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この美術館最大の呼び物は、モネの睡蓮です。 名画ってどうしても色々なところで目にしますからなんか”知っちゃってる感”が ありますが、やはり実物を、しかもこういう環境の中で見ると息を呑んでしまいます。 画面全体が水面だけで占められていますが、太陽の光、木や葉の影の反射、そして絵によっては 風が吹いたときに起こる水面のさざなみまでもが感じられます。 このシリーズは晩年のモネがジヴェルニーの自宅の日本庭園の池を舞台に描いたもので 描き始めたのは、1897年です。 まず睡蓮の連作は8点描かれ、1902年には〈睡蓮〉連作に本格的に取りかかるようになりました。 それ以後、蓮の花が咲き誇る庭園を見下ろす寝室で亡くなる1926年までの間に、 このお庭と池を描いた作品を300点以上も残しました。 しかし、今、数えてみましたらこの頃ってもうモネが70歳を過ぎてからのことなんですね。 うわ〜なんていう精神力と体力でしょう。 でも・・なんだかこの一連の睡蓮の作品からは哀しみを感じてしまいます。 去年モネの大回顧展を見たとき、その前の作品はもっと明るさに満ちていたからです。 それは多分この頃はそれまで長年ともに過ごしてきた画家仲間や奥さん、それから そうそう子供にまでも先立たれてしまって、深い孤独感をかみしめていたのでは ないでしょうか その上白内障を患ってましたから失明の不安も抱えていたはずです。 普通画家って亡くなって何十年かしてから認められて有名になるものですが モネは生前早くに認められ、高額で絵が売れ、数々の展覧会にも出品されました。 だからこんな庭園も手に入れられたのですが、早くに達成感を味わってしまった彼は その後辛くもあったかもしれません。 でも・・だからこそこの睡蓮シリーズからは哲学や日本の美学までも感じられるような 深い、素晴らしい作品がウ生まれ、私たちが現在こうして見ることができるわけなのですね。 **クロード・モネ** (1840-1926)は、パリで生まれ。 幼少期をセーヌ河口の港町オンフルールで過ごしました。 そこで海景画家ブーダンに出会い影響を受けたモネは、パリで画家への道を踏み出します。 パリに出てから、シスレー、ルノワール、ピサロなどの仲間と知り合い、ともに印象派の グループを結成し、自然の外光の描写を追求しました。 生涯、モネの関心は、外光によってさまざまに表情を変える自然にありました 同じモティーフを時間毎に描き分け、光と色の変化を追った連作を数多く制作しています。 〜〜Wikipediaより
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NAOさん。私もMoMAで睡蓮を見た覚えがあります。多分・・
そうなんです。この部屋だけに何時間いてもいいくらい。
2008/9/12(金) 午後 10:46
ルッコラさん。彼の若い頃の作品に比べると哲学的で深みはありますが、なんとなく寂しげなんですよね。
イギリス人のおばさんたち・・面白いですね。でもイギリス人でそういうことするのって珍しいような。。
2008/9/12(金) 午後 10:48
Mさん。私が前回、オランジュリーに行ったのはもう20年くらい前のことなので、記憶があいまいなのですが、この睡蓮の展示方法は変わってないような・・でも今回の方が自然光が入って明るいような気がします。 モネは日本の浮世絵を何十枚も持っていたので、北斎の影響を受けていた。。というのは考えられますね。
うう・・でもそれフランス語で読んだのですね?
ってことはイタリア語のほかにフランス語も出来るってことですか
すごい〜〜
2008/9/12(金) 午後 10:52
な〜がさん。やはりMoMAですか。ありがとうございます。
でももっと混雑しているのでしょうか?
2008/9/12(金) 午後 10:54
つららさん。睡蓮の絵にも色々ありますが、これはなんだか
悲しい感じの睡蓮でした。私も以前彼の生涯を描いた本を読んだのですが忘れてしまっているので再読したいです。
2008/9/12(金) 午後 10:55
babakiaさま。行かれたときは改装前?後でしょうか?
