UFO本など

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

1950年代は日本のUFO黎明期です。
新しい謎であるUFOに心ときめかせた当時の先駆者達が、どのようなUFO本を手にして、何を考えていたのか・・・、それを想像するのは私のように若い研究者にとっては結構楽しいものです。
今回は、1950年代のUFO本を簡単に紹介したいと思います。
とは言っても、ここで紹介した書籍全てを所有しているわけではなく、知人の協力によるものもあります。そのため、内容を熟知をしているわけでもありませんので、不正確な記述もあろうかと思います。
その点ご容赦を。

さて、日本のUFO本として最初のものは、「ポピュラサイエンス」緊急増刊「地球は狙われている」(1951年4月イブニングスター社刊)ですが、本ブログで以前紹介したことがあるので割愛します。( http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/13023852.html )
ごく稀に古本屋で見かけることがありますが、高額であることが多いようです。まぁ、私はさほど資料的価値はないと思っていますが・・・。

その後、G・アダムスキーの「空飛ぶ円盤実見記」が1954年8月に高文社から発刊されるまで、UFO単独の書籍は国内では発行されていません。
時折、雑誌の記事としてぽつぽつ散見されることはあったようですが、国内ではまだまだUFOは一般的に認知されていなかった模様です。
そういった中で面白いのは週刊誌「日本週報」218号(1953年8月、日本週報社刊)が、ちょっとした円盤特集号もどきとなっていることです。
表紙のインパクトに比べて、実際には円盤記事はそんなに多くなく、しかも海外翻訳記事が中心ですが、徐々に国内でもUFO目撃が発生し、社会現象として無視できなくなりつつあった世情を反映しているものなのかもしれません。

そして、先ほどの「空飛ぶ円盤実見記」の翌年(1955年)8月には、セドリック・アリンガムのコンタクトストーリーが「続・空飛ぶ円盤実見記」(後に「火星からの空飛ぶ円盤」に改題)としてやはり高文社から発行されています。
そしてその年の12月には早々にUFO否定論を国内に紹介した「宇宙旅行」(原田三夫著、生活社刊)が出版されています。
同書はUFO専門書ではなく、宇宙旅行全般に渡って論じた本です。
しかし、米国のメンゼル博士によるUFO批判的研究を紹介した「空飛ぶ円盤の正体」および「科学者の見た空飛ぶ円盤」と題する章を含み、また、火星の運河や月面の不思議な変化現象への記述もあったりして、国内で盛り上がりつつあるUFO熱に水を差しつつ、宇宙には不思議な現象もあることを紹介した、ちょっと中途半端な立場の本です。
ところで、アダムスキーの「空飛ぶ円盤実見記」は比較的売れたらしく、版元の高文社では当初ハードカバーであった同書を1956年3月にはコンパクトな新書サイズに改めて再発売しています。
そして、その年の5月にはやはり高文社から、初めての本格的な円盤研究書であるエイメ・ミシェルの「空飛ぶ円盤は実在する」が出版されました。(私には、同書の当時の評価がどうであれ、どうもデータの取扱いが雑であるのが少々不満なところです。)
ミシェルの本は研究書の類ですから、当然面白みには乏しく、売れ行きも芳しくなかったようです。
高文社では再度、アダムスキーの続編(「空飛ぶ円盤同乗記」)やトルーマン・ベサラムのコンタクトストーリー(「空飛ぶ円盤と宇宙」、のちに「空飛ぶ円盤の秘密」に改題)などのコンタクトものの翻訳書を発行します。

そんな中で、いわゆる科学的研究書も負けていられないといったところでしょうか。
故高梨純一氏の「近代宇宙旅行協会」が、空飛ぶ円盤研究双書「空飛ぶ円盤の謎」の発行(1958年5月。実際には第8分冊まで予定されていたその1分冊目で、ガリ版刷りの本書には円盤事件の発端から、マンテル事件、米空軍の円盤研究部発足までを紹介しています。結果的に後続の分冊は発行されなかったのですが、その内容の大部分は後に高文社の同氏の著作に収められている模様です。)を行なったり、故荒井欣一氏の「日本空飛ぶ円盤研究会」が空飛ぶ円盤研究シリーズ(1958年7月〜1959年4月までに癸瓦泙波行)を矢継ぎ早に発行したりと活発な活動を見せ始めます。
その活動の一環という訳ではないのでしょうが、朝日新聞社から日本初のUFO児童書として「バンビ・ブック 空飛ぶ円盤なんでも号」(1958年9月)が発売されます。
当時のいわゆる科学派研究者(荒井欣一氏、高梨純一氏、北村小松氏等)が総動員された感のある本で、児童書ではあっても大人も読めるUFO入門書としての機能を十分果たしたものであろうと推察されます。

