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名古屋市にある、トヨタ産業技術記念館に沈没中。


繊維機械館、金属加工の実演コーナー、蒸気機関と見て回り、ようやく自動車館へ。



導入部は、1933年に「豊田自動織機自動車部」として、「二代目」豊田喜一郎が、自動車製造に関する研究を始めた頃の工房を再現しています。
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そういえば2輪・4輪メーカーのスズキもトヨタと沿革が似ていて、1909年創業の鈴木式織機を母体とし、早くから自動車産業への進出を考えていたと云われています。
(実際の進出は1950年代)

当時の機械メーカーの夢はやはり、「何時かは自動車」だったのでしょうか。




展示されている各種の金属試験器。
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当時は自動車製造に必要な金属材料を安定供給する力が国内には無く、豊田自動織機が導入したばかりの800kVA級3トン電気炉*1を利用し、金属材料を試作するところからのスタートでした。

*1 豊田自動織機の製鋼部門はその後、1940年に豊田製鋼(現;愛知製鋼)として独立します。機械メーカーが製品材料の安定供給のため、自前の製鋼所を持つ時代でした。


この頃はまだ輸入屑鉄による製鋼業が主流で、均一な品質の鋼材を安定供給する力に欠けていたようです。
例えば同時代、1930年竣工の貨客船「氷川丸」や練習帆船「日本丸」は必要とされる強度を満たすため、英国製船舶用鋼板を使用して建造されました。

金属材料のような素材技術は、地道な研究の積み重ねの上にのみ成り立つようです。



こうした研究を基に、スイス製モーターホイール(自転車用小型エンジン=原動機付自転車の原型)を参考に小型エンジンを試作します。
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その後はシボレーやフォードといった、当時国内を走っていた車を分解して研究。
(このあたりは、今の感覚だと問題ですが…)


試行錯誤の末、1934年に「A型エンジン」の試作1号機が完成します。
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(画像は、A型エンジン量産型[1935年]のレプリカ)

3,389cc水冷直列6気筒OHV、65HP/3,000rpm、19.4kgm/1,800〜2,000rpm
という、当時としてはかなりのハイメカ・ハイスペック。

とはいえ試作機の内製部品はシリンダブロック・ヘッド、ピストンといった鋳造部品のみ。クランクシャフト、カムシャフト、バルブといった鍛造・切削加工部品、電装系などは、参考としたシボレーエンジンの部品を流用*2したものでした。


*2
当時の自動車業界は、1925年から米フォード社が日本でのノックダウン(輸入部品による国内組立生産)を開始、米GM社も1927年から日本でのノックダウンを開始。1934年には、両社を合わせた年間生産台数は30,000台に達していました。

なので、輸入パーツのほうが入手しやすいという状況でした。




その後も開発は進み、殆どの鍛造品が製造可能になりました。

内製化した鍛造部品。
カムシャフトを含むバルブ駆動系とコンロッド。奥にはクランクシャフト。
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展示で全てを語れるものではありませんが、ベアリングやシート・メタル類、スプリングやチェーン、吸排気バルブなどはどうしたのだろう?

キャブレタ、ピストンリング*3、電装系*4などは最後まで製造が難しかったようです。


*3
1930年代に日本国内でピストンリングを製造可能だったのは、
理化学興業(1927年 現;リケン)、
日本ピストンリング(1931年)、
田中ピストンリング(1939年 現;TPR)、
東海精機(1939年)
の4社くらいだったようです。

1942年にトヨタは、本田宗一郎の東海精機に出資し、その技術を取得しようとしたと云われています。また戦後、本田宗一郎は東海精機の持株を全てトヨタに譲渡し、その資金を元に本田技研を設立したというのも、割と知られたお話です。
東海精機は現在、トヨタグループの豊田自動織機の子会社となっています。

余談ですが、戦前から続くリケン、日本ピストンリング(NPR)、TPRの3社は、今ではこの分野の世界的なメーカーに成長しています。



*4
1949年にトヨタの電装品開発部門から独立したのが、「NDスパークプラグ」で知られた日本電装(現;デンソー)。今や世界有数の自動車部品メーカーです。

そのデンソーが、膨大な量の部品を管理するために開発したのがQRコード。
今では飛行機の搭乗券を始め、日常生活のあちこちで使われています。

技術の芽が、意外なところから出てくるのは面白いなあと思います。






もちろんエンジンだけでは、クルマは走りません。


ボデーは、木型に合わせて手作業での鈑金加工。
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全て手作業で作り上げられた流線形ボデー。
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当時の最新型、米クライスラー・デソート・エアフローをお手本にしました。



