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夏休みの一日、「加賀周遊バス キャン・バス」を利用して、加賀、小松をふらふらしています。
小松の古刹「那谷寺」を後に、やって来たのはこんなところ。
「日本自動車博物館」です。
「さっそく中に、GOGOですっ!」
そういえば整備士くん、那谷寺では一度も顔を見なかったけど。 さては力を蓄えていたな?
入口に鎮座しているのは、英国製の高級車、
「ロールス・ロイス シルヴァー・シャドウ(1965〜77年)」でしょうか。 「日本自動車博物館」は、富山の実業家の個人コレクションを基に、500台を超える車を収蔵展示しています。
「トヨタ 2000GTですっ!」
現在に至るまで数多く造られてきた日本車の中で、最も伝説的な車といえば、やはり「トヨタ自動車」の「トヨタ 2000GT(1967〜70年)」(MF10)をおいて他に無いと思います。
販売期間が3年のみ、その間の製造台数はわずかに337台、当時の販売価格が238万円。
現在の物価だと1,500万円を超える超高価格。 それでもコスト割れしたといわれています。
また、当時のトヨタ車とあまりにかけ離れた、2.0L・直列6気筒DOHCエンジン搭載などのハイメカニズムぶりに、開発、製造に関係の深かったヤマハ発動機との関係が取りざたされたり、「ボンドカー」として映画「007は二度死ぬ」に登場したりと、伝説にいとまがありません。
最近では、オークションでの落札価格が1億円を超えたという話もあるようです。
同時期に開発されたトヨタのスポーツモデル、
「トヨタ 1600GT(1967年)」(RT55)もちゃんといました。
外装が当時の「コロナ」のままなので一見地味ですが、ヤマハチューンの1.6L・直列4気筒DOHC8バルブ「9R」エンジンを搭載し、モータースポーツで活躍しました。
今で言う「ホモロゲーション・モデル(レース参加資格を得る為の製造販売)」的な位置づけだったようで、1967年から1年間、約2,000台のみの製造でした。
台数こそ少なかったものの、「トヨタ 1600GT」は、その後に続くトヨタ製スポーツモデルの大先輩、原点となる車だったと思います。 (「2000GT」は、他の追随を許さぬ「孤高の天才」と思えます。)
直属の後輩その1、
「トヨタ セリカ1600GT(初代 1970〜77年)」(A20)
展示車はLB(リフトバック)と同じ顔付になった中期型でしょうか。
「セリカ1600GT」の「2T-G」エンジンも、「9R」同様「ヤマハ」の手が加わっていたと思います。
良い子の後輩その2、
「トヨタ スプリンター・トレノ1600GT(二代目 1974〜79年)」(TE47/61/65)
1970年代は、公害問題の顕在化、オイルショック以降のガソリン価格の高騰など、スポーツ車には厳しい時期でした。 そこで、モデルの途中で環境基準をクリアした「2T-G・EU」(EFI-電子式燃料噴射)エンジンが登場します。(展示車はTE61と表示されていました。)
余談ですが、「カローラ・レビン/スプリンター・トレノ」の中で、最も知られている「AE86型」が見当たり
ませんでした。 そのあたりに、元々が個人コレクションという事情があるのかも、なんてつい思ってしまいました。
優等生な後輩その3、はいるのに。
「トヨタ MR2(初代 1984〜89年)」(AW11)
「トヨタ MR2」は、「AE86 レビン/トレノ」と同じ「4A-GE」系DOHCエンジンをミッドシップ・マウントした、2座席の本格的スポーツカーでした。 トヨタは「2000GT」の大赤字から、二度と2座席のスポーツカーは造らないなどと言われていましたが、その説を覆した存在です。
「4A-GE」系エンジンは、「9R」、「2T-G」と続いたヤマハの手を離れ、トヨタが独自に開発した新世代型DOHC16バルブ(20バルブもあったような…)エンジンといわれています。
すっかり話がそれてしまいました。
「トヨタ 1600GT」が活躍していた1960年代後半、当時のツーリングカー(市販車改造)レースでの「トヨタ」のライバルといえば…
あ、いました、いました。
「いすゞ べレット(1963〜73年)」(PR10〜95?)です。
今では「いすゞ自動車」は乗用車の開発、製造から撤退してしまいましたが、1963〜73年に製造していた「べレット」は先端メカニズムを豊富に採用し、多彩なラインナップを誇るロングセラー車でした。
