CAREボランティアの徒然日誌

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CAREスタッフのひとり言

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ケア・インターナショナル ジャパン
ジャワ駐在スタッフ 熊澤 ゆりの現地活動日誌

2006年9月30日
ジョグジャは揺れる

9月22日午前2時。それほど熟睡はしていなかったのだろう、犬の鳴き声とともに地震に気がつき、目が覚めた。揺れは強くなるわけでもなく同じ調子でただ継続している。地震多発国に育った身にはごく弱い単発的な地震なのではないかという感じはするが、何しろ住んでいるのはアパートの7階である。それなりに揺れ、それにあわせてどこからか金属がこすれるような音が聞こえる。ふと、このアパートが5月27日の大地震の後、一時使用禁止となったことを思い出し、同時にインドネシアでは耐震建築はどの程度普及しているのかという疑問、そして、もしこれから大きな揺れが来たら……と思い至り、あわててベッドから下り、スリッパ代わりのビーチサンダルをつっかけ、寝室のドアを開けた。スニーカーはスーツケースの中……なんて気づいたときには地震は終わっていた。アパート内はどこかで少し人の声も聞こえるが静かだ。

ほっとしたが、ジャワ島の震災被害の緊急支援活動に来ている私が自分の地震対策を何もしていなかった、などという間の抜けた後悔もした。が、眠さもあって「明日スニーカーをトランクから出して貴重品とともにベッド脇に置いておこう!」なんて考えつつ、再びベッドに横になった途端、携帯が鳴る。同じアパートの6階に住んでいる同僚のヌヌックだ。電話を取ると有無を言わせぬ勢いで「今地震があったからすぐに下へ降りてきて!」と言う。ジョグジャに来て一週間程、私はまだヌヌックの英語のなまりに慣れず、電話であれこれ聞くのも億劫になり、思わず「うん、わかった」とだけ答えて携帯を切った。まだどこか寝ぼけていたのだろう、後で考えればおかしな話だが、ホテルも兼ねているこのアパートでお客に避難を勧めているのかもしれないと思い、着替えをし、貴重品を持って部屋を出た。

ところが廊下は全く静かだ。階段を降り始めたが途中で上がってくる人たち3、4人とすれ違い、1階のフロントの人は何事もなかったような態度だ。入り口まで出ると、ヌヌックと、同じく同僚で彼女と同じ部屋に住むヴェラがバッグを手に顔を引きつらせて座っている。「どうしたの?」と聞くと「地震怖くなかった?もう二人であわてて飛び出してきた」と怯えきった様子。地震が終わって既に15分以上過ぎているにもかかわらず、未だ恐怖が冷めやらぬ状態のようだ。とはいえ、さすがというか何時も「私は正統的なムスリムであろうとしている。血のつながった男性以外たとえ義弟にも髪や手足を見せない」というヌヌックは、ジルバッブというスカーフを被り、顔と手以外をきっちり隠した服装をしている。同じイスラム教徒でもヴェラは普段からジルバッブを被っていない。今の服装も半袖Tシャツとパンツだ。「ユリはずっと部屋にいて怖くなかったの? 地震のときはどうすればいいのかしら」と聞かれたが、私はこの地震が単発的なものと勝手に判断してそのまま寝床に戻っていたのである。それに、地震時には建物から飛び出してもガラスなどが降ってくる可能性もあるし、私たちが住んでいるのは6階と7階である。まさかベランダから飛び降りるわけにはいかないし、建物が揺れる中、階段を下りるのが果たして安全なのか、第一、大地震だったら発生時の状況にもよるが多分部屋を飛び出すことさえ難しいだろう……。そんな内容のことを3人で30分近くもしゃべっただろうか。二人とも少し落ち着いたようだし、何よりも夜の冷気が身にしみてきた。「もう何も起こりそうにもないから部屋に戻ろうよ」と言うと、二人も同意した。

翌朝、迎えに来てくれたドライバーさんをはじめ、他の人たちにも未明の地震のことを聞いた。皆、地震など感じなかったという。チームリーダーのアランも同じアパートの4階に住んでいるのだが、気づくことなく寝ていたらしい。

その日の午後、プロジェクト地のスレマン県プランバナン郡の村へ水浄化剤の配布とその使用法の普及などを含む住民の集会を見せてもらいに行くことになった。ジョグジャカルタから1時間程のドライブだが、国道から田舎道に入っていくと、のどかなそして青々とした美しい田園風景のあちこちに5月の震災の被害を受けた集落が見えてくる。大きな被害が出たのは強度を余り気にせずに建てられた建物だったそうだ。倒壊した家の中でも、既に再建されていたり修理されている家もあるが、未だ防水シートを使った仮住まいの人々もいる。経済力の差なのだろう。一緒に現場へ出かけた副チームリーダーのハリニンは、「家を再建した人たちの中には、強度など全く気にしないでまた同じような物を作った人たちも少なくないの。また地震が来たら同じことが繰り返されるのにね。日本は地震国で耐震住宅の技術も進んでいるのだから、そんな技術支援は出来ないかしら」と言う。日本の技術支援については思うこともいろいろあるが、今の状況と私の立場では言えることは限られている。何となく曖昧な会話で終わってしまった。
それにしても自分の家が壊れたのに、それと同じ強度のものしか建てられないのは経済的な理由なのか、いやむしろ先のことを考えないのか……などと、そのときは私も安易に住宅の再建をした人たちを批判してしまっていたことに後で気づいた。何しろ地震の翌日からヌヌックとヴェラは同じアパートの1階の部屋へ移るべく、アパート側と交渉を始めたのに、私といえば建物の耐震性に疑問を持ちながらも、ジョグジャカルタに滞在するのは長くてもあと2カ月ということもあり、部屋を移ることなど考えもしなかったのだから。この間に大地震が来ないなどという考えには何の根拠もないのだが。

そんなわけでこの小さな地震のお陰でいろいろなことを考えさせられたのだが、この一件は思わぬ波紋も投げかけた。地震の後、ヌヌックとヴェラが私のところにだけ電話をかけたと、翌日になって知ったアランは、「あの二人は俺が死んでもいいと思っていたのか」と嘆いたとか嘆かなかったとか……。

*写真解説*
会計士2名(右にいる男性と女性)が集落長の話を聞いているところ。
上の防水シートはCAREが配布したもの。

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