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シェフのフライロッドの世界
フライロッドに魅せられた偏狭的コレクター男の戯言

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Sewell Dunton (スーウエル・ダントン)

彼はいわゆるほかのロッドメーカーとは異なるメーカーですが、バンブーロッドの世界においては
長い間メジャープレーヤであったため、彼のロッドを目にしている人はおおいいはずです。

ダントン氏は1918年にハーバード大学を卒業し、ボストン地方裁判所の破産管財人の職につくまでは
金融の世界に身をおいていました。

1929年にMontague Rod & Reel Companyの管財人になった彼は、マサチューセッツ州西部に移り住み
ます。Montague社は更正し、ダントン氏はそのまま財務担当として雇われました。

1955年にTrue Temper社がMontague社を買収することになったとき、儲かりそうもないと判断された
バンブーロッドのオペレーションは停止することとなりました。そこでダンドン氏がバンブーロッド
事業を買い上げ、Sewell N. Dunton & Son Companyという名前で新しくショップを開きます。

最近日本でも盛んな企業再生、マネジメント・バイアウト、そしてスピン・オフなど新聞でよく見かけるような言葉がダントン氏にも当てはまりますが、何のことはなく、これは伝統であるバンブーロッド・
ビジネスを継続していこうと言うひとつの姿勢の表れと考えるべきでしょうか?

以上の話しでも推測がつくとおり、ダントン氏はビルダーではなく、ビジネスマン、ないしは経営者
だったわけです。ではSewell N. Dunton & Sonの主な職人は誰だったかというと、息子さんの
Swell N. Dunton Jr.ほかThomas & Thomas 時代まで残ったGeorge Katsar氏等です。
息子さんは破綻する以前からMontagueで働いていたこともあり、親父さんが乗り込んできて会社を
再建し、息子さんの職場確保のためにバンブーロッド部門を買収したとも解釈できます。

このダントン父はすごかった。1950年代はグラスロッドの勃興期で、どのメーカーもバンブーロッド
のオペレーションを捨ててグラスロッドの設備投資へ傾斜していました。そこで、父は各社から
バンブーやブランクを買い漁ります。Montague社のはもちろんのこと、Horroks−Ibbotsonや
Union Hardwareからも、そしてトラック5台分をSouth Bend社から。

ご存知のとおり、Sewell N. Dunton & Sonはその後ダントン氏の引退に伴いThomas&Thomas
(Tom DorseyとTom Maxwell)に売却されます。Montagueがあり、Duntonがあって、はじめて
Thomas & Thomasが存在し得たのです。そしてMaxwell Leonardもしかりです。

写真のロッドは Dunton Premium 6.5ft #5

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