そしてそういったUFO界の動きに歩調を合わせるというべきか、反発するかのようにというべきか、宇宙友好協会(CBA)では、宇宙シリーズと題して1959年4月から1960年4月の間に9冊の円盤書を発行します。(「続 宇宙の彼方より」のみ1960年代)
CBA発行書籍は概ねコンタクト派の本ですが、最後の「続 宇宙の彼方より」以外は自費出版物とは思えない本格的装丁のものです。(しかも「宇宙語・宇宙人」はハードカバー。)
これらCBAの本を科学派のUFO研究者は無価値なものとしていますが、「地軸は傾く」や「宇宙交信機は語る」などは、異端ではあっても興味深く読めるものだと思いますし、かなり示唆される点が多いのも事実です。
さて、本稿は、1950年代のUFO本を中心としてまとめていますが、少し60年代に足を踏み入れましたので、CBAの「宇宙友好協会(CBA)の歩み」(小川定時編集、1960年8月発行)にだけ触れておきます。
これは、CBA機関誌「空飛ぶ円盤ニュース」特別号として発行されたもので、先にご紹介した書籍「地軸は傾く」に端を発した騒ぎ(この騒ぎにご興味ある方は、ネットで検索すると出てくるかと思います。)の弁明として、編集されたものといわれています。CBAの有力者であった松村雄亮氏のコンタクトが初めておおやけに語られたものとして注目されるものです。

で、話を戻します。
ミシェルの「空飛ぶ円盤は実在する」と同じタイミング(1956年5月)で、時事通信社から「鉛の服を着た男」(D.ラング著)が出版されています。これも前述の「宇宙旅行」と同様、UFO専門書ではなく、2章分ばかりがUFO関係の記事になっています。既に“空飛ぶ円盤”という訳語は定着していたはずなのですが、Flying Saucerを“空飛ぶ皿”と直訳しており、なんとなく時代を感じさせるものです。

以上、ざっと1950年代のUFO本を俯瞰してみました。
今のように世間に情報が氾濫している時代ではないわけです。
当時の研究者の知識欲がどれほど高いものであったのか想像すらできませんが、活字の一字一字をそれこそ穴のあくまで目で追って、空への憧れを意識に埋め込んだのではないでしょうか?
それを非常に羨ましく感じるのは、たぶん私だけではないでしょう。

開く コメント(5)

イメージ 1

これは、矢追純一氏のUFO写真集「写真で見る 空飛ぶ円盤200集」シリーズの第三弾で、案外入手しづらい本です。
1976年5月1日に平安株式会社から発行されたものです。

矢追さんといえば、おどろおどろしいUFOネタのオンパレードを連想しがちですが、初期の頃は結構素朴な味の本も出していました。
本書もそういった中の一冊で、UFO写真集というよりも、国内の取材内容を紹介した、ちょっとまとまりの無い取材本といったイメージのものです。

ちなみに、国内のUFOといったところでは、後年二見書房から「全国UFO目撃多発地帯」というUFOの目撃記事や写真、取材内容を地域別にまとめた本を矢追さんは出しています。
実はこれがデータの詳細性には欠けるものの、非常に労作かつ有益な本であるがゆえに、いっそう「日本に来た・・・」の中途半端さが際立つ結果となっているのです。
なにせ、千葉で撮影されたUFO写真の取材報告を全体200ページ中の50ページほど使って掲載しているのですが、これがトリックとしか思えない事例なわけですから、手にしたときの失望感たるやいかほどかご想像いただきたいと思います。

とは言え、1970年代の熱気を知る上ではこの本も非常に重要な一冊であろうとは思います。高知県介良の小型円盤事件などが、詳細に紹介されているのは貴重なのではないでしょうか。

あと、どうでもよい話ですが、本書には2バージョンのカバーがあります。
「写真で見る」の文字が表紙で黄色、背表紙で緑のものと、表紙背表紙とも赤のものです。
後者の方が、後で発行された分と思われます。
たぶん、本書は前二つの200集に比べ、売り上げがのびなかったのでしょう。
そのため、インパクトのある配色で文字を刷りなおしたのだと思われます。

