こぶ〜がふらふら

9月からはこちらでぽつぽつ書いていこうかと… https://ameblo.jp/ccobouex

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1930(昭和5)年に建造された元航海訓練所所属の練習帆船、日本丸に乗船中。
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毎度の意味不明なタイトルですが、今回も「横浜市歌」の一節から採りました。
作詞は森林太郎(森鴎外)。1909(明治42)年に横浜港開港50周年を記念して制定されました。

「今は百舟百千舟 泊るところぞ見よや
果なく栄えて行くらん御代を 飾る宝も入りくる港
」 とくる最後の部分です。
横浜市生涯学習ページ 横浜市歌 http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/gakusyu/sika/





「アッパーデッキから、第2甲板に下りてきました。」
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第2甲板は、主に航海実習生と乗組員の居住区に割り当てられています。




「早起きは辛いです。ずるずる〜」
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おーい、寝ぼけて転がり落ちないようにね。



実習生の居室は、2段ベッド×4の8名1室。 ベッド周りだけが私的なスペースです。
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このような部屋が12室。 最大で96名の実習生が乗り組めたのでしょうか。



この雰囲気、どこかで見たようなと思ったら、

同年に建造されたシアトル航路の貨客船、氷川丸の3等船室にそっくりです。
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3等旅客は、航海実習生と同等という事でしょうか。




実習生区画の後部に、折れ曲がって上る中央階段があります。
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「総員配置!」の召集がかかったら、ここを一斉に駆け上がったりするのでしょうか。




実習生区画の後部、中央階段後ろの船体中央部には、機関室の開口部。

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日本丸は(主機は帆なので)補助エンジンとして、単動・無気噴油式4ストローク直列6気筒ディーゼルエンジンを2基搭載しています。 1基あたり600HP/220rpmの出力を発揮しました。



このエンジンは日本丸の建造と同じ1930(昭和5)年製。 国産初の実用大型ディーゼルエンジンといわれています。 現在は工作機械メーカーとして知られる、池貝(池貝鉄工所)が製作しました。
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ちなみにこのエンジン、
ボア×ストロークが400×600mmの6気筒、排気量が452Lで600馬力。
全長6.7m×幅1.8m×高さ3.8m、重量が43トンあります。

現在の600馬力級のディーゼルエンジンは、
ボア×ストロークが185×280mmの6気筒 排気量が45L(1/10)、
全長4.9m×幅1.1m×高さ2.3m、重量約10トン(約1/4) まで小型軽量化されています。

また、同等サイズのディーゼルエンジンでは最大4,000馬力、約7倍に出力が向上しています。
技術の進歩を改めて感じます。

ちなみに、現行の帆船日本丸に搭載されているエンジンは1,500馬力×2と、かなりの出力向上が図られています。(エンジンの能力的には3,000馬力まで可能なようです。)




機関室開口の隣に、ジャイロコンパスの本体が置かれています。
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ジャイロコンパスは磁石を使わない方位計で、20世紀初頭に米、英、独で実用化されました。
日本では北辰電気(現;横河電機)とそこから独立した多摩川精機、東京計器などが早い時期に製品化していますが、欧米メーカーとの技術供与によるようでした。

このジャイロコンパスが建造当時のままかは不明ですが、建造時は米国スペリー社との技術供与による、東京計器製のものが取り付けられたようです。(氷川丸も同型だったようです。)





また、機関室開口部に隣接して機関部員の居住区があります。 こちらは操機長の居室。
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操機長はマシニスト(Machinist)、ナンバン(No1 Oiler)などと呼ばれますが、機関部員の親分、機関室の主といったポジションのようです。
甲板長と並び、官船・艦艇だと准尉・曹長といった下士官、いわゆる叩上げのリーダーでしょうか。


船の世界では、乗組員は「職員」と「部員」のふたつに分かれ、「職員」はいわゆる「将校=士官(オフィサー Officer)」、「部員」は「水兵(セイラー Sailor)」とリーダーの「下士官(サージャン Sergeant)で構成されるようです。(*1)


(*1)
海軍では下士官を「サージャン(Sergeant)」ではなく「ペティ・オフィサー(Petty Officer)」と呼び、水兵も「セイラー(Sailor)」ではなく「シーマン(Seaman)」と呼ぶことが多いようです。
商船などではこれらの呼称を援用し、更には部員を中立的な「レイティング(Rating)」とも言い、職名が様々です。 ああ、ややこしい。





