こぶ〜がふらふら

9月からはこちらでぽつぽつ書いていこうかと… https://ameblo.jp/ccobouex

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万葉線に乗車して、富山新港まで行きました。
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高岡市街に戻り、やって来たのはお濠端。 高岡城のお濠です。
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高岡城址は、現在「高岡古城公園」として整備されています。



訪れた3月中旬には、梅の花が満開でした。
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17世紀初頭に築かれた高岡城が、お城として使われた期間はとても短く、建物は残っていません。 ここは本丸の跡。
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けれども濠や土塁など、城郭構造(縄張りというのかな)が多く残っています。
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こちらは築城当時からの石垣。
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濠が多く、水に囲まれています。
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滝もあります。「朝陽の滝」と名付けられています。
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滝の傍らには、長崎平和祈念像の作者、北村西望の「聖観音菩薩」。
どのような由来でここに立つのかは、分かりませんでした。




全体としてはこんな感じです。   
(右下をクリックすると拡大します)
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高岡城の城郭構造(縄張り)が残った訳は、廃城後、加賀藩がここを高岡の物流拠点とし、緊急時には防衛拠点としても使えるよう整備したからだと云われています。
加賀藩は「一国一城の主」では飽き足らず、多くの拠点を持ちたかったようです。




公園内には蒸気機関車も保存されています。C11-217号機です。
この機関車は1941年に製造され、城端線・氷見線を最後に1969年に引退しました。
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園内には公共施設や小さな動物園などもあり、現在も多角的に利用されています。



高岡城址を後に、次に訪れたのは「高岡大佛」。
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こちらの大仏さん以前にも、この地には木製の大仏像がありました。
しかし、二度にわたり火災により焼失。
三代目となる青銅の大仏さんは、1907年の再建発願から26年をかけ、1933年に開眼しました。


街並みに溶け込む大佛さんは、何だかとても親しみやすい雰囲気なのでした。
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また、漢字圏(多分島のほう)からの観光客さんたちが、熱心にお参りする姿が印象的でした。






加賀藩は17世紀初頭に高岡城を築いた際、積極的に商工業を誘致して城下町の発展を促しました。そんな商人町の中心、「山町筋」にやって来ました。
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高岡は1900年に大火災に見舞われ、市街の約6割が焼失してしまいます。
大火災後に再建された耐火建築が、「土蔵造り」の町並みとして今も残ります。
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この町並みは、2000年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されました。
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訪れた3月中旬には、「山町筋の雛祭り」として、
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各家に伝わる豪華な雛人形が、通りに向けて公開されていました。
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家毎にそれぞれ異なる意匠を持つ雛人形は、各家の子どもたちに対する思いが感じられる、楽しい風景でした。




そんな町並みの中のこちらは、土蔵造りを代表する「菅野家住宅」。
大火災直後の1900年の建築、国指定重要文化財(建造物 近代/住居)です。
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左右の石柱やそこに連なる釉薬レンガの防火壁など、一部に西洋風の意匠を取り入れています。明治期後半らしい造りでしょうか。

菅野さんちは高岡政財界の中心的存在で、高岡電燈(北陸電力の前身のひとつ)や、高岡銀行(北陸銀行の前身の一行)などの創立に関わりました。



その菅野さんもきっと関わっただろう、「富山銀行本店(旧高岡共立銀行本店)」。
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先頃、富山銀行本店の高岡駅前への移転と、この建物の高岡市への譲渡が決まりました。移転は2019年の予定。
赤レンガの銀行は、これからどんな風に利用されてゆくのでしょうか。

この銀行が建てられたのは1914年。
清水組(現清水建設)の田辺淳吉の設計で、あの(東京駅)辰野金吾の監修と云われています。


同じく大正期を代表する赤レンガ建築のひとつ、「横浜市開港記念会館(1917年)」を手掛けたのも清水組(設計は公募)。これも何かの縁でしょうか
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高岡といえば、華麗な7基の「御車山(みくるまやま)」が巡行する「高岡御車山祭」。
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祭りの期間以外には見る事の出来なかった御車山を常設展示している、
「高岡御車山会館」にやって来ました。  「高岡御車山会館HP」
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高岡御車山祭は全市的な規模だと思っていたのですが、御車山を保有する古くからの城下町10ヶ町に伝わる祭なのでした。
この10ヶ町を「御車山の町」として「山町筋」と呼ぶと、今回訪れて知りました。




あ、「♪モスラ〜や モスラ〜♪」
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「失礼な。由緒正しき『胡蝶』ですっ!」

「モスラ」さんに怒られてしまいました。



あ、こっちは「火の鳥」。
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「あのね、それは手塚治虫。私は『鳳凰』っ!」


