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このブログで何度か目撃体験をご紹介した佐々木正広氏が、最近素晴らしいパンフレットを発行しました。( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/18344325.html http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/23418687.html
写真で紹介した“「聖なる奥義」キリスト教聖職者並びに、敬虔なクリスチャンの方へ”がそれです。
全頁カラー印刷16Pの本当に美しい小冊子です。

佐々木氏は1963年の奇跡体験をきっかけとして、それからの約10年間CBAと共に歩み、故あって離脱、その後内なる世界を見つめながら、ついに今回のパンフレット発行に踏み切ったのです。

私は、佐々木氏とは、昨年の6月24日新宿で行なわれた「天空人報告会」で初めて知り合いました。
午前のCBA同窓会に現れた佐々木氏は、その毅然とした面持ちとは裏腹に、CBAコンタクトマンに対する真実を渇望する気持ちと、ご自身の奇跡体験との間で揺れながら、心の整理がつきかねているといった様子でした。
遅れて来た世代の私から見れば、同じ印象を他の出席者の方にも感じとれました。
私はそれゆえ、そして、いささか逆説的ではありますが、CBAには真実があったと改めて痛感したものです。
私がこのブログで披露している宇宙考古学的アプローチや天空人の立場で考える手法は、既にCBAでは当たり前のようにおこなっていたもので、これが佐々木氏のパンフレットにもはっきり見て取れます。

聖書の神が天空人であったことを、古代オリエントの神話や宗教絵画、ケネス・アーノルドの目撃などに見出し、ご自身のUFO目撃の意味を問い、更に新たな指導者を探そうとするその姿勢は、一般の人から見れば、極めて宗教的であろうとは思います。
しかし、私もこのブログで再三述べているように、古代から現代へ続くUFO出現の意味を冷静に考えれば、十分な裏づけに支えられた態度だと思います。
多くの人がこの佐々木氏のパンフレットをお読みいただくことを希望します。

佐々木氏はこのパンフレットを8000部作成し、全世界のキリスト教者に向けて発信しようとされています。私も微力ながら知り合いのキリスト教者へ若干部数配布する予定です。

ちなみに、最後に掲載した写真は「聖なる奥義」の表紙に使われた写真と同一のものです。これはブルガリアの首都ソフィアに建立されたアレクサンドル・ネフスキー大寺院のメインドームに描かれた壁画で、聖父の左手上に描かれたUFO型の意匠に注目してください。この意匠はケルビム(いわゆる天使)を描いたとされるものですが、なぜか空飛ぶ円盤型なのです。
佐々木氏は、ケルビム=円盤とする隠された文書が人知れず存在するのではないかと推測しています。


※UFOを目撃、撮影したら御連絡を。
※CBA(宇宙友好協会)の資料を探しています。お心当たりのある方はぜひご連絡ください。
   天空人協会 ; sky-people@jcom.home.ne.jp

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UFO出現の意味を探る考察は、傍から見ると、ただでさえ異端なUFO研究者の中でも、更に異端の深みにはまり込んだように見えるかと思います。
たぶん、その通りです。
こういった研究をしている研究者が少ないのですから、分析もあまく少々強引な考察があるのは仕方が無いとご容赦いただくしかありません。
つまり、批判にさらされたり、補強証拠を集めたり、などといった論考を磨き上げる通常の手順すら少数でしか行なえないわけです。
残念です。

一方で、過去何十年と世界のUFO研究者はそれなりの信憑性のある情報を収集しています。
そういった溢れかえるばかりのUFO情報をどうしてほったらかしにするのか、それが不思議でなりません。
UFOが未知の知性に起因する現象であるのは、ほぼ確実でありながら、どうしてその未知の知性に思いをはせないのかな?と思います。
全くもって謎です。

もちろん情報収集活動も重要ですが、もう少しその先に進んで、出現の意味を求める研究者が増えても良いような気がします。
まぁ、どうでもよい話かもしれませんが・・・。

さて、前回( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/32339013.html )は、1942年のロサンゼルスUFO事件に対し、「なにゆえ人類を古代から知り尽くし、神と呼ばれる天空人は、こんなにも不注意な行動を起こしたか?」
「実は天空人とってこの行動は、大きな意味を持つものだったのではないだろうか?」
という2つの疑問を残したままにしていました。

