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実はいま、カナダはブリティッシュ・コロンビア州の州都、ビクトリアに来ています。滞在は8月末まで約1カ月弱。 あぁ〜、これが純粋な休暇だったらどんなに嬉しいことか!ところが今回は悲しいことに仕事つき。とは言え、週に2〜3日は自由になりそうなので、その時は思いっきり羽を伸ばすつもり。でなきゃ、カナダくんだりまで来た意味がない…。 ちなみにこちらの今日の最高気温は22度。夜は12〜13度まで下がるので日本の初夏のような感じでしょうか。日差しは強いけどカラっとしていて爽やかです。日本にある庭をスーツケースに詰めて持って来れたら、さぞかし庭仕事がはかどりそう。 ビクトリアの人口は35万人弱。州都とは言え、同じ州内にあるバンクーバーの人口が58万人弱であることを考えると、いかにこぢんまりした地方都市であるかが分かるというもの。実にのどかで、のほほ〜んとした雰囲気が漂っており、「Victoria is for the newlyweds or the nearly deads」─つまり新婚旅行で訪れるカップルか、棺桶に片足を突っ込んだ人(=引退者)のための街─と言われるのもうなずけます。 ちょっとややこしいのですが、バンクーバーがカナダ西海岸の端っこに位置しているのに対して、ビクトリアはバンクーバー・アイランドと呼ばれる“島”の先端にあります。バンクーバーからの所要時間は、フェリーを利用する場合3時間強。飛行機だと約30分。 ところでこのビクトリア、ガイドブック等で必ず触れているのは「イギリス統治時代の名残を色濃く残す街並み」が有名で、「カナダで最も温暖な気候」を誇り、そして、そして…「庭園都市として世界的に有名」であること! そうなのです、ビクトリアは夏になれば街のいたる所にハンギング・バスケットが飾られ、かの有名なブッチャート・ガーデンがある“Garden City”なのです。来る前にインターネットで下調べをしたら、市内にはブッチャート・ガーデン以外にも訪れてみたい庭園がたくさんありました。あ〜、でも時間の制約があるから、そのうちいくつ制覇できるかな。 (紫のペチュニアにライムグリーンのポトスと濃い紫のリーフが印象的な街中の花壇) ちなみに今回滞在するのは、夏の間留守にする知人宅。いわゆるハウスシッターというやつですネ。仕事に支障がないよう、一足先にカナダに来ていたオットがネット接続できるようにセットアップ済み。 小さな入り江に面しており、海を臨むデッキがあります。東に面しているので、残念ながら水平線に沈む夕焼けを見ることはできません。でも、でも! 浜辺に降りることができる階段つき。今日の午後、鉢植えに水やりをしていたら、鹿の親子が目の前をツツーっと横切りビックリ。一応、住宅街にある家なんですけどねぇ…。 ところで日本を発ったのは金曜日。ちょうど台風が九州を直撃したため、当日まで飛行機が運航するか分からず、はらはらドキドキしました。自腹を切って、前夜から東京入りすべきか悩んだけど、結局は台風がそれることに賭けてみました。 私って、天気運だけはあるみたい。前日の便はかなりキャンセルがでたけど、金曜の東京行きは台風が通過した後で問題なし。のろのろ台風でなくて、本当に助かりました。
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旅
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これまで旅行した国々の思い出をご紹介
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忙しくしているうちに、すっかりブログのさぼり癖がついちゃいました。(この間、何度もページを訪ねてくださったみなさん、徒労に終わらせてしまいゴメンナサイ。) 「これはいかん、チャチャッと写真を撮って、せめて近況報告でも」と思い、久しぶりにデジカメに手を伸ばしたところ、あれっ?電源が入らない。電池の消耗だろうかと思い、新しいのに入れ替えたけど、ウンともスンとも言いません。8月に修理に出したばかりなのに何でよ〜。 というわけで、写真のストックがある旅行ネタで続行します。