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名古屋港ガーデン埠頭に係留されている、南極観測船「ふじ」を見学中です。
「それではさっそく、乗艦しますっ!」
乗艦は第1甲板(かんぱん)からです。 いわゆる上甲板(じょうこうはん)にあたるのかな?
「ふじ」は海上自衛隊所属の「砕氷艦」だったので、商船風の「甲板(こうはん)」ではなく、やはり艦艇風に「甲板(かんぱん)」でしょうか。
第1甲板の中で広い空間をとる乗組員食堂。 乗組員の唯一のくつろぎの場でもあり、食事だけではなく、ホールや教室としても利用されました。
乗組員食堂の隣には厨房(調理室)。 ここで240名近い乗員全ての食事をまかなったようです。
「ふじ」がここに係留された1985年から30年、給養員(調理員)さんはクリームコロッケを揚げ続けているようです。 この後も艦内のあちこちで、動きを止めた方々にお会いします。
「廊下を先に進みます。ずんずん。」
照明が現役当時のままかは分かりませんが、窓のほとんど無い艦内はかなり暗めです。
通信室は人が出払っています。 第1甲板にあるここは「第2電信室」なので、ここから2層上、02甲板の主通信室「第1電信室」のほうに詰めているのでしょうか。
第1甲板の艦首寄りに士官寝室(居室)が並びます。
「ふじ」には約30名の士官(将校)が乗り組んでいました。
士官も個室ではなく、8畳程度の部屋に二段ベッド、アウトバスの2名1室でした。
洗面台があり、この写真の左側にある個人用デスクが士官待遇でしょうか。
後から知りましたが、艦艇では士官も個室では無いのはごく普通のようです。
廊下の壁には非常時に最も頼りになる相棒、防火斧(消防斧)が常備されています。
下に立て掛けられているのはホイールコンベヤ。 前部貨物層から厨房に資材を搬出する際などに使われました。
「階段を1層下りて、第2甲板です。」
「理髪室」には、赤白青のグルグル−サインポールが欠かせません。
室内では「にわか理容師」さんと「カットモデル」さんが、30年間攻防を繰り広げています。
サインポールは、よく野戦病院になぞらえられますが、
「お腹、痛くなっちゃったですか?」
「医務室」です。
医療援助を見込めない海域を航海する「ふじ」には、医官(船医)が乗務し、かなり本格的な医療設備が備えられています。
主計科員どのが今も熱心に事務を執り続けているので、あまりお邪魔をしないようにしましょう。
あ、主計科は古すぎました。今は補給科でしょうか。艦内の事務方を一手に引き受けています。
先任海曹さんたちが対戦しているボードケーム、30年経っても決着が付かないようです。
「ふじ」には約10名の先任海曹(下士官)が乗り組んでいました。10名でひと部屋だったようです。
それにしてもこのゲーム、2人対戦なのに多色の駒。 何だか不思議な盤面です。
いったいどんなゲームなのかなあ。
南極観測隊員さんは、只今休憩中?
観測隊員の居室は、2から4名に一室が割り当てられました。設備は洗面台とデスク、アウトバス。
雰囲気から察すると、おおむね士官(将校)に順ずる待遇だったようです。
現在では観測隊員は「しらせ」の最終寄港地オーストラリアのフリーマントルまで空路で行き、そこから乗船するようですが、この頃は約40名の隊員も日本から「ふじ」とともに旅立ちました。
一般乗組員の居住区。
3段または2段ベッド(というかハンモック)と、手前のロッカーだけが個人用スペースです。
こんなふうにハンモックがずらりと並ぶ部屋がふたつ。 一般乗組員は約150名。
居住性が悪そうと思いますが、艦艇ではこれが普通かやや良いほうなのだそうで、もっと狭い艦艇もざらにあるのだとか。 とはいえこの空間で南極まで、往復5ヶ月近い航海は大変そうです。
乗組員居住区の下には機関室。 居住区から一部を見下ろすことが出来ます。
見えているのはエンジンではなく、推進用の2号、4号モータの冷却装置かな?
