葉隠れ(通報されるくらいに・・・)

去年2台減って18台・・・今年こそ何とかしなければ。。。

車遍歴:61〜70

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いつかはと憧れていたアルファのスパイダーです。。

しかも真っ赤。。。

が、

US仕様でした。。


スタイルとは裏腹に遅いです。

かったるいです。。

たぶん観ている人達には颯爽と走っている様に観えるかもしれませんが・・・まるで牛です。。

こんなのアルファじゃないっ!!って感じ。。

でした。。


車両詳細〜

アルファロメオ・スパイダーは、イタリアの自動車メーカー・アルファロメオが1966年から製造している2ドア・オープンカーである。

初代(1966-1993年)

ポートテール時代

アルファロメオ・ジュリア(105系)のオープンモデルとして、ジュリア・スプリントGTVの1570cc109馬力エンジンを与えられて1966年のジュネーブ自動車ショーでデビュー、ジュリアの名は与えられず、「アルファロメオ1600スパイダー・デュエット」と命名された。デザインは先代のアルファロメオ・ジュリエッタ・スパイダー同様、カロッツェリア・ピニンファリーナであったが、息子のセルジオに後を譲る直前のバッティスタ・ファリーナが手がけた最後のプロジェクトであった。実際、デュエットのデザインの源流は1959年のプロトタイプ「3500スパイダー・スーペルスポルト」、1961年の「ジュリエッタSSスパイダー・スペチアーレ・アエロディナミーコ」まで遡ることが出来る。

1967年にはベースが1750に変わり、1779cc118馬力エンジンとなって「1750スパイダー・ヴェローチェ」に改称された。1968年にはGT1300ジュニアと同じ1290cc89馬力の「スパイダー1300ジュニア」が追加された。1750とはヘッドライトのアクリル製カバーやホイールキャップが無いことで識別される。このモデルは1967年の映画「 卒業」(ダスティン・ホフマン主演)の主人公の愛車として使われ、映画のヒットと共に広く知られることとなった。

カムテール時代

1970年には大幅なマイナーチェンジを受けた。最大の変化は、テールが下がった従来の「ボートテール」から、直線的な「カムテール」になったことであり、トランクスペースが拡大した。また、フロント周りのデザイン変更、より直立した大型のウィンドースクリーン、吊り下げ式のペダル、クラッシュパッドが入った新しいダッシュボードなども与えられた。

1971年には1750が1962ccの2000に発展したことを受けて、「2000スパイダー・ヴェローチェ」が1750に代わって登場した。翌1972年には1300と2000の中間車種として、1600cc版が「スパイダー1600ジュニア」として、1300と同じ簡素な外装で再登場した。1974年には一時的に、ルーフの一部のみが脱着式の「スパイダー・タルガ」が2000台弱生産された。

1300は1974年に、2000は1975年に、小さなリアシートが追加されて2+2化された。1300は1977年に生産中止された。また、1974年以降の対米輸出車には大きなゴム製の衝撃吸収バンパーが装備された。さらに、当時の技術水準による排気ガス対策により、性能も大幅に低下した。当時の日本へもこの仕様が輸入された。

1980年代

1983年、スパイダーには13年ぶりの大きなマイナーチェンジが施された。フロントグリルと一体化した大型バンパー、リアスポイラーと一体化した大型リアバンパー、大きなテールランプ、一新されたダッシュボードなどが装備された。車名は「アルファロメオ・スパイダー」に単純化された。エンジンは1570cc104馬力と1962cc128馬力の二種類があった。

1986年には流行のエアロパーツを装備し、1962cc132馬力に強化された「クワドリフォリオ・ヴェルデ」(Quadrifoglio Verde)と、シンプルな「グラジュエイト」(映画からの命名)にグレードが分けられた。シリーズ3から本革シートやエアコンも装備可能となり、既にスポーツカーとしてはエンジン・シャシーとも時流に遅れていたことから、雰囲気とスタイルを楽しむパーソナルカーとしての性格が強まっていく。