今日の記事は旅も終盤、ジンバブエに入国してからのお話です。では、はじまり、はじまり〜。 マウンを発った後は、ジンバブエとの国境にほど近いチョベ川でキャンプ。チョベ国立公園で3度目のサファリを楽しんだ後に国境を越え、世界三大瀑布として名高い「ビクトリアの滝」があるビクトリアフォールズの町に到着した。 (ビクトリアの滝。崖っぷちにはネメシアと思われる花) この小さな町では、ビクトリアの滝から徒歩20分強の場所にあるキャンプ場に滞在。テントを張るスペース以外にも簡素なロッジがあり、私たちは久々の贅沢を味わうためにロッジに滞在した。 ロッジと言っても部屋の中にベッドがあるだけで、トイレやシャワーは外。でもテント生活が長引くと、荷物を部屋の中に広げられる、夜ベッドで寝ころんで本を読める─こういったささやかなシアワセを“贅沢”と感じるようになるのだ。 ビクトリアフォールズは、これまで通ったどの町よりも貧しい印象を受けた。キャンプ場は周囲をぐるりとフェンスで取り囲まれているのだが、一歩外に出ると手に手に土産物を持った物売りの人たちに取り囲まれる。また路上には小銭をせがむ子供も多数見受けられた。 ジンバブエの経済は当時、ムガベ大統領が1990年に導入した農地没収政策により、混乱の極みをきたしていた。この政策、表向きは「白人農園主から政府が農地を買い取り、それを貧しい黒人に再分配する」というもの。だが結果的には人種対立をあおり、土地の利用率を下げ、重要な収入源だったタバコの輸出を減らすことになる。 ちなみに、私がアフリカを訪れた2003年当時の失業率は70%。1米ドルは、なんと813ジンバブエドルに相当した。職にありつけるのは国民のほんの一握りしかいないわけで、観光客相手の物売りが多いのもうなずける。自国通貨の何百倍もの価値の米ドルを持った観光客を、彼らはどんなおもいで見ていたのだろう…。 この記事を書くためにジンバブエの現状を調べたところ、2006年の失業率は85%を越え、インフレ率は前年比1200%(!!)だとか。超インフレのため、通貨は1000分の1に切り下げられ、10万ジンバブエドルが100ジンバブエドルになったという。人々の生活レベルは3年前と比べさらに悪化しているようで胸が痛む。 ジンバブエに着いてすぐ、ツアーリーダーのシーラがメンバー全員の通貨を両替してくれた。これまでは、各自が必要に応じて銀行や私設両替所で換金していたが、ここジンバブエでは銀行の公定レートがちゃんちゃらおはなしにならない。何度もグループを引率しているシーラが信頼できる両替屋で換金してくれるというので、私たちはめいめい必要だと思う量の米ドルを彼女に託した。彼女は空のリュックを背負い、「帰りにはこれがパンパンになるのよ」と、片目をつぶってみせた。 私とオットはさんざん考えた末、2泊3日の諸経費としてUS30ドルを両替することにした。宿泊費はキャンプ場に滞在しているから不要だし、必要なものと言えば飲食費や土産物代ぐらい。ほとんど価値のないジンバブエドルが余っても、それをドルや他の通貨に替えるのは困難だから、少なめに見積もったわけだ。で、10ドル札3枚と引き替えに、シーラから手渡されたジンバブエドルがこちら。 約2万4000ドルの札束だ。思わず片手で扇子のように広げ、顔にパタパタとジンバブエドルの風を送ってしまった(これが米ドルだったらウッシシ…なんだけどネ)。 さて、ビクトリアフォールズではバンジージャンプ、エレファント・サファリ、リバー・クルーズ、ラフティングといったアクティビティがオプションで用意されていた。そこで過去3週間、キャンプ場に着いたら真っ先にしていたこと─すなわちシャワーの水圧とお湯の出のチェック─を済ませた後、どのアクティビティに参加するかを決めるために町中にあるツアー事務所へ出かけていった。 キャンプ場のゲートを出ると、物売りの人がわらわらと寄ってくる。手には、野生動物をモチーフにした木彫りの彫刻やペンダントなど。あんまり素っ気なくするのも申し訳なくて、中途半端に笑いながら、それでもキッパリと首を横に振る。たいていの物売りは(9割がた20〜30代の男性だった)脈なしとみると、次なる観光客に狙いを定めて去っていく。 それでも一人なかなかあきらめない物売りがいた。疲れ切って仏頂面の物売りが多いなか、彼はニコニコとやたら愛想がいい。