カードックのふらふら日記

気ままに書き綴る昔の話やらあれこれ

ビートルズが全てだった時代

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私が中学に入った頃(1964年)、
世間ではベンチャーズブームの最中で、それをきっかけに巷にエレキギターを手にした若者が沢山出て来た。

テレビで「勝ち抜きエレキ合戦」なる番組が始まって、大ヒットしていた。
この番組はアマチュアバンドの登竜門となり、シャープホークスその他の多くのバンドがこれからデビューした。

(大抵はインストルメント・グループで、ボーカルの入ったグループは滅多に居なかった。
当時のバンドは英語の発音は最低だし、シャウトも下手だったし、審査員も寺内タケシとかだし受けなかった)

ギターを買っても今の様にスタジオ等無くて、友達の家で練習するしか無い。そして街中で練習すると近所から「やかましい」と必ず苦情が来た。

「エレキをやってる奴は不良」、「ドラムを持ってる息子はドラ息子」と云われた時代。

巷では男の子の髪型はリーゼントか、プレスリーに憧れて髪を短く切った「G・Iカット」が主流で、
今で云う「ロックンローラー」みたいな格好が流行る一方、
「VAN」で始まった「アイビールック」が一世を風靡し出した頃。

そんな中、ビートルズが「モップ頭」と呼ばれた長髪で登場した。

ビートルズに憧れた若者は髪の毛を伸ばし、親に貰った散髪代を浮かせてはレコードを買った。

「モッズ」と呼ばれた彼らのスタイルは細身のスラックスにサイドゴアのブーツ、「シー・ラブス・ユー」のジャケットで有名になった襟無しのスーツ等だったが、
金持ちの子は買って貰った奴も居たけど、一般の子には長髪以外は余り浸透しなかった様です。

服装への影響の他に
ビートルズが若者に熱狂的な支持を受ける様になってから、
一寸した家には必ず「応接セット」と一緒に客間に鎮座していた「ステレオ」が、若者の道具になってフル駆動しだした。

応接間に置かれたステレオは今では見かけない所謂「アンサンブル型」で、「デカイ方が立派に見えるだろう」みたいな、自家用車と同じに家の貫禄を示す一つの道具で、
(「隣の車が小さく見えます」と云うキャッチコピーでベストセラーになった初代カローラが発売された時代)
幅が一メートルを越える物がザラだった。

そして買った本人は恐らく聞いた事が無いであろう、これ又立派な「クラシック名曲全集」のLPが脇に並べられているのだ。

そんな物で買って来たばかりのビートルズをジャンジャンかけるのだから、お父さんやお母さんは堪らない。
子供が自分の部屋で聞く為に、安物の小さなステレオを買い与えるのだった。

(これが「コンパクト・オーデイオコンポ」の始まりになった)

で、若者は何時でも好きな音楽を自由に聞く事が出来る環境を作ったのでした。そしてガンガンレコードを買い捲る。

此処でレコード業界のお客様が「お金持ち」から「若者」へ移行したのだった。

何処の局でも「ヒットパレード」なる番組が連日放送される様になったのも、この頃から。

そしてFM局の開設。
従来のAMより遥かに音が良いステレオ放送が始まって、
そして大抵の曲は開局する時には大抵「ビートルズ特集」をやって朝から晩までビートルズを鳴らし続けた。
それらを録音するソースもテープレコーダーがステレオになり、やがてカセットになって行く。

音楽が若者主導型に廻った時代だった。

私は昼御飯のパンを買うのに一日200円貰っていた。
シングルレコード(所謂ドーナツ盤)が一枚370円。
二日飯を抜けば、シングル盤が一枚買える!

そしてアルバイトを捜しては何でもやった。

(当時中学生でアルバイトをしている子は珍しくなかった。
中学を出て直ぐに働く友人も多かったし、中卒が「金の卵」と呼ばれて地方から都会へ集団就職していた時代だった)

牛乳配達、新聞配達が普通のアルバイトだけど朝が早いのは苦手で、
友人の染色業の手伝い、倉庫の片付け、正月前は餅屋、寿司屋、等など。

友達が少なそうでしかもステレオとビートルズのレコードが家にある奴を捜しては、
放課後遊びに押しかける毎日でした。

(前に書いた「T]もその一人だった)

勿論、押し掛けては勝手にレコードを聞いているだけ・・・。
「T]はシングルレコードを何枚も持っていたのだった。

そして買い出した「ミュージック・ライフ」(当時、軽音楽雑誌はこれしか無かった)
やラジオで仕入れたネタを吹聴しては、身の回りにビートルズのファンを増殖させて行った。

そんなある日、「T」の家に行くと彼がLPレコードを買っていた。
(コイツの家、金持ち)

「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」についで半年後に発売されたばかりの
「ビートルズ・フォア・セール」

http://www.toshiba-emi.co.jp/cgi-bin/emi/beatles/disco?name=beatles&cd=a_frsale

「聞かせてくれ!」と懇願して聞いた一曲目、「ノー・リプライ」

これには参った!
イントロを聞いた途端、体中を電気が走った。

脳髄をハンマーでぶん殴られた瞬間。こんな歌があるのか!
歌詞の内容も判らないまま、涙がどんどん溢れた。

正しく「感動」とはこれ。

(今でもこのレコードは独特の雰囲気が好き)