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またもや衝動買いでした。

維持費も掛からないし 何処にでも乗ってけるし 佇まい良いし 丁度良いかも・・・

で、けど、やっぱ足にするにはちょっとだけしんどい感じ。。

2スト・550cc・4速MT・ローギヤード・でっかいタイヤ・・・

やっぱ無理でした。。なんか疲れる。。。

このボディーにワークスのエンジンとAT乗せられればちょっと良いかも・・・妄想です。。


車両詳細〜

ジムニー (Jimny) は、スズキが1970年から市販している四輪駆動の軽自動車である。

構造
小型で軽量のパートタイム4WD車というユニークな存在である。小型の自動車においては、乗用車のみならずオフロード車であっても車台のモノコック化が進んでいる今日にあって、低級振動や重量増などの不利をおして、今なお強度と耐久性を重視した梯子形フレーム(ラダーフレーム)を使い続け、サスペンションも前後とも固定軸を用いるという、ジープ以来の伝統的な四輪駆動車の構成を固持する、小型四輪駆動車としては独自かつ希な存在である。

小型軽量ボディやラダーフレーム、リジッドアクスル式サスペンション、大径タイヤなどの優位性により、純粋な悪路の踏破性能では四輪自動車としてトップクラスの性能を持ち、クロスカントリー競技のベース車としても定評がある。

2000年に FR車が発売されたこともあるが、現在は四輪駆動のみのラインナップとなっている。

約40年近い歴史で細かい改良は多いものの、モデルチェンジはわずか2回とモデルライフが長いのが特徴である。このモデルライフの長さが評価され、2008年10月8日にグッドデザイン賞の中でも、10年以上にわたって同一の商品コンセプトで継続的に生産販売されている商品等に与えられる特別賞「2008年度グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」を受賞した(プレスリリース)。

車名
車名の由来はジープ(Jeep)型のミニという意味を込め、「Jeep」と「Mini」をかけあわせ命名されたものであり[1]、メーカーの公式発表でも「発音のしやすさ、覚えやすさなどから作った造語である」とされている。北米発の愛称は「Suzy(スージー)」。

軽自動車として同一車種名での歴史の長さを誇る車種のひとつである。誕生から長い間、法定費用の面で有利な軽貨物となる4ナンバー規格(商用車)で販売されており、5ナンバーの軽乗用仕様の登場は1995年からと、比較的新しい。貨物仕様は1998年に廃止された。

開発前史
ジムニー開発のきっかけは、かつて軽オート三輪の先駆的メーカーでありながら、大手に押されて自動車業界からの撤退に至ったホープ自動車(現・ホープ)から、同社が開発した軽四輪駆動車「ホープスター・ON型4WD」(1967年完成)の製造権を、当時スズキ東京社長、現スズキ会長兼社長である鈴木修が、社内の反対を押し切る形で買い取ったことに端を発する。

「不整地用万能車」とうたわれた ON型4WD は軽自動車ながら高い性能を備えた四輪駆動車だったが、ホープ自動車の創業者で ON型4WD の開発者でもある小野定良は、この設計を商業的に活かすにも、もはや自社に量産・販売能力がない実情を鑑み、大手メーカーへの製造権譲渡を決意した。ホープは同時期に遊園地の遊具開発に業態転換することで会社の命脈をつないだ。

小野は当初、ON型4WD のエンジンやパーツの供給元であった三菱重工業(1970年の三菱自動車工業の分離以前)に売り込んだが、ジープのライセンス生産を行っていた三菱からは理解を得られず、スズキに提案を行ったところ、鈴木修が「軽四輪駆動車」というユニークなプランに関心を示し、ホープ側から製造権を買い取った。資料によれば当時の金額で約1200万円程だったと言われている。

