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日本の西の端、与那国島をふらふらしています。
島の東端、東崎(あがりざき)にいます。
「こんにちは〜」
「与那国馬さんにご挨拶しましたっ!」
「何だったんだ? いまのちっこい奴。」
あ、どうもお騒がせしました。
こんな景色を眺めていると、時が経つのを忘れてしまいます。
与那国馬くんは、何を想うのでしょうか。
但し、足元の落し物には十分な注意を払わないといけません。 更に、こんな地面の割れ目もあり落ちたら大変です。 やがてこの隙間が広がって、崩落する日が来るのかもしれません。
おや?崖下にクルマが停まっています。 どうやら下まで降りられるようです。
せっかくなので、下りてみましょう。
「70mちかい崖なんだって〜」
島の北側の海岸線が広がっています。
あれ?変なところに船がいます。
報道によると、与那国−石垣−那覇を結ぶ貨物船「協栄丸」が11/11に座礁してしまったようです。 この船には、11/15から那覇で開催された「離島フェア」に出展する貨物が積載されていて、
与那国島の出展が出来ないのでは、と心配されました。
代替品を航空便で那覇まで送り、何とか間に合わせたようですが、
一点ものなどで、出展出来なくなってしまったものもあったとか。
ここの海岸には、漂着物が多く流れ着いていました。 これはベトナム製のペットボトル。
船の上から投げられたのか、それともはるばる黒潮に乗ってベトナムから流れ着いたのか。 他にも色々、不思議な漂着物がありそうでしたが、
宝探しを始めてしまうといつまでも続けてしまいそうなので、いい加減に切りあげて先に進みます。
西部劇の砦みたいな石組みは、東崎のたもとの高台に建つ、
17世紀に琉球王国が各島に整備させたと云われる、遠見台(火番盛)の址「ダテイクチデイ」です。
この場所に立って不思議に感じた事がありました。 傍らの説明文によると、(「」内は説明文の引用)
「1644(正保元年)尚賢王は、琉球官船の航路にあたる諸離島に対し、遠見番所の設置を命じ…」
とあるのですが、この遠見台は明らかに東の海を見通す位置にあります。
西表−石垣と王国の中心部に向かう、東の海を王朝が監視させる意味が良くわかりません。
むしろ 「海上監視や出入りする船の通報などをおこなわせ…」 るにはもっと相応しい場所がありそうなのに。
しかも、ここで船を発見しても隣の西表島までの距離は約70km。 一体、その情報をどうやって通報したのでしょうか。 現代の烽火台、 宇部良岳のNTT与那国島無線中継所からの電波なら、西表島まで即座に届きますが…。
晴れた日には西表島が見える事もあるようですが、烽火が確認出来る距離ではないように思えます。 この日、西表島を見る事は出来ませんでした。
一般に烽火の有効距離は10km程度とされているようです。 となると、高速サバニ(船)を用意しておいて、見つけた船を追い越して西表に情報を伝える?
あまり現実的ではないよな〜。
この場所からは、島で一番高い場所「宇良部岳(231m)」まで、島の東半分が見渡せます。
説明文の続きには、「船が現れると一人は早馬で村に到り(中略)船が来たことを伝えた。」 とあります。
確かに東の端のこの場所から、島中に情報を流すのは早そうです。
更に説明文には、
「番小屋造り作業グティククイと称して、毎年(中略)造り替えられた。」 ともあります。 現在でも「グティククイ」の祭事は行われているのだとか。
この場所が、島にとってとても重要だった事をうかがわせます。
もし王朝の強制だけだったら、そこまで大事にされたかな?