「天空人は意味なくして現れない」というこのブログでも再三論じたセオリーを前提として考えると、ちょっと恐ろしい結論に達してしまいます。
つまり、「彼らは誤解を招くタイミングで出現し、米国民を恐怖に陥れ、多少とはいえ犠牲者を出す事態を引き起こすことで、“契約の民”の末裔が住む日本への敵意を燃えあがらせる必要があった」
そういう結論です。

※ちなみに、「契約の民」という言葉を使った意味については、装飾古墳のUFOLOGY( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/26801111.html )で論じた天空人と地上の契約に基づく国家=蒼穹の王国の項をご参照ください。
※また、このブログではけっこう聖書的な表現を多用していますが、これは古代の天空人飛来の記録として、最もまとまった文献資料が「聖書」やその起源となった「古代オリエントの神話」であるとの解釈に基づくからです。聖書(もしくは古代オリエントの神話)に見え隠れする天空人の思想に沿った記述を行なっているためとお考えいただければよいかと思います。

さて、これまでの宇宙考古学的論考で得た結論は、われわれは“契約の民”の末裔であると同時に、古墳時代に興った“最後”の「蒼穹の王国」を滅亡に導いたヤマト政権に率いられた民の末裔でもあり、その古墳時代に滅亡した「蒼穹の王国」は、つまり我々自身が消し去ったということでした。
ちなみに、ここで“最後の”という言葉を使ったのにも意味がありますが、平行して論じている縄文土偶のUFOLOGYのその5以降で触れたいと思いますので、ここでは述べません。

さて、自ら契約の王国を消し去るという行為は、古代から連綿と続く、天空人との関係=契約に対する明らかな裏切りでしょう。
そして、古代の文献資料である「聖書」や「古代オリエントの神話」を少しでも読めば、そういった天空人との契約違反を犯した者たちは、結果的に滅ぼされる運命にあることが繰り返し述べられています。

ということで、ここでまた、古代の記録を紐解いてみたいと思います。
『主がエジプトの王パロの心をかたくなにされたので、パロはイスラエル人を追跡した。しかし、イスラエル人は臆することなく出て行った。それでエジプトは彼等を追跡した。パロの戦車の馬も、騎兵も、軍勢も、ことごとく、バアル・ツェフォンの手前、ピ・ハヒロテで、海辺に宿営している彼らに追いついた』
これは、『旧約聖書』、出エジプト記の中の一部です。
思わず目を疑いますが、天空人と推測される神ヤハウェが、彼自身の契約の民イスラエル人に対して、エジプトの軍勢を敵として向かわせたことが述べられています。
これは、旧約聖書の神が契約の民に向けて、自分への信仰をより強固にするために行なった演出だと解釈されています。

太平洋戦争におけるロサンゼルスに現れたUFO群が行なった行為は、まさしくこの聖書の記述どおりではないでしょうか?
これだけで、太平洋戦争が天空人によって仕組まれたものと考えるのはとても非科学的なことですが、このブログは科学を論じているわけではありません。
ですので、想像も交えて述べさせていただくと、もしかすると天空人は、裏切りの民である日本国民の前に、米国という巨大な敵を出現させたのではないでしょうか?

それは、装飾古墳のUFOLOGY( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/26801111.html )で述べたようにヤマト政権側の画策に追従し「蒼穹の王国」を滅ぼした“契約の民”に、「巨大で凄惨な罰を与えるため」と、ヤマト政権側の「隠蔽工作による支配に終止符を打つため」、それが目的であった様に思えます。
ちょっと難しい問題もあるので、微妙な表現で申し訳ないのですが・・・。

