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ソウルの街をふらふらしていると、こんな看板がつい目に留まります。
「FORK-CUTLET」、何だかフォークが突き刺さっていそうです。
ハングル表記の「돈까스」は、「トンッカス(donkkaseu)」のようです。
「CURRIED-RICE」、間違ってはいないのでしょうが、個人的には「ドライカレー」とか「カレーピラフ」を連想してしまいます。または、正統派英国風とか。
ハングル表記の「카레라이스」は、そのまま「カレライス(kareraiseu)」みたいです。
ついこういうものにばかり目が行ってしまいます。
閑話休題、
ソウル中心部から西寄り、地下鉄3号線「独立門(とんにんむん)」駅の南西に赤レンガ造の長い塀が続きます。
この門から出てくる人を豆腐*1を持って出迎えるシーンが、数多の韓国ドラマや映画に登場します。
ここは、1908年に「京城監獄」として開所以来、「西大門監獄」、「西大門刑務所」、「ソウル刑務所」、「ソウル矯導所」、「ソウル拘置所」と名称を変えつつ、1987年にその役割を終えるまで、実際に使われてきた刑務所の正門です。 本来の役割を終え、1998年から「西大門刑務所歴史館(そでむんひょんむそ よくさくぁん)」として一般公開されています。
*1 出所者が「豆腐のように真っ新(白)な心で出直す=二度と入らずに済む」という願いを込めた縁起物。日本でも古い任侠映画などに出てきます。
正門を入ると正面に建つ、旧「保安課庁舎」。
2010年に大規模な修復が行われ、建築時(1923年?)の姿に戻されました。
'87年の閉所から改修前までは、陸屋根に白塗りの行政機関らしい素っ気ない姿でした。今も塗装の跡が残っています。
外観はレンガ造ですが、小屋組みというか屋根は木造のようです。
改修時に葺き替えられた部分が、まだ新しい色をしています。
この建物は現在「展示館」として、開所以来の歴史を常設展示しています。
色々な意味でかなりえぐい展示です。
以下この手のものが苦手な方、また、つい熱くなってしまわれる方は華麗にスルーして下さるよう、予めお願い申し上げますm(_ _)m 「足枷」というのでしょうか? 拘束具などが展示されています。
1945年までの収監者、約5,000名分の登録票が掲示されています。
死刑台の地下空間のレプリカもあります。
収監者の様子が再現されています。
こちらは独居房でしょうか。
只今取り調べ中。
おっと、拷問はいけませんよ〜。
こちらの取り調べ室は、只今休憩中。
かつてここで再現されていた「爪刺し」や「笞打ち」は、あまりに刺激が強かったせいか、改装を期に終了しています。しかし、ぶら下がる縄には今も血糊の跡が…
以前の展示は音響照明効果付で、相当にスプラッタな趣だったのだとか。
この箱の中にひとを押し込んじゃうって、それは痛すぎます。
他にも様々な拷問の手口が紹介されていました。
全く、人間って奴はしょうもない事ばかり思いつくものだと、いささか圧迫感のある展示を後に、屋外に出ると妙に解放感があるのでした。
解放感があるのは、建物の数が少なくなっている事も影響しているようです。 「展示館」にある「西大門刑務所」時代のジオラマ。
フォーカスを当てた部分が、現存、または復元された建物群。ただし、画面左上の扇形運動場は現在とは建つ位置が異なります。
それではいざ獄舎の中へ。
これらの建物は1915〜1923年の建築とされていますが、リベット打ちの入口鉄扉はもっと後の時代のものに思えます。
中央舎(管理棟)の監視台から、放射状に広がる獄舎を見渡します。
白塗りの内装にシンプルな監視台、灰色の鉄格子や鉄扉。この建物が1987年まで現役の刑務所(拘置所)だったことを物語っているように思えます。 この獄舎が1915年の完成とすると、1945年までは30年。
1908年の「京城監獄」開所から数えたとしても、1945年までは37年。
1945年に「ソウル刑務所」となり、「ソウル拘置所」として1987年に役割を終えるまでは42年です。
1961年、クーデタにより権力を掌握した軍が憲法を停止し、「ソウル刑務所」は「ソウル矯導所」にその名を変えます。
1967年、クーデタトップが大統領に就任して2期目、実質上の終身大統領制を敷いた年に、「ソウル矯導所」は「ソウル拘置所」に再び名を変えます。
ここで思わず、うーんと唸ってしまいます。
1908年の「監獄」開所から1961年まで、ここは「刑務所」だったんだ。
自分の理解としては「刑務所」とは、判決により刑期が確定した「受刑者」を収容するための施設だよなあ。
それが1961年に「矯導所」、1967年に「拘置所」へと変わり、判決確定前の「容疑者」を収容する施設となったんだ。
あれ?
強硬な取り調べは自白を強要するため、「容疑者」に対しつい行われてしまうものだよなあ。刑期の定まった「受刑者」を今更圧迫して、何が引き出せるのだろう?