何だかこの遠見台、琉球王国の施設を装いつつ、
実際には東からやって来る琉球王国の船を、いち早く発見するために使われていたのではないか、
そんな気がしてきます。 「役人が来るぞ〜。 高価なものは早く隠せ〜」なんてやっていたりして。
思わず昔を空想させる、遠見台からの景色なのでした。
ここは本当に絵になる景色です。 レンタカーも格好良く見えます。
牛や馬が嫌がるので、ここからは出ないという「テキサスゲート」を越えて、「東崎」を後にします。
ここからは、牛さんや馬さんの落し物に悩まされずに済みます。 しばらく走り、空港の西側にある「ダンヌ浜」にやって来ました。
与那国空港に西側から着陸する際、下に見える砂浜です。 (フィルムカメラ)
「あれが、日本の端っこですっ!」
棒のように見えているのが、日本の最西端「西崎(いりざき)」の灯台です。
午後の日差しもかなり傾いてきました。 少し先を急がないと… と言った端からこんな所に寄り道。 「日本最後の夕日が見える丘」
久部良港の向こうは西崎(いりざき)です。 午後の太陽も低くなってきました。
反対側は、島の最高地点、宇部良岳まで見渡せます。
海沿いには、「クブラ(久部良)フリシ」と呼ばれる断崖が続きます。
不思議な「カイダー字」や、長い旅をする蝶(前回の記事参照)、海底遺跡…。
ミステリアスな貌を持つ与那国島にいると、ああだこうだと妄想がふくらみます。
島の西、久部良港までやって来ました。 おそらく日本で一番西にある信号機。
写真を撮りそびれてしまいましたが、空港の東「祖納港」にも信号機が設置されています。 どちらも学校の近所というのが印象的でした。
久部良港では、石垣島とを結ぶ定期船「フェリーよなくに」が荷降ろしをしています。
もう一艘の定期船「協栄丸」が運航出来ない状態なので、この船が唯一の定期船になっています。
ただフェリーなのでコンテナ搭載が出来ず、貨物が全てバラ積みなので荷役作業が大変そうでした。
もう少し、与那国島をふらふらします。
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2013年こぶ〜の旅
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崖の下に下りるとき半端ない坂ですよね??
私も降りましたが超急坂だったのが印象的です
しかし降りれば絶景ですね
2013/12/23(月) 午前 9:35 [ よっちゃん ]
よっちゃんさん、こんにちは お忙しい中コメントありがとうございます
東崎の崖下に下りる道、軽で大丈夫?という位の急坂でした。
普段は使わない「L」レンジの存在意義がよく解りました(笑)
でも下りた甲斐のある豪快な景観が広がっていて、まさしく穴場でした。
2013/12/23(月) 午後 1:06
最果ての地に憧れますが行ったことがありません。
余裕のある観光をしないからだと思います(笑)
2013/12/23(月) 午後 1:16
油屋さん、こんにちは
JTAが隔日に就航していた時よりも、RACになって便数も増え、
最果ての地もちょっとだけ訪れやすくなりました。
行って良かった風景でしたが、やはりここからの帰り道は長かったです(笑)
2013/12/23(月) 午後 3:26
行った気持ちになれる素晴らしいレポです⭐️
座礁船はどうなるのでしょうか!気になります。
この島は夕日がホント綺麗ですね。
これを見るには泊まらなくてはなりませんが、
うーん、また行きたいです!
2013/12/23(月) 午後 4:44
りかおんさん、こんばんは ☆ありがとうございます
与那国島はやはり遠かったですが、本当にどこもが絵になる風景で出掛けた甲斐がありました。
「日本で最後に沈む」という肩書きが無くとも、西の海が開けているので圧巻の夕日でした。
座礁船は冬場は北風のせいで作業が難しく、離礁は春を待ってからになるようです。
2013/12/23(月) 午後 5:29
馬に近づける場所があるのですね。
ゆったりと静かな時間が流れている感じがします♪
車でゆっくり景色を楽しむのがいいなぁσ(*´∀`*)
機内から見た景色と陸地から見る景色がそれぞれに美しいですね☆
2013/12/23(月) 午後 5:56 [ 虹の輪 ]
虹の輪さん、こんばんは ☆ありがとうございます
東崎の周囲は与那国馬や牛の放牧場になので、至近距離まで近付くことができます。
与那国馬はおとなしくて可愛いかったです(よく見るとかなりの内股なんです(笑))
一周30kmほどの小さな島ですが見所も多く、どこに行っても景色が素敵でした。
2013/12/23(月) 午後 7:21
すごいです!
行ったような気持ちになれてガイドさんの説明を聞いてるかのように勉強にもなる、思わず、そうかぁ、うん、うん、と頷く自分がいました(笑)
馬さんにも夕日にも癒されましたよ〜(((^^;)
2013/12/23(月) 午後 10:00 [ michi ]
michiさん、こんばんは ☆ありがとうございます
与那国島は小さな島なのですが、移り変わる景色がとても素敵で、
そんな雰囲気を少しでも感じていただければ嬉しいです(^^ゞ
しかも沢山の伝説にも彩られているので、あーだこうだと妄想していました(笑)
2013/12/23(月) 午後 11:28