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掃除力と断捨離に燃えた日々・・一段落した今思うこと

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お会式

今日はお隣日蓮宗のお寺のお会式でした。
あいにくのお天気で屋台などは出ていませんでした。
しかし万灯や纏などにぎやかな音も年に一度我が家の
前の参道を練り歩きます。

今年で何度目のお会式を経験したか・・
家族三人で迎えたお会式

お嫁に来たばかりの頃は来客で溢れ沢山のごちそうがテーブルの
上に並んでいました。
年中行事の一つとして・・全く何もしないここ数年

年ごとに普段と変わらない中でのお会式になりつつあります

ご住職

今晩は(^^♪
本日は都内の一軒家のお仕事でした。
涼しいのは有難いけど・・キャベツ250円でした。

15日は送り盆・・菩提寺のご住職がご先祖にお経を挙げに来てくださいます。
朝から準備してお知らせ頂いた時間になっても見えない・・
30分遅れでやっと見えた
最終日の今日は我が家がスタート、一件目

お経が終わった後少し世間話をされます。
痩せ気味なご住職、代前半とお見受けする
ご住職最近ずっと体調不良が続いていて寝ても休んでも中々
疲労感が取れず・・数年ぶりに健康診断を受けたとか

そしたら全ての数値が悪かった・・・血糖値も肝臓の数値も
自分は痩せえいるので関係ないと思っていたと
いわゆる隠れメタボ?

そして少し節制をし呼ばれた席でも控えるようにしたら
見事に数値が基準値になったとか
その場で夫の場外乱闘を暴露して私が夫に住職ではなくお説教をしました。
皆さん疲れが取れない時は血液検査必要かもしれません

バラとサボテン

17日に横浜の港が見える丘公園にバラを見に出かけました。
毎年この時期には必ず行きます。
今年は横浜ガーデンフェスかなにかのイベントで
バラのあしらいも例年と違い素晴らしい空間演出もあり
見事なバラたちに感激しました。

そのためか近くの駐車場も満車で少し離れた駐車場に車を
止めて現地まで歩きました。

山手十番館や有名なレストランなど楽しみながら公園まで歩きました。
少し遅かったかな?と昨年は遅すぎてあまり楽しめませんでしたが17日は色とりどりのばらに加えそのほかの花々も
楽しめました。

また今朝初めて気づいた我が家のサボテンが見事な花をつけて
満開になっているのを発見?
一階のキッチンはあまり立ち寄らないので咲いているのに気づきませんでした。

気付いたときはしぼんでしまった後だったりで残念な思いも
した経験もありました。
まだ名前がわからないので後で調べてみようかなと思っています。イメージ 1イメージ 2イメージ 3イメージ 4

初午

イメージ 1

イメージ 2

おはようございます。
明日はバレンタイン・・・お菓子屋さんは年に一度の稼ぎ時?
もう二月も半分が過ぎます。
本当に時間が過ぎるのは早いですね〜

昨日友人が地井散歩でまた馬頭観音様を取り上げた回を放送していたと
メールをくれました。
いつもは必ず見るのに・・・その日に限ってドラマの再放送をみてました。

今日は初午・・義姉が家にいたころは歳時記をものすごく気にしていて
娘に支度をさせていました。
日々の忙しさにかまけて・・・ついそんな季節の行事を忘れがち・・

初午だけは二月に入ると忘れずに暦をチェック
そして根拠は不明ですが・・・・大豆製品とニンジンをお供え
支度を夫に頼みお供えしてもらいます。
このところの寒さでちじこまっています(>_<)

皆さんも風邪などひきませんようにご自愛下しませ<m(__)m>

昭和の夏休み

イメージ 1

こんばんわ〜(*^_^*)
夏休みも後半・・・学校と縁のない我が家は夏休みとは無縁・・
ただお隣の幼稚園がお休みなので静かです。

この夏は地震や集中豪雨など様々な災害・・・被災地の方々には心より
お見舞い申し上げます。

最近TVで八月は戦争の話題が多く映像も頻繁に目にいたします。
そんな中戦後十年くらいたった夏の風景をTVで目にしふと
自分の過ごした子供時代の夏休みを思い出しました。

今のように紫外線が怖いとかそんな情報も一切なく・・・
子どもたちは真黒に日焼けし日焼けの黒さを競う大会もあったほど

私の育ったところは西伊豆の戸田というところ今は沼津市になりましたが
合併前は戸田村で御多分にもれず過疎の村

私が中学生になると家を新築し民宿を営んでいました。地方もそれなりに元気があり実家の民宿も繁盛していました。両親も元気で輝いていて・・・経済的にも余裕があって
村も人々もみんな生き生きしていて・・・

おいしい磯料理や高足蟹やサザエ、手長海老やら本海老など駿河湾の幸が
観光客を満足させていました。
そして六畳一間の客室でも故郷のような雰囲気を満喫し来年もと笑顔で
帰って行ったものです。

今では信じられませんが私がまだ小学校の低学年の頃、中学生の兄達と私や姉、妹そして近所の子供たちだけで
小さな小舟の艪を兄が漕いで家の近所の船着場からから海水浴場まで連れて行ってくれ
散々泳いでまたその船に乗って家の近くの船着場まで戻ってくるのです。

中学生は今から思うとずいぶん大人だったような気がします。
小さな飛び込み台の周りには熱帯魚のような魚が泳いでいて美しい海
を当然のことのように受け入れていた子供のころ

不思議と私の周りでは不幸な水の事故は一つもなく・・・
親たちは子供たちだけで海水浴によく行かせたものだとのんきな時代でした。
それだけ大人たちは日々生きることで精いっぱい子供は子供だけで遊んでよ
とそんな時代だったのかもしれません。

海も太陽も大人もそして山も川もみんなやさしかった・・・

海水浴場の近くに叔父の家があり荷物をよくそこに預けて
水着一つで砂浜に飛び出して行きました。
白く細かな砂が太陽に反射した中くたくたになるまで泳ぎ
母親が沸かしておいてくれたお風呂に入りぐっすりと夕食まで夢も見ないで
眠った幼かった私の夏休み

勉強は・・・いつやったのかしら(@_@;)

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