「べレット」は10年に渡り基本が変わらず製造され続けたので、モデル数がとてつもなくも多く、左が初期型、中央が中期、右が最後期型という位しか分かりません。
ここに最強モデルの「GT TypeR」があると良かったのですが。
10年に渡り「いすゞ」の主力車として活躍した「ベレット」ですが、時代の波に押され「ジェミニ」に後継の座を譲ります。
「ジェミニ (二代目 1985〜90年)」(JT150/190)
「ジェミニ」は、「初代 オペル・ベース(1974〜87年)」(PF50)、「二代目 FFジェミニ(1985〜90年)」(JT150/190)、「三代目 カプセルシェイプ(1990〜93年)」(JT151/191)、「四・五代目 ホンダ・OEM(1993〜2000年)」(MJ型)と車型を変えつつ、26年も続きましたが、
個人的に「ジェミニ」といえば、やはりこの「二代目 FFジェミニ」です。
独特なスクエアデザインと、「イルムシャー」や「ZZ ロータス」など、印象深いモデルが多かったせいかもしれません。
いかんいかん、どんどん話がドリフトしてしまいます。 ドリフトといえば… じゃなかった、
1960年代の「トヨタ 1600GT」や「いすゞ べレットGT」と並ぶスポーツモデルといえば、
「プリンス自動車」の、
「プリンス スカイライン2000GTA/B(二代目 1964〜68年)」(S54A/B)
を外す訳にはいきません。
「トヨタ 1600GT」や「いすゞ べレットGT TypeR」が、DOHCヘッドなどハイメカ化で高性能を追求したのに対し、「スカイライン2000GT」は1.5L用ボディを延長して、2.0L・直列6気筒SOHCエンジンを強引に載せてしまうという力技。
ファミリーセダンに大排気量エンジンというややアンバランスな組み合わせから、「羊の皮を着た狼」なんてキャッチフレーズも生まれました。
「スカイライン2000GT」を生んだ「プリンス自動車」はその後、1966年に「日産自動車」と合併、メーカーとしては消えてしまいますが、「スカイライン」という名は、
(右)「三代目 ”愛の”スカイライン(1968〜72年)」(C10)、
(左)「四代目 ”ケンとメリーの”スカイライン(1972〜77年)」(C110)、
以降、モデルを代えつつ今も現役です。 確か、現行「スカイライン」は十三代目だったかと。
今では日産車の中で最も歴史あるブランドです。 この時代の他の日産車、「サニー」、「ブルーバード」、「ローレル」、「セドリック」等々、皆消えてしまいました。
悪口めいた事を書いてしまうと、「スカイライン」という車は時代に合わせ、他車とエンジンやシャシを共有する事が巧みで、それが長続きした秘訣のようにも思えます。
現行型が「インフィニティ」のエンブレムを… もとい、ダイムラー(ベンツ)のエンジンを載せていたり、過去にも、「ローレル」とシャシを、「セドリック」とエンジンを共有しています。
元々1.5L用”羊の皮”に、「グロリア」用2.0L”狼”を載せた事で「二代目 ”羊の皮を着た狼”スカイライン」が生まれた事を考えると、それこそがこの車の伝統芸なのかもしれません。
「プリンス自動車」と合併した「日産自動車」といえば、何といっても
「ダットサン・フェアレディ」。
右が初代「S210系」。
展示車は左ハンドル仕様の、おそらく「SPL213(1961年)」。
スタイルこそ英国風小型スポーツカーですが、中身は「ダットサン・トラック」のシャシと1.2L・OHVエンジンに少し手を加えただけのおとなしいものでした。
左は二代目「ダットサン・フェアレディ(1962〜70年)」(S310系)。
展示車は左ハンドル仕様の「SPL310」(1962〜65年)だと思われます。
シャシはやはり「ダットサン・トラック」からの流用ですが細部を見直し、チューンした1.5L・4気筒OHVエンジンを載せ、よりスポーツモデルらしくなりました。
「ダットサン・フェアレディ」は、1965年には排気量を1.6Lに拡大。 1967年にはより大型の2.0L・4気筒SOHCエンジンを搭載し、更なる高性能化を目指します。 このあたりの手法は「スカイライン」と似ているように思えます。
「ダットサン・フェアレディ」はその後、イメージをがらりと変えた、
「ニッサン フェアレディZ(初代 1969〜78年」(S30)
に変身します。
