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今日、石川社長から来春の「格闘探偵団バトラーツ」解散がアナウンスされた。
95年11月 前身の藤原組 横浜大会の試合後
藤原組長以外の選手がリングに上がり、一人ずつ藤原組ジャンパーを脱ぎ中央に置いていった。
最後は石川雄規が置き一礼。
その後、試合前に組長以外の選手が当時の社長から解雇通告を受けたことがわかる。
翌年96年
石川以下選手が集まり「格闘探偵団バトラーツ」が旗揚げされた。
弱小中の弱小団体 スポンサーもおらず、無謀な旗揚げと言われていた。
小規模の会場で少ない観客。
宣伝活動をマル某から妨害されたことあった。
それでも、地道に興行を行っていた。
最初に脚光を浴びたのは確かトゥナイトで山本晋也監督に取り上げられた時だったかな。
10月に初の後楽園ホール大会を開催する時の密着ドキュメント。
ほぼ純血メンバーでメインは石川社長とアレクサンダー大塚vs池田の大ちゃんと小野武志のチームタコのタッグマッチ。
俗に言う「バチバチ」
殴る・蹴るのルール。
その試合にだんだんはまることになった。
清水師匠が石川さんの旧テーマ(アトランティッククロッシング)を作ったことがあったり、その後の結婚式でのプレステ事件(週プロ参照 確か長谷川咲恵がアップの号)があったりと・・・
師匠と観戦したB−CUP開幕戦 ビデオに映ってます(笑)
また、和田先生も古くから石川さんと知り合いであったことで観戦に行く回数も後楽園ホールを中心に多くなった。
みちのくプロレスとの合同興行の後、ドップリとはまったヨネねーさんと地方興行を見に行ったことも。。。
あっ 佐々木特派員とも見に行きましたよ。
そんな、大学時代の青春の1ページだった バトラーツ。
参照⇒http://blogs.yahoo.co.jp/carddass/50507261.html
石川さん曰く
「2011年。バトラーツは15年の歴史の幕を降ろします。
格闘探偵団バトラーツの青春物語は、永遠に皆様の心の中に。
そしていつしか伝説となり、神話になるでしょう。」
是非ともそんな青春の1ページの最後に「。」を自分で記したい。
まとまりの無い文章でスイマセン。
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