1935年5月に、「トヨダA1型試作車」が完成します。
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(画像は、量産型「トヨダAA型乗用車」[1936年]のレプリカ トヨタ博物館所蔵)



しかし時代は急速に戦争へと向かっていました。
国策として、軍事・物流のための国産トラック・バスシャシーの開発を優先すべしとの政策が決定します。

それを受け、技術陣はA1型試作車(乗用車)の開発をいったん中断、既に完成していたA型エンジンを使用するトラックの試作を急遽先行させます。

そうして1935年8月に完成したのが、トヨダG1型トラック試作第1号車。


1935年11月にはシャシー2,900円、完成車3,200円での販売が始まります。
現在の物価感覚としては、6〜700万円といったところでしょうか。
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しかし販売開始直後から初期故障が頻発、正直なところ評判は散々でした。



国策として国産トラック生産を奨励した軍部でさえ、「氷点下の大陸に於いてエンジンが確実に始動するのは、米国製フォードだけである」と酷評する始末。

1934年式軍用フォードトラック・B型エンジン
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(画像は日本自動車博物館所蔵車両)

どうやら実用性というものは、実践経験の中でしか育たないようです。
それでも、この時の故障に対する即応体制が、トヨタの手厚いサービス体制の基礎となったのだとか。車って、造りさえすればいいというものではありません。




1937年には、豊田自動織機自動車部から「トヨタ自動車工業」として独立し、品質向上と部品の更なる内製化、生産体制の強化に努めます。

トヨタ自動車工業発足当時の、AA型乗用車の生産ライン。
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しかしその後は戦時体制一色。トヨタも軍需工場の一員となってゆきます






やがて戦争は終わり、新しい車が登場する時代を迎えます。

左、1954年にトヨペット・ライト・トラックSKB型として登場し、1956年にトヨエースと命名された第一世代「国民車」。
右、従来のトラック用エンジン・シャシーの流用ではなく、乗用車専用設計で1955年に登場したクラウンRS型。
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日本製本格的乗用車の開発を夢見た、「豊田」二代目にして「トヨタ自工」の創業者、豊田喜一郎は、クラウンの開発が始まる1952年に57歳で急逝、完成車を見る事はかないませんでした。




けれどもここから、戦後日本の自動車産業は飛躍的な発展を遂げます。



自動車館では、現在に至る様々な自動車技術を、現物を使い紹介しています。


シャシー構造と駆動方式、サスペンションの解説。手前は4WDのランドクルーザー。
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そういえばランドクルーザーの登場は1954年。おそらく現行車種の中で最も古い車名です。次点が1955年のクラウン。三位が1956年のトヨエース。

他メーカーでは… スカイラインが1957年。ただし、登場時は日産ではなく、プリンス自動車でした。



シャシーとボデーの関係を示す現物展示。奥の梯子型フレームに架装したボデーから、手前のモノコックボデーへと変わってゆきます。
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現代の車に使われている化成品の一覧。
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化成品、平たくいえば樹脂部品でいいのかな?
ミニチュアではなく、セルシオの現物を分解して展示しています。




車の安全性を確かめるため、文字通り身を呈して働くダミーくんたち。
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ダミーくんたちの、自らの犠牲を省みない衝突試験の結果。これも現物です。
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こんな目に遭いたくはありませんが、こうした試験、研究の成果として、今の車の衝突安全性って、本当に高くなったと思います。




広い展示スペースの奥側には、自動車生産ラインが設けられています。
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でもやはり、手前の完成車が気になります。

左、1966年に登場した、「プラス100ccの余裕」初代カローラ(KE10型)。
右、1970年に登場した「フルチョイス」初代セリカ(A20型)*5
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*5 但し、展示車は1600GTなので、当時のフルチョイスの対象外でした。

馴染みがあるのはこの時代からかな?
「ドアのへこんだ白いセリカが、下をくぐってゆかないか」、つい気になります。
(松任谷由実 「よそゆき顔で」1980年「時のないホテル」収録曲)




自動車生産ラインでは、ロボットくんたちが車を組み立てています。
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溶接ロボットくんたちが、正確にモノコックボデーを組み立てます。


やや駆け足になってしまいましたが、これでトヨタ産業技術記念館を概ね一巡。
展示のひとつひとつをじっくり観ていたら、時間がいくらあっても足りません。


「トヨタ産業技術記念館」

住所 名古屋市西区則武新町4-1-35
交通 名鉄 名古屋本線「栄生駅」下車 徒歩3分
開館 9:30〜17:00(入場は16:30迄)  月曜・年末年始休館
入場料 大人500円 (各種割引あり)