そして、その証拠に、UFO群は太平洋戦争末期の沖縄戦において、米国機動艦隊に対し、まるで戦争終焉の合図とでもいうべき一大ページェントを挙行します。
この事件については既に一度ご紹介したことがありますが( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/13036479.html )、再度説明すると、太平洋戦争末期の1945年のその日、沖縄攻略展開中の米国機動艦隊の1つが、200機〜300機もの正体不明航空機の大編隊をレーダースクリーン上に捕捉します。それは、時速1200キロメートル以上という、当時としては考えられない速度で、機動艦隊に接近しつつあり、しかも、その大編隊は徐々に左右に広がり、米国機動艦隊に対して明らかな包囲陣形を敷いたとのことです。
太平洋戦争で投入された最速の戦闘機P51ムスタングが最高時速750Km程度であったと伝えられていますから、この速度は驚異的です。
そこで、日本軍の最新兵器による攻撃と色めき立った米海軍では、即時に臨戦態勢をとったのですが、奇妙なことに、レーダースクリーン上で十分視認できるほど接近していたはずの飛行物体群が、晴れわたった空のどこにも存在しなかったとのことです。
米国機動艦隊の頭上を不可視の大編隊は攻撃もせず通過し、米海軍に肩透かしを食わせることになったのです。
この現象がレーダーの故障ではないことを示す証拠に、他の機動部隊でも、大編隊をキャッチしていて、しかも、この“不可視の大編隊”は、その後の数週間、幾度となく米国機動艦隊上に出現と伝えられています。
 戦意高揚を意図したロサンゼルスでの出現とは裏腹に、レーダー面上でのみ姿を現し、視認できない状態で飛来したUFO群の意図は明らかだと思います。
なにしろ、視認できないUFOを攻撃することはできないわけです。
したがって、自分たちを凌駕する性能を持った正体不明の大編隊からいつ攻撃されてもおかしくないという不安は、沖縄攻略中の米国兵士たちに、高揚心よりも、戦争に対する嫌悪感や虚脱感を味合わせる効果は十分だったと推察されます。      
天空人は、自らが仕組んだ戦争を、無言の演出で終わらせようとしたのではないか?と思えるわけです。

そして太平洋戦争は、『旧約聖書』のソドムとゴモラの記述そのままの悲劇で幕を閉じていきます。
これを聖書の記述になぞらえると、「太陽が地上に昇った頃、天空人に促されたアメリカ合衆国は、広島と長崎の上に、放射能の火を上空の戦略爆撃機B29から降らせ、これらの町々と低地全体と、その町々の住民と、その地の植物をみな滅ぼした」・・・こうなります。

蛇足ですが、もしかすると我々は、縄文時代に既に一度、天空人からこのような滅ぼされ方をしている可能性があります。
この話は、「縄文土偶のUFOLOGY」で述べてみたいと思います。

※UFOを目撃、撮影したら御連絡を。
※CBA(宇宙友好協会)の資料を探しています。お心当たりのある方はぜひご連絡ください。
   天空人協会 ; sky-people@jcom.home.ne.jp

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日本軍による真珠湾攻撃を皮切りとして、1941年12月8日、太平洋戦争が始まりました。
そして、これはあまり知られていませんが、その直後の12月9日、相手国のアメリカ合衆国上空に正体不明の飛行物体が現れています。
私も15年ほど前も天宮清氏から紹介されるまで、この事件のことは知りませんでした。

1941年12月11日付の読売新聞は、その状況を次のように伝えています。
「ワシントンUP電によれば九日夜、燈管(燈火管制)中のニューヨーク市には一斉に 空襲警報が発せられた。アメリカ政府当局は同警報発令に関し10日、それはニューヨーク市近郊ミチェル・フィールド飛行場目指して飛来せる敵飛行機を認知せるためだと発表した。その飛行機は一瞬の間に大恐慌を起こしたニューヨーク市を尻目に何処かに飛び去ったが、10日朝来全市はこの噂で持ち切りで、その敵飛行機は果たして日本機か或いはドイツ機かと目下様々の憶説が行われている」
このとき、飛来した“敵飛行機”の正体は不明のままです。もちろん、日本、ドイツいずれにも、当日アメリカ本土空襲を行なったとか、上空に進攻したなどという記録はありません。
そのため、研究者間では、この日、ニューヨーク上空に飛来した謎の飛行物体はUFOだったと考えられています。
しかしUFOであれば、なぜ、太平洋戦争開戦直後の、それも緊張感漂うこんな時期に、ニューヨーク上空に現れたのでしょうか?
しかも、その2か月半後、UFOは再び、もっと恣意的に米国上空に出現します。 
こちらは有名な事件ですし、この時の模様は新聞社のカメラマンによって撮影されていて、UFO本で繰り返し紹介されていますので、ご存知の方も多いと思います。