「火の鳥」さんにまたしても怒られてしまいました…




御車山の頂上を彩る「鉾留」は、各山毎に意匠を凝らしています。
「鳳凰」は現在制作中の8基目、「平成の御車山」の鉾留です。


「平成の御車山」の「本座」に座るのは、加賀藩二代目、前田利長公と妻の永姫。
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左は貞子… (またしても「失礼なっ!」との声)ではなく、
「相座」に座る利長公の子、満姫です。満姫にはからくりが仕込まれて動きます。



「平成の御車山」の轅(ながえ)と車輪。
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車軸の下の台輪がつい気になります。何やらモータが仕込んであります。
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最初は車輪を電動アシストするのかと思いましたが、駆動系は車輪には繋がっていません。どうやら、モータで台輪の四隅に装備したジャッキを動かすようです。


全国各地のこうした山車(だし)には何故か操向装置が無く、方向転換が見どころのひとつとなっています。
例えば、京都「祇園祭の辻回し」や、大阪「岸和田だんじりのやりまわし」、埼玉「久喜提灯祭のとんぼかえし」、同じく埼玉「秩父夜祭のぎりまわし」等々。

「平成の御車山」の台輪はどうやら、ジャッキ操作で車輪を浮かせて方向転換をアシストするからくりのようでした。

アクチュエータを装備して車輪の接地と車高を自在に制御、なんて事を考えましたが、それではいくら何でも、方向転換の風情が失われるというものです(^^ゞ




「キューポラのある街」
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このキュポラ(キューポラ)は1924年の建造、2000年までこの地で稼働していました。


画像左、釣鐘状の部分がキュポラの本体。本来は筒が下部まで繋がっています。
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キュポラは(今は無い)筒の中にコークスと金属材料を詰め、強制送風して温度を上げ、金属を溶融する仕掛けです。金属鋳物の製造には欠かせない装置です。


「キューポラのある街」は早船ちよの小説、吉永小百合主演の映画で、1960年頃の金属工業が盛んな埼玉県川口市が舞台でしたが、高岡も加賀藩による産業振興策に始まり、金属工業の町として発展をしてきました。

高岡大佛の建立にも、高岡の金属職人たちの技術が生きているのだとか。



そんな金属職人たちが、古くから暮らしてきたのが「金屋町(かなやまち)」。
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金属加工は火を扱うため、金屋町は高岡の城下町から千保川を挟む対岸に置かれました。その事から1900年の大火災を免れ、古くからの町並みが今も残ります。
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江戸時代に建てられた家も残っているのだとか。



低い2階と、1階正面の細かな格子−千本格子(または「さまのこ」)が特徴的な、町屋造りの家々が建ち並びます。
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金屋町は2012年に、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されました。
先程までふらふらしていた「山町筋」と並び、高岡には二か所の「重要伝統的建造物群保存地区」が残されています。


こんな調子でタイムスリップしていたら、現実時間は容赦無く進んでいたようで
はっと気が付き、慌てて次の行動へと移ります。




閉じる コメント(8)

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20年前位にマイブームで高岡には3回宿泊して、街歩きをした経験があります。こちらの街並みは魅力的なんですよね〜
また、最近になり富山、石川の観光や移住に関して尽力されている方と知り合い、北陸熱が再燃しそうです(笑)

2016/8/20(土) 午前 6:06 りかおん

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高山も小京都ですね!やはり加賀藩の素晴らしさが随所に残っておりますね。

2016/8/20(土) 午前 8:11 JGC修行僧

この辺りは訪れた事が無いのですが、加賀百万石と言うと金銀キラキラで、
豪華なイメージを持っていましたが、とても品のある街並みなんですネ。

2016/8/20(土) 午後 2:23 [ チョコパン ]

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私は昔の銀行建築が大好きです。
保存が決まり良かったです!

2016/8/20(土) 午後 4:16 油屋

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りかおんさん、こんばんは
高岡の町をウロウロしたのは初めてだったのですが、落ち着いた佇まいがとても素敵でした。
また、ふらふらするのにはちょうど良い具合の町の広がりで、
移動に苦労しないのもいいところでした(^^ゞ

2016/8/21(日) 午前 2:05 こぶ〜

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JGC修行僧さん、こんばんは
今回高岡を訪れ、加賀藩の経営上手というか特色ある町作りに対するセンスを感じました。
こういう手腕が百万石を支える要素のひとつだったのかも、なんて思いました。

2016/8/21(日) 午前 2:10 こぶ〜

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チョコパンさん、こんばんは
高岡は商人と職人の町なので、実用性を重視した町作りになっているようでした。
その分、加賀百万石らしいキラキラな御車山の豪華さが際立つのかもしれません(^^ゞ

2016/8/21(日) 午前 2:16 こぶ〜

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油屋さん、こんばんは
地方都市の場合、赤レンガ銀行のような近代建築は維持コストの面で敬遠されがちですが、
土蔵造りの町並みには欠かせない建物だけに、今後の活用を期待したいと思います。

2016/8/21(日) 午前 2:20 こぶ〜


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