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悲しい… 段々自分がしたい事を諦める事ばかり多くなってるのだが ついこの前なら、ちょっと隣の部屋に歩いて行けば 手を伸ばせばすぐあった物に手が届かない。 絶望的に手が届かない… お年寄りの気持ちがズシンと分かる感じがした きっと本当はしたいけど お年寄りがそう言っても それじゃなくてもいいんじゃないの? などと言われてグーの値も出ず だからって自分ではそれが出来ない 誰かの力を借りなければ出来ない事が増えて行き 言えばそう言われる。 「黙して語らず」 という心境になり 諦め 悟り 段々生きる意欲をなくして これなら死んだ方がいいなと思うのだろう どんなに悲しい思いをしてたのかと 今更気づいた もしかしたら人間は好きな事、こだわってる事を捨てずに それが出来る環境にいられるのが一番幸せなのかもしれない 人から見て大した事ではなくても その人にとって大切にして来た感覚がある。 例えば引き出しに入っていて、今取り出せる便せんです 気に入って買ってたもの、中には20年程前のもあるな 左が封筒 右が対の便せん 野の花のイラスト お相手、用途、 その時の気分によって シンプルでアーリーな感じが好き カードや絵はがきなど入れたBOXがあそこにきっとある筈だけど… 娘からもらったアメリカで買ったカードも大量にある。 しかし圧倒的な位置にあり、手が届かない 突然の時に慌てないように準備して お祝いや哀しみの時に必要な袋も少々… 今必要なのになあ 他のを買って代用できないでもないが 特に大切な方になら尚更の事 四谷のお店で手に入れたものなんだけど… あ〜 我が身が恨めしい 先日も元家族の叔母から贈り物があり そのお礼状にきれいな絵はがきをと思ったが諦めて 便せんにした なるべく減らしたいという気持ちもある。 こうしてあれもこれも諦めて行くしか無いとしたら この住まいを選択した私が間違っていたということです。 全てはそこに帰結する。 あ〜なんてアホなんだろ… 励みになります よかったらクリックしてね https://baseball.blogmura.com/lions こちらFC2のブログも良かったらご覧下さい。 http://saramartin.blog.fc2.com/ |

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