その事件とは、1942年2月25日未明、ロサンゼルス上空にUFOが集団で姿を見せた、あの事件です。
当時、これを日本軍の空襲と勘違いした米軍が、地上から対空砲火を浴びせるという米国史上例を見ない、一大事件に発展しています。
普通に考えれば、ロサンゼルスという軍事的に重要な都市の上空を、しかも、開戦直後に正体不明の怪物体が飛行すれば、これは当然すぎる結果です。
このとき発射された砲弾は、実に1430発。飛来した物体の数は約15機。目撃者の報告では、物体は円形をしており、当時の航空機の外観とは似ても似つかぬものであったと伝えられています。
これらのUFO群は、猛烈な弾幕の中、撃墜もされず、悠々と飛び去って行ったとのことですが、その時の砲弾の落下破片によって、5名の市民が死亡したと伝えられています。
米国側から見れば、日本軍が上空に現れ、その戦闘によって5名の尊い命が失われたのですから、これは怒りますよね。
米国内の開戦反対派を、軽く押さえ込むほどのインパクトを与えたことは想像に難くありません。きっと、米国民は日本に対する開戦の必然性を意識したことでしょう。
結果として、この「ロサンゼルス事件」は、米国民の戦意高揚に一役も二役も買ったことになったのではないでしょうか?

UFO事件のその表面だけを追うことで満足していると、この事件はこれで終わりです。
ところが、もう少し突っ込んで、このブログでも再三触れた古代天空人の来訪という宇宙考古学の視点や、“天空人は意味なくして現れない”という視点をこの事件に盛り込むと、様相はかなり変わってきます。
つまり、なにゆえ人類を古代から知り尽くし、神と呼ばれた天空人その人たちが、こんなにも不注意な行動を起こしたのかという、どうにも納得できない疑惑が噴出してくるのです。
ここにはまるで、日本という国に巨大な敵を向かわせたかのような残酷かつ作為的な演出すら感じることができます。
実は天空人にとって、この時の行動は、大きな意味を持つものだったのではないでしょうか?


以下、次回へ続きます。

※UFOを目撃、撮影したら御連絡を。
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☆遮光器土偶=宇宙服説1

縄文時代は、草創期、早期、前期、中期、後期、晩期の6つに大きく区分されます。
その中の紀元前2000年頃から始まる縄文後期、晩期の東北地方において、驚くべき土偶類が作られています。
それが遮光器土偶です。
遮光器とは、エスキモーが雪原のまぶしさをやわらげるために使用したとされる横にスリットの入った今で言うサングラスのようなものです。
これが、土偶の眼の部分に似ているため、遮光器土偶と呼ばれるようになりました。

この遮光器土偶は、縄文晩期に青森県亀ケ丘を中心にした特殊な文化圏でさかんに作られて、こういった地域的な偏りは、すでに見た装飾古墳の特異性に良く似ています。
そして、遮光器土偶は、その表面の精緻な造型から、現代の宇宙飛行士が着用する宇宙服との関連が以前から指摘されてきました。
たしかに、遮光器土偶の第一印象はまるでロボットのようで、とても普通の状態の人を模したものとは思えません。宇宙服を着ている姿だと言われた方が、まだすっきりします。

まぁそれはそれとして、遮光器土偶と宇宙服には、実のところどの程度の類似点があり、また、宇宙服として見た場合の論理的妥当性はどの程度兼ね備えているのでしょうか?
実は、この問題はほとんどもう語りつくされているといっても良いので、ここでは過去に先駆的研究者たちから提出された考証を列挙してみましょう。
既に述べた山形土偶やみみずく土偶の考察もあわせて読んでいただけると分かりやすいと思います。

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遮光器土偶の頭部は宇宙服のヘルメットに相当する部分と考えられています。
その路線で細かい特徴を見てみると・・・。