このときスズキの幹部からは「売れなくて撤退した車の製造権を買ってどうするのか」、「社長の道楽」、「もしこんなものが売れたら社内をちょうちん行列で歩いてやる」という批判があったとの話もあり、鈴木修を除いた周囲からは、期待されていなかった模様である[2]。鈴木修はもともと銀行員から自動車会社の経営幹部に転身した人物で、元来技術者ではないため、それまで四輪駆動車がいかなる物かという基礎知識すら持っていなかった。しかし、小さなONが急勾配を登坂する様子を撮影した8mm映画でその驚異的な機動性を実見し、軽四輪駆動車の実用車としての可能性に開眼したという[3]。

ごく少量が生産、販売されたホープスター・ON型4WD の組み立ては、ほとんどが手作りで、三菱エンジンのものが15台、検討用にスズキから依頼された、スズキエンジンのものが3台生産されたにとどまっている。結果としてホープスター・ON型4WD は、ジムニーのプロトタイプとしての役割を果たした。

初代第3期(1976年-1981年) スズキ・ジムニーSJ10型

SJ10-1型
1976年6月、発表。1976年の法律改正により軽自動車の規格が変更され、それに対応して、旧規格の車体サイズのまま、新しいLJ50型エンジン(水冷直列3気筒2サイクル)を搭載し、排気量を550ccクラス(539cc)へと拡大する。愛称は「ジムニー55(ゴーゴー)」となる。

幌型で向かい合わせとなる後席の居住性改善のため、幌後半の高さを増大した。

SJ10-2型
1977年6月、新規のホーシングとオーバーフェンダーにより、トレッドと車体サイズを拡幅する。 エンジンフードは盛り上がった形状となり、前端にはエアインテークが設けられた。



乗車定員 2(3) 人 ボディタイプ 幌 / バン エンジン 水冷直列3気筒 LJ50型
2サイクル 539cc 26ps/4,500rpm 5.3kg·m/3,000rpm  変速機 4MT
駆動方式 パートタイム4WD  サスペンション リーフリジッド
全長 3,170mm  全幅 1,395mm(幌) 全高 1,845mm(幌) ホイールベース 1,930mm
車両重量 675kg-710kg

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でかいのから小さいのまで見境がありません。

アルトワークスです。。かなり速いです。。面白いです。。

でも、押し出しや見得は効きません。。

・・・ちっちゃくってばかっ速い・・・とりあえづそんだけです。。

こういうのも嫌いじゃないです、、すぐ飽きて手放しますが。。。


車両詳細〜

ワゴンRが登場するまではスズキの基幹車種であった「アルト」の派生車種。

「厳しいレギュレーションの中で、つまり排気量とかスペースが制限される中で、 どれだけハイパワーのエンジンを作ることができるか。それはわれわれ技術屋に とって見果てぬ夢なのです。」あるエンジン技術者は、そう語った。
エンジニアの見果てぬ夢は、いま現実となって走り出した。TWINCAM TURBO WORKS。 このマシンの誕生は、新しいカージャンルの誕生を意味することになるだろう。

という事で登場したハイパワー軽の走りです。


平成6年〜平成10年 H系旧規格ワークス(4代目アルトがベースです。)

1994年11月にフルモデルチェンジを受けた。特に3ドア車はデザイン的に先代からのキープコンセプトでホイールベースを含むボディサイズは先代から据え置かれたが、「レジーナ」や「スライドスリム」などのバリエーションはなくなり、3ドアと5ドアの標準モデル、そしてスポーツモデルの「ワークス」のみとなる。先代はベスト・アルトのコンセプト通り大ヒット作となったが、コスト削減のためか4代目は身内であるワゴンRの影響によってやや影の薄れたモデルとなってしまった。フルモデルチェンジで「ワークス」の上級グレードの「RS/Z」のエンジンは新開発のオールアルミ製3気筒DOHC12バルブインタークーラーターボのK6A型660ccエンジンを搭載し、ECUが16ビットへ変更。最高出力64ps/6,500rpm、最大トルク10.5kgm/3,500rpmを発生。なおF6A SOHCインタークーラーターボの「ie/s」は制御用コンピューターは従来どおり8ビットを採用。ただし最高出力が64ps/6,000rpm、最大トルクが10.0kgm/4,000rpmと、先代のSOHCモデルよりも性能が向上している。