「ヨッシャ、俺もレコードを、そしてLPも買うぞ!」

LPレコードは曲数の割りに安い(大体14曲で1.750円)けど、ヒットしていない曲も含まれるので、当たり外れがある気がしていた。

でも、LPを聞いてる人は全ての曲全部ひっくるめて好きなんだと云う感じがして、LPを持っている人は「本当のファン」なような気がしていたのだった。

俺が小学校生活に終わりを告げようとする頃、
巷では歌謡曲が全盛だった。

レコード大賞が出来て、第一回目の大賞曲は水原弘の「黒い花びら」、
橋幸夫、吉永小百合の「雨の中の二人」が大ブームになっていて、
子供も鼻歌で歌っていた。

土曜日の夜、読売テレビの「ローハイド」に続いて
NHKでやっていた「夢で会いましょう」は、
遅い時間帯だったが次の日が日曜日と云う事もあり、
見ていても怒られない番組だった。

黒柳徹子が司会するその番組では、
流行歌と云うよりはポップスがメインで、
坂本九、九重祐美子、田辺安雄、弘田三枝子などの常連が、
プレスリー、ポール・アンカ、二ール・セダカ、ジョニ−・ティロットソン、
ペギー・マーチ、リトル・エバなどのカバーを歌っていた。

そのポップスの旋律の楽しげで軽やかな事は、
当時の私を夢中にさせた。

学校ではそう云う歌を聞いている者は少数で、
学校での「お楽しみ会」ではポップス好きの友人と、
「バイ・バイ・バーディ」や「ヘイ・ポーラ」等を掛け合いで歌っていた。

その友人は兄貴が二人いて、
二人とも爆バイク好きで、アメリカンポップスが大好きな兄ちゃんだったので、
プレスリーのレコードも沢山持っていて、私は羨ましいと同時に
「カッコ良いな〜!」と憧れていた。

そして中学生になった。

下校途中にパチンコ屋の前を通ります。
ある日、その前を通りかかった時パチンコ屋の扉が開いて、
中から聞えてきた音楽に私は凍り付いた。

「I wanna hold your hand!」

一瞬、高圧電流にでも触れた様にその前から動けなくなってしまい、
しかしパチンコ店に入る訳には行かず、
次の曲がかかるのを、扉が開くのを待っていると、

「she loves you yeah! yeah! yeah!」

「何なんだこれ!」
「誰がやってるんだ!」
「何と云う曲なんだ!」


それから深夜、六年生の誕生日に買って貰った日立のトランジスターラジオに噛り付く日々が始まった。

深夜放送は当時、KBS(ラジオ京都=今の近畿放送)の番組しか知らなかった。
小杉正義さん(現:KBSの放送部長らしい)
の凄く真面目なDJで、
最近のアメリカのヒット曲から、葉書に因るリクエストと小杉さんの趣味との折衷案でやってるらしかった。

かじり付き二日目、出た出た出た!「抱きしめたい!」
これやこれや!
「ビートルズ」の名前を初めて聞いた瞬間。

全身に鳥肌が立った。

「プリーズ・プリーズ・ミー」あっ、これラジオで聞いた事あるぞ!
これもビートルズやったのか!

「アンド・アイ・ラブ・ハー」
なんて綺麗な曲なんだ!これもビートルズなんか!凄いぞ!

その番組は当時イギリスから紹介されたリバプール・サウンド(マージ−・ビートとも云う)
を専ら放送していた。

「ハーマンズ・ハーミッツ」
「ジェリーとペイスメーカーズ」
「ビリー・J・クレイマーとダコタス」
「マンフレッド・マン」
「マッコイズ」
「ピーターとゴードン」

宝石箱を引っくり返した様な珠玉の名曲の数々。

私の世界が突然広がった。
思いは遥かイギリスのリバプール。

それからは新聞を開くと「ビートルズ」の名前を捜す日々が始まった。

番組表に「ビートルズ」の名前があれば「英会話の練習用」と称して買って貰ったソニーのテープレコーダーに録音する毎日。

そんなある日、ビートルズ初の主演映画「ビートルズがやって来る、ヤァ!ヤァ!ヤァ!」が京都で封切られた。

(新京極の松竹座はそれから一年、「ヘルプ」が封切られる迄「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」を上映し続けた)

行ったがな。中学一年生で。

親に小使いねだった1000円握り締めて。

中学生が繁華街を歩いていると必ず、
「補導員」と云う名の世話好きなオバサンが声を掛けて来るので、
身体は大きい方だったので(172センチ)、
友達の兄貴に貰った、石原裕次郎みたいなサングラスを掛けて。

(今から思えば・・・だが、結構通用した)

前迄行ったら長〜い行列。それも女子高生ばっかり。

並ぶのも恥かしいので列を離れて中の様子を伺う。
中でみんな「ポール〜!」「ジョン〜!」と叫んでる。

機動隊みたいな「係員」が数人で騒いでる女子高生の群れを表に押し出してる。

「こら、アカン。止めとこ・・・。」

新聞では松竹座が、興奮した観客が舞台に駆け上がり、スクリーンを破ってしまうので、
スクリーンに200万円の保険を掛けた事を報じていた。

写真が載ってる、何時でも聞ける、「レコードを買うしか無い!」

かくてビートルズが全ての時代が始まった。

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