「刑務所」と「矯導所」「拘置所」。果たしてどちらに、より過酷な取り調べが起きやすい可能性があったのだろう…
そして1987年、「民主化宣言」が出され、現体制に至る初の大統領選挙が行われた年に閉所というのは、何とも象徴的な出来事に思えます。
後半の42年間については、導入部の歴史概説の中と、1970年代に当時の軍事政権が引き起こした冤罪事件に関する展示だけのように見受けられました。
(この展示は、常設か企画展か分かりませんでした。)
窓の無い独居房は何時設置され、79年に渡る刑務所−矯導所−拘置所としての歴史の中で、どれだけの人間を、一体どのような理由で閉じ込めてきたのでしょうか。
黙して語らぬ灰色の扉の列を眺めていると、上から睥睨する「オイコラキサマ」系看守さんが、却って場違いな存在に思えてきたりもします。
獄舎の壁に、朝鮮戦争の際の弾痕が残っているらしいのですが、特に解説などはされていないようです。
もしかすると、このあたりがそれでしょうか。
レンガ塀に囲まれた所内に、更に塀に囲まれた一角があります。
隣の斜面から覗くと、中に木造の建物があります。
1923年建築と云われる死刑執行場です。
建物の奥側には、遮光カーテンで遮られた刑台と執行用の縄、その後の手続きのための地下空間(「展示館」のレプリカ部分)がそのまま遺されています。 二重の塀の内部は撮影禁止とされているので、「西大門刑務所歴史館日本語HP」から画像をお借りしました。 http://www.sscmc.or.kr/foreign/jp/exhibition.html
撮影禁止となったのはごく最近のようです。何でも「見える筈の無いものが写る」と話題になり、それ目当ての写真を撮る人が増えてしまい、さすがに不謹慎とされたようです。全く何処も… 建物の裏手には遺体を搬出したとされる通路、「屍躯門(しぐむん)」があります。
(上記、「西大門刑務所歴史館日本語HP」の画像)
この通路を見て感じてしまった事。
「屍躯門」って、同じ用途の門として数多くの韓国時代劇に登場します。
「トンイ」の序盤、追われる幼いトンイが人の出入りが少ないので隠れたり、「チャングム」の終盤、チャングムを宮廷から密かに脱出させるため、袋詰めにして運び出したりなどなど。
日本語パンフレットには、
とあるのですが、 「あの時代」の「日帝」が、王朝風の名前を付けたりするものかなあ…
それとも密かにそう呼ばれていた? だとすると「誰か」にそう呼ばれる程度には、この通路の存在が知られていた事になります。
この名称は、一体何時、誰が、そう名付けたのかという疑問がわいてきます。
それによりこの門の持つ意味は、かなり変わってくるようにも思えるのです。
ついでに、あまりに素っ気ない鉄扉の意匠が、正門や獄舎の鉄扉にそっくりなのが気になったりもします。
正門を内側から見ています。
'70年代にいわゆる「多感な少年時代」とやらを送ったひねくれ者は、どうにも「素直に信じるココロ」が欠けているようです(^^ゞ
そんなひねくれ者のココロを慰めるかのように、所内の池の開き始めた蓮の花に、
トンボがとまっていました。所詮、ふらっとやって来て去るだけなんだからさ…
色々と考え込みつつ、通用門から外に出ます。
豆腐を握りしめて出迎えてくれるひとなど、居そうにもありませんが、
代わりに、ムクゲ(木槿 むぐんふぁ)の花が出迎えてくれたようです。
「ドラマのロケ地」として訪れたお気楽赤毛布でさえ少々考え込ませてしまう、まさしく「激動の近現代史」の断層地帯なのでした。
行きは、独立門駅から赤レンガの塀を目指して一気に進んでしまったので気付かなかったのですが、帰り道、「西大門独立公園」に下りてきた時、そのあまりにモニュメンタルな力業に、思わずくらくらっとしてしまいました。
その様子は、またいずれ。
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拙僧は以前、日韓の歴史検証で韓国の青年とこちらへ視察に行きました。
反日色の展示や解説も多く考えさせられましたね。
2016/10/1(土) 午前 7:08
詳しい解説と展示に引き込まれました。
刑務所内のあれこれを想像して、少し気が重くなったところで、蓮の花を見て癒されました。
こぶ〜さんの記事を読んで、勉強しました(〃^ー^〃)
2016/10/1(土) 午前 8:56 [ 虹の輪 ]
スポットライトを当てる箇所でどう変わるか、という印象を強く持ちました。
考えさせられますね。
私も素直には見れないようです(^^ゞ
2016/10/1(土) 午前 9:34 [ kazukun ]
JGC修行僧さん、こんにちは
ある種の耐性があるもので、現地では結構平気だったのですが、記事に起こす方が大変でした(笑)
「何故これがここにあるのか?」という視点を持つことが大切だと、改めて感じました
2016/10/6(木) 午後 3:03
虹の輪さん、こんにちは
あまり楽しい展示物とはいえませんが、色々と考えさせられ、行った甲斐がありました。
記事を書く段で、忘れ切っていた近現代史の復習をする羽目になりました(笑)
2016/10/6(木) 午後 3:06
kazukunさん、こんにちは
まさしくどの角度に焦点を合わせるかで、印象が正反対になるという事を実感しました。
ここまで刺激が強いと、少々ひねくれている方がダメージが少なくてすむかも(^^ゞ
2016/10/6(木) 午後 3:08