とうとう根負けして名前を尋ねると、胸を張って「King George(キング・ジョージ)」だと言う。 (ハハハ、あんたがキング・ジョージなら、わたしゃアン女王だわさ)と思いながら、そっか〜、観光客に名前を覚えてもらうには、こういうインパクトのある名前を名乗らなきゃね、と彼の戦略に感心した。 いつもゲート前にたむろす彼と、「King George、おはよう!」とか「King George、今日の売れ行きはどうなの?」なんて軽口をたたくうちに、すっかり親近感を感じるようになり、ビクトリアフォールズを発つ最後の日には、お財布に残っていたわずかな小銭をほんの気持ちばかりと、彼に渡したのだった。 話をもとに戻そう。ツアー事務所に着いた私たちは、用意されていたパンフレットをぱらぱらめくった。ビクトリアフォールズは3週間のツアーの最終地点だったため、全行程を終えて、やれやれ…という安堵の気持ちと、休暇が終わりつつあることを残念に思う気持ちとがない交ぜになっていた。 「もう今さらアクティビティはいいや。ビクトリアの滝を見物して、あとはのんびりお土産でも物色しよう」 ─と、こう思っていたのだが、事務所の天井に設置されたテレビを何の気なしに見上げると、ラフティングのビデオ映像が流れていた。ラフティングとはゴムボートで行う川下りのこと。急流(ホワイトウォーター)になれば、真っ白い激流に揉まれるため、ホワイトウォーター・ラフティングともいう。 以前カナダで2泊3日のラフティングを経験していたのだが、その時はスリル満点の急流がいくつかあったものの、全体的に穏やかでのんびりした川下りだった。ところがビデオのゴムボートは今にもひっくり返らんばかり。宙にふわりと浮き上がり水面にたたきつけられる様子は、いかにもアドレナリン大放出の“冒険”といった感じがする。 そのビデオをみながら、カナダのラフティングではボートから放り出されることもなく、「一度くらいボートが転覆したら面白かったのに…」と少々物足りなさを感じたのを思い出した。 「暑いし、時間もあるし、ラフティングでもやってみるか」と、軽い気持ちで申し込んだのだが、その時は「世界大会も開催されたことがあるグレード5のザンベジ川」を下るのがどういう体験になるのか、まったく分かっていなかった…。
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アフリカ旅行に関する記事を最初から読む場合はこちらからどうぞ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー オカバンゴ・デルタでのキャンプはゆっくりとしたペースながらも、あっという間に過ぎていった。ふたたびモコロに乗り込み、名残を惜しみながらもデルタへの出発地点となったマウンへ戻る。 マウンでは空からデルタを眺めることができる約30分の軽飛行ツアーに参加した。40ドルの追加料金が発生するオプションだったが、空からデルタを眺めたいという誘惑に勝てずに申し込んだ。 そもそも、アフリカをいつかこの目で見たいと思うようになったきっかけは、学生時代にみた映画『愛と哀しみの果て』。映画には、断じて大スクリーンで見るべきものがあると思うのだが、これがその部類に入るのは間違いない。 とりわけ、延々と広がるサバンナの真ん中を、白煙を吐く列車がかたつむりのように横切るシーンや、主役の2人がセスナ機で湿原の上を低空飛行するシーンなどが強烈な印象を残していた。そこで、多少なりともアフリカ行きのきっかけを作ったシーンの追体験をしたいと思ったわけだ。 参加者は私とオットのほか、オーストラリア人のキャロル、イギリス人姉妹の“ラブ・シスターズ”(名字がLoveだったため、道中つけられたニックネーム)の計5人。町中にある極小飛行場に着くと、私たちを待ち受けていたのは20代前半と思われるパイロット。レイバン風のサングラスが嫌みなくさまになっている惚れぼれするようないい男。ラブ・シスターズがキャッキャッとはしゃぐのも無理はない。 私も正直ドキッとしたが、年齢が明らかに射程範囲外と自制心が働いたのは、あぁ、悲しいかな年をとった証拠─。話してみると、自分のルックスの良さをまったく認識していないハニカミ屋。こりゃぁ、女性客からのデートの誘いがひきも切らないだろうなぁ…などとよけいなことを考えてしまった さて、このパイロット君に気を取られていたからか、飛行機の写真を撮るのを失念。