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想像力の欠如が怖い

 熊本で逃亡していた犯人が捕まったようです。よかった、よかった、と言いたいところだけど、こういうニュースが最近多い。熊本では警察官が7人、和歌山でも同様の事件があって、そっちは警察官が10人で容疑者確保に向かったそうです。それでもまんまと逃げられた! じゃあ、警察官何人で行けば捕まえられるの? って話ですよね。
 しゃんとして! 警察。漫然と出向いたのでは、こうして出し抜かれるんです。要するに想像力の欠如です。ああなったら、こうする。こんな行動に出るかもしれない、と常に頭を働かせていただきたいもんです。プロなんだから。
 私はよく「小説の着想はどこから得るのですか?」「よく次から次からアイデアが湧いてきますね」と言われます。そういう時は、「観察力と想像力です」とお答えします。「物語のタネはどこにでも落ちています」と言うと、「え? そうですか?」と驚かれることもあります。
 一つエピソードを挙げると、こういうことです。「赤毛のアン」を書いたモンゴメリが若いころ、近くの家に孤児院から女の子がもらわれてきたことを耳にします。その話題を持ってきた人が、「どうして女の子なんかもらうんだろう。男の子の方が、農場の手伝いをさせられていいのに」と言った言葉が心に残ったそうです。そして、「もしかしたらあの家は、男の子をもらおうとしたのに、手違いで女の子が来てしまったのではないだろうか」と考えたのです。そこからあの世界的な名作「赤毛のアン」が生まれました。
 たいていの人が聞き流してしまう何気ない会話に引っ掛かりをおぼえ、それから自分の想像力で肉付けをしていったのです。こういうことは、私の中ではしょっちゅう起こっています。漠然と生活しているのではなく、ちょっとしたことに気を向けること。「え? どうして?」「凄い!」「きれい!」「ほかにはどんなものがるんだろう」とか、心を動かすことが肝心です。それが素材です。素材を得たら、それを頭の中で転がして、想像を膨らませていくこと。うまくいかなければ、頭の中の引き出しにしまっておくといいですよ。いつか別の素材が転がり込んできたときに、引き出しから取り出してくっつけるとうまくいくことがありますから。
 このように、想像力は小説を書く時の強い味方になるだけでなく、生活の彩にもなります。ちょっと心がけてみてください。
↓いつも大行列のかき氷。ついに並んでみた!
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