展示車は、「プリンス自動車」が「最強のスカイライン」(GT‐R)用に用意した、2.0L・直列6気筒DOHC・24バルブ「S20」エンジンを搭載した異端児、「Z432」です。
面白いことに「最強のスポーツカー」である筈の「フェアレディZ」と、「S20」ハイメカエンジンとの相性は悪いと当時から言われていました。 実際に「フェアレディZ」の性能向上はハイメカ化では無く、シンプルな構造の「L型エンジン」の排気量を拡大する方向で進み、最終的には2.8Lターボ付エンジンが搭載されます。 (ターボチャージャー装着は排気量アップの一種だと、個人的には思います。)
「432」以外の「フェアレディZ」に搭載された「L型エンジン」は、1960年代後半から20年近く製造され、搭載車も数多い日産の主力エンジンでしたが、鋳鉄製のシリンダーブロック、カウンタフロー・チェーン駆動SOHCシリンダヘッドという無骨で頑丈な構造で、およそスポーツカーの洗練とは縁遠いイメージでした。
そのため、口の悪いファンからは「スポーツカーの皮を着た超高速トラック」なんて揶揄されました。
しかし、シンプルな構造は扱いやすい上に故障が少なく、補修部品も安価で、入手が容易という長所となり、更に改造がし易いというメリットも生みました。
このあたりの実用的なスポーツカーという手法も、先代から続く「フェアレディ」的伝統芸なのかもしれません。
「スカイライン」や「フェアレディ」が軽量ボディに大排気量エンジンという手法を取るのに対し、最小サイズで最大の性能追求をしたのが、4輪メーカーとしては後発となる「本田技研工業」の、
「ホンダ S600(1964〜65年)」(AS285)。
「ホンダ S600」は現在の軽自動車(3.4×1.48m、0.66L)よりも小さな「3.3×1.40m」というサイズに、0.60L・水冷直列4気筒DOHC・4連キャブ、9,500rpm近く回る精密なエンジンを載せていました。
ホンダが現在製造している最も高性能な軽自動車「S660」が、0.66L・水冷直列3気筒DOHC12バルブ・PFI・ターボ付エンジンで64ps/6,000rpmの出力を得るのに対し、「S600」は8バルブ・4連キャブ・自然吸気で57ps/8,500rpmと、現代の「S660」と遜色のない高性能を50年前に実現しました。
ちなみに今時の2輪車だと「ホンダCBR600RR」が、直列4気筒DOHC16バルブ・PFI・自然吸気エンジンで78ps/12,000rpmと、更に高回転高出力です。
1966年には、排気量を0.79Lに拡張した「S800(1966〜70年)」(AS800)が登場。 70ps/8,000rpmに動力性能が向上します。
余談ですが、「スカイライン」や「フェアレディ」が小柄なボディに無理やり大排気量エンジンを押し込んだり、「S600」の精密なエンジンを可能にしたものに、部品毎に最適な素材を使い、高い加工精度で組み上げてパッケージ化し、耐用年数を高める技術、要するに現代の車ではあたり前の「メンテナンスフリー化」の進歩が大きく関係したように思います。
壊れない事を前提に出来る技術が、狭い空間へのパーツの詰め込みを可能にしたのではないか、そんな事を思う往年の車たちでした。
ただ、最近の車はパーツをあまりに詰め込み過ぎて、ボンネットを開けてもエンジンが何処にあるのかすら、さっぱり分からなくなってしまいました…。
「スポーツカーだからって、暴走してちゃ駄目ですよ〜」
おおお、すっかり我を忘れてはしゃいでしまった。
整備士くん、「オート三輪」とはぐっと渋いところに目を付けたねえ。
左が「東洋工業(マツダ)」の「マツダ・三輪トラック T型」、
右が「ダイハツ工業」の「ダイハツ 三輪トラック C型」だと思われます。
この2台は、全天候型キャビンに丸ハンドル、水冷4ストローク4気筒エンジンなどを備えた「オート三輪」のいわば最終形。 両車がこの形になった1960年頃から、「ダイハツ」は1972年まで、「マツダ」は1974年まで「オート三輪」を製造していました。
「オート三輪」は戦後すぐの頃から、手軽な輸送手段として日本中を走り回っていました。
悪路に強く小回りが効き、また「四輪小型貨物」の全長が4.7mまでに制限されるの対し、「オート三輪」は荷台長が3.9mまでと規制がゆるく、三輪免許(1965年廃止)は16歳で取得可能という利点もあり、全国的に普及してゆきます。
