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横浜の新しい街、みなとみらい21地区は、造船所の跡地を利用して整備されました。
1980年、三菱重工業横浜造船所(旧;横浜船渠)の移転が決まり、’83年に再開発計画がスタートします。
毎度の意味不明なタイトルですが、今回も「横浜市歌」の一節から採りました。
作詞は森林太郎(森鴎外)。1909(明治42)年に横浜港開港50周年を記念して制定されました。
「今は百舟百千舟 泊るところぞ見よや
果なく栄えて行くらん御代を 飾る宝も入りくる港」 とくる最後の部分です。
「皆さんこんにちは。 ここは、かつての横浜船渠、2号ドックです。」
チャイナくん、きみは中華街専門かと思っていたよ。 こっちにも出没するんだねえ。
このエリアが、かつて造船所だった記憶を留めています。
石造の2号ドックは、船舶の整備環境の充実を計るため、「横浜船渠(後の三菱重工業横浜造船所)」が建設し、1896(明治26)に竣工した、全長107m(現役時128m)、上端幅29m、深さ10mのドライドックです。 1973(昭和48)年に役目を終えるまで、船舶の修理、建造に使われてきました。
元は北東側に約30mの位置にありましたが、再開発の際、現在地に移築されました。
ドライドックは内部の水を抜き、船を陸に上げます。
浮力を利用する扉船で開閉を行いました。 (2号ドックの扉船 おそらく一部を復元)
手前の階段は、ドックヤードガーデンとして再整備された際に取り付けられたものです。
「2号ドックの隣には、横浜ランドマークタワーです。」
高さ296m、73階建ては、下から上を見上げると首が痛くなりそうだね。
1号ドックには水が張られています。
1号ドックの竣工は1898(明治31)年。 2号ドック竣工の2年後です。
1号ドックの竣工が後になったのは、建設当時は大型船の需要がそれほど無く、大型の1号ドックよりも中型の2号ドックの建設を優先したためのようです。
大型の1号ドックは、長さ204m(竣工時は168m)、幅39m、深さが11mあります。
1・2号ドックは、2000年に国指定重要文化財(産業・交通・土木)、2007年に近代化産業遺産に認定されました。
「1号ドックに、格好良い船が入渠しています。」
帆船、日本丸が係留されています。
(右下をクリックすると拡大します)
日本丸は、バウスプリット(船首斜檣)を含む全長が97m、マスト高が46m。 総トン数2,278トン。
4本のマストに、29枚(建造時は35枚)のセイル(帆)を展帆します。
1930(昭和5)年、船員を養成する航海練習帆船として、姉妹船の海王丸とともに建造されました。
建造当初は文部省航海練訓練所に所属。 その後逓信省を経て、戦後は1984(昭和59)年に引退するまで、運輸省所轄の航海訓練所に所属していました。
当時の日本には大型帆船の設計ノウハウが無く、スコットランドのラメージ&ファーガソン社が設計し、神戸の川崎造船所(現川崎重工)で建造されました。
日本丸も、氷川丸と同じく英国製の鋼材を使用して建造されたようです。
また、多くの艤装・帆装品も、設計を担当したラメージ&ファーガソン社製のものが使われました。
やはり造船などの総合技術は、一朝一夕にとはいかないようです。
「さっそく、乗船しましょう。」
乗船したのは上甲板(アッパーデッキ)レベルですが、上層の甲板が長いので、このあたりまで凹甲板(ウェルデッキ)と呼ぶようです。 もっぱら船上作業に使われました。
「船の前部にむかいます。」
船の最前部は一段高い船首楼甲板(フォクスルデッキ)です。
フォクスルデッキの下には、蒸気駆動の大きな揚錨機(ウィンドラス)が収まります。
重さ2.4tの錨(アンカー)、総重量が15tにも及ぶ錨鎖(びょうさ アンカーチェーン)を巻き上げます。 全て人力の大航海時代の帆船だったら、甲板長(ボースン)が「総員、錨上げ!」と叫ぶところです。
そんな時代からの伝統なのか、ウィンドラスの横には甲板長の部屋。 「ボースン Boatswain(甲板長)」という響きは、何となく百戦錬磨の海のつわものみたいです。
短いステッキを振り上げ「者ども、仕事にかかれ!」みたいな… ってそれは海賊映画だって。
船首の最前部に伸びるバウスプリット(やりだし 船首斜檣)は、帆船を象徴的する風景です。
「フォクスルデッキ、OKですっ!」
きみ、実はボースンだったのかい?
