オシャレとスイーツ

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前記事を書き終えて、
身近かなエピソードを思い出しましたので、いくつかお話させて頂きます。
お好きな所からお読み下さい。

【一つ目】
yamanekoの曽祖父の話ですが、
自宅の近所に妾宅を構えており、本妻である曽祖母も承知しておりました。
ちょっと驚くのが、妾の母親と本妻(曽祖母)が仲良く交流していたことです。
漬物のやりとりに始まり、お中元やお歳暮の挨拶もあったのだそう。
風通しの良いお付き合いだったのですね(笑)。

【二つ目】
父方の祖父の妾の孫(分かりづらいですね!)に会ったことがあります。
今になって当時の慰謝料(?)を求められました。いったいいつのお話でしょう。もちろん、きっぱりお断りしました。

【三つ目】
母方の祖父は、自宅で芸者遊びをしたのだとか。
給仕の人手が足りない時は、妻である祖母が台所仕事をしたそうです。
翌日、祖母は夫に鉄瓶を投げたようですが(笑)。
※この時の芸者さんかどうかは不明ですが、祖父の子供を産んだお妾は元芸者だったとのこと。母の兄が教員になり、その子供の担任をしたそうです。腹違いの兄として可愛がったそうですよ。

【四つ目】
母方の祖父、妻が縫った“絹”のふんどしを身に着けていたそうです。ところが時々“木綿”のふんどしを着けて帰宅するのだとか。そして妻はすぐに“絹”のふんどしに変えさせます。するとまた別の日に“木綿”のふんどしを着けて帰ってくる(笑)。これを繰り返していたようです。

【五つ目】
腐女子や貴腐人の方が喜ばれる話かと思います。
近衞師團に籍をおいていた伯父には、海軍士官の親友(幼馴染)がいました。伯父は、おっとりした親友の世話を大人になってもやいていたようです。そして親友も伯父を慕い、伯父が妻と海外旅行する度に現地まで追いかけてきたのだとか。伯父が高齢になり入院していた際には、泣きながら手をさすり看病していました。意識の無い伯父にふるえる声で「苦しくないですか?」と問いかける姿は痛々しいほど。伯父が亡くなった一ヶ月後に親友も亡くなり、今では伯父のお墓の隣に寄り沿うように、親友のお墓がたっています。
※伯父も親友も妻子持ちでした。

【六つ目】
yamanekoの父は大変モテたようで…。
父の出張中、若く美しい女性が訪ねてきました。
幼くても大体の事を察した私は、襖を小さく開けて覗いておりました。
母は平気な様子でお茶とお茶受けを出しています。
母が去った後、祖母が女性に言いました。
「息子は素人の貴女に手出しするような子では無いと思っておりましたが」
「はい。でも、私は課長の事をあきらめられません」
「ですが貴女はまだお若い事ですし、息子にもその気はないようですよ。このような真似をなさるのは感心いたしません。ご両親もお嘆きになるはず」
「・・・・・・・」
「お妾になる理由(経済的な)もございませんでしょう?」
「・・・・・・・」
この後、しばらくのやりとりがあり、その女性は泣きながら帰ってゆきました。
※今のところ、異母兄弟の存在は確認しておりません。
※祖母は、「犬神家の一族」で松子役を演じる高峰三枝子に雰囲気が似ています・・・フルムーンのCMにも重なります・・・古いかな(笑)。

【七つ目】
yamanekoが大人になってからのことですが、母が父からの贈り物だと得意げに指輪を見せてくれました。これほどの高価なものを買える身分ではないだろうと問い詰めますと、祖母の嫁入り道具「枕本」を売ったのだそうです。それがかなりの金額になったのだとか。

※枕本とは、つまり春画のことですが、紳士の嗜みとして春画鑑賞なども良いかもしれませんね。まぁ、もともとは祖母が嫁入り道具として持たされたくらいですから、女性が鑑賞するのも勉強になるのではないでしょうか。
ユーモアやひねりの詰まったアートです。美術品として展覧会の開催も行われているようですし、インターネットでも閲覧できます。
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と言うわけで、このような環境で育ったこともあり、前記事のようなことも書けたのだと思います。

綺麗事では済まない世の縮図を綴ったつもりですが、
何かの参考(?)になれば幸いでございます。

次回の投稿から、通常の『オシャレとスイーツ』の内容に戻ります。

yamaneko


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