しかし道路事情が良くなるにつれ、安定性を欠きスピードが出ない、空荷時に横転しやすいなどのデメリットが大きくなり、また構造上快適なキャビンを設ける事も難しく、その役割を終えてゆきました。
ここは探すと本当に何でもあります。
「トヨペット・トヨエース(二代目 1959〜71年)」(PK型)。
「オート三輪」の衰退を決定付けたとまでいわれる、小型4輪キャブ・トラックのベストセラーです。
展示車は、4灯ヘッドライトを装備した「二代目トヨエースPK型」の最終型、1967〜71年頃のモデルだと思われます。
1965年に免許制度改正があり、16歳で取得可能な三輪免許が廃止、現在とほぼ同じ18歳からの四輪普通免許に一本化されます。 そうした環境の変化に加え、三輪トラックよりも格段に快適なキャビンを持ち、高速走行時の安定性に優る4輪トラックの時代を迎えます。
古い街角が写る写真や映画などには、「オート三輪」と一緒に必ず「トヨエース」の姿があります。
1954年発表の初代から8代目の現在に至るまで、60年にわたり日本の物流を支えています。
ちなみに手前は、同時代のボンネット・トラック、
「トヨタ スタウト(二代目 1960〜1979年)」(RK100型)。
こちらはかなり後期のモデルではないかと思われます。
「トヨタ スタウト」はボンネット型の特性を生かして悪路に強く、後のSUVピックアップの元祖となるような存在でした。
三輪車といえばもうひとつ。 バンコクの街を元気にバタバタと走り回る三輪タクシー、
「トゥクトゥク (サムロー)」ですが、 ガイドブックなどによく、「日本の軽オート三輪、『ダイハツ ミゼット』をベースに造られた。」なんて書いてあるのですが、
自分が知る「ダイハツ ミゼット」は右のタイプなので、
どこが似ているのだろうと、かねてより疑問に思っていたのです。
大型のフロントカウル?を持つ「ダイハツ ミゼットMP型(1959〜72年)」は、ドア付の独立キャビンと、右に寄せた丸ハンドルで、安全に2人乗りが可能になっています。 初期型(左)と比べると格段に進歩したデザインです。
初期型「ダイハツ ミゼットDK型(1957〜59年)」
を見ると、確かに「トゥクトゥク」です。
車体中央、エンジンルームの一部と思える箱の上ににまたがり、バイクのようなバーハンドルで操舵するスタイルはもちろん、フェンダーからフロントカウル?に至る形が確かにそっくりです。
「ミゼット」に代表される「軽オート三輪」は、16歳で取得可能な軽免許(1965年廃止)で運転出来たのも普及の後押しとなったようです。
「軽オート三輪」も「オート三輪」と同じく、道路事情の変化と経済情勢の向上により、「軽4輪」にその道を譲ります。
「ダイハツ」が1960年から製造している軽4輪トラック/バンの名前が「ハイゼット」。 「ミゼット」よりも車輪がひとつ多い「ハイクラス」な「ミゼット」です。 この名前、「ミゼット」(三輪)はやがて「ハイゼット」(4輪)に移り変わってゆく事を、暗示していたかのようです。
ところでタイの「トゥクトゥク」ですが、ガイドブックなどで、「日本から輸出された『ダイハツ ミゼット』を修理・改造している」と取れる記述を見かけるのですが、上の写真をよく見ると、「ミゼット」のフロントサスはおそらくアールズフォーク、「トゥクトゥク」はテレスコピックフォークで全くの別物です。
実際の「トゥクトゥク」は、タイのメーカーがフレームから全て製作し、日本から輸入した中古の軽自動車用エンジン(今では殆ど0.66L・4ストローク。ダイハツ製が一番人気だとか)をリビルドして搭載しています。 また、その多くがLPガス仕様に変更されているのも特徴です。
タイのトゥクトゥクメーカー「TUK TUK Forwerder」社のHP。 製作過程が何となく分かります。
ガイドブックには、「初期型ダイハツミゼットDK型に似ているが、現在ではタイで製作されている。」と正確に記述して欲しいものです。
「やれやれ。 こんな調子じゃあ、いつまで経っても終わりません…。」
あ、「三菱 ミニカ(初代)」がいる。
え、本当にまだ続けるつもり、なの、か?
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いや〜懐かし車が勢ぞろいしていますね!
親の愛車、私の愛車も何台か登場しています。
この頃の車は個性があって楽しかったのに、今は単に移動手段になってしまいました。
2015/9/4(金) 午前 7:15
いやー、凄い詳細な解説ありがとうございます!