船首を意味する「フォクスル」は、Forecastle(フォアキャッスル 船首楼)を略した言い方です。
英語でも「Fo'c'sle」で通るくらいなので、正式名称は誰もが言いにくかったようです。
船の用語は元々難解な上に、官船、商船、軍艦等々業界によっても異なるので更に複雑です。
大体「船」を表すのにも舟・船・艇… 更に組合わせて船舶、艦艇… もう、きりがありません。
「甲板」も、商船系は「こうはん」、艦船では「かんぱん」だったりします。
個人的に思いつく言い回しを使っておりますので、言い間違い等はご容赦ください。
「あほーい、ブリッジやーい!」
なんだよー、その言い回し。
一番前のフォアマストから、前部航海船橋(フォア・ナビゲーションブリッジ)を見上げています。
「フォア・ブリッジから、フォクスルを見下ろします。」
ロープとワイヤが縦横無尽に配置されています。 帆船はほとんどの操作をロープ(通ぶると「ギア」)で行うので、当然といえば当然なのですが。
しかもこの1本1本に全てに、「フライング・ジブ・ダウンホール」とか、「アウター・ジブ・シート」だの、「インナー・ジブ・ハリヤード」といった固有名詞があるのだから、もう大変です。
前部操舵室(フォア・ホイールハウス)は、2,000トン級の船としてはとてもコンパクトでシンプル。
コンパクトなのには訳があり、ここで操船をするのは機走(エンジンで走る)時のみなのです。
帆走中は、ファアスル(フォアマストの一番下の横帆)で前が隠れてしまいます。
フォア・ブリッジから船尾(スターン)方向を見ています。
日本丸は4本マストバークという帆装なので、二番目のマスト(右)がメインマスト、以降ミズンマスト、ジガーマストと続きます。 帆装が異なると、4本目のマストが「ジガー」ではなく「スパンカー」に名称が変わったりします。 ああ、ややこしい。
ついでに、マストの数が最も多い帆船は、確か7本。 それぞれの名称は、とても覚えられそうにありません…
フォア・ナビゲーションブリッジ後方から、船首とファアマストを見ています。
2階部分が操舵室。 1階部分の後方に、
非常事態には絶対欠かせない? 消防斧が固定されています。
この斧は、幾多の映画の中でありとあらゆる柵を断ち切り、扉を破り、脱出路を拓いてきました。
そんな事態に遭遇したくはありませんが、こいつを握り締めたら力が湧いてきそうです。
「ああ、大海原が呼んでいますっ!」
全く、何を妄想しているのやら。
ファンネル(煙突)の立つ、船体中央部から後方を見ています。後方の2本のマストは、三番目のミズンマスト(右)と最後尾のジガーマストです。
帆船の場合は操帆作業を行いやすいよう、デッキをフラットにする事が多いようです。
ここは船尾からフォアブリッジまで段差が無く、長船尾楼甲板(ロング・プープデッキ)と呼ばれます。
「スターンには、帆走用舵輪です。」
セイルの状況を見つつ操船する帆船では、スターン(船尾)で舵を取ります。 帆走用舵輪にパワーアシストは無く、通常は2名、荒天時には4名で操舵をしたのだとか。
舵輪が1回転で動く舵角は1度。 舵は左右に35度づつ動くので、中立から舵一杯までは35回転させなければなりません。 これは体力が要りそうです。
船長や航海士というと、舵輪(ホイール/ラット)を握り締めて仁王立ちする姿をついイメージしますが、実際に舵輪を動かすのは操舵手(ヘルムス/ステア/エイブル/クォータマスタ、など呼び名多数)の重労働だったという事を、改めて実感します。
「コンパスコースは、187ですっ!」
舵輪の左右には磁気コンパス。 電気仕掛けでは無いところに帆船らしさを感じます。
帆走時には前面一杯にセイルが展帆するので、前方の視界はほとんど無いようです。
なので、操船には各所の見張りとの連携が欠かせません。
また、帆走用舵輪前方の船楼(ドッグハウス)内には、
海図台(チャートテーブル)を中心に、各種航法機器が配置された海図室(チャートルーム)があり、航法を担当します。
チャートルームは、「リーサイドルーム」とも呼ぶようですが、何故リーサイド(風下)なのかは良く分かりませんでした。 気象観測も担当するので、それに由来するらしいのですが。
全くの余談ですが、指標のことを「バロメータ」と言いますが、バロメータとは気圧計です。
航海機器や航法支援が十分では無かった時代に、気圧の変化−天候の変化を知ることは、航海を左右する重要な指標、まさしくバロメータだったのだろうと思います。
チャートルームに隣接して、無線通信室(レディオルーム)もデッキ上にあります。
無線室正面の時計、15分から18分、45分から48分までが赤く縁取られているのは、遭難信号の有無を確認するために通常の通信を停止する、「沈黙時間」を示しています。
「沈黙時間」は、無線電信の時代に定められたものですが、衛星通信やデジタル化といった通信技術の進歩により廃止されました。
またこの時計、よく見ると針が4本です。 短針が2本、グリニッジ標準時とローカル時刻を同時に表示することが出来るようです。
日本丸探検はもう少し つづきます。
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造船ドッグも移設ってできるのですね(゚o゚;)
帆船には乗ったことがありません(^^ゞ
各所様々な固有名称がついているんですね(゚o゚;)
2015/10/21(水) 午前 8:26 [ kazukun ]
まだドックがあったころ横浜から桜木町まで根岸線の電車に乗ると貨物線との立体区間でドックが良く見えた記憶があります!
