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豊前福光派古術 元手 脇勝五本目 置車の稽古風景。まだまだ、切っ先がぶれているので、そこを何とかしたいなと思う。
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転載・心技体
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初心者・女性・年配者などでも、怪我無く安心して取り組めるよう行っているのが、この鍛錬手合レベル1。面寸止め・他ライトコンタクト・つかみ有り。これで、うごきがこなれてくると、徐々にレベルを上げていく。智丸氏。まだ、基本ができていないし、初の組み手なので、当然ぎこちないが、数をこなしていくうちに、うまくなっていく。後は、続けるかどうかにかかっている。
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三本目肩車と四本目風車の動きの解釈がこれで良いのかどうかも気になるところ。 動きのイメージが出来てしまえばイメージ通りに体を動かせるはず・・というのが持論なので、 数をこなさない内に動画を撮りたがってしまうのですね、私は・・・。 肩車と風車での受けてからの第一撃目で足が出ていない。 肩車の左側への動きでは以前からやっているのでそこは良い感じなのではと思うが、 右側と風車の左右とも足が居付いているため間合いが甘い。 子供達にはちゃんと指導している事が自分では抜け落ちてます。 要するにまだまだ修行が足らんのですよ。 人にやさしく 地球にやさしく・・・
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09年6月6日。土曜。曇り。行者:智勤丸氏・里了丸氏。
稽古内容 当て身素振り12箇条。当て身拳法 基本対練 受け返し数種。ミット撃ち。3分1R 昨日は、久しぶりに、里了丸氏が参加した。彼は、仕事の関係で、定期的には参加できないのだが、 時間を見ては、参加してくれるので、ありがたい。 身長180センチ・体重80K。柔道初段・剣道経験有りなので、古術者としては、うってつけの人材である。 当て身も、まだ、今回で、3回目か、4回目なので不慣れだが、ミット撃ちで、ミドルを蹴らせたところ、やはり、重い、いい蹴りを放つ。 若いというのは、すごいことだなと思った。 私と智勤丸氏も、久しぶりに体術をやったが、普段は、二人で太刀振りばかりやっているので、とたんに、蹴当てが落ちている。がっくり。 ここが、総合武術の難しい所なのだが・・・・。まあ、年寄りは年寄りなりの稽古というのがあるので、 二人だけの時は、慌てずのんびりと護身・健身で、得物の稽古をしていきたいと考えている。 現在、風門では、40未満は、素手体術から、40以降は得物中心と言った稽古体系を取っている。 若いときには若いときにしか出来ない稽古というのもあるので、年齢・目的などに応じて、修練コースも柔軟に各種そろえている。 老若男女・武道経験の有無を問わず、護身・健身・修心の三位一体を目指しているので、自然の中で、風流と護身・健身を求める人は遠慮無く連絡をしてもらいたい。 無理なく、各個人の体力・目的にそってマンツーマンで指導するので、いつでも、訪ねて欲しい。
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武道観とは人の数だけ色んなものがあるものだが私の武道観は古術と合う。 古術とは芸法・神事・祭事が三位一体となった古武術である。 芸法・神事・祭事のどれがかけても古術では無いと言われている。 “芸法”とは武術としての技の伝承。 “神事”とは古術の有する信仰体系とそれに基づく”言振り”と言われる伝承。 “祭事”とは芸法を楽に乗せて行うお神楽舞と呼ばれる“武舞”の伝承。 簡単に書きすぎて言葉足らずによる誤解を生む恐れもあるが、あくまで私個人が現時点で感じている古術はこうであると受け取っていただきたい。 浅はかにも書きすぎると逆にゆがめてしまう恐れもある。 おそらくはこの3つの伝承が完全に独立しているのでは無く芸法中に神事と祭事が溶け込むように混ざり合い、 神事と祭事も同様にそれぞれを含み合い、一体不可分のものとして伝承されて来たに違いない。 かつて私が師事した先生の教えも同様のものだった。 空之会の心体術はその教えが元となっている。 古術とは恐ろしいくらいに同質のものである。 なので古術を知れば知るほどルーツは同じかと思うほどである。 今回、お神楽舞をこうして動画で拝見する事ができた。 あくまで近い将来、本格的なお神楽舞復興に向けての試し撮りであるとの事。 まだまだお神楽舞として仕上がったものでは無いそうだ。 そうだとしてもこの動画には充分引きつけられる。 楽に乗って武舞を演じるこの姿には感じ入るものがある。 武術史的にも民俗学的にも貴重な資料なのでは無いだろうか。 高名な武家の流儀と比べても無名である古術の存在は決して引けを取るものでは無い。 この動画の持つ趣きはむしろ際立っている。 人にやさしく 地球にやさしく・・・
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