私が生まれた頃あたりまでの車が中心なんですね。
デザイン見ていて懐かしくなりました。
ところでブルーバードってシルフィあたりで終わっていたんですね。知りませんでした(^^ゞ
外資に飲まれたメーカー
合併の道を選んだメーカー
色々なメーカーがあったのですね。
勉強になります。
2015/9/4(金) 午前 7:17 [ kazukun ]
うわ〜懐かしい車達が目白押しですね!
個人のコレクションとは驚きですね。
2015/9/4(金) 午後 2:46
詳細な説明ありがとうございます。じっくり読んでしまいました。懐かしいクルマもいっぱい有りますね!
2015/9/4(金) 午後 6:37
私の世代だと2代目ジェミニあたりが一番なじみがあります。
2015/9/4(金) 午後 8:11
いや〜、このコレクションはマニアックですね〜。
レビン・トレノとならんで私は初期型のソアラのスタイリッシュさが好きでした。
あと、子供の頃は360ccの軽自動車も身近な存在でしたね。
ある程度大きくなってからはバイクに流れたので、車もホンダのスタイリッシュさがあこがれでした。
2015/9/4(金) 午後 8:12
りかおんさん、こんばんは
ここのコレクションが凄いなぁと思ったのは、ごく普通の国産車が勢ぞろいなところです。
見覚えがあったり、なじみのある車に再会して、もうひとり大騒ぎになってしまいました(笑)
2015/9/4(金) 午後 9:59
kazukunさん、こんばんは
ここの収蔵車は概ね’90年代までの国産車が揃っていました。
ニッサンはガラッと車名を入れ替えて、まさかブルーバードが消えるとは思いませんでした…
2015/9/4(金) 午後 10:01
JGC修行僧さん、こんばんは
前からここの見学は狙っていて、今回ようやく実現しました。
本当にコレだけのコレクションを、個人が始めたというのにはびっくりでした。
2015/9/4(金) 午後 10:03
カイちゃんさん、こんばんは
この手の車が好きなもので、見始めたらきりが無くなりました(^^ゞ
自分にも馴染みのある車が多かったので、もう語り始めたらこちらもきりがなく…(笑)
2015/9/4(金) 午後 10:06
油屋さん、こんばんは
二代目ジェミニは何人も所有していたので、懐かしい一台でした。
’90年代まで揃っていたのですが、個人的にはやはり’80年代が華だったかなぁ(笑)
2015/9/4(金) 午後 10:09
ずんこさん、こんばんは
2000GTの隣には、さりげなく初代トレノが置いてあったりします(^^ゞ
ここは軽の保有台数もとても多く、一台づつ見ていたらあっという間に時間が経ってしまいました(笑)
2015/9/4(金) 午後 10:12
これだけの車を個人で収集したとは凄いですね!
個人的にはオート三輪を運転してみたいです(^_^;
2015/9/4(金) 午後 11:04
くぅねるさん、こんばんは
ここに一歩足を踏み入れたら、その数に本当に圧倒されました(^^ゞ
オート三輪は自分も動かしてみたいです。バーハンドルのトゥクトゥクならなおさらです(笑)
2015/9/4(金) 午後 11:17
カーマニアが涙を流して喜びそうな博物館ですネ。車に詳しくなくても
形を見て懐かしいな〜って思います。
ナンバープレート・・・、そう言う事ですか。凝ってますネ(^^)
2015/9/6(日) 午前 9:36 [ チョコパン ]
チョコパンさん、こんばんは
ここの特徴は、かつて普通に街中を走っていた車を保存しているところです。
なのでもう、懐かしさから一台づつ丹念に見てしまいました(^^ゞ
はい、ナンバーはおのおのの車が世に出た時を表していました。
2015/9/6(日) 午後 6:06
車好きには堪らない博物館ですね。
紹介された車のうち数台は私も持ってますよ。
トミカのミニカーですが。笑
たいして車好きではないのですが、子供と一緒にはまった時期がありクラシックカーも何台かあります。
どれがどれだかさっぱりわからないのですが。笑
2015/9/7(月) 午後 10:44 [ michi ]
michiさん、こんばんは
この博物館には、自分にとってもお馴染みの車や懐かしい車が多くて、本当に見飽きることがありませんでした。
ミニカー蒐集はとてもいい趣味だと思います。
自分は… 手を出したらこれまた大変な事になりそうなので自粛しております(笑)
2015/9/8(火) 午後 11:15