船乗りの世界は、指揮命令系統がとてもはっきりしています。
当たり前のことですが、いざという時に戸惑ったりしないよう日頃から組織立っています。

上の画像、操機長は「部員(サージャン)」なので、制服に袖章がありませんが、

1等航海士の制服には袖口に太い3本線。 「職員(オフィサー)」の証です。
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船乗りはやはりダブルのジャケットがお約束です。
ついでに、防寒着のダッフルコートとかPコート、CPOジャケットなど、みな船乗りが発祥でした。
特にCPOは「Chief Petty Officer(上等兵曹?)」が由来と云われるようです。



話がまたしてもそれてしまいました。

船内の指揮命令系統が、居住区画にも関係するらしいと今回知りました。


「日本丸一般配置図」
(右下をクリックすると拡大します。 画像、かなり大きいです)
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帆船の場合、同一デッキなら後方が上席、より高いデッキは更に上席.といわれます。
昔の海賊船などでは船尾に高く船尾楼が設けられ、最上階が海賊船長の部屋だったりします。

帆船は船尾を軸に進むので、船尾の揺れが最も小さく、かつ上層ほど波をかぶりにくいので、後方の最上階が最上席となります。(いわゆる「AH1」でしょうか。)
反対に船首は揺れが大きく、下層は波を直接叩くのでより居住性が悪くなります。



けれども「ボースン Boatswain(甲板長)」を中心とする甲板部員は、持ち場に近いフォクスル(船首)に陣取ります。
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そして先ほど登場の操機長を中心とする機関部員は、機関室に近いところに陣取ります。





第2甲板を船尾に進むと、司厨長(チーフコック)を中心とする厨房(ギャレイ)担当部員の区画、更に奥には若手“1本線”職員(オフィサー)、三等通信士、三等機関士、事務員らの区画と続きます。
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客船でいうなら、2等船室といった感じでしょうか。




また、同じ第2甲板後部には診察室。

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船医が乗り組む基準は、乗員乗客100名以上で、3日間以上の国際航行、または医療設備のある寄港地から1日半以上の遠隔地を航行する場合とされているようです。
190名もの乗組員と実習生を乗せ、遠洋航海をする日本丸には必須の設備だったようです。


これで第2甲板の公開部分をほぼ一周。





「中央階段を上り、アッパーデッキに行きますっ!」
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階段を上がると、実習生の教室であり、食堂でもありサロンでもある、第1教室があります。

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右の太い柱はメインマスト。 デッキを貫き船底から立っています。




第1教室に隣接して、船内での食事を全てまかなう厨房(ギャレイ)です。
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左に口を開けているのが巨大な炊飯器(多分電気式)。 帆走中は船が常に傾斜(ヒール)するので、作業は大変そうです。


ここまでがアッパーデッキのいわば共有スペース。




船の後半部は職員(上級士官)用の居住区です。
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カーペット敷きの通路が、他の区画との違いを出しています。
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まずは船内の個室で一番立派な、船長(キャプテン Captain)の公室。
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寄港地で表敬訪問を受けた際には応接室、航海中は船長の仕事部屋でした。
実習生が報告をに入ることもあったそうですが、自分だったら、校長室に呼び出された生徒みたいな心境になりそうです。



公室の隣には船長の居室。 天井にジャイロコンパスの表示器が取り付けられています。
奥の時計の左には気圧計(バロメータ)。 船長たるもの、オフタイムは無いということでしょうか。
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更にこの部屋の隣には船長専用の浴室。 この船内で専用バス付なのは船長室だけ。
船長は船の最高責任者だけに、待遇がちょっと違うようです。



またまた余談ですが、航空機の機長と船長はどちらも「キャプテン Captain」と呼びますが、海の世界で「パイロット pilot」は「水先案内人」を指すので、海と船に関係する飛行機乗りは「パイロット」ではなく「アヴィエイター(航空士) aviator」と呼ぶようです。