右に並ぶのは、艦内用電力などの定電圧発電機のようです。
「ふじ」は、4基のディーゼルエンジンで発電した電力で4基のモータを回し、2軸のプロペラで推進する「ディーゼル・エレクトリック推進」を採用しました。 軸出力は12,000馬力と記載されていました。
電気推進はディーゼル推進に比べ、低回転時でも大きな駆動力(トルク)が得られ、またプロペラ回転を素早く変えられる(応答性-レスポンスが良い)ので、高い機動性が求められる砕氷艦には最適な推進方式です。
現在では一般的なディーゼル・エレクトリック推進ですが、1960年代初頭「ふじ」が計画された頃にはかなりのハイテクだったろうと思われます。 このあたりの「ふじ」の持つ技術について、もう少し詳しく紹介すれば、「日本一の産業貿易港」名古屋港に係留されている意味がより生きるのに、なんて思う機関室でした。
主に居住区に当てられていた第2甲板から2層上がり、
飛行甲板にやってきました。
ヘリコプタ格納庫は、南極観測のジオラマなどが展示された南極博物館になっています。
歴代の南極観測船の大きさの違いがよく分かります。
左下が、日本初の南極探検、1912年の白瀬矗(しらせのぶ)南極探検隊の「開南丸」。
遠洋漁船を改装した、全長30m、200トン級の木造スクーナでした。
右下が、1938年竣工の海上保安庁の灯台補給船を大改造した、初代南極観測船「宗谷(PL107)」。 1956年から1962年まで、第1次南極観測隊から6次隊まで従事しました。
全長83m、2,734トン。 ディーゼル推進で、出力が4,800馬力。 中央が、現在乗艦中の二代目南極観測船「ふじ(5001)」。 1965年出航の第7次隊から、1983年帰港の第24次隊まで南極観測に従事しました。
全長100m、5,250トン。DC発電−DCモータのディーゼルエレクトリック推進で、出力12,000馬力。
奥が、三代目南極観測船「しらせ(初代 5002)」。 1983年出航の第25次隊から、2008年帰港の第49次隊までの南極観測に従事しました。
全長134m、11,600トン。 ディーゼルエレクトリック推進はAC発電−DCモータに進歩し、30,000馬力に出力が向上しています。
そしてこちらが現役の四代目南極観測船、2009年就役の「しらせ(二代目 5003)」。 2009年の第51次隊から南極観測に従事しています。 去る11月16日に第57次隊として横須賀を出航し、今はまさしく昭和基地に向け、「Screaming Sixties−絶叫する60度線」南極海を航海中です。
「しらせ(5003)」の現在位置は、極地研の南極観測HP「進め!しらせ」で確認することが出来ます。
現在南極海で奮闘している「しらせ(5003)」は、全長138m、12,650トン。
ディーゼルエレクトリック推進は更に進歩し、推進用・艦内用電力を統合したAC給電と、インバータ制御のACモータで30,000馬力を発揮します。
詳しくは「砕氷艦『しらせ』の電気推進装置」
また、上の写真の船体中央部の黒い棚にコンテナを最大56台搭載することが可能で、荷役作業の負担が軽減されました。
「ふじ」の話に戻ります。
格納庫を出て、船尾のヘリコプタ発着甲板に出てきました。
球形の気象観測用レーダの下に、ヘリコプタ発着管制所があります。
1958年の第2次越冬隊の不成立と、「タロ・ジロ」を含む樺太犬を置き去りにせざるを得なかった理由のひとつに、当時の「宗谷」の空輸能力が限られていたことがありました。
その経験を踏まえ「ふじ」は、本格的運用が可能なヘリコプタ搭載艦として計画されました。
搭載ヘリコプタは、観察用の小型ヘリコプタ、ベル47G(3人乗り)が1機と、
この、人員・物資輸送用大型ヘリコプタ、シコルスキーS61Aが2機。
S61Aは、一度に3t近い物資を「ふじ」の飛行甲板から昭和基地に輸送することが出来たので、人員、物資輸送には欠かせない存在でした。 機体前部に張り出すアンダーミラーは、吊り下げた貨物の状態を確認するためのもの。 輸送機ならではの特別装備です。
南極という厳しい条件下でのヘリコプタ運用は、現在のヘリコプタ搭載艦にも経験が生かされているのだと思います。
