葉隠れ(通報されるくらいに・・・)

去年2台減って18台・・・今年こそ何とかしなければ。。。

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何気にシトロエン好きです。

CX・XMと乗り継ぎ、密かに「いつかはSM」と憧れておりました。。

「DS」まではとてもとても・・・と思っていたのですが、ひょんなキッカケで。。。

う〜ん、何とも謂えず、、、良いです。。

ちなみに厳密に言えば「DS」の廉価バージョンの「Dsuper5」というグレードです。。


コラムAT、、、まるでタクシーのような動力性能。。

フカフカソファーのようなシート、、プラスチッキーな内装。。

微?絶妙な乗り心地、謂われているほど良いわけではない・・ホイールベースが効いてるゆったり感。。

手放しOKの直進性、、ボタンの様なブレーキ、、おちゃめチックな「取説」。。

そして何よりも・・・宇宙船?変態チックなビジュアル、、オタク系スーパーカー??


「これだったんだ」って感じで「お気に入り」です。。


来た時はボロだったのですが手を入れたくなってしまい・・・

全塗装〜フレーム補修〜機関整備まで・・・

現在、取敢えず絶好調です。。



車両詳細〜


シトロエン・DS(Citroën DS )は、フランスの自動車メーカーであるシトロエンが1955年に発表した前輪駆動の大型乗用車である。

宇宙船にも譬えられた流線型の未来的スタイリングに、エア・サスペンション(および変速機等の多くの附属機器類)を油圧遠隔制御する「ハイドロニューマチック・システム」を搭載した、野心的設計の自動車である。

あまりに常軌を逸したアヴァンギャルドぶりから、登場時には「10年後の車」「20年進んだ車」と言われたが、実際1955年から1975年までの約20年間、フランス車の最高級レンジを担うモデルとして第一線に在り続け、アップデートを繰り返しながら(派生形の「ID」等も含めた)合計で、約145万5,000台(うちフランス本国生産は約133万台)が製造された。本項ではDSのほか、派生形である「ID」についても記述する。

沿革
彫刻家からシトロエンの社内デザイナーに転身したフラミニオ・ベルトーニがデザインを担当し、その度外れて大胆なボディ・スタイリングに起因する強烈な存在感と、自動車設計の理想を徹底追求した結果の極めて異例である複雑機構[要出典]によって、機械工学や工業デザインの面はおろか、社会文化面からも興味深い研究対象とされてきた。[要出典]哲学者ロラン・バルトが、発表されて間もないDSを取り上げた一篇の批評「新しいシトロエン」を残したことはよく知られる逸話である。

車名「DS」は、フランス本国では「デ・エス」と発音される。その正確な語源は「開発コードの省略形」とも「Désirée Spéciale」(特別な憧れ)の略とも言われるが詳細は不明である。しかし「DS」が、全く同じ発音の「女神」という意味のフランス語「déesse」(デエス)を意味しているという説も根強い。その名に相応しく、発表後50年以上、製造終了後30年以上を経て、なお世界各国に熱狂的な崇拝者・愛好者が多数存在する、伝説化したカルトカーである。

1999年には、全世界の自動車評論家・雑誌編集者等の意見を集めて選考された「20世紀の名車ランキング」であるカーオブザセンチュリーにおいて、1位のフォード・モデルT、2位のミニに次ぐ第3位の「偉大な自動車」という評価を受けている。多くの名高いスポーツカーや高級車を尻目にこれほどの高評価を与えられた事実は、自動車史上におけるDSの存在意義を如実に物語っていると言えよう。

だがDSについて、あまり語られないが特に重要な点は、元々はDSが、一般社会と隔絶した「超高級車」としてではなく、いわゆる「マニア」と呼ばれる様な人向けでもなく、安価な大衆車ではなかったもののごくごく一般的なユーザー向けの実用車として企画され、少なくともフランス国内ではそのように受け取られて、タクシーにさえ使われたと言う事実である。これをトヨタのラインナップになぞらえれば、DSは限定生産高級車のセンチュリーではなく、またかつての少量生産高性能車の2000GTでもなく、それらよりは、一般向け上級車として遙かに多数が量産されたクラウンのような存在であったと言えよう。そうした車に、このような理想主義的かつ高度な設計を用いたことは、DSの高い理想主義と、シトロエンの見識の具現とも言える。

前期形
ベッキアは次善の策として、トラクシオン・アヴァンエンジンを徹底的にアップデートすることで必要な性能を得ようとした。元々ベッキアは1941年にシトロエン入りする前は、高級車メーカーのタルボ社に在籍しており、高性能レーシングカーのエンジン設計にも携わっていた。そのノウハウを活かしたアップデートの内容は、いかにも1930年代-1940年代の高性能車用エンジンを連想させるものであった。