雰囲気的にはスカイダイビングをしたときに乗った飛行機よりやや大きいぐらい。もちろん今度はちゃんと座席が各列2つずつ並んでおり、乗客全員が窓から外を眺められるようになっている。 飛行機がデルタの上空までくると、この3日間キャンプしていた場所がどういう地形なのかよく分かる。 こういう風に乾燥したサバンナが広がっている場所があるかと思えば… このように緑したたる眺めも広がっている。 この2週間、メリケン粉のような砂ぼこりが舞い上がる大地をトラックで延々と走ってきたので、上空から眺めるデルタの青さが目にしみ入る。まさに「水=生命」と実感した。 はるか眼下にカバが泳いでいたり、キリンがいるのが見えた。これはバファローの大群。 …と、ここまで読むと、このの遊覧飛行を大空でゆったりと楽しんでいたと思うかもしれない。ところがそれは大きなマ・チ・ガ・イ。 実は何を隠そう、私はすぐに乗り物酔いをするタチなのだ。とりわけバスやタクシーなど、ビニールシート特有の臭いが苦手で、幼少時はしょっちゅう吐いていた。成人してからはそこまでひどくないが、カーブの多い山道は今も苦手。風にあたると気が紛れるので、今でも車に乗るとすぐに窓を開ける。(ちなみにサイレントも車酔いするので、車窓からはいつも私とサイレントの頭が突き出ている。) パイロット君はいろんな角度から眼下の眺めを楽しめるように、右に左にと大きく旋回する。ものの10分もしないうちに顔が青ざめ、冷や汗がにじみ、口の中がねっとりしてくるのが分かった。 もうオカバンゴにくることもないだろう。せっかく高いお金を出して乗ったんだから眺めを楽しまなきゃ─セコイ考えが頭をよぎるのだが、胃がひっくり返りそうでムカムカする。 でもそんな私の受難をよそに、軽飛行機は動物がよく見えるように高度を下げたり、急旋回をしたり…。みんなはもちろんキャーキャー興奮して大喜び。パイロット君は遠客を楽しませるためにやる気満々で、「もしよかったら空中で1回転してあげようか?」と、のたまう。 「キャーーッ!!(やって、やって!)」と、嬉しい悲鳴をあげるラブ・シスターズ。 「ギャーーッ!!(そんなことしたら絶対に吐く…)」と、真顔で訴えるワタシ。 機内で吐かれたからさすがに困ると思ったのだろう。空中回転は免れた。 というわけで、上のショットは「吐きそう…。ビニール袋はどこ〜」と、窓にへばりついて青息吐息で撮った写真なのだ。みんな、心して見るように!
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今年は梅雨が長引いたせいか、野菜の値段が高い!昨日買い物に行くと、トマトが4個で250円、キュウリが3本160円、ナスが1本100円…。旬の夏野菜なのに、いくらなんでも高過ぎない〜?こういうときは家庭菜園がある人が羨ましいワ。 アフリカ旅行に関する記事を最初から読む場合はこちらからどうぞ。 ーーーーーーーーーーーーーー 振り返って思うに、オカバンゴ・デルタでのキャンプがアフリカで最も思い出深い3日間となった。 これまでは暗いうちに起きてテントをたたみ、トラックで次の目的地へ移動…というパターンが多かった。このデルタでは早朝と夕刻にブッシュ・ウォークが予定されているくらいで、後はのんびりダラダラできるのがありがたい。 さてそのブッシュ・ウォークだが、エトーシャ国立公園で野生動物がいそうな場所に車でダーッと移動していたのと違い、ひたすら歩かなければならない。ガイドの経験と勘を頼りに動物がいそうな場所を探してテクテクテク…。 私たちを案内してくれたガイドはおそらくは20代半ば〜後半と思われる男性2名。彼らに名前を尋ねると「Disaster(ディザスター)」と「Lester(レスター)」と韻を踏んでおり、まるで漫才カップルのよう。 他のメンバーから、「ブッシュウォークに“災難”と出かけるのは気が進まないねー」と、からかわれていたが、きっと聞き飽きたジョークだったろうな、うん。 ガイドになるには英語はもちろん、その地域の植生や野生動物に関するテストにパスしなければならない。まだガイドになって数年ということだったが、足跡や糞を見て即座にどんな動物か分かるのはさすが。2人とも手にはぼろぼろになったアンチョコを持っていた。 