トヨタ産業技術記念館の所在地は、則武新町。
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則武というと日本を代表する陶磁器メーカー、「ノリタケ」を連想します。
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実はその通りで、ここにはノリタケカンパニーの本社があります。
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この建物は、ノリタケの前身、日本陶器事務所として1938年に建てられました。
鉄筋コンクリートにタイル貼りの外観は、昭和初期のモダンを今に伝えます。




隣接する本社工場跡地は、「ノリタケの森」として2001年から公開されています。
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今も基部が残る煙突は、1933年に建てられた陶磁器焼成用トンネル窯のもの。
最盛期には年間550万個もの陶磁器が生産され、世界各地に送り出されました。



古い時期に建てられた単独窯が、今も残ります。
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1904年にこの地で創業の際に建てられた、旧製土工場。
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1910年頃に建築された赤レンガ造の工場が、明治末から大正の空気を伝えます。
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時代を感じさせる鉄扉が、とてもいい感じです。
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ここで、悲しい事実が発覚。
トヨタ歴史技術記念館で頑張り過ぎたカメラのバッテリ残量が、危険水域に。
しかも、残り時間もあと僅か。

せっかく、二館の共通割引入場券も購入したのに…

結局この後は急ぎ足、アイズ・オンリーとなってしまいました(^^ゞ


しかし、
衛生陶器の東洋陶器(現;TOTO 1917年)、
高圧電気用絶縁碍子(がいし)の日本碍子(1919年)、
NGKスパークプラグの日本特殊陶業(1936年)*6、
といったセラミックス関連の老舗企業が、皆ノリタケがルーツというのを初めて知りました。


*6
もう余談ばっかりですが、
「NDスパークプラグ」の日本電装が「デンソー」に社名を変更した際、スパークプラグの名前も「DENSOスパークプラグ」にしたのに対し、

日本碍子から独立後、今でも「NGK(Nihon Gaishi Kaisha)スパークプラグ」を使い続ける日本特殊陶業(NTK)。

両社のブランド戦略の違いが面白いなと感じます。



「ノリタケの森」

住所 名古屋市西区則武新町3-1-36
交通 地下鉄東山線 「亀島駅」下車 徒歩5分
開館 10:00〜17:00 (ショップ&カフェ・ギャラリー18:00 レストラン22:00まで)
月曜・年末年始休館
入場料(クラフトセンター・ミュージアム) 大人500円
トヨタ産業技術記念館との共通券 800円







ついでにおまけ。
ウチにある古い食器。某ホテルの戦前もので、ノリタケ製との触れ込みなのですが、無銘なので真偽の程は確かめようがありません…
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もうひとつおまけ。
その昔、工業用製品やガラス製品を製造していたノリタケ厚木工場の一角に、「ノリタケスクエア厚木」という直営店がありました。
工場見学が出来たり、ノリタケ製品のアウトレットショップ。そして使用食器が全てノリタケ製の隠れ家レストランもある、とても楽しい空間でした。

2009年末の工場閉鎖に伴い閉店してしまいましたが、ノリタケの森を見ていたら、ふと懐かしく思い出されました。




更に更におまけ。

横浜、崎陽軒のシウマイに付いてくる独特な形の磁器製醤油入れ「ひょうちゃん」は、登場以来一貫して瀬戸市の碍子メーカー「ヤマキ電器」が製造しています。
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「ヤマキ電器」食品用磁気容器HP http://www.ymkco.co.jp/hyou.html

「ひょうちゃん」を改めてよく見ると、中空でかなり複雑な形をしています。
この小さな磁器を大量に作るのには、かなりの技術が必要だと思います。

ここにも、「日本のものづくり」の力が発揮されていたのかと感心しました。
今回、碍子について見ていて知りました。






閉じる コメント(4)

こちらには是非とも行ってみたいです。初代セリカが懐かしい!

2016/11/20(日) 午前 5:44 JGC修行僧

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トヨタ産業技術記念館もノリタケも楽しそうです。
時間がなくなってしまうのが分かります。カメラのバッテリーの予備は1.2個は必要ですね!

2016/11/20(日) 午後 1:31 りかおん

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JGC修行僧さん、こんばんは
長久手のトヨタ博物館やここは、日本のものづくりを知る上では絶好の教材だと思います。
セリカといえばやっぱり初代「ダルマ」に限ると、個人的には思っております(笑)

2016/11/23(水) 午後 7:03 こぶ〜

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りかおんさん、こんばんは
ノリタケの森を紹介出来なかったのは残念ですが、日本のものづくりを十分に感じられました。
ここだけで一日取って、じっくりと眺めてみたいものです(^^ゞ

2016/11/23(水) 午後 7:07 こぶ〜


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