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サハラ砂漠の真中にタッシリ・ナジェールという大きな山脈があります。
その景観は「大地が強い火で焼かれて外皮が燃え落ちた」と形容されるほどの荒涼たるもので、月世界さながらの風景であるということです。
その上、俯瞰地図で見るように、切り立った石柱がまるで計画都市の廃墟のように並んでいることから、タッシリ・ナジェールこそ、古代核戦争の現場だと主張する宇宙考古学の研究者もいます。
確かに、マス目状に建物を配置し、周囲に道路を張り巡らせたかのように見えないこともありません。

タッシリ・ナジェールの岩面画はその描かれた内容から、サハラの気候が湿潤であった紀元前7000年〜2000年の間に描かれたものと考えられています。
つまり、これらの岩面画は数千年に渡って描き続けられており、その間に絵画の担い手である民族も当然のことながら変わっているわけです。
その中で、最も初期と言われる、「狩猟民の時代」とそれに続く「牛の時代」に不可解な絵画が集中しています。
特に円筒のヘルメットを被った人物や、角をつけた“神”などの表現は「狩猟民の時代」にのみ見出されるものです。

私は、ここに特定の民族に対する古代天空人来訪の可能性を見るのです。
ちょっと、ご紹介しましょう。

その異様さから「火星の神」と名づけられ、宇宙考古学的にも有名な壁画です。日本の遮光器土偶との共通点を指摘する研究者もいます。よく見ると、火星神の周囲に円形の物体が描かれており、まるでUFOとの関係を示すかのようです。
クラゲのような円形物体に乗る独特のポーズを示す人物が描かれています。その他にも、得体の知れない怪物や、円形の飛行物体(?)などが描かれているのにご注意ください。ちなみに、円形物体に乗っているかに見えるこういったデザインは古代の全地球的に共通したモチーフで、これはあとでまた説明します。
円形の頭部(ヘルメットか?)を持つ巨大な人物とその右側に描かれた円形の浮遊物体。これも古代の全地球的に共通したモチーフで、UFOとそこから降り立った天空人を示しているのかもしれません。日本の装飾古墳にも似たような絵画が残されています。
空中を飛翔する弓形の物体とそれを指差し見上げる人物達。人物の口だけを表現することで、その驚きの様子が端的に表現されていると考えられます。
謎めいた壁画です。祈りの人物を伴う円筒ヘルメットを被った複数の人物達が不思議な円盤状の物体に入っていく様子です。UFOに乗り込む天空人を表現したものでしょうか?

紹介したものはタッシリ・ナジェールに残された不可思議な絵画のうち、ごく一部ですが、宇宙考古学的な根拠としてよく取りざたされる別の遺物と奇妙な共通点があることが、とても不思議です。
タッシリ・ナジェールの古代住民も、何らかの天空人との関わりも持っていたのではないでしょうか?
いずれにせよ、我々に残されたものはその膨大な絵画のみですから、他の証拠群との類似性を追及するしかありません。

ということで、円の中の人物のモチーフは、先にも述べたように全地球的に存在します。
したがって、その類似性も補足的に見ておくこととしましょう。

例えば、ネイティヴ・アメリカンの残した岩面画にもそれを見ることが出来ます。
Δ魯曠錺ぅ肇法璽蓮璽肇泪鵝 Whitney Hartman )に残る驚くべき岩面画です。
噴射状の尾流を引く卵型の物体と、円形の中に存在する人物。母船と着陸船に乗り込んだ宇宙人でしょうか?

そして、繰り返し述べますがこれらのモチーフは全地球的に存在します。
そのことを示したのがГ任后
まるで、現代のUFOとその搭乗者を示した古代絵画版のようです。
やはり古代世界に天空人が何らかの形で関与していたのではないでしょうか?
しかも、当時の人々が円形物体の内部に人がいることを知っていたからこそ、描くことが出来たものではないかとも思えます。
何度かこのブログで述べてきた“天空人と密接に連携を持った国”=「蒼穹の王国」が、古代世界にはいたるところに存在したのかもしれません。