ワークスについて・・・

平成6年にフルモデルチェンジをし、現在一番多く市場に残っているワークスではないでしょうか?
この時より全てのグレードに今までオプションだったパワーウィンドーが標準装備となり、パスーステアリングももちろん標準装備されました。
特に私としましてはやはりエンジンがK6型となりアルミエンジンとなったことが大きな違いでした。
タイミングも今までのベルトではなくチェーン駆動となり、シート柄も変更になっております。
このモデルも実は平成8年式で前期後期とマイナーチェンジがあり、グリルやバンパーのデザイン・前期にはありませんでしたが、後期にはドアパネルが装着され、サイドステップのデザインも変更・リヤウィングの位置も前期は、リヤルーフ上部でしたが、後期はルーフ中央部になりました。
グレード>RS-Z:ツインカムターボフルタイム4WD|RS-Z:ツインカムターボ|IE‐s:シングルターボフルタイム4WD・2WD|R仕様(4WDでバンの競技用ベース車輌)
他にIEベースのスズキスポーツリミテットがあり、ロゴ入りシートやフロントリップ・アルミホイールなどがスズスポリミテット仕様となっております。

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初めてのアルファです。。

以前パシフィックさんのジュリアを試乗させて頂いた時の、

「踏め、踏め、踏んでくれ、踏まねえで何がアルファだっ」

みたいな感覚?がこれにも感じられました。(アルファが人気あるのはこれなんでしょうか??)

ついつい踏みたくなるほど気持ちよく廻ってくれるし、適度に音も良いし。。

街中走るのに丁度良いサイズで、充分速くて、気持ち良くて、、

しかも燃費もかなり良い。。(街中燃費10km/L位でした。)


結構気に入っていたのですが、ある日悲運な出来事が。。


ドロボーに鍵束を盗まれました。この車だけ合鍵作ってなくて。。


ディーラーや知り合いに訊ねまくった結果、


「セキュリティの関係で鍵穴からの合鍵作製は不可。コンピューターごと交換が必要。

 ディーラー費用は30万以上。中古を探しても20万近くはかかる。」との事。。


手に入れた金額よりも高い。。車検はあと少しで切れる。。

で、

前述のリンカーンと同時期に解体屋さんへ。。

流石に軽量、リンカーン3万円に比べてこちらは2万円頂きました。



車両詳細〜

アルファロメオ・155は、イタリアの自動車会社アルファ・ロメオが1992年から1997年まで製造、
販売していたセダン型の自動車。
75の後継にあたり、156にバトンタッチして引退した。アルファ155とも呼ばれる。

概要

フィアット系3社のセダン開発プロジェクト「ティーポ3」により開発されたものであるが、当初から小型ハッチバック開発プロジェクト「ティーポ2」と共に進められ、基本骨格の共通化図られた。
そのためフィアット・ティーポとシャーシを共有するフィアット・テムプラ、ランチア・デドラとは兄弟車種にあたり駆動方式も基本的にFFである。
ボディはセダン型のみで兄弟車種のような多彩なラインナップとは無縁であった。操作系に関しても、MTのみで生涯を通した。
当初はATも投入する予定であったが、DTM参加によるレース車両開発が影響し断念した。
イタリア・ツーリングカー選手権やDTM、BTCCなどレース用車両としても使われ、1992年にはイタリア・ツーリングカー選手権を制覇し、1993年にはDTMを1994年にはBTCCを制している。

デザインは、内外装共にイタリアのデザイン会社I.DE.Aが担当した。イタリア・ツーリングカー選手権用に開発されボディ下半分の形状が異なるGTAはイタリアのデザイン会社シンテシス・デザインが担当した。

