日記
才能?個性?とにかく、僕をひきつけてやまないもの本来はトラックバックすべきなのでしょうが・・・。 どの記事も素晴らしく適当な記事を選び出せないので・・・。 さて、才能・・・、個性・・・どう言ったらいいんでしょうか? まるでダイヤモンドのように光り輝き、人々を惹きつけてやまないものです。 才能や個性は本人のものですらないのかも知れません。 本人自信が才能であり個性であるなら、本人がマネジメント出来るものではないのかも知れません。 努力して得られないもの。着実さでは得られないもの。 生い立ち、生まれ持ったもの、交友関係、幼い頃の文化環境、etc...それらが絶妙にブレンドされ、 早い人では幼少期から異彩を放ち始めます。 ものつくりに従事する人、芸術の分野に生きる人には魂を悪魔に売ってでも欲しいもの。 才能を持った人に不幸な出会い方をすると、自分の積み上げた努力、個性が、プライドとともに跡形もなく粉砕される・・・こともある。 あるウタウタイがました。 これは本当の話。 彼が17歳のとき、初めて、夜の街で出会いました。 それまでの音楽仲間とは、何もかもが違いました。 彼の唄声は周囲の空気を震わせ、切り裂き、空間を全く透明な媒体にし、聴く者の魂を電撃のように 打ち据えました。彼の唄を聴いたものは彼の一挙一動から目が離せなくなる。 全く防御できない音波とでも言おうか・・・。 とにかく、心に飛び込んでくるんです。どういう仕組みなんでしょう? 倍音成分?とかじゃない(笑) 彼は一瞬で仲間達の教祖になり、全国でも有名になりました。 東京で彼のライブに出演したときのこと。 地方から東京へ出てきたある絵描きが 「さっき、ライブに出てた人ですよね?」 と僕を呼び止めました。 「彼(ウタウタイ)のこと聞かせてもらえます?」 缶コーヒーを片手に絵描きのの話を路上の石に座って聞きました。 「彼の唄を聴いちゃいました。俺、絵を止めます。」 僕は驚きませんでした。 だって、彼の歌を聴いて、芸術をあきらめた奴を他にも知っているから。 もちろん、芸術は争うものではない・・・。 しかし、自分の魂以上に他人の魂に興味を持ってしまった芸術家は・・・・。 自分がoriginでいられなくなるつらさ。自分が根源でなくて、何を表現できようか。 人より、個性がある。人より確信がある。いや、そうじゃない。 どーしようもなく、自分自身である・・・これが天才とか、才能とか、個性というもんだろう。 「自分」というものの組成に粗悪な劣化したコピーが紛れ込んでるんだろうね。 先入観とか、秩序とか、社会的モラルとか・・・、「普通は・・・」とか。 でも、それが「普通」の人間。 最大公約数を上手に使い、理解しあう。 平和だ。 僕も彼の呪縛にかかったような、かからなかったような、微妙。 でも、あれから、僕は変わったんだろう。 半端じゃなく、影響受けやすすぎるし。 己を否定し続ける長い旅が続いて、やっぱ、僕はどうしようもなく僕自身であると。 それを表現していこうと。 ずるく。純粋に。機敏に。臨機応変に。抽象的に。鋭利に。営利に(笑) でね、でね、でね。 紹介したブログ!!! もー駄目!! 何?この文章表現!!! すごい!!すごい!!!!! このブログを読んだときのどきどきわくわく感! ガキの頃に読んでもらった絵本と同じくらい!! 自分が自分でなくなるまで、一瞬。 一瞬で、彼女に同化し、考え、ふんふんとうなづいちゃう。 何一つ、違和感はない。 当たり前のこと。 当たり前のこと以上のことなんてこの世にはない。 でも、その当たり前のことがなんて新鮮でなんて生き生きとしてるんだろう。 彼女というフィルターをとうして世界を見る愉悦・・・。 外に雨は降ってなくても アジサイの絵が描いてあるガラスを濡らして、通してみると 物憂げな梅雨時が演出できる・・・みたいな。 ね。見て。
|