開く コメント(1)

イメージ 1

1970年代中盤。
時はちょうどUFO大ブームの到来で、「少年マガジン」などの少年誌は、頻繁にUFO特集を組んでいました。
テレビでも連日UFO目撃事件を扱っていて、時代が飛躍的に未来へ前進したかのような、何か不思議な感覚に満ちた、そんな時代でした。
小学校高学年だった私は、それらの記事やテレビで得た知識をもとに学校一のUFO博士と呼ばれるようになっていました。

そんな1975年の6月、この「UFO写真集 廚鮗宅近所の書店で見つけました。
当時としては珍しいA4サイズの大判写真集です。
パラパラめくると、掲載されたUFO写真は、小さな物体であったり、光のスジであったりして、当たり前のことですが、素人の撮影したものという雰囲気がはっきり分かるものばかりです。
これが、逆に私にUFOの世界をとても身近に感じさせました。
価格は1300円。
子どもの私には少々高額でした。
家に帰って買うかどうかひとしきり悩んだ後、夕方になり決意を決めて小遣いをはたいて再度その本屋へ買いに行きました。
そんないきさつのある本です。

今見ると首をかしげる写真も多いのですが、小学生の私には、写真に付された撮影データがとても厳密で科学的に思え、UFOは時を同じくしてブームとなっていた心霊や超能力とは全く次元の異なる事象なのだという印象を強く持ったことを覚えています。
世間では頻繁にUFOが現れており、カメラさえ持っていれば、自分もすぐにでもUFOを撮影できるものと思い始めたのも、この写真集のおかげです。

ちなみにUFO写真集として商業ベースで発行された本は、これが国内最初のものですが、CBAが同じ頃UFO写真集を発行しているようです。デンマークのUFO研究誌「UFO NYT」で紹介されていました。
※このCBAの写真集について詳細をご存知の方がいましたら、ぜひ情報をください。ちなみに「UFO NEWS」誌とは別物です。

さて、,搬蠅気譴討い燭海箸らも分かるように、本書には続編を刊行してゆく予定があったようです。
しかしながら、結局発行されたのは,世韻任后
ただし、ずっと後になって、コズモ出版からユニバース出版と名前を変えた同じ出版社から、「世界UFO写真完全記録」と題された本格的な写真集が発行されていますが・・・。

この写真集は、当時、結構売れたようですので、今でも古本屋などでちょくちょく出回っているのを見かけます。古本屋で見かけると、少年時代の高揚感がよみがえり、思わずドキドキしてしまいます。
ちなみに、本書は社名がユニバース出版社になったタイミングで、右の写真のように表紙カバーが変更になりました。

開く コメント(8)

イメージ 1

CBAの実力者松村雄亮氏がCBAを始める前、「Flying Saucer Research Group」という会を主宰していたことは意外と知られていません。
横浜近郊に駐留している米軍関係者を中心とした会であったらしく、その機関誌は英文で作成されていました。
機関誌名は「UFO NEWS DIGEST」と題され1957年2月に創刊されています。
後年のCBAの2大機関誌名「空飛ぶ円盤ニュース」、「空飛ぶ円盤ダイジェスト」に、“ニュース”や“ダイジェスト”という名称をそのまま使用したところをみると、松村氏の中では思い入れのあるネーミングであったのだろうと思われます。

当時、松村氏の持つ海外情報の豊富さは、日本空飛ぶ円盤研究会の荒井欣一氏や近代宇宙旅行協会の高梨純一氏にも一目置かれていたようで、「宇宙機」や「空飛ぶ円盤情報」といったそれぞれの機関誌にも、松村氏が常連的に寄稿していたことからもうかがい知れます。
これは、後年のCBAと空飛ぶ円盤研究会や近代宇宙旅行協会の確執を知る人にとっては意外かと思いますが、当初(1957年当時)は相互に協力体制を敷いて活動をしていたのです。

これが、1958年の宇宙友好協会(CBA)の設立や1959年8月の「地軸は傾く?」(宇宙友好協会刊)の発刊に伴い、次第次第にその活動方針に軋轢が生じ、1959年11月になると高梨氏が自身の機関誌「空飛ぶ円盤情報」1959年11,12月号に「宇宙友好協会の盲動に対する声明書」、次の1960年1,2月号に「宇宙友好協会の盲動を阻止せよ」という記事を載せたことからもわかるように完全な敵対関係に陥ります。