販売的には兄弟車種との差別化が不十分とみなされ、余りふるわなかった。

日本での155

日本では1992年に発売。フィアット・テムプラは輸入されておらず、ランチア・デドラは不人気で台数が出ていなかったため、十分個性的と受け止められ、他の国と異なり、日本での販売は良好であった。
日本仕様車はオールアルミ製2リッター直列4気筒・DOHC8バルブエンジンを搭載した2.0L ツインスパーク8Vと、デルタ・HF・インテグラーレのエンジン(2リッター + ターボ)と四輪駆動の駆動系を移植したQ4の2種類。1993年にABSを、1994年にはエアバッグとサイドインパクトバーが装備された。
尚、ヘッドライトは本来、プロジェクター式であるが、当初は運輸省の認可が下りず、1992年に販売された物にはハロゲン式が装着されていた。
(1993年1月に認可が下り、その際にキャンペーンとしてプロジェクター式に換装された)

1995年に大幅なマイナーチェンジを受け、全車ワイドボディーとし、各グレードにラグジュアリー仕様のスーパーとスポーティ仕様のスポルティーバが設定された。
(これに合わせ、それまでのボディーをナローボディーと呼ぶ)
同時に2.0L ツインスパーク8Vは、鋳鉄製のフィアット系モジュラーエンジンに伝統のツインスパーク仕様のシリンダーヘッドを搭載、マルチバルブ化した2.0L ツインスパーク16Vに変更された。
日本仕様車は2.0L ツインスパーク16Vスーパーとオールアルミ製2.5リッターV型6気筒のエンジンを搭載した2.5L V6スポルティーバ、及びワイドボディー化されたQ4の3車種となった。
(Q4はその後、販売台数の減少に伴い、廃止となった)
また、1996年には2.0L ツインスパーク16Vスーパーに変えて2.0L ツインスパーク16Vスポルティーバが導入された。 その他、限定車として1996年に250台限定のV6リミテッドバージョン(2.5L V6スポルティーバをベースにツェンダー社製エアロパーツ、レカロ社製シートを装備。ホイールを白色。
ボディーカラーはアルファ・レッドのみ)、1998年にはさようならの意味を持つ最終限定車(それぞれのベース車にシリアルプレートを付けた物)としてV6-250台、ツインスパーク-500台が販売された。

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リンカーン コンチネンタル シグネチャー りんかーんこんちねんたるしぐねちゃー

この名前だけで買った値段分(58000円)の価値がありました。

良くも悪くもアメ車 とりあえず 兎に角 アメ車 ・・・何気に嫌いじゃないです。。

走りがどうとか言う必要もなし ベンコラフルサイズ・・・ゆったり癒し系です。。

暫く乗り回して

車検が切れて

解体屋さんへ。。

北京五輪前でくず鉄価格高騰してましたので3万円戻ってきました。。

最後まで良い子(車)でした。。



車両詳細〜

リンカーンはフォードの高級大型車のブランド。
流麗なビッグスペシャリティクーペや実用重視のアメリカンサイズセダンなどを擁するが、なかでもコンチネンタルはアメリカの中流社会における日本のクラウンのような存在だ。
1988(S63)年デビューのコンチネンタルはリンカーン史上初のFF(前輪駆動)モデルとして誕生した。とはいえ、サイズは従来どおりのアメリカン規格。全長はなんと5.2mを優に超えるセダンである。
魅力はなんといっても広大な室内空間と乗り心地の良さだ。
電子制御によるダンピングや4輪独立のセルフレベリング機能によって、極めて滑らかな乗り味を実現していた。エンジンは実用トルク重視の3.8LのV6OHV。
つまり、基本的なシャーシレイアウトとともにフォードトーラスと近い関係にあったのだ。

価格・基本情報
発売年月 1992年11月
駆動方式 FF 車両形式 E-LN941 トランスミッション 4AT
寸法・重量・その他...全長×全幅×全高 5230×1840×1415mm
室内長×室内幅×室内高 1930×1480×1150mm ホイールベース 2770mm  最低地上高 140mm
車両重量 1640kg 乗車定員 6名 ドア数 4枚
エンジン種類 V型6気筒OHV エンジン形式 AB 総排気量 3787cc
使用燃料 レギュラー 燃料タンク容量 70L

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