※UFOを目撃、撮影したら御連絡を。
※CBA(宇宙友好協会)の資料を探しています。お心当たりのある方はぜひご連絡ください。
   天空人協会 ; sky-people@jcom.home.ne.jp

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1950年代は日本のUFO黎明期です。
新しい謎であるUFOに心ときめかせた当時の先駆者達が、どのようなUFO本を手にして、何を考えていたのか・・・、それを想像するのは私のように若い研究者にとっては結構楽しいものです。
今回は、1950年代のUFO本を簡単に紹介したいと思います。
とは言っても、ここで紹介した書籍全てを所有しているわけではなく、知人の協力によるものもあります。そのため、内容を熟知をしているわけでもありませんので、不正確な記述もあろうかと思います。
その点ご容赦を。

さて、日本のUFO本として最初のものは、「ポピュラサイエンス」緊急増刊「地球は狙われている」(1951年4月イブニングスター社刊)ですが、本ブログで以前紹介したことがあるので割愛します。( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/13023852.html )
ごく稀に古本屋で見かけることがありますが、高額であることが多いようです。まぁ、私はさほど資料的価値はないと思っていますが・・・。

その後、G・アダムスキーの「空飛ぶ円盤実見記」が1954年8月に高文社から発刊されるまで、UFO単独の書籍は国内では発行されていません。
時折、雑誌の記事としてぽつぽつ散見されることはあったようですが、国内ではまだまだUFOは一般的に認知されていなかった模様です。
そういった中で面白いのは週刊誌「日本週報」218号(1953年8月、日本週報社刊)が、ちょっとした円盤特集号もどきとなっていることです。
表紙のインパクトに比べて、実際には円盤記事はそんなに多くなく、しかも海外翻訳記事が中心ですが、徐々に国内でもUFO目撃が発生し、社会現象として無視できなくなりつつあった世情を反映しているものなのかもしれません。

そして、先ほどの「空飛ぶ円盤実見記」の翌年(1955年)8月には、セドリック・アリンガムのコンタクトストーリーが「続・空飛ぶ円盤実見記」(後に「火星からの空飛ぶ円盤」に改題)としてやはり高文社から発行されています。
そしてその年の12月には早々にUFO否定論を国内に紹介した「宇宙旅行」(原田三夫著、生活社刊)が出版されています。
同書はUFO専門書ではなく、宇宙旅行全般に渡って論じた本です。
しかし、米国のメンゼル博士によるUFO批判的研究を紹介した「空飛ぶ円盤の正体」および「科学者の見た空飛ぶ円盤」と題する章を含み、また、火星の運河や月面の不思議な変化現象への記述もあったりして、国内で盛り上がりつつあるUFO熱に水を差しつつ、宇宙には不思議な現象もあることを紹介した、ちょっと中途半端な立場の本です。
ところで、アダムスキーの「空飛ぶ円盤実見記」は比較的売れたらしく、版元の高文社では当初ハードカバーであった同書を1956年3月にはコンパクトな新書サイズに改めて再発売しています。
そして、その年の5月にはやはり高文社から、初めての本格的な円盤研究書であるエイメ・ミシェルの「空飛ぶ円盤は実在する」が出版されました。(私には、同書の当時の評価がどうであれ、どうもデータの取扱いが雑であるのが少々不満なところです。)
ミシェルの本は研究書の類ですから、当然面白みには乏しく、売れ行きも芳しくなかったようです。
高文社では再度、アダムスキーの続編(「空飛ぶ円盤同乗記」)やトルーマン・ベサラムのコンタクトストーリー(「空飛ぶ円盤と宇宙」、のちに「空飛ぶ円盤の秘密」に改題)などのコンタクトものの翻訳書を発行します。