<頭頂部の異様に盛り上がった形状>
考古学者間では「この時代特有の髪形」であると考えるのが主流のようです。しかし一方で、後に登場する“一言主神(ひとことぬしのかみ)”の絵で見るように、これは髪ではなく、帽子のように頭にかぶったものではないかとする説もあります。遮光器土偶が別名で「王冠土偶」と言われるのはそれゆえです。
確かに、遮光器土偶の頭頂部は髪型というよりも何かを頭の上に載せているといった印象があります。「王冠」と見る方がまだ的を射ているように思えます。
UFOLOGYの視点で見ると、後の耳部に見る通信機器的特徴などとあわせて考え、これは通信機器に付随したアンテナと解釈します。
<後頭部の覗き窓>
また、遮光器土偶には、後部に横長の覗き窓状の構造がデザインされている種類のものがあります。ここに掲載した写真でも長方形の縦に波線の入った構造が示されています。
以前紹介した山形土偶( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/13854884.html )にもまるで覗き窓のような構造が後頭部にあったことを思い出してください。同じように遮光器土偶のこの長方形の構造もやはり覗き窓なのでは無いかと思われるのです。
ちなみに、遮光器土偶の元となった宇宙服には、圧搾空気が使用されたとする説があります。根拠は後述しますが、なるほどこの特徴は非常に理にかなっています。
つまり、圧搾空気による気密服の内部では動作が容易なため、体を動かして後方を振り返るより、後頭部に覗き窓を備えた方が能率的だということです。   
<ゴーグル>
横に沈線の入った印象的な眼部は、その形状や耳のあたりの備え付け機構的な特徴から、ゴーグルとされています。
また、遮光器土偶には、“遮光器”に接続した耳にあたる部分に、渦巻状の機構があるもの、あるいはつまみ状の構造があるものなどがあります。これはこのゴーグルが上下に開閉できたことを示唆するものなのかもしれません。
とは言え、遮光器土偶のゴーグルが本当に“遮光器”であったとは到底考えられませんので、もっと別の機能があったのでしょうが・・・。
また、耳の部分についてはもっと複雑な構造を持つものもあり、これは、耳部にレシーバー的器具をも備えていたのではないかと思われます。
<呼吸装置>
 遮光器土偶には、鼻孔とは違う、口もしくは顎の部分にフィルター状構造を持つものがあります。また、他にも顔面中央部に円筒状の物体が存在し、その底部に丸い小穴が円形状に並列しているものもあります。これは今日の防毒マスクに良く似ています。
この口元のデザインについては、特にアカデミズムの世界では追求していないようです。言及している資料を見たことがありません。

これらは、やはり何らかの呼吸用装置と考えるのが妥当だと思います。
さらにまた、左右の眼部の下にも補助フィルター構造を持つものがあります。これはまさしく3点配置の呼吸フィルターなのではないでしょうか?      

◆.悒襯瓮奪箸汎溝里箸寮楝撹
 ほぼすべての種類の遮光器土偶は、ヘルメット密閉用の構造とみられる首あてを備えています。
 首の部分を、地肌が露出したものだと考えずに“首あて”だと判断したのには、もちろん理由があります。遮光器土偶の中には、明らかに首の部分に衣服的な弛みが表現されているものがあるからです。
 ちなみに、写真を掲載した岩手県都南村手代森遺跡出土の遮光器土偶に、その特徴が顕著です。こうした特徴は遮光器土偶で表現されたものが、密閉構造を持ったスーツであったことを強く示唆するものだと思います。
しかも、首あての最下部にあたる部分には、まるでヘルメットをリベット様のもので堅固につなげたかのような接続部がみられます。
CBAの報道によると岩手県渋民村で出土した遮光器土偶は、この位置から頭部を取り外すことができたということです。

 胴体
宇宙考古学では、遮光器土偶の胴体は、ずばり宇宙服です。
この考え方は、なぜか歴史上広く流布していた気配もあり、例えば「西遊記」の孫悟空は遮光器土偶的な渦巻きデザインを持つ膨らんだ衣服を着て“金ト雲”で飛行しているし、一言主神も遮光器土偶をモチーフにしたかのような衣服を着て“雲”に乗り空を飛んでいます。
まさにこの”“縄文スーツ”が、雲のような物に乗って飛行する者が、身に着けるべき衣服であることを示しているかのようです。
さて、一言主神というのは、明治期に出版された『日本の神様』という本で紹介された雄略帝が大和の葛城山で出会った神のことで、その挿し絵を見ると、一柱の神が、雲に乗り遮光器土偶と同じ衣服を着用しているところが描かれています。        

ちなみに、古代オリエントに訪れた天空人の話はこのブログでも何度かさせていただいていますが、例えばウガリトの主神バアル、『旧約聖書』のヤハウェは、雲に乗る者と呼ばれます。この奇妙な符号はなんでしょうか?
やはり古代オリエントの天空人が古代の日本にも飛来していたのでしょうか?