総勢10人のグループがぞろぞろ歩いていては、至近距離で動物を見るチャンスが減るので、途中2手に分かれることになった。私と相方、そして中学校で数学を教えているジョアンナ(30代前半、米国)、ハイキングが大好きという大柄なアンナ(30代前半、オーストリア)、熊のプーサンを思わせるはにかみやのクリストフ(20代後半、ドイツ)がレスターについて隊列を組む。 キャンプをしている場所は水辺で緑があふれているが、いったん島の内陸部に入り込むと、これぞサバンナという乾燥した大地が広がる。所々、大きなアリ塚やヤシの木があるが、あまり代わり映えのしない風景が延々と続く。 標札があるわけじゃなし、けもの道しかないこんな所で迷子になったらどうしよう。「ねぇ、自分が今どの辺を歩いているかどうやって分かるわけ?」とレスターに尋ねると、「大きな木、倒れた木、アリ塚、太陽の位置なんかを目印にするんだよ」と周囲を指さす。 でも少し前にも倒れた木はあったし、この大きな木とあの大きな木、遠目にはほとんど区別がつかないんですけど…。迷子になったら―を心配するより、グループからはぐれないようにしようと、レスターにピッタリついて歩くことにする。 レスターは一見すたすたと歩いているようだが、常に風向きや辺りの様子に注意を払っていた。そして彼が「シッ!静かに」と口に指を当て、目で合図する方を見ると、私たちではゼッタイに気づかなかったであろう象、インパラ、キリンなどがいるのだった。 大きな象がいてなんで気づかないの?と思うかもしれない。しかし暑い中、長時間歩いていると集中力が散漫になるし、周囲360度に注意を払うのは難しい。木の陰になっていたり、背丈の高い草の間に見え隠れする動物の姿を遠くから見つけ出すのは、決してたやすいことではない。そして、やはり彼らは視力がいい。「イボイノシシがいる」なんて言われ目を向けても、豆粒にしか見えないこともあった。 レスターが足を止め、巨大なヤシの木が立ち並ぶ木立を指さす。「ほら、キリン!」と言うので、「え?どこどこ」と目を凝らすが、どこにいるのかサッパリ分からない。望遠鏡をのぞき込み、ヤシの木立を右に左に見わたすと、だまし絵の中から輪郭が浮かび上がるようにキリンの姿にピントが合った。 最初は1頭だけかと思ったが、よーく見るとキリンの群れ。ヤシの木の幹と、キリンのすらりと伸びた首がごっちゃになって、正確には数えられなかったが、子キリンも含め10頭以上いただろうか。 エトーシャでもキリンは見たが、これだけの数をまとめて見るのは初めて。「すごい、すごい」と興奮していると、キリンの群れがダダダーっと走り出した。ライオンか何か、身の危険を感じる動物を見つけたのだろうか。長い足を交差させながら一斉に走る様子はまるで林がそのまま動いているかのような迫力だった。 ブッシュ・ウォークの場合、歩いて移動するためカバーできる範囲は限られている。そのため至近距離で動物を観察できる機会が少ないのは事実。でも、車を降りて自分の足で歩いているその地面には、数時間前にそこを通った動物の糞が落ちていたり、白骨化した象の死骸があったりと、野生動物の生活感がある。丸腰で同じ土俵に立っているんだという臨場感は、何ものにも代え難かった。
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デジカメ、まだ直りません(しくしく…)。まぁ、撮るべきものが少ないこの時期ではありますが、茶々丸が咲きました。夕顔の最初の一輪も咲きました。サルビア・ガラニチカやカラミンサもちらほらと花をつけ始めています。 そのシーズン最初の花をカメラに収められないというは、我が子の最初の一歩を撮り逃すようで悲しい…(←って、かなり大げさ?)。 というわけで、しばらくは旅ネタで続行です。今しばらくおつき合いをば〜。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー エトーシャ国立公園を後にした私たちは、隣国ボツワナにあるオカバンゴ・デルタを目指してトラックを一路走らせた。正直言って、出発前にもらった旅程サマリーを見るまで“オカバンゴ”なんて地名は聞いたことがなかった。 エージェントから送られたサマリーを訳するとこんな感じ: 「エトーシャを出発後はオカバンゴ川沿いに旅を続け、ボツワナに入国。