュニケーション手段は和歌になる。実はこれが結構厄介だった。本作では一応すべての和歌に注釈が添えられているが、私のような即物小市民には理解しがたいやり取りが多く、目をしょぼつかせながら読んだ。
どうも気になる女性がいる、和歌を詠み相手に送る、相手から返歌がある、脈ありということで簾越しに話しかける、また和歌を詠む、返歌がある、簾を上げて部屋に入る、また和歌を詠む、返歌がある、そして几帳をなぎ倒して突入、初めて容姿を拝む…実に「もののあはれ」である。
ちなみに女性は気に入らないと返歌しない。いわゆる「既読スルー」である。
乳繰り合う男女の様子に聞き耳を立てる下女二人
歌を詠んで送るにしろ、返歌するにしろ、間に下女や部下が介在し手渡しする場面が非常に多い。当然覗き読みする。几帳越しに何やら艶めかしい声も聞こえてくる。要は公然の秘密となるわけで、特に年頃の姫君に仕える女性陣は位の高い男性からのメッセージには敏感になり、かしましくなる。彼女たちにすれば仕えている姫君がうまく契りを結んでくれればよりハイセンスな場所に住める、いい貢物に与れるといったところだろうか。
【最後に】
以上、長々と駄文をしたためたが、谷崎潤一郎という文豪は生涯三度も「源氏物語」を翻訳している。どれだけ「源氏物語」に入れ込んでいるのかと思うや、意外にも本人はむしろ「源氏物語」を嫌悪していたとの説もある。私の読了した本作「潤一郎訳 源氏物語」は新々訳、つまり最新訳だが翻訳されてから既に50年以上の歳月を経ている。いやはやこれもある意味「古典」だわさ。
新々訳に寄せて序文で語る谷崎潤一郎。
「谷崎源氏が依然として旧態を墨守(ぼくしゅ)し、そのために若い読者層から疎んぜられているとすれば、翻訳者の私はやはり寂しい。私とすれば一人でも多くの人に谷崎源氏を読んでもらいたいのが本心である。それでなければせっかくの仕事の意義がない」
好事家のおっさんにおかれましては、是非「もののあはれ」を味わって頂ければと。
妖艶な平安雅を現代に甦らせる匠の技巧に悶絶、魅せられますことギャランティです。
Junichiro Tanizaki
1886 - 1965
余裕の腕組み
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熱のこもった解説ありがとうございます。
2017/3/29(水) 午前 0:02 [ しっぽな ]
しっぽなさん
ちょっと熱く語り過ぎました。
2017/3/29(水) 午前 7:17
美味いたこ…
明石のたこは有名ですものねぇ〜
手元に紐解く資料を携えながらの読了、ゲームのようですねぇ(ФωФ)
たこが食べたい。
2017/4/2(日) 午後 5:16 [ まっちゃん ]
まっちゃん
タコはやっぱり北斎だわさ(=゚ω゚)ノ
2017/4/2(日) 午後 5:58