まぁ、そういった事情はともかくとして、装飾古墳や土偶といった宇宙考古学の先鞭、古文献からのUFO目撃記録の抽出、航空機上のUFO目撃事件の収集と分析、UFO観測会の開催と記録保存、UFO出現の意味を探る研究など、松村氏がUFO研究界に果たした役割は相当大きなものであったと思われます。
個人ベースではもちろんのこと、研究界ベースで影響を与えていることがその特徴だと思います。

ちなみに、「UFO NEWS DIGEST」ですが、3号まではB5サイズ、4号からはA4サイズで発行されています。
活写版印刷のようですが、5号以降が発行されているのかは不明です。
海外情報の紹介を主内容としていて、1954年10月の英国の有名なレーダー事例U=Z事件に関する解釈(このときのUFO群が示した“U=Z”という隊型は、原爆の原料であるウラニウムの頭文字“U”と,アルファベット最後の文字“Z”が“=”イコールであると言っているのだから、“原爆使用は人類の破滅となる”という意味だとする解釈)をいち早く紹介したりもしました。

開く コメント(20)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

南山宏氏のUFO関係の児童書は沢山ありますが、これもその中の一つです。
1974年1月25日に黒崎出版の世界怪奇シリーズの一つとして発刊されたものです。
南山さんのUFO児童書では「世界の円盤ミステリー」という豊富な内容のものが既にあり、こちらは私と同世代のUFOファンであれば必ず手にしたことがあるのではないでしょうか?

「世界の円盤ミステリー」には、データが不正確ということで結構批判があったりしましたが、子供向けのUFO入門書にデータの正確性を求めて何の意味があるのか?ちょっと的外れな批判だなという感じでした。
私からすれば、幅広いUFO事例や写真、考察などが要領よくまとまっていて、当時のUFO世界の全てが俯瞰できる良い本でした。
ちなみに、近年改定された「世界の円盤ミステリー」では、大幅な章の入れ替えやデータの修正が入っており、南山さんの誠意を感じることが出来ます。

ちょっと、横道にそれてしまいました。
「円盤写真大図鑑」の話でしたね。
本書は「世界の円盤ミステリー」に比べるといかにも手軽に作った感がぬぐえないというのが印象です。
でも、そんなことはどうでもよくて、昔も今も私のもっとも大事にしている本のひとつです。
本書は、私がUFOに興味を持った1975年や76年にはもう絶版になっていました。
書店に注文して、絶版だという回答をもらったときの落胆した気持ちを今でも思い出します。
当時の私は、UFOの写真が見たくて見たくてたまらない状況でしたから、題名だけは知っていたこの本にどんなUFO写真が掲載されているのか、それは夢にまで見るくらいあこがれていました。
子供向けのUFO写真集だと思っていたからです。
なんとしてでも手に入れなければ・・・そんな気持ちでした。

私の郷里は田舎町で、古本屋などありません。
家から相当離れたところに一軒だけ古本屋があるのを知っていましたが、小学生の私には普通ではなかなか行けるような距離ではありませんでした。
ところがある日、この古本屋に「円盤写真大図鑑」が置いてあるという強い予感があって、どうしても行かなければならないという気がしたのです。
1時間以上かけて歩いて行きました。
なぜそんな気持ちになったのか今でも不思議なのですが、友達と遊ぶ約束もせず、学校から帰ったらそのまままっしぐらです。

やっと到着して、ぎしぎし音のする古本屋の扉を開いて本棚に向かった瞬間、予感どおりありました。
夢にまで見たこの本が・・・。
現物を見ると「写真大図鑑」という割りに円盤写真はさほど載っておらず、ちょっとがっかりしたのも事実ですが、大喜びで購入して家に帰ってからもずっと眺めていたのを覚えています。

というわけで、なぜかこの本には思い入れがあるのです。

ちなみに、その後もこういったことは結構ありました。
古本屋通いをしている人には良くあることなのではないでしょうか?
不思議と探している本が、予感に誘われて入った古本屋で手に入ることがあったりします。
また、手に入れるまではあれほど苦労したのに、一度見つけてしまうと連続して見つかることがあります。
UFOとは関係有りそうで、実は全く無いそんな話でした。

開く コメント(2)

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事