どちらにしてもこのカーブで囲まれると自分が池の真ん中に
いるかのようです。
そうなんですよね。彼は晩年、このジヴェルニーでひっそりと暮らしていました。でもモネには申し訳ないけれどその孤独感がこの絵を生み出したのかもしれません。
2008/9/12(金) 午後 10:59
くるみさん。そうでしたか。モネって明るい色調のイメージが
ありますものね。でもこういう作品に心打たれます。
2008/9/12(金) 午後 11:00
オランジュリー美術館は、このモネの睡蓮の部屋を訪れるために行ったことがあります。
入るなり唖然とし、1時間くらいこの部屋にいたような気がします。
2008/9/12(金) 午後 11:06 [ 8 1/2 ]
あ、正しくは↑「画狂老人」でしたね、オハズカシイ、、、
大学の第二外国語が仏語でなぜか4年間必修だったんです、でも全然使えないトラウマ言語・・・イタリア語は課外授業で半年ほどとりました、どちらも中途半端なレベルです。。。
2008/9/12(金) 午後 11:09
壁一面が睡蓮の絵なんですね〜〜
素敵だわぁ・・・何時間でも眺めていれそうです・・・
2008/9/13(土) 午前 11:47
モネの睡蓮はいろいろな美術館にありますね。
熱海のMOAにはモネの睡蓮の池からもらった睡蓮がありました。
でもほんとにこちらの深く沈んだ青は、悲しみをたたえている様に
見えますね。あぁ私はこの青い睡蓮の絵とても好きです。
2008/9/14(日) 午後 7:51
81/2さん。すごい!このためだけに行かれたのですね。
でも絵ってそういう見方でいいと思います。
1時間くらい・・っていう気持ち。とてもよくわかります。
2008/9/15(月) 午前 0:52
Mさん。間違えに気づきませんでした。
仏語。しゃべれなくても文法はおわかりだし、読めるのでしょうから
すごいです!!イタリア語との共通点もありそうですね。
いいえ・・きっとそんなことないと思います。
2008/9/15(月) 午前 0:54
moramoraさん。ほんとこの展示方法は素晴らしいです。
この中央に座っていると、幸せ〜
2008/9/15(月) 午前 0:55
マジョラムさん。あ!私も去年、熱海のMOAで見ました。
あそこは海の景色がとってもきれいに見える素敵な美術館ですよね
そうなんです。ここのブルーのはちょっと悲しそう・・
2008/9/15(月) 午前 0:57
30年も同じテーマで描いていたんですか。それは相当なことだと思います。それで300点もあるんですね。それは知りませんでした。他の人はめったなことでは睡蓮は描けませんね〜。
この部屋の写真を見て、昔見た絵の印象と違う気がしました。記憶ってあいまいなものですね^^; また見に行きたいです。
2008/9/15(月) 午前 6:19
おまけさん。そうですね。でも睡蓮というテーマをみつけられた
モネは幸せだったのかもしれません。
しかも自分でお庭を持てたのですから・・
おまけさんが行かれたのは改装前ですね。
そのときはレトロな邸宅でしたから大分印象が違うと思います。
2008/9/15(月) 午前 8:39
こりゃー本場のパリですなぁ〜!
この秋は、「フェルメール」と「ピカソ」は見に行く予定なんですが…。
2008/9/16(火) 午前 10:19
やっくんさん。私もフェルメール。絶対行きます。
ラファエル前派のミレイ展。行きましがたがとてもよかったです。
早く記事にしないと・・
2008/9/16(火) 午後 10:06
オランジュリーが気に入った理由のひとつはやっぱりこの睡蓮があったからです。
かなり長い時間をこの部屋で過ごしましたが、もっとずっと観ていてもきっと飽きなかったような気がします♪
2008/9/17(水) 午後 8:43