米海軍の巨大航空母艦「ロナルド・レーガン」。
航空機を90機搭載し、航空要員を含む乗員が5,700名。 全長が333m、何と東京タワーと同じ。
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往年の映画「トップガン」で、職業を聞かれた“マーベリック”トム・クルーズが、分かるかな?みたいな感じで「アヴィエイターなのさ」と答えていました。 航空母艦をベースとする海軍の「アヴィエイター(航空士)」だというプライドが表われていました。





話を船に戻し、1等航海士(チーフオフィサー/チョッサー Chief Officer)の居室。 部屋の広さにも序列があるようです。
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先ほども登場しましたが、掛けられた1等航海士の制服は3本線。船長はもう一本多い4本線です。
このあたりは航空業界も同じで、機長は4本線、副操縦士は3本線です。


ここと同格(デスクとテーブル、両方あるのがポイント)の居室を持つのは、専任教官(実習生の校長先生役・船長級)と、機関長(チーフエンジニア Chief Engineer)です。


機関長(チーフエンジニア)の序列は高く、船長に次ぐポジションとされ、船長と同じ4本線です。

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左の4本線が船長、  右の4本線が機関長

ちょっとだけ違う?

映画などで機関長というと、グリース・ジャンキーみたいな扱いが多く、甲板長(ボースン Boatswain)や操機長(ナンバン No1 Oiler)と同じ下士官(サージャン)のように思いがちでした。


その次の広さの部屋は、1等機関士(ファーストエンジニア 3本線)、通信長、船医、そして事務長(チーフパーサー)など。


事務長の仕事部屋です。
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事務長の仕事は、船内搭載品の管理から寄港地での渉外、乗組員のケア等々多岐に渡ります。
厨房を預かる司厨部も事務長の指揮下のようです。 確かに食べ物の恨みは何とやら。

荒くれ揃いの海の男たちの中にあってきちんとシャツを着こなし、モノクル(片眼鏡)を下げて意外な言語に堪能な、影のある元銀行家みたいなイメージ?(それは海賊映画の見過ぎだって…)




アッパーデッキ最後部には士官サロン。 会議室でもあり、士官食堂も兼ねています。
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帆走中は船がヒール(傾斜)するので、テーブルにずり落ち防止の枠が立てられます。


クラシカルで重厚な雰囲気が、帆船のイメージ通りという感じです。
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厨房は共通ですが、独立した配膳室が付いています。 食器なども変え、きちんとサービス出来る体制だったのでしょうか。
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士官居住区の中央から、ロングプープデッキに上る階段。 
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颯爽と駆け上がると帆走指揮の中心となる、航海機器を備えたチャートルーム(海図室)と無線室のすぐ横(リーサイドルーム)に出ます。
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前回の氷川丸編で、ブリッジの屋上は常にコンパスデッキ と書きましたが、その理由が少しだけ分かったような気がします。


リーサイドルームの屋上にはコンパスが設置され、後部船橋甲板となっています。
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帆船の時代には、ここが操船指揮の中心だったと思われます。 コンパスを置き、針路を定めたのがコンパスブリッジの由来かもしれません。




あちこちキョロキョロしていたら、いつの間にか時間が経っていました。
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この場所の唯一の難点は、周囲を高層ビルに囲まれているので、日が陰るのが早いことです。






「急がないと、博物館が閉まっちゃいます。」
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え、もうそんな時間?

日本丸の隣、横浜みなと博物館は入場券が共通なので、こちらも見学しておきたいところです。

館内は撮影ご遠慮くださいモードなので画像では説明出来ませんが、横浜港の歴史と現在について
まとめられています。

ちょっとだけ愚痴を言うと、前回の氷川丸、今回の日本丸横浜港の歴史についてとても参考になりましたが、メモ代わりの写真が撮れれば、記事にするのがもっと楽だったのに…。


帆船日本丸・横浜みなと博物館」
横浜市西区みなとみらい2-1-1
開館時間; 10:00〜17:00 (入館16:30まで)  月曜定休(船体整備の臨時休館あり)

「日本丸メモリアルパーク」HP  http://www.nippon-maru.or.jp/index.php





数多くの船乗りたちを育んできた日本丸も、もう85歳。  (右下をクリックすると拡大します)
イメージ 36


船は通常25年程度で代替され、こんなにも長くその姿を保つことを想定していません。
なので保存船舶の維持管理には、多大なコストと手間がかかります。

保存船舶となったものの維持管理が出来なくなり、消えていった船も数多くあります(*2)
「形あるものいつかは滅びる」のは世の常とはいえ、いつまでもこの姿を留めていて欲しいと思いつつ、日本丸を後にします。