すなわち、1911ccエンジンのブロックと排気量はそのままだったが、旧来のヘッドに代えて新しいアルミ製ヘッドを与えた。新しいヘッドは動弁機構こそOHVのままだが、ダブル・ロッカーアーム式として吸排気弁を対称配置したクロスフロー型にし、燃焼室を半球形状として燃焼効率を大きく高めた。更にウェーバーの2ステージ・キャブレターを装着した結果、DS19用エンジンの最高出力はグロス値75ch/4,500rpmにまで向上した。これはトラクシオン・アヴァン15CVの2900cc6気筒(77ch)に、ほとんど匹敵する性能であった。重量差を考慮すればハイドロ・ニューマチック用オイルポンプ分の動力損失を差し引いても優位性を得たことになる。

このDS用エンジンは、既に長い実績のあるエンジンの改良であったため、完全新開発のエンジンよりトラブルは少なく済んだ。もっともそのキャラクターは、旧来からのロングストロークレイアウトの制約もあって、あくまで実用エンジンとしてのマイルドなものである。

最初のDS19の最高速度は、当初のエンジン出力がさほど大きくなかったこともあって、1955年時点では140〜145km/hに留まった。それでも従来のトラクシオン・アヴァン15CV-sixや競合他社のモデルよりは高かった。

IDも同一のエンジンを用いたが、デチューンされており、廉価型「ノルマル」で63ch/4,000rpm・130km/h、上級形「ルクス」で66ch/4,500rpm・135km/hとややアンダーパワーであった。

DSは1961年式から83chに出力を強化し、最高速度は160km/hに達している。

後期形
1966年に新たなエンジンが新設計された。直列4気筒のクロスフローOHVレイアウトは同じだが、メインベアリングを5個に増やし、ストロークをボアより小さくしたショートストローク形となって、従来よりも高速化・高出力化を実現している(DS21用で90mm×85.5mm)。

排気量は1985cc(DS20)と2175cc(DS21)の二本立てとなり、前者は103ch、後者は109ch/5,500rpmを発生するに至った。DS21の最高速度は175km/hをマークした。のち1969年にはそれぞれ108ch、115chに出力を向上した。

シトロエンのエンジンについて解説した文献の中には、「DSの後継モデルのCX(1974〜1989)にまでトラクシオン・アヴァン以来の古い設計のエンジンが50年以上も用いられた」と安易に記述している例がしばしば見られる。実際にはDSのエンジンがショートストロークの5ベアリング型エンジンへと完全刷新された1966年時点で明確に系譜が断絶しており、「水冷直列4気筒OHV」レイアウトのみが共通であるだけで全くの別物である。

IDは1966年に在来型3ベアリングエンジンのままで81chに強化しているが、翌年DS同様の新型5ベアリング・ショートストローク1985ccに変更、出力はDSに比して抑え気味の83chであった。

1971年、DS21には従来のウェーバーキャブレターに代えて、電子制御燃料噴射(ボッシュDジェトロニック)を装備したモデルが追加された。電子制御燃料噴射はフランス車で最初の採用である。これによってDS21は出力を139chに高める。

1972年登場の最終形DS23では、排気量を2347ccに拡大した。インジェクション仕様で出力141ch/5,250rpm、最高188km/hをマークしている。ID系(1970年以降は「D20」と改称)は最後までキャブレター仕様のみであった。

ラリーでの戦績
アンダーパワーで巨大な図体のため、ハイパワーや小回りを活かした機動性などとは無縁なDS/IDシリーズであるが、実は多くのレースやラリーに出場して好成績を収めている。前輪駆動と低重心構造によってもたらされる高い操縦安定性と、ハイドロニューマチックによって確保されるサスペンションのしなやかさは、特にラリー・フィールドにおいて大きな長所となった。

プライベーターたちの手で早くも1956年からモンテカルロ・ラリーに出場、1959年にはポール・コルテローニの、ほとんどノーマル状態に近かったID19が優勝した。1960年からはシトロエン社のワークス・チームがDSで活動を開始、優勝こそ多くなかったが多くのラリーで上位入賞する好成績を挙げた。1963年のモンテカルロで総合2位、1964年のアクロポリス・ラリーで2位など、より強力な競合チームと互角の戦績を残したことは特筆に値する。

1966年には高速型の新型エンジンを搭載したDS21が登場、ラリーにも投入された。この年のモンテカルロ・ラリーでは、パウリ・トイポネンのDS21が総合優勝しているが、実は1位から3位を独占したイギリスのBMCミニ・クーパーSが「灯火レギュレーション違反」という理由で失格となり4位のDSが繰り上げ優勝となったものである。

この時期になると競合チームの性能向上も著しかったことから、シトロエンではDSのラリー・フィールドを、北アフリカ等での耐久レースに移行させることにした。もともと長距離走行を得意とするDSは、モロッコ・ラリーなどの過酷な環境でタフネスさを発揮した。

1969年には、DSの全長をホイールベースともども強引に大幅短縮し、低いルーフのクーペボディを与えた軽量なスペシャルが製作された。このDSクーペは、1969年のモロッコ・ラリーでデビューし、従来型DSと共に4位を除く1位から6位までに入る成功を収めた。DSによるラリー活動は、生産期間最終期にあたる1970年代中期まで続けられた。

カーオブザセンチュリー
1999年、自動車批評家たちの意見を集めて選考された「20世紀の名車ランキング」であるカーオブザセンチュリーで、シトロエンDS / IDは3位に選ばれた。

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