ところで、圧搾空気で衣服全体を膨らませ、空気の力そのものを骨格にした機構の月面開発服が、一時期NASA(米国航空宇宙局)で有望視されたという情報があります。
それは現行の宇宙服と比べ、非常に動きやすく軽いものだったということです。
たしかに、圧搾空気使用の宇宙服の外観的特徴は、肩から胸、腰などが極めて盛り上がってしまうところにあり、驚くべきことに、この特徴はそのまま遮光器土偶の特徴にあてはまってしまいます。
また、たいていの遮光器土偶は、その内部が中空となっていることから、一般的に「中空土偶」と総称することもあります。
もちろん、中空土偶は遮光器土偶に限った特徴ではありませんが、年代的には遮光器土偶へと続く、縄文時代後期後半からの完成度の高い、このブログでも触れた山形土偶などの一連の宇宙服と推察される土偶に見られる特徴です。
 当然のことながら内部を中空にした方が、制作工程上手間がかかります。
なぜ、このように高度な技法を使用したのでしょうか?それは、外殻を示すといった技法により、遮光器土偶が宇宙服であることを巧みに表したものだったのかもしれません。   
さらに、胸部に見られる乳房状の突起を見てみましょう。
これは、遮光器土偶が多産信仰を反映した女神像であるとするアカデミズムでの根拠ともなっていますが、必ずしも女性を示す特徴であるとは断言できません。乳房状の突起と共に男性性器が表現されている例もあるからです。
また、土偶が単純に女神像ではないということについては、以前すでに述べていますが、通常考古学畑の研究者間でも、「土偶は、女性でも男性でもなく、縄文人が己の形を写したものでもなく、おそらくは性を超越したイメージ即ち何らかの精霊の仮の姿と見るのである」と見る考え方もあることを再度示しておきます。(「季刊・考古学」第30号『縄文世界の土偶』小林達夫)
また、遮光器土偶を溯る縄文晩期初頭制作の「異形みみずく土偶」には胸部の2つ乳房状突起の他に背中にも4つの同様の構造が存在します( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/13023693.html で紹介した4番目の写真をご覧ください)。そうなると、これはまったく乳房の表現とは考えられません。
それよりも、生命維持装置等を連結させるバルブ口、ないしダイヤル調節器と考えたほうが納得できます。アポロ宇宙飛行士の着ていた宇宙服にも、これと似たような機構が存在しています( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/13023693.html で紹介した2番目の写真の右側の宇宙飛行士をご覧ください)。
また、遮光器土偶の下腹部には排泄物をスーツ外へ排出する為の”穴”のような構造を見ることが出来ます。

このように遮光器土偶は宇宙服を模したものだと言われれば、なるほどと思わせる特徴にあふれています。


次回は、遮光器土偶の周辺事情などの考察を行なって、遮光器土偶=宇宙服説の論拠を補強してみたいと思います。

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◇不思議な物体?

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昨年の夏頃、メールで面白い写真が送られてきました。
昨年7月16日の台風の最中に東京都内で携帯電話のカメラで写したというもので、「竜」のような物体がうごめきながら上空を通り過ぎていったとのことです。
こちらからの問い合わせメールに返信がありませんでしたので、イタズラかな?と思って放置していました。(送り主の方、この記事を読んでいたらすみません。ご連絡ください)
うねうねした物体は、カメラに非常に近い位置にも見えますが、何分携帯のカメラですので画像は不鮮明です。詳しく分析できません。
また、画面のどちら側へ移動していったのかも情報がなく、それもわかりません。

さて、どうして今頃この写真を載せるのかというと、最近ふと昔のUFO研究会の機関誌、日本UFO研究会発行の「UFOジャーナル」癸隠靴鮓ていて、その表紙に掲載された写真が、この写真にとても似ていることに気がついたからです。
それが2枚目に掲載した写真で、1975年3月23日午後3時30分頃、鳥取市の砂丘で徳永光男氏が目撃撮影したというものです。
(複数の縦線はスキャナーで取り込み時のもので原版にはありません)
不定形の細長い雲のような質感が良く似ています。
これは一体なんでしょう?


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