(*2)
千葉「海防艦 志賀/巡視船 こじま」 1998年解体
東京「青函連絡船 羊蹄丸」 2012年解体
沼津「客船 ステラポラリス(スカンジナビア)」 2006年スウェーデンに売却、曳航中に沈没
鳥羽「客船 ぶらじる丸」 1996年中国に売却、現存?
別府「客船 SSオリアナ」 1999年中国に売却、2004年に浸水、2005年解体
長崎「青函連絡船 大雪丸(ヴィクトリア)」 2008年中国に売却 現在は?
西海「復元帆船 プリンスウィレム」 2003年オランダに売却 2009年焼失

思いつくだけでも、これだけの保存船が消えてゆきました。


さてと、この後はご飯でも食べに行きましょうか。




閉じる コメント(10)

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ありがとうございます。日本丸は見ていないので、一度行ってみたくなりました。船の保存は大変ですよね、鉄道でも結構朽ち果てているのが多いのに、船はそれでは係留できませんし。。

日本語だと副操縦士ですが、英語だとCo PilotよりFirst Officerが使われる機会の方が多いとか。船に相当するのがあるかと、なぜ日本語は誤解を招きかねない翻訳になったのかが不思議です(笑)

2015/10/23(金) 午後 11:21 YNH

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私も日本丸は見たことはありますが、入ったことはないですね。全然関係ないけど空母のでかさには圧倒されます。

2015/10/23(金) 午後 11:55 ジョニー

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勉強になりました。
日本丸の木をふんだんに使った重厚感ある内装には特に惹かれます。
今じゃ造れないでしょうね。

鳥羽のぶらじる丸は過去に見た記憶があるような?

2015/10/24(土) 午前 5:29 りかおん

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ありがとうございます!
大航海時代から脈々と続く海の男の事が良く分りました!

改めて日本丸を訪ねてみたくなりました

2015/10/24(土) 午前 7:31 JGC修行僧

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船のエンジンも進化しているんですね!!
7倍ものパワーアップ、私の車も7倍パワーアップしたいなぁ〜(笑)

2015/10/25(日) 午前 11:55 大魔王

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YNHさん、こんばんは
日本丸は現在かなり良い状態なので、お近くにお寄りの際は是非ご覧になってください。
ただ外板の大規模な修繕が必要とも云われているようで、今後が気になります。
確かに副操縦士はあまり良い訳では無いような…。「1等航空士」とかでも良かったような(^^ゞ

2015/10/26(月) 午後 10:10 こぶ〜

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ジョニーさん、こんばんは
日本丸は思ったよりも小さな船ですが、往年の海の世界の雰囲気が伝わってきました。
空母のほうは、上空から見ても一発で分かるほどの巨大さでした。
乗員5,700名って、もう完全にひとつの町ですよね(^^ゞ

2015/10/26(月) 午後 10:16 こぶ〜

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りかおんさん、こんばんは
同年建造の氷川丸は客船らしい華やかさがありましたが、こちらは質実剛健でクラシカルな雰囲気でした。
鳥羽のぶらじる丸は、一度見学に行きたいと思っていたのですが、
叶わぬまま、居なくなってしまいました…

2015/10/26(月) 午後 10:20 こぶ〜

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JGC修行僧さん、こんばんは
数多くの船乗りを育ててきた日本丸は、デッキの上にいるだけで独特の雰囲気がありました。
やはり帆船は見ているだけでも楽しくなります。
客船だと乗組員について良く分からない面もありましたが、今回改めて知ることが出来ました。

2015/10/26(月) 午後 10:27 こぶ〜

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大魔王さん、こんばんは
船舶エンジンの進歩というのも、改めて比べると凄いものだと思いました。
何しろ85年前のこのエンジンのレッドゾーンは220rpm 現代のものは900rpm位まで高速化しているようです。
クルマのエンジンが7倍パワーアップしたら、タイヤが消しゴムのように減りそうです(笑)

2015/10/26(月) 午後 10:37 こぶ〜


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