南極での航空輸送といえばもう1機。
’80年代に昭和基地で活躍した、スイス、ピラタス社のPC6B「ターボポーター」(JA8221)。
PC6ターボポーターは最短200mの離陸、標高5,000m以上でも離着陸可能というタフなSTOL性能を持つ飛行機です。 南極昭和基地での人員輸送や、物資輸送に活躍しました。
この機体(JA8221)は、小松空港前の「石川県立航空プラザ」に保存展示されています。
石川県立航空プラザには、「ふじ」搭載の小型観測ヘリ、ベル47Gの同型機の展示もあった筈なのに、画像が見つかりませんでした。 往年の特撮映画などでお馴染みの、金魚鉢に尻尾が生えたような独特なスタイルを紹介したかったのに…。
ヘリを眺めたら01甲板を船首方向に。 船橋(ブリッジ)の基部までやってきました。
01甲板は、船橋甲板(ブリッジデッキ)と端艇甲板(ボートデッキ)でもあるようです。
船橋の1層目には士官公室。
約30名の士官の執務室、会議室、食堂に応接室と多用途に使われました。 現在はライブラリとして改装されているので、当時の雰囲気がどの位残っているのかはよく分かりませんでした。
士官公室の1層上、02甲板には「ふじ郵便局」が開設された「第1電信室」、観測隊長と艦長の居室などがあります。
そしてブリッジ最上部、03甲板には操舵室が。 雨のため見学中止になっていました。残念…。
これで、船内の一般公開区画をほぼ一巡ですが、以下のような非公開箇所も多いのでした。
(右下をクリックすると拡大します)
上記以外にも観測・研究室(ラボ)、整備関連部署、船倉などは非公開です。
船首の前部船倉ハッチと荷役用クレーンが並ぶ光景は、貨物船そのものです。
「ふじ」は南極に向け、500tもの物資を輸送する輸送艦でもありました。
この船が建造された頃の南極観測隊は、リスク軽減の意味もあり、砕氷船を筆頭に、補給船、調査船、ヘリ母船など複数で船団を組むのが一般的でした。 それら全ての機能を一隻にまとめあげた斬新さも、記憶に留めておきたいものです。 今では多機能な一隻の観測船はごく普通のものとなりました。
「ふじさん、どうもありがとう〜」
操舵室を見学出来なかったのはちょっと残念でしたが、子どもの頃、南極観測船「ふじ」から見知らぬ遠い世界を空想した世代としては、何時までも夢の続きを留めて置いて欲しいと思うのでした。
「ふじ」の見学を終えて、次の場所に向かおうとしたら、
何と「本日休航」です…
お天気もいまいちだし、一体どうしたものやら。
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船内はとても広そうですし、いい雰囲気ですね〜。
動きが止まった方々がやけにリアルに見えてちょっと怖いですが(笑)
2015/12/24(木) 午前 0:02
往年の南極観測船の船内を見れるって良いですね!
揺れる船体構造でこの距離を観測隊も移動とは
見所満載!一日楽しめそうです
2015/12/24(木) 午前 7:23
船の中は、ちょっとした小さな町ですネ。それにしても手の甲の浮き上がった
血管とか・・・、人形がリアル過ぎて怖いです。><
夜中に動き出して観測作業をしてたりして〜〜〜〜。。。
2015/12/24(木) 午前 10:44 [ チョコパン ]
ハマベアーさん、こんばんは
「ふじ」の艦内は昭和の雰囲気の漂う、懐かしい工業製品という感じでした。
ただ、艦内が暗めなので、マネキンさんたちにはびっくりさせられました(笑)
2015/12/26(土) 午後 11:47
JGC修行僧さん、こんばんは
艦内はかなり当時のまま残されていて、南極への長い航海の雰囲気に浸れました。
ただ実際の乗り心地は、手記などを読んでも相当に悪かったらしいです(^^ゞ
2015/12/26(土) 午後 11:49
チョコパンさん、こんばんは
「ふじ」の艦内人口が240名だったので、南城市の久高島と大体同じだったようです(^^ゞ
徐々に見慣れましたが、リアルな方々を最初に見かけた時は、かなりびっくりさせられました(笑)
2015/12/26(土) 午後 11:54