まさかあそこがあのような陸地になるとは思いませんでした(笑)
2015/10/21(水) 午前 9:29 [ Trans World A ]
日本丸は優雅で素敵なシルエットですよね。閉館時間が早いので中は見たことありませんでしたが素晴らしいですね!
2015/10/21(水) 午後 3:02
今度はどこ?って思ったら、まだ、ヨコハマだったのですね。(笑)
印刷して読みたいのですが、PCで再度、ゆっくり読みます。
2015/10/21(水) 午後 8:34
お〜懐かしいo(^-^)o
数年前に横浜に行った時にここの周りを歩きました!(^▽^)ノ
夜だったのでこんなにはっきりは見れなかったけど〜あそこはドックだったんですね〜
2015/10/22(木) 午前 0:23 [ - ]
kazukunさん1、こんばんは
ランドマークタワーは2号ドックのすぐ隣で、よくこんな所に建てたなあと思ったのですが、実はランドマーク建設のさいにドックを引っ越したようです(^^ゞ
船関係は、名前がもう複雑で…(笑)
2015/10/22(木) 午後 9:26
Trans World Aさん、こんばんは
MM以前の桜木町は、いかにも京浜工業地帯という風景でしたよね。
新港埠頭もギャング映画とかに出てきそうな雰囲気でしたし…
それがこんなに明るく変貌するとは、思いもよりませんでした(^^ゞ
2015/10/22(木) 午後 9:29
JGC修行僧さん、こんばんは
日本丸は帆船としてもシャープなデザインがとても「日本離れ」していると思っていたのですが、
今回スコットランドで設計されたと知り、UK流のシャープさだったと納得しました(^^ゞ
閉館時刻が早いのが難点ですが、木製のデッキに立つだけでも雰囲気があります。
2015/10/22(木) 午後 9:32
いちろうさん、こんばんは
いきなりみなとヨコハマシリーズが連発になってしまいました(^^ゞ
船がいるのは知っていても、なかなか立ち寄らない場所でしたが、
見学をしたら知らないことも沢山あり、とても楽しかったです。
2015/10/22(木) 午後 9:35
ama-soraさん、こんばんは
横浜は港を中心に発展したので、ちょっとゴチャゴチャしていますが、独特の雰囲気があると思います。
旧2号ドックのドックヤードガーデンは、そうと知ってみないと、
ちょっと不思議な半地下空間にしか見えないですよね(^^ゞ
2015/10/22(木) 午後 9:37
午前 8:03の内緒さん、こんばんは
そんな分量になろうとは、書いているほうは全く意識しておりませんでした(^^ゞ
そのようなお手間をとっていただいて嬉しいような、却って申し訳ないような…
2015/10/23(金) 午後 10:33
この記事を見つけられず、困っていたんです。こちらからもTBさせて下さい。
2015/12/27(日) 午後 11:43
いちろうさん、こんにちは TBありがとうございますm(_ _)m
日本丸の風景は多くのことを感じさせてくれる、とても素敵な風景だと思います。
総帆展帆の時は人出も多いですが、間近にするとやはり格別です(^^ゞ
2015/12/28(月) 午後 0:12