そのまま内陸に進み、オカバンゴ・デルタを探索する出発地点となるマウンの町に到着します。この世界最大の内陸性湿原は、アンゴラの山岳地帯から旅した雨水が流れ込んで形成されたものです。」 だいたい“オカバンゴ”なんて、太鼓をバコボコと打ち鳴らしたような妙ちくりんな名前だし、「世界最大の内陸性湿原」と言われても、ぬかるんだ沼地という以外、何を思い描いたらいいのかサッパリ見当がつかなかった。 ちなみにオカバンゴ川の全長は1600kmで、アフリカ大陸では4番目に長い川らしい。でも他の3つの川(ナイル川、ザイール川、ニジェール川)との決定的な違いは、海に流れ込まない内陸河川であること。つまり、行き場を失った水がカラハリ砂漠に流れ込み、巨大な湿地帯を作っているというわけだ。このデルタの面積は1万5000平方キロ。四国の面積が約1万8000平方キロというから、その大きさや推して知るべしである。 オカバンゴ・デルタでは、(A)セスナ機に乗って湿原の奥深くにある贅沢なロッジに宿泊する、もしくは(B)丸太をくり抜いたモコロという細長い船に乗って湿原でテントを張って野営する、という2つの2泊3日プランが用意されていた。値段はたしか、ロッジの方が倍以上したと思う。私と相方は迷うことなく後者を選ぶ。 てっきりグループ全員がプランAを選ぶかと思ったら、30代カップルのジョナサンとアレックス夫婦(彼らは1年の休暇をとって世界1周旅行中)、途中ナミビアから合流した日本人夫婦(奥さんと一緒にスカイダイビングをしたのは前述の通り)、そしてグループリーダーのシーラは一息を入れるためにと、ロッジを選択。 彼らの後日談によると、しゃれた色調のインテリアでまとめられたロッジには、熱いシャワーと清潔なシーツが用意されており、サービスも食事も至れり尽くせりだったらしい。デルタのど真ん中にそのような設備を用意するコストを考えれば、値が張るオプションなのは当然かも。 さて、我らブッシュキャンプ組はなーんにもない手つかずの自然の中でのキャンプになるので、食料品や飲用水は持ち込みである。私たちは洗面用具、着替え、水着などを小ぶりのデイパックに詰め込み用意した。 ここからデルタの奥地へと出発。モコロには座り心地がいいように、たっぷりとワラが敷いてあった。 デルタで重要な足となるこのモコロ、アフリカンエボニー(黒檀の一種)やソーセージツリーなど、アフリカのサバンナで育つ落葉樹の幹をくり抜いたもの。ガイド曰く、非常に硬質の材木のためモコロ1艘を作るのに何カ月もかかるらしい。立ったまま長いポールを使ってモコロを操る船頭と、ひと2人がちょうど収まる長さだ。 オカバンゴと言えばモコロ─とペアで連想されるぐらい、デルタとは切っても切れない関係にある。最近は観光客の増加とともにモコロの需要が増え、ファイバーグラス製のモコロも使用されている。また森林資源の保護という観点からも、近年はファイバーグラス製のモコロが推奨されているらしい。 モコロの高さは約40〜50cmくらいだろうか。人間が乗り込むと船縁がぐっ沈み、体を動かすたびに水が入り込んでこないか冷や冷やした。でも足を投げ出して居心地のいいポジションを見つけたら、しごく快適。 とにかく目線が低いのがいい。キラキラと太陽が反射する川面を滑るように進む。ゆったりとしたリズムに身をまかせて目をつぶると、聞こえてくるのはポールが川底を押す水音と、時折飛び立つ鳥の羽音だけ。 こんな時は、日本に残してきた犬2匹や、いったん帰国したら延々と始まる日常のことが、頭から完全に消え去っている。私が「あぁ、旅って最高」としみじみと思うのは、頭を空っぽにできるこういう瞬間だ。 蛇行する水路は途中、細くなったり、広くなったり。ポールで川底をついて進むので、水深の浅いところを選びながら移動する。芦やパピルスを分け入って蛇行する水路を進むのは、いかにも奥地に入り込んでいる感じがして冒険気分が増す。 モコロで約2時間弱の旅の末に、これから3日滞在する野営地にたどりついた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
兵庫県尼崎市でドナルドという名前のワンちゃんが行方不明になっています。写真などの詳しい情報はこちらにありますので、近辺にお住まいの方は心に留めておいていただけると嬉しいです。 |


