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皆さん、お元気でいらっしゃいますでしょうか? 浮世亭笑楽にございます。。 ようやく一段落着きましたので、皆さんには前回の更新にてタイトルとなっていた コードネーム「FURUSATO」についての「全容」をお話させていただきますね。 実は私は今、「ふるさとのない状態」にいます。 と申しますのは、去る平成27年10月24日早朝、私が生まれ、育った場所、 「実家」が火事になり、全焼してしまったからです・・・。 実家では当時、私の父と母が寝ていましたが、幸いなことに近隣の方からの電話で起きた父が、 燃え盛る炎と立ち込める煙の中、寝ていた母を引っ張り出してくれたため、二人とも無事でした。 ただ、父も母も煙を吸ってしまっており、特に母は父よりも多くの煙を吸ってしまっていたようで、 救急車で救命センターへ運ばれた際には、一時的に人工呼吸器を挿管していました・・・。 (警察からの連絡で事態を知った私はその時、施設での宿直業務の最中であったため、 妻と姉に連絡後、施設長に事情を話し、施設を後に。直ぐに救命センターへと向かい、 父と母の様子を見た際の状況です。) 一先ず父と母の状況を把握した私は、警察や消防からの電話で「現場」へ。 私が生まれた「ふるさと」は、「家だった形」だけを残し、「煤と炭の世界」と化していました。 現場検証を終え、各種手続きの書類を手にした私は、救命センターへ逆戻りし、今後のことを 妻と姉と相談。家に戻り、息子のゆぅと娘のちぃにもありのままを伝えました。 私の話を、ゆぅとちぃは、驚きながらもしっかりと受け止めてくれたようでした。 話し終えた後、妻、ゆぅ、ちぃは、私に「3つの約束」をしてくれました。 一つは「おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんの『ふるさと』を、みんなで取り戻そう。」 一つは「そのために、自分たちのできることを精一杯やって行こう。」 そして、最後の一つは、 「どんなことがあっても、支え合い、笑い合って行こう。」です。 金融機関やライフラインへの連絡、官公庁への手続きなどに奔走する日々の中、 疲れ切った私を見ると、ゆぅはものまねや冗談で私を笑わせてくれ、 ちぃは、何も言わずにそっと私の手を握り、傍で寄り添ってくれ、 妻は休みを利用して、私が仕事などで申請などに行くことができないところを巡り、 手続きを代行してくれたりなど、 まさに「『ふるさとを取り戻す』」ことに「自分たちのできることを精一杯」やり、 「どんなことがあっても、支え合い、笑い合って」くれましたし、 今もそのことは続けてくれています。 その結果、被災から1ヶ月余りで、ほぼすべての手続きは終了し、父も母も一時は親戚の家で 不自由な暮らしを余儀なくされていましたが、現在は私の住む場所から車で10分のところの 「高齢者仕様の団地」に移り、生活できるまでになりました。 失ったものは大きいですが、 被災してから携わって下さった会社や役所の方々の迅速な対応、丁寧な説明、ねぎらいの言葉、 たくさんの方々からの「心からのやさしさ、ぬくもり」を「得た」ことの方が、もっと大きい。 今後は、「FURUSATO最新情報」なども、伝えられる範囲で伝えて行きたいと思っています。 時節柄、体調にはくれぐれもご自愛下さいね。 そして、乾燥する時季、火の用心もよろしくお願い申し上げます。。m(_ _)m |
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