そんな中で、いわゆる科学的研究書も負けていられないといったところでしょうか。
故高梨純一氏の「近代宇宙旅行協会」が、空飛ぶ円盤研究双書「空飛ぶ円盤の謎」の発行(1958年5月。実際には第8分冊まで予定されていたその1分冊目で、ガリ版刷りの本書には円盤事件の発端から、マンテル事件、米空軍の円盤研究部発足までを紹介しています。結果的に後続の分冊は発行されなかったのですが、その内容の大部分は後に高文社の同氏の著作に収められている模様です。)を行なったり、故荒井欣一氏の「日本空飛ぶ円盤研究会」が空飛ぶ円盤研究シリーズ(1958年7月〜1959年4月までに癸瓦泙波行)を矢継ぎ早に発行したりと活発な活動を見せ始めます。
その活動の一環という訳ではないのでしょうが、朝日新聞社から日本初のUFO児童書として「バンビ・ブック 空飛ぶ円盤なんでも号」(1958年9月)が発売されます。
当時のいわゆる科学派研究者(荒井欣一氏、高梨純一氏、北村小松氏等)が総動員された感のある本で、児童書ではあっても大人も読めるUFO入門書としての機能を十分果たしたものであろうと推察されます。

そしてそういったUFO界の動きに歩調を合わせるというべきか、反発するかのようにというべきか、宇宙友好協会(CBA)では、宇宙シリーズと題して1959年4月から1960年4月の間に9冊の円盤書を発行します。(「続 宇宙の彼方より」のみ1960年代)
CBA発行書籍は概ねコンタクト派の本ですが、最後の「続 宇宙の彼方より」以外は自費出版物とは思えない本格的装丁のものです。(しかも「宇宙語・宇宙人」はハードカバー。)
これらCBAの本を科学派のUFO研究者は無価値なものとしていますが、「地軸は傾く」や「宇宙交信機は語る」などは、異端ではあっても興味深く読めるものだと思いますし、かなり示唆される点が多いのも事実です。
さて、本稿は、1950年代のUFO本を中心としてまとめていますが、少し60年代に足を踏み入れましたので、CBAの「宇宙友好協会(CBA)の歩み」(小川定時編集、1960年8月発行)にだけ触れておきます。
これは、CBA機関誌「空飛ぶ円盤ニュース」特別号として発行されたもので、先にご紹介した書籍「地軸は傾く」に端を発した騒ぎ(この騒ぎにご興味ある方は、ネットで検索すると出てくるかと思います。)の弁明として、編集されたものといわれています。CBAの有力者であった松村雄亮氏のコンタクトが初めておおやけに語られたものとして注目されるものです。

で、話を戻します。
ミシェルの「空飛ぶ円盤は実在する」と同じタイミング(1956年5月)で、時事通信社から「鉛の服を着た男」(D.ラング著)が出版されています。これも前述の「宇宙旅行」と同様、UFO専門書ではなく、2章分ばかりがUFO関係の記事になっています。既に“空飛ぶ円盤”という訳語は定着していたはずなのですが、Flying Saucerを“空飛ぶ皿”と直訳しており、なんとなく時代を感じさせるものです。

以上、ざっと1950年代のUFO本を俯瞰してみました。
今のように世間に情報が氾濫している時代ではないわけです。
当時の研究者の知識欲がどれほど高いものであったのか想像すらできませんが、活字の一字一字をそれこそ穴のあくまで目で追って、空への憧れを意識に埋め込んだのではないでしょうか?
それを非常に羨ましく感じるのは、たぶん私だけではないでしょう。

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装飾古墳の成り立ちがUFO文明と関係があり、古代の日本では天空人の恩恵を受けた王国「蒼穹の王国」が存在したのではないか?との推論を述べたことがあります。
詳しくは、「装飾古墳のUFOLOGY( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/26801111.html )」をご覧いただきたいのですが、古墳内部の装飾がUFO飛来を連想させる要素に満ち溢れていることが、私をその結論へ導いた発端でした。

実は、日本の装飾古墳と瓜二つの図文がアイルランドの古墳にも描かれています。
日本の装飾古墳が5世紀前後に成り立ったのに対し、アイルランドの古墳はずっとさかのぼって紀元前3000年頃の築造と言われています。しかしその類似性たるや同じ人間が描いたものではないかと疑ってしまうほどのものです。

掲載の写真をご覧ください。
UFOとの関連で有名なチブサン古墳の壁画のうち、三角や円で示された文様がアイルランドのニューグレンジ古墳の壁画と配置までもそっくりです。
三角や円(渦巻き)は日本の装飾古墳に現れる図像の代表的なものですから、当然のことながら類似はチブサン古墳だけにとどまりません。

また、ニューグレンジ近郊に存在するドウス古墳の壁画にも、日本の長迫古墳や井寺古墳の壁画とそっくりな文様があります。
いわゆる車輪状の文様です。
私には、この類似を無視することは極めて難しいように思います。
長迫古墳や井寺古墳の円形の文様は、一般的には古代の鏡を模したもので魔よけの効果を期待して描かれたものとされていますが、一方で古いUFO研究者間ではこれは“空飛ぶ円盤”の形体そのものを示したものではないかと、推測もされていました。
ドウス古墳の壁画は少なくとも古代鏡ではないでしょうから(そのような出土物はアイルランドにはありません)、“円形”の、“太陽のように輝きながらも、一つしか存在しない太陽とは異なる複数存在する何か”ということになるでしょう。
それなら、文様の極めて似通った日本の装飾古墳壁画も、鏡ではなく同じ意味合いのものであった可能性は捨てきれなくなります。
つまり、UFO研究者が夢想していた、UFOそのものである可能性です。

時代は異なるとは言え、アイルランドの古墳壁画と日本の古墳壁画がここまで類似しているのは、他人のそら似ではなく、何らかの共通文化があった可能性があります。
その共通していたものとは、私には天空人と密接に関わることによって得られたものではないかと思えるのです。

いずれにせよ、アイルランドの古代文化は、もっともっと深く深く宇宙考古学的視点で探る必要がありそうです。


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ホワイトホースといっても英国の地上絵ではなく、雪が降ったあと、神奈川県相模原〜東京都八王子間で丹沢方面を眺めるとその山肌に白馬の模様が現れるといったもので、近隣では良く知られた冬の名物景色です。
私がよくUFO観測を行なっている相模原の観測場所からもその白馬模様が良く見えます。
その日は、UFO観測がてらに白馬も写しておこうと、観測場所からは西の方向になるその白馬模様に向かってカメラを構えました。
それまでは山々をシルエットとして見せていなかった西日が、徐々に山陰に隠れはじめましたので、山肌の白馬が識別できるようになったこともその理由です。
そこで、1枚目は白馬を中心に撮影。直後に、白馬の右側になにやら発光体が現れました。何だろうと思って白馬と発光体が同じフレームにおさまるように気を使って2枚目を撮影。
発光体は画面右から左にゆっくり移動していましたが、更にその横に二つ目の発光体が並び、ちょうど車のヘッドライトのように、急速に明るく大きな丸い光となりました。
そこでもう1枚撮影。
撮影直後、ふたつとも急速にしぼむように消失。
そこで、消失直後に再度、白馬を撮影。これは、本当に消失してしまったことの証拠として撮影しました。
今年1月12日の午後4時26分頃の出来事でした。出現から消失まで約2〜3分間。雲ひとつない空にきれいな丸い形がとても印象的でした。
しかし、正体はよく判りません。
実体感が少々希薄であったためです。

高空を飛ぶ航空機が西日を浴びて発光体に見えることがあります。しかし、これは、そんなものよりぜんぜん大きいものでした。
航空機でないことは確かです。
それでは、雲でしょうか?
雲がやはり西日を浴びて美しい発光体のように見えることがあります。
しかし、周辺には雲ひとつなくここにだけ、しかも円形に見える雲がちょうどふたつも現れるというのもちょっと納得いきません。
白馬撮影中にちょうどタイミングよく出現するというのは、私の持論である心の動きに呼応して現れるUFOという考え方には沿っています。
白馬とUFOを同時に写したいと、淡い期待を抱いていたからです。
とは言え、UFO観測中なのですから、そういった期待は当然普通に抱いているわけで、あまり特別ともいえないような気もします。

というわけで、UFOであれば良いなぁと思いつつ、どこか決めてに欠けているような気もして、結局正体不明リストに入れました。
面白い写真として紹介します。


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◎最近のUFO観測から

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前回(http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/46724860.html)、11月29日の目撃について紹介しましたが、昨年(2008年)の11月は観測のたびになにやら怪しげな物体を目撃撮影するという異常な月でした。
とはいっても、昨今ネットでよく見る「いかにもマシンです。」といったようなものではなくて、他人からは形の整った“雲”だといわれても仕方のないものです。
しかし、そもそもUFO騒動初期の頃は、円盤は周囲に蒸気のような大気をまとっているため、中々ハッキリと写真に写らないといった説もあって、実際周囲を雲が覆っている物体を目撃した実例も数多くありました。
UFOに関心のある人なら誰でも知っているであろうトリンダデ島の土星型円盤の写真(http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/44206719.html で紹介しています)も、目撃報告では燐光性の蒸気のようなものに物体が包まれていたと述べられており、写真でも確かに雲状に見えます。
一方で、わが国の科学的UFO研究の第一人者と言われた故高梨純一氏は、その論文で土星型円盤こそ最も実在する可能性の高い円盤の形であると、沢山の事例の比較研究の結果述べておられました。
そして更に、CBAでは土星型円盤を「司令機」であるとして最も重要な円盤の機種の一つとして認識していました。

そういった事情もあって、ずっと雲状大気に包まれた土星型円盤というものを見てみたいと考えていたのですが、その希望が実現したのが、「9機編隊の円盤を連続撮影 http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/44206719.html 」で目撃した左から3機目の物体でした。まさしくトリンダデ島の円盤写真を彷彿とさせるものでした。

さてさて、やっとここで本題ですが、同じような物体を11月1日、および3日の相模原市での観測で撮影することが出来ましたので、ご紹介しておきます。
雲にしては妙に違和感のある存在で、形が非常に整っていますよね。11月3日の物体は、その中心にツバの影があることまでわかりますから、やはり土星型であることは間違いなさそうです。

目撃時の状況を少し述べておくと、
<,諒体>
11月3日の早朝観測時、5時16分に東の空に現れた山高帽子型(一見すると土星型にも見えますが、正確には山高帽子のようでした)の物体。  
周辺は雲ひとつありません。
路上で物体を認め、急いで見晴らしの良さそうな付近のマンションの階段を駆け上り、その4階通路から連続撮影したものの一部です。
物体は、帽子のツバの部分両端から中心に向けてゆっくりカーテンを引くような感じで消えてしまいました。
夜も明けきらない時刻に撮影したものですので全体が暗く、そのため物体がわかるように明るさを調節しています。おかげで粒子が荒れていますがそれでも形はなんとなく識別できると思います。
カラーよりも白黒の方がよく判るので、あわせて掲載しておきます。

<△諒体>
11月3日午後2時11分、歩道橋の上から観測しました。何も無かった空間にツバの長い司令機型の物体が突然出現しました。司令機型というのは前述の通りCBAの解釈で、一緒に掲載した佐々木正広氏の冊子「聖なる奥義」で描かれるツバの長い土星型の物体に代表されるイメージです。
写真では、左下に不明瞭な2機の小型物体を従えているように見えます。
この物体は、上下からしぼむように1本の線になって消えました。しかし、写真で見るとおり眼前の空間に占める違和感は独特なものが有り、これもUFOを言わずして何というのか、というのが目撃時の印象でした。

実は、これらの物体は目撃したいと心で願っていたところ、本当にそのような形で現れたという事実に意義があります。特に11月3日の司令機型については、その前日に「明日は司令機型の円盤を見たい」と数人の協力者に伝えておいたのですから、目撃できた私の気持ちとしては、ただ驚きの一語でした。

当然のことながらこれらを“雲”として解釈する方も大勢いるだろうとは思います。
しかしながら、「希望する」→「応える」というまるで地上と天空とのコミュニケーションが行なわれたかのような目撃は、当の私本人としては特別なものがあります。

これはたぶん誰しも経験できることなのではないかとも思います。
強い目標を持って空を見上げるとき、天空はそれに応えてくれるのではないでしょうか?
この考え方は、非科学的でしょうか?
しかし、過去何度も申し上げたとおりこのブログは科学を論じているわけでは有りません。
私は体験の積み重ねから、こちらの心の動きに呼応してUFOsが出現するという奇妙な共通点があることに気づき、それを実践しているだけなのです。

この考え方を追試していただける方が、大勢